Archive for category よもやま

Date: 3月 10th, 2017
Cate: よもやま

会って話すと云うこと(その12)

今日は飲み会(パーティか)だった。
表参道にあるとある事務所での、それは行われていた。

私としては、まあまあの量飲んだので、いまもほどほどに酔っている。
酔っている状態で、今日は書いている。
このブログを書くために途中で抜け出して帰ってきた。

30人以上の人が来ていた。
すごいにぎわいだった。

何人かの方と話した。
あるメーカーの人がいた。
このブログを読んでいる人ならば、みな知っているメーカーである。

そのIさんが、
「若い才能は育ってきているけれど、贅沢な環境は失われつつある」
といわれた。

まったく同感である。
オーディオ業界は、若い才能が育ってきているか疑問も残るが、
他の分野では確かに若い才能は育ってきている、といえるだろう。

けれど贅沢な環境は失われつつある、のもまた事実である。

オーディオの場合、特に失われつつある、といえるかもしれない。

いろんな人が集まる場になれているわけではない。
今夜は、とある女性に「気弱にならない」ともいわれた。
そういうタイプの私でも、誘いがあると出掛けていくのは、
やはり人と会って話すのは楽しいからである。

ステレオサウンドにいたら、多くの人と会えたであろうが、
それはすべて仕事が関係してのことであり、ステレオサウンドという看板があってのことである。

そういうこととは関係なく、会って話せるというのは楽しい。

Date: 2月 26th, 2017
Cate: よもやま

喫茶茶会記のこと(その4)

喫茶茶会記は、2007年5月26日にオープンしている。
あと三ヵ月で開店十年を迎える。

喫茶茶会記のある場所は、以前、音の隠れ家というオーディオ店があった。
店主の福地さんが、そのスペースを引き継ぐ形での喫茶茶会記の開店であった。

最初の頃は、喫茶スペースだけだった。
毎月第一水曜日にaudio wednesdayを行っているイベントスペースは、まだだった。

福地さんと私のつきあいは、喫茶茶会記の開店よりも少し長い。
2003年春から、audio sharingのメーリングリストを開始した。
福地さんはすぐに参加してくれた一人である。

福地さんからジャズ喫茶を開店するという話を聞いた時は、
開店までも大変だろうけど、続けていくのはもっと大変だろうな、と思っていた。

喫茶茶会記は、四ツ谷駅ではなく四谷三丁目駅の近くである。
しかも大通りから路地に入り、さらにもう一本奥まったところにあるから、
一見の人はあまり入ってこないロケーションともいえる。

それゆえの苦労はあっただろうし、いまもあるのだろうが、
それゆえの良さが、喫茶茶会記の雰囲気を生み出しているともいえる。

喫茶茶会記の雰囲気を気に入る人もいればそうでない人もいよう。
万人向けの雰囲気とは違う。

そんな喫茶茶会記が十年続いている。
たいしたものだ、と思う。

十周年イベントを行う予定だときいている。
audio wednesdayも少しは役に立てれば、と思っている。

Date: 1月 27th, 2017
Cate: よもやま

会って話すと云うこと(その11)

ひとりで酒を呑むことは、もう30年ほどやっていない。
誰かといっしょに呑むのは楽しい。
だから親しい人からの誘いがあれば、極力出掛けるようにしている。

今日も出かけていた。
友人で、オーディオ仲間のAさんと会って、あれこれ話して帰ってきたところである。

オーディオの話も、もちろんした。
それ以外の話のほうが多かったけれども。

オーディオの話で驚いたことを聞いた。
オーディオの話というより、オーディオマニアについての話である。

Aさんは私よりも、多くのオーディオマニアを知っている。

AさんがSNSに、あるオーディオ機器を買った、と書いたとする。
それが高額なモノであれば、彼を知っているオーディオマニアの方から連絡が来るそうだ。
聴かせてほしい、と。

ところが、新しいモノを何も買わずにいると、
まったく連絡がなくなるそうだ。
そういう人の中には、Aさんから連絡をしても無視する人もいるとのこと。

なんだろう、と思う。
そういう人は、Aさんに会いに来るのではなく、
Aさんが購入したオーディオ機器に会いに来ているのか。

そんな人も「音は人なり」というのだろうか。
だとしたら、Aさんが購入したオーディオ機器を聴きに来るということは、
Aさんの音を聴きに来ると同義であるのに……、とも思う。

Date: 1月 13th, 2017
Cate: よもやま

宇野功芳氏のこと(あと少し追補)

「男の隠れ家」6月号増刊の「音楽の空間」には、
宇野功芳氏のリスニングルームの記事だけではなく、
「音の良いコンサートホール」という記事も載っていて、宇野功芳氏が書かれている。

取り上げられているのホールは、
サントリーホール、東京文化会館、東京芸術劇場、東京オペラシティコンサートホール、
ザ・シンフォニーホール、いずみホール、紀尾井ホール、府中の森劇場 ウィーンホール、
リリア音楽ホール、上野学園 石橋メモリアルホール、ヤマハホールである。

この記事を読んでいると、
宇野功芳氏が音楽評論だけでなく指揮も仕事とされていたことを思いだす。

それぞれのホールの客席での音・響きについては、
行ったことのある人ならば、書こうと思えば書ける。

でも宇野功芳氏はそれだけでなく、ステージ上での音・響きについても書かれている。
これは指揮者でなければ書けない。

サントリーホールについて書かれているところだけ引用しておこう。
     *
 特筆すべきは指揮台上のひびきで、オーケストラの音が下からはもちろん、天井からも降ってきて、ハーモニーに体全体が包まれる。その美しさと幸福感は味わった者でなければ分からないだろう。音楽ホールでいちばん大切なのは舞台の天井が高く、残響が強く、長くつくことだ。これが良いホールの第一条件であり、本欄に取り上げた大ホール、中ホール、小ホールはすべてサントリーに劣らず、中にはさらにすばらしいところもある。問題は舞台上の音がダイレクトに客席に伝わるかどうかである。サントリーがすばらしいのはその落差が小さいことと、音の悪い席が少ないことで、開場当時に比べるとまるで別のホールのようだ。
     *
サントリーホールはカラヤンがアドバイスをしたホールと知られている。
カラヤンがどんなアドバイスをしたのかはわからない。
宇野功芳氏の文章を読んで、
ステージ上の指揮台での音・響きの良さを実現するためのアドバイスだったのかも思った。
それだけではないにしても。

Date: 1月 7th, 2017
Cate: よもやま

the re:View (in the past)とJAZZ AD!!、更新休止のお知らせ

the re:View (in the past)JAZZ AD!!
しばらく、このふたつのブログの更新を休止します。

先日(1月5日)、五年以上使ってきたiMacが故障したためが理由です。
the re:View (in the past)は、ここしばらく画像中心で更新してきましたが、
しばらくしたらテキスト中心の更新に戻る予定です。

新しいiMacを導入後、どちらも更新していく予定です。

Date: 1月 5th, 2017
Cate: よもやま

宇野功芳氏のこと(追補)

2016年6月にに宇野功芳について、少し書いている。
宇野功芳氏のオーディオについて、もう少しわかったことがあるので書いておく。

コントロールアンプは「宇野功芳氏のこと」で書いているように、マランツのModel 7。
パワーアンプはQUADのIIである。

この組合せは、瀬川先生がModel 7を導入されたときと同じである。
宇野功芳氏は、青木周三氏のアドバイスにしたがって、
当時かなり高価にもかかわらず購入を決められている。
(若い世代の人に、青木周三氏といっても、誰ですか、といわれるんだろうな。)

スピーカーも青木周三氏のアドバイスによるものだそうだ。
スピーカーの中心となるのはグッドマンのAXIOM 80である。
ウーファーはワーフェデールのSuper 15、トゥイーターはSuper 3である。

自作のスピーカーということになる。
最初はすべてワーフェデールのユニットによる3ウェイ、
スコーカーはSuper 8で、ウーファーはSuper 12だったのを、
まずスコーカーをAXIOM 80に交換され、ウーファーを口径アップされている。

エンクロージュアはバスレフ型。
ネットワークについては不明。

アナログプレーヤーはトーレンスのTD126MKIIIに、SMEのトーんーアーム。
カートリッジは、これを書くにあたって参考にしている「音楽の空間(男の隠れ家増刊)」によれば、
シュアーのULTRA 500である。

CDプレーヤーの写真はなく、ただラックスマンと本文にあるだけだ。

「音楽の空間」にはこうある。
     *
青木さんはオーディオ評論家として一風変わっていて、分離の良すぎる音より、演奏会場のいちばんいい席で聴こえる音、実演に近い音をめざす人だった。それが宇野さんの志向にもぴったり合ったという。あるとき、別のオーディオ評論家が最新の器材をつないでくれたことがあるそうだが、さっぱりいい音が出ず、その評論家が「おかしいなあ」と首をかしげる結果に終わったそうだ。
     *
青木周三氏をオーディオ評論家とするのは少しばかり異を唱えたいが、
宇野功芳氏が志向されていた音の一端は伝わってこよう。

「音楽の空間」に載っているModel 7は、
中央の四つのレバースイッチのひとつ、右から二つ目がいちばん上に上げられている。
Model 7を使われている方、詳しい方ならば、
このスイッチが何なのかおわかりだから、これ以上は書かない。

Date: 12月 30th, 2016
Cate: よもやま

2016年をふりかえって(その7)

今日は12月30日。
今年もあとわずかだというのに、今日一日何をしていたかというと、
3月のライオン」を一話から見ていた。
11話すべて見た。

さらに前半総集編も見ていた。

音楽はくり返し聴いても、映画やドラマはあまりくり返しはしない。
短期間でのくり返しはほとんどない。
にも関わらず「3月のライオン」は短期間でのくり返しで見た。

一本あたり約25分。
総集編をふくめて12本だから約六時間費やした。

オープニングもエンディングも飛ばさずに見た。
無駄な見方であり、無駄な時間の過ごし方ということになる。

この六時間をブログ書きに費やせば、けっこう本数書ける。
でも見ていた。
ほぼ続けて見ていた。

誰とも話すことなく独りで見た。
寂しい年末の過ごし方といえば、そうだ。

そんなことはわかったうえで見たのだ。
2016年の終りに、この作品と出あえて良かった、と思っている。

50もすぎれば時間が過ぎ去っていくのを早く感じるものとはいえ、
短いようでいて一年はやはり長い。

あれこれあるものだ。
そして感じることがある。
オーディオに限っても、いろいろあった。

だから「3月のライオン」をもう一度一気に見た。

Date: 12月 30th, 2016
Cate: よもやま

2016年をふりかえって(その6)

聴く機会はないが、
サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニーのダイレクトカッティング盤の登場は、
私にとっては、今年イチバンのニュースである。

アナログディスクのブームにのっかって、安易な製造をしているところもある。
アナログディスクの売行きが伸びているのはニュースで知ってはいる。
だからといって、アナログディスク・ブームとは捉えていない。

そういうところに、ベルリン・フィルハーモニーのダイレクトカッティング盤である。
どこか気概のあるレーベルが、ダイレクトカッティングに挑戦してくれないか、
と思っていた。でもそれは音楽のジャンルに関係なく小編成のものであって、
この時代にオーケストラものが、ダイレクトカッティングされるとは、まったく予想していなかった。

ダイレクトカッティング盤だから、当然限定である。
日本の割当は500セット(六枚組である)。
価格は89,000円(税抜き)。

すぐに売りきれるものだと思っていた。
欲しい、と思う人だけでなく、転売目的で買う人もいるからだ。

エソテリックが出しているSACDも、転売目的で買う人が少なくないと聞いている。
そういう時代だから、予約だけで売切れだと思っていたら、
意外にもまだ在庫が残っている。

ベルリン・フィルハーモニーのfacdbookでも、まだ買えることを伝えている。

Date: 12月 25th, 2016
Cate: よもやま

会って話すと云うこと(その10)

人はいつか死ぬ。
死を避けることのできる人なぞいない。

そんなことみなわかっている。
にも関わらず、死ぬということをわすれてしまいがちでもある。

いつでも会える。
そう思っていないだろうか。

たしかにお互いが生きていれば、いつでも会える。
でも人は死ぬのだ。

いつか死ぬ。
こんなことを書いている私だって、いつ死ぬのかはわからない。
20年後かもしれない。もっと後かもしれない。
でも、もしかしたら明日、事故にあって……、ということだって、
可能性としてはあるわけだ。

会って話すことは、互いが生きているからだ。
相手が生きていて、私が生きていてこそ、会って話せる。

このことを忘れないでほしい。
憶えていても、つい先延ばしにすることがある。
そこでの後悔は、どうしようもない。

岩崎千明氏のこと(その5)」に書いた。
年明けにでも、と思っていたから、急ぐ気持はなかった。

人はある日突然いなくなる。
会えなくなる。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: よもやま

会って話すと云うこと(その9)

昨晩は忘年会だった。
明るいうちからひとつ目の忘年会があり、夜は次の忘年会に移動していた。

20数年ぶりだろうか、始発電車で帰ってきた。
この時期、ブログを書くペースを増しているのは、
大晦日までに7000本目(年に千本)を書くためである。

なので早めに帰宅してブログを書きたい、という気持は強い。
それでもひょこひょこ出掛けていた。
昨晩のブログは、忘年会の最中にiPhoneで書いていた。

昨晩の忘年会は、どちらも、どこかの飲食店に出掛けて、というものではなかった。
最初の忘年会は、
毎月第一水曜日にお世話になっている四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記での、
常連の人たちを集めてものだった。

次に行った忘年会は、とある事務所でのものだった。
そこにはホワイトボードがあり、
途中からホワイトボードにそれぞれがテーマについて書きながらの忘年会になっていた。

いまや連絡ツールはいくつもある。
しかも手軽になっている。
話すこともできれば、文書で、絵文字、写真などで伝えることも手軽にできる。

それでも移動して会って話す。
面倒だな、と思う気持がまったくないわけではない。
上に書いているように、この時期はブログを書く時間を優先したい気持もある。
それに出不精なところもある私であっても、
やっぱり会って話すことは、楽しいと感じる。
会って話してわかることもある。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: よもやま

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その3)

アメリカの音楽産業を描いたドラマは、もうひとつある。
Empire 成功の代償」である。

現在のアメリカの音楽産業が描かれている。
ここに登場するレコード会社の社内にも、オーディオ機器はもちろんある。

1970年代ではデモ音源はテープだった。
カセットテープかオープンリールテープ。
レコード会社の社員の机にはカセットデッキがある。

いまはテープによる持ち込みはない。
USBメモリーかCD-R。
レコード会社の社員の机からテープデッキはなくなり、パソコンが置かれている。

1970年代の「VINYL ─ヴァイナル─」と現在の「Empire 成功の代償」のあいだは40年。
この比較をしながら、ふたつのドラマを見ていくのも、オーディオマニアとしては楽しい。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: よもやま, デザイン

2016年をふりかえって(その5)

2016年夏あたりから、2020年の東京オリンピック/パラリンピックのエンブレムが、
街中で見かけるようになった。

学校にも、スーパーにも、企業のピルでも、
いろんなところで、ようやく決ったエンブレムが飾られている。

大きなサイズのものである。
オリンピックとパラリンピック、ふたつのエンブレムが飾られているから、
見ていて、最初に選ばれた(といえるのだろうか)佐野研二郎氏のエンブレムでなくてよかった、
と心底思った。

頭の中で、例のエンブレムが飾られているところを想像したからである。
あのエンブレムが、このサイズで街のいろんなところに飾られたとしたら……。

この東京オリンピック/パラリンピックのエンブレムの件では、
デザイナー、デザインに対しての誤解が生れ、広まったといえる。

しかもエンブレム問題に留まらず、
その後も、いわゆるパクリがインターネットで指摘される事態となった。

そして今年11月には、東京デザインウィークでの事故(事件)が起った。

デザイナーと呼ばれる、呼ばれたい、ごく一部の人たちの起したことが、
デザイン、デザイナーをより誤解させ、貶める。

こんなことをやらかしてしまう人たちをデザイナーと呼んでいいのだろうか、という疑問がある。
でも、世の中ではデザイナーと呼ばれている。

ならば本来の意味でのデザイナーと呼ばれるにふさわしい人をなんと呼べばいいのだろうか。
心あるデザイナーの中には、デザイナーという呼称を拒否したいと思う人もいよう。

デザイン(design)に現在進行形のingをつけると、
このブログにも使っているdesigningになり、過去形をつけるとdesignedである。

いまのごく一部のデザイナーと呼ばれていても、
デザイナーとは到底呼んではいけない人たちがやらかしたこと、やらかしていることによって、
designにつくのは、ingでもedでもなく、deadなのかもしれない。

design + dead = designdead

Date: 12月 22nd, 2016
Cate: よもやま

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その2)

VINYL ─ヴァイナル─」というアメリカのドラマがある。
マーティン・スコセッシとミック・ジャガーが手を組んで、
1970年代のアメリカの音楽シーンを描いた、というふれこみのドラマである。

1973年からドラマは始まる。
私がこれまで見てきたドラマの中で、もっともオーディオ機器が登場する。

レコード会社の社内にもオーディオ機器はある。
役員室にもオーディオが置かれている。
放送局が登場するシーンもある。

このターンテーブルとトーンアームの組合せなのか、と、
アメリカとは思えない組合せが意外に感じられたり、
オープンリールデッキとカセットデッキが両方ともあったりするのは、
1970年代という時代でくるものである。

ナカミチの700が、けっこうはっきり映るシーンもある。
700といえば、1973年に出たばかりのモデルのはずだ。

とにかくいろんなオーディオ機器が登場して、
それだけにオーディオマニアには楽しい、といえる。

Date: 12月 15th, 2016
Cate: よもやま

2016年をふりかえって(その4)

JBLの70周年記念モデルが、4312SEであったから、
今年一年をふりかえって気になるスピーカーとはいえない。

今年の新製品で気になったスピーカーは、ひとつある。
ヤマハのNS5000がああいう結果になってしまったから、NS5000ではなく、
ソナス・ファベールのCHAMELEON Bという小型スピーカーである。

サイドパネルを交換できることが特徴なだけに、あなどっていた。
インターナショナルオーディオショウでのノアのブース。
入った時に、ちょうどCHAMELEON Bに切り換えられているところだった。
ワディアのシステムで鳴らされていた。

ソナス・ファベールは、フランコ・セルブリンによって設立されたスピーカーメーカーである。
セルブリンを、スピーカーづくりの達人もしくはそれ以上の存在と評価している人もいる。

セルブリンのつくったスピーカーはすべて素晴らしい、という人もいる。
私はそこまでは思っていないけれど、セルブリンが離れてしまったソナス・ファベールには、
正直興味がなくなっていた。

にも関わらずCHAMELEON Bから鳴ってきた音は、もう少し聴いていたいと思わせた。
まったく期待していなかったスピーカーだけに驚きが先に立ったが、
聴いていくうちに、好ましいスピーカーだと実感できた。

ワディアのシステムも大袈裟ではない。
CHAMELEON Bも同じだ。

他のアンプでも聴いてみたいと思っていたけれど、
ワディアのシステムとの相性も良いように感じた。

Date: 12月 14th, 2016
Cate: よもやま

2016年をふりかえって(その3)

ハーマンインターナショナルに関することで、もうひとつある。
JBLの創立70周年記念モデルのことだ。

一方的に、勝手に私は期待していた。
EverestシリーズのトップモデルとしてDD66000が60周年記念モデルだったから、
K2シリーズのトップモデルとして、JBL ProfessionalのM2をベースにしたスピーカーが出る、
そう思い込んでいた。

見事に外れてしまったわけだし、実際に登場した70周年記念モデルの4312SEも、
音を聴いてみると、納得できるのかもしれないが、
そうであったとしても一抹の寂しさは拭えない。

70周年記念モデルがそうであったということは、もしかすると75周年記念モデルが……、
などという期待も持っている。

70周年よりも75周年なのかもしれない──、
そう思いはじめたところに、ハーマンインターナショナル買収合意のニュースだった。

五年後、ハーマンインターナショナル、JBLがどう変化しているのか、
まったく予想できない。
そう大きくは変化していないのか、それとも大きいといいたくなる変化をしているのか。

勝手な妄想にすぎないのだが、
JBL創立75周年記念モデルには少なからぬ影響があるような気がしてならない。
(そんなモデルはまったく存在していないのかもしれないが……)