Archive for category よもやま

Date: 11月 20th, 2017
Cate: よもやま

ネジの店(三和鋲螺)

facebookでネジのことが少し話題になっていた。

30年ほど前、インチネジが必要になった。
古いアメリカのオーディオ機器にはインチネジが使われていた。
交換の必要があるネジが数本あって、探していた。

いまならインターネットで検索すれば、わりと簡単に探せるが、
当時はけっこうな時間をかけて、やっとインチネジを取り扱っているところ、
それも小売りしてくれるところを見つけた。

神谷町駅の近くにある三和鋲螺である。
いまも変らず、同じ場所で営業している。

Date: 8月 16th, 2017
Cate: よもやま

8月16日

audio sharingは2000年8月16日に公開した。
今日で丸17年。

17歳。
私は17歳のときにオーディオの道に進もうと決めた。
オーディオを仕事にする、と決めた。

それから37年経つ。

Date: 5月 23rd, 2017
Cate: よもやま

Stylus & Groove

オーディオに興味を持ちはじめたころ、
ステレオサウンドをはじめとするオーディオ雑誌を見ては、ため息をついていた。
東京はいいなぁ……、というため息だった。

1970年代後半、東京にはいくつものオーディオ関係のショールームがあった。
よく知られていたのはサンスイ、それからラックス、オンキョーなどがあった。
頻繁に、定期的なものをふくめて催し物が行われていた。

熊本のオーディオ店が瀬川先生を定期的に招いてくれていたといっても、
数ヵ月ごとであった。
それが東京は毎月、いや毎週、行ってみたいと思わせることが開かれていた。

でも、それらのショールームも少しずつ減っていった。
以前は、晴海の見本市会場で一週間ほど行われていたオーディオフェアも、
いまではOTOTENになり、二日だけの開催(それでもやってくれているから批判的ではありたくない)。

1980年ごろからオーディオ業界は斜陽産業であった。
こう書くと、そうじゃないだろう、と思われるだろうが、実情はそうである。

東京にいても、ため息をつくのか、というと、そうとばかりとはいえない。
新しい動きがあるからだ。
5月24日、つまり明日、渋谷にStylus & Grooveがオープンする。

業務内容にはオーディオ機器、アナログディスクの販売も含まれているが、
オーディオショールームがメインといっていい感じである。
しかもアナログディスクを主体とした運営が行われるようだ。

詳しいことはリンク先のStylus & Grooveのウェブサイトをごらんいただきたい。

Date: 1月 13th, 2017
Cate: よもやま

宇野功芳氏のこと(あと少し追補)

「男の隠れ家」6月号増刊の「音楽の空間」には、
宇野功芳氏のリスニングルームの記事だけではなく、
「音の良いコンサートホール」という記事も載っていて、宇野功芳氏が書かれている。

取り上げられているのホールは、
サントリーホール、東京文化会館、東京芸術劇場、東京オペラシティコンサートホール、
ザ・シンフォニーホール、いずみホール、紀尾井ホール、府中の森劇場 ウィーンホール、
リリア音楽ホール、上野学園 石橋メモリアルホール、ヤマハホールである。

この記事を読んでいると、
宇野功芳氏が音楽評論だけでなく指揮も仕事とされていたことを思いだす。

それぞれのホールの客席での音・響きについては、
行ったことのある人ならば、書こうと思えば書ける。

でも宇野功芳氏はそれだけでなく、ステージ上での音・響きについても書かれている。
これは指揮者でなければ書けない。

サントリーホールについて書かれているところだけ引用しておこう。
     *
 特筆すべきは指揮台上のひびきで、オーケストラの音が下からはもちろん、天井からも降ってきて、ハーモニーに体全体が包まれる。その美しさと幸福感は味わった者でなければ分からないだろう。音楽ホールでいちばん大切なのは舞台の天井が高く、残響が強く、長くつくことだ。これが良いホールの第一条件であり、本欄に取り上げた大ホール、中ホール、小ホールはすべてサントリーに劣らず、中にはさらにすばらしいところもある。問題は舞台上の音がダイレクトに客席に伝わるかどうかである。サントリーがすばらしいのはその落差が小さいことと、音の悪い席が少ないことで、開場当時に比べるとまるで別のホールのようだ。
     *
サントリーホールはカラヤンがアドバイスをしたホールと知られている。
カラヤンがどんなアドバイスをしたのかはわからない。
宇野功芳氏の文章を読んで、
ステージ上の指揮台での音・響きの良さを実現するためのアドバイスだったのかも思った。
それだけではないにしても。

Date: 1月 7th, 2017
Cate: よもやま

the re:View (in the past)とJAZZ AD!!、更新休止のお知らせ

the re:View (in the past)JAZZ AD!!
しばらく、このふたつのブログの更新を休止します。

先日(1月5日)、五年以上使ってきたiMacが故障したためが理由です。
the re:View (in the past)は、ここしばらく画像中心で更新してきましたが、
しばらくしたらテキスト中心の更新に戻る予定です。

新しいiMacを導入後、どちらも更新していく予定です。

Date: 1月 5th, 2017
Cate: よもやま

宇野功芳氏のこと(追補)

2016年6月にに宇野功芳について、少し書いている。
宇野功芳氏のオーディオについて、もう少しわかったことがあるので書いておく。

コントロールアンプは「宇野功芳氏のこと」で書いているように、マランツのModel 7。
パワーアンプはQUADのIIである。

この組合せは、瀬川先生がModel 7を導入されたときと同じである。
宇野功芳氏は、青木周三氏のアドバイスにしたがって、
当時かなり高価にもかかわらず購入を決められている。
(若い世代の人に、青木周三氏といっても、誰ですか、といわれるんだろうな。)

スピーカーも青木周三氏のアドバイスによるものだそうだ。
スピーカーの中心となるのはグッドマンのAXIOM 80である。
ウーファーはワーフェデールのSuper 15、トゥイーターはSuper 3である。

自作のスピーカーということになる。
最初はすべてワーフェデールのユニットによる3ウェイ、
スコーカーはSuper 8で、ウーファーはSuper 12だったのを、
まずスコーカーをAXIOM 80に交換され、ウーファーを口径アップされている。

エンクロージュアはバスレフ型。
ネットワークについては不明。

アナログプレーヤーはトーレンスのTD126MKIIIに、SMEのトーんーアーム。
カートリッジは、これを書くにあたって参考にしている「音楽の空間(男の隠れ家増刊)」によれば、
シュアーのULTRA 500である。

CDプレーヤーの写真はなく、ただラックスマンと本文にあるだけだ。

「音楽の空間」にはこうある。
     *
青木さんはオーディオ評論家として一風変わっていて、分離の良すぎる音より、演奏会場のいちばんいい席で聴こえる音、実演に近い音をめざす人だった。それが宇野さんの志向にもぴったり合ったという。あるとき、別のオーディオ評論家が最新の器材をつないでくれたことがあるそうだが、さっぱりいい音が出ず、その評論家が「おかしいなあ」と首をかしげる結果に終わったそうだ。
     *
青木周三氏をオーディオ評論家とするのは少しばかり異を唱えたいが、
宇野功芳氏が志向されていた音の一端は伝わってこよう。

「音楽の空間」に載っているModel 7は、
中央の四つのレバースイッチのひとつ、右から二つ目がいちばん上に上げられている。
Model 7を使われている方、詳しい方ならば、
このスイッチが何なのかおわかりだから、これ以上は書かない。

Date: 10月 13th, 2016
Cate: よもやま

没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート

「没後20年 武満徹オーケストラ・コンサート」に行ってきた。
東京オペラシティ コンサートホールで行われた。

ここの正式名称は東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアルである。
東京オペラシティ コンサートホールは1996年に建てられた。
武満徹は1996年に亡くなっている。

そういえば同じ年のことだったのか、とぼんやりした記憶を辿っていた。

20代のころは、熱心にコンサートホールに行っていた。
いまはそうではない。
ひさしぶりのコンサートホールだな、と思うとともに、
武満徹の作品をコンサートホールで聴くのは初めてでもある。

今日のプログラムは、
 地平線のドーリア
 環礁──ソプラノとオーケストラのための
 テクスチュアズ──ピアノとオーケストラのための
 グリーン
 夢の引用─Say sea, take me!─ ──2台ピアノとオーケストラのための
だった。

指揮はオリヴァー・ナッセン、オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団、
ソプラノはクレア・ブース、ピアノは高橋悠治とジュリアン・スー。

ベートーヴェン、モーツァルト、マーラーなどのプログラムと何が違うかといえば、
曲目ごとにオーケストラの編成も楽器配置も変っていくことだった。
指揮台の位置も移動していた。

だから曲が終るごとにスタッフ数人が椅子を出したり片づけたり、または並べ替えたりする。
コントラバスの移動もやる。
ピアノの移動もあったし、ハープの位置も一曲目とそれ以降とでは違っていた。

さらに今日の内容は収録されていた。
テレビカメラはなく、音声のみの収録である。

将来、何らかの形で放送されたり発売されるのかはアナウンスはなかった。
マイクロフォンもメインは天井から吊り下げられていたが、
補助マイクロフォンが曲によって使われて、このセッティングも曲ごとに違っていた。

こんな光景は初めてだった。

今日の録音がCDで発売されたとしたら、
どんなスピーカーで聴きたいだろうか、と駅までの道のり、考えていた。

コンサート終了すぐに混んでいる電車に乗るのがいやで、
新宿駅までぶらぶら歩きながら考えていた。

二週間前のインターナショナルオーディオショウで聴いたスピーカーの中で選ぶとすれば、
YGアクースティックスのHaileyが真っ先に浮んだ。

ショウで聴いていて、精度の高い音に感心しながらも、欲しいと思いはしなかったけれど、
武満徹の音楽を好んで聴くのであれば、互いに引き立て合うかもしれない。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: よもやま, アクセサリー

夏の終りに(その4)

2016年のツール・ド・フランスも日曜日に最終ステージである。
今年のツール・ド・フランスに合せたかのように、映画「疑惑のチャンピオン」が上映されている。

癌から生還し、ツール・ド・フランスを七連覇しながらも、
ドーピングの発覚ですべての優勝が取り消されたランス・アームストロングの映画である。

薬物によるドーピングが絶対的悪だとは私は考えていない。
最近では自転車のフレームの中に電動モーターを内蔵した機材ドーピングもある。
こちらは、もう自転車競技ではなくなってしまうから、絶対に認められないドーピングではあるが、
薬物ドーピングに関しては、あれこれ考えさせられるところがある。

そのひとつにオーディオ関係のアクセサリーとドーピングは、
実のところ同じ性質を持っているとも思える。

全体的な傾向としてとして、日本のケーブルメーカーは、
ケーブルそのものが存在しないのを理想としてそこに近づけようとしている。
導体の純度の追求がまさにそうだし、ケーブルの存在(固有の音)をできるだけなくそうとしている。
もちろんそうでないケーブルもあるから、あくまでも全体的な傾向として、ではあるが。

海外の、特にアメリカのケーブルメーカーとなると、
ケーブルもオーディオコンポーネントのひとつとしての存在理由を、
その音づくりにこめているように思える。

日本のケーブルが主張しない方向とすれば、主張する方向とでもいおうか、
ケーブルの存在をなくすことはできないのだから、
ならば発想を転換して積極的に……、とでもいおうか、そういう傾向がある。

そういうケーブルは、どこか薬物ドーピングのように感じてしまう。
ケーブルに限らない、オーディオ・アクセサリーの中には、いわゆる主張するモノがけっこうある。
そして新しいとアピールするアクセサリーが、登場してくる。
そういうのを見ていると、どこが薬物ドーピングと違うのか、と思うのだ。

オーディオのアクセサリーではなく、装飾物としてのアクセサリーを、
これでもかと身に纏っている人もいる。
なぜ、そこまで……、と思うこともあるが、これもドーピングとして捉えれば、
そういうことなのかも……、と思えてくる。

Date: 6月 12th, 2016
Cate: よもやま

宇野功芳氏のこと

音楽評論家の宇野功芳氏が亡くなられたことを、
朝、インターネットを見ていて知った。

20代のころは、宇野功芳氏の書かれたものをけっこう読んでいた。
著書も何冊か買って読んでいた。

けれどしばらくすると、ぱたっと読まなくなってしまった。
だから、宇野功芳氏の音楽評論について何か書けるわけではない。

宇野功芳氏は、音に頓着しない人が多い音楽評論の世界にいて、
オーディオにこだわりを持っていた人である。

いつだったか、宇野功芳氏のシステムが何かの雑誌に載っていた。
レコード芸術だったと思う。
そこにはマランツのModel 7が写っていた。

アナログプレーヤー、スピーカー、パワーアンプも写っていたはずだが、
いまは記憶に残っていない。
ただマランツのModel 7だけがはっきりと記憶に残っているのは、
宇野功芳氏のレコード(録音物)による音楽の聴き方と、
マランツModel 7の音の描写とが、私の中では合致していたからだ。

もちろんコントロールアンプだけで、そこで鳴っている音がすべて決ってしまうわけではない。
それでも、この人の音楽の聴き方にぴったりと合うコントロールアンプといえば、
マランツのModel 7しかないだろう、と思っている。

宇野功芳氏がいつごろからModel 7を使われているのかも知らない。
どうやってModel 7と出合われたのかも知らない。
そういうことを知ろうとは思っていない。

ただ宇野功芳氏がマランツ Model 7で聴かれていた、ということが、
私にとっては記憶に残ることであった、というだけである。

Date: 3月 5th, 2016
Cate: よもやま

妄想フィギュア(その3)

ステレオサウンド 64号にトーレンスのリファレンスを分解、全パーツを並べた写真が載っている。
三つ折りで載っている。

この撮影のことは憶えている。
ステレオサウンドの社屋にある撮影スタジオでは、こういう撮影は無理で、
六本木スタジオで借りて行われた。

約100kgのリファレンスを車に載せて移動。
六本木スタジオ内で分解作業が始まった。
その後パーツを並べていくわけだが、
どういう並べていくか、何度か並べ直し、細かな直しをして決めていく。

ステレオサウンドで働くように約半年ほどの私は、
写真撮影の大変さを、この時知った。
ほぼ一日がかりの作業だった。

このことを思い出して書いているのは、
先日行った「マッスルオーディオで聴くモノーラルCD」に必要な部品を買いに秋葉原に行ったからだ。
新しくなったラジオ会館に、やっと入った。
目的の部品はすぐに購入。せっかく来たので上の階から順に見てまわりながら降りていった。

建て替える前から、こんなふうになっていたラジオ会館だったから、
特に驚きはしないものの、目に入ってくる多くのフィギュアを見ていて、
思いついたのが64号のリファレンスの写真に関することだった。

この写真をフィギュアにできないだろうか、と。
64号の写真と同じに並べて額にいれて飾るのもいいし、
その人なりの並べ方で飾るのもいい。

リファレンスの他にJBLのパラゴンもいいと思う。
パラゴンならば図面のコピーを持っているから、より正確なモノになるだろう。

Date: 7月 18th, 2014
Cate: よもやま

山水電気のこと(補足としての、その3)

サンスイの今回の件について、(その2)までで(その3)以降は書く予定ではなかった。
けれどfacebookのaudio sharingのグループにコメントをもらった。
そのコメントへの返信の意味で、これを書いている。

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」に対するサンスイとティアックの違いについて書いた。
タンノイ号にお金を出したティアックの経営陣が立派で、
そうでなかったサンスイの経営陣は立派ではない、なんてことは思っていない。
そんなことを言いたかったわけではない。

ただ、編集者としてこういうことがあった、
一方ではこうだった、ということを書いて、
その違いが私にとっては、今回の件と決して無関係ではない、と思っている、というだけである。

この見方に賛同される人、納得される人、そんなバカな! と思われる人、
いろいろな受けとめ方をされていい。
何も私が今回書いたことに納得してほしいわけではない。

あくまでもひとつの意見でしかない。

それでも何に対してお金を出すのか出さないのか。
このことはきちんと見ていくべきではないか、とは思っている。

山水電気は「世界のオーディオ」の数年後に、あることにかなりの大金を出している。
「世界のオーディオ」とは比較にならぬほど大きな額である。
この数年後とは、1987年のことである。

1987年にオーディオをやっていた人ならば、あれか、と思い出されるだろう。
まだその頃はオーディオはやっていなかったという人でも、いまはインターネットですぐに調べられる。

この1987年のことについては、まったく別のテーマで書いていくかもしれない。
書かないかもしれない。

私の中では、書かない言わないで、墓場までもっていくことがいくつかある。
いうべきことでないことを知っている。
それらのことについては語ることは絶対にない、といえる。
だが、そのことを知っているから書けることもある。

それからいつか書いてもいい、と思えるときがきたら書こう、と決めているいくつかのことがある。
1987年のことは、ここに入っている。

山水電気の今回の件に関しては、ここまでである。

Date: 7月 17th, 2014
Cate: よもやま

山水電気のこと(その2)

「世界のオーディオ」が刊行されていたころは、ちょうどJBLが日本市場で爆発的に売れていた時期でもある。
ペアで100万円をこえる4343が、信じられないほど売れていた時期だけに、
JBL号が出ないのがなんとも不思議だった。出ていたら売れていたはずなのに……。

だから、この疑問もステレオサウンドで働くようになって、
編集部の先輩にきいた「なぜJBL号を出さないんですか」と。

返ってきた答は、編集という仕事についたばかりで、
出版がどういうものなのかもほとんどわかっていなかった私には、いささか驚きのものだった。
「サンスイがお金を出さないからだよ」

いわれてみると「世界のオーディオ」には広告が載っていない。
入らない、ともいいかえられる。

どのメーカー、輸入商社が、他社だけを取り上げている別冊に広告を出すだろうか。
広告がどれだけの比重なのかをまったく考えていなかった私は、
いわれてみればそうだ、と理解しながらも、
サンスイはサンスイ号とJBL号、二冊分の予算を用意しなかったんだ……、と思っていた。

メーカー、輸入商社がどれだけ出していたのか、それは知らないし、特に興味はなかった。
ただいまふり返って思うのは、サンスイとティアックについて、である。

ティアックはタンノイ号を優先した。
ティアック号は出なかった。ティアック号が出てもおかしくはないし、
むしろティアック号が出なかったことが不思議でもある。

ようするにティアックはタンノイを優先した。
サンスイはJBLよりも自社のことを優先した。

当時タンノイも売れていただろうが、
JBLの売行きはそれ以上で、売上高では比較にならないほどだったと思う。
それだけ売れていたJBLの本に対しての山水電気の態度、
それに対してティアックのタンノイの本に対する態度。

この違いが、ティアックは健在でサンスイがこうなってしまったことと、決して無関係とは思っていない。

Date: 7月 17th, 2014
Cate: よもやま

山水電気のこと(その1)

山水電気の倒産がニュースになっている。
二年ほど前だったか、事実上倒産状態になっているというニュースが流れていたから、
今回のニュースにさほど驚きはなかった。

twitter、facebookのタイムラインでも、サンスイの倒産は話題になっていて、
あえて検索しないでも、今回の倒産に関してのいくつかの記事へのリンクが表示される。
いくつか読んだ。
なぜ山水電気が倒産したのかについての考察もあった。食い足りなかった。

この記事を書いた人はオーディオマニアじゃないんだな、ということが伝わってくるし、
もしオーディオに関心をもっていた(いる)人であったとしても、
サンスイの製品を実際に見て触って聴いてきた人ではないな、という感じがした。

私にとっての最初で最後のサンスイの製品はAU-D907 Limited。
それから1982年から丸七年間、サンスイのあらゆる製品を見て触って聴いてきた。

それらのことを今回の倒産と結びつけて書こうと思えば書けるのだが、
ここで書くのはまったく違った視点からである。

1970年代後半、ステレオサウンドは「世界のオーディオ」という別冊を出していた。
ラックスから始まり、マッキントッシュ、サンスイ、アルテック、ビクター、パイオニア、テクニクス、
ソニー、オンキョー、タンノイと続いてた。

私はJBLが出るのを期待していた。
が結局、タンノイ号で最後になってしまった。

Date: 7月 12th, 2014
Cate: よもやま

JAZZ AD!!(公開のお知らせ)

JAZZ AD!!というブログを7月7日に公開した。
どういうブログなのかは、アクセスしていただければすぐにわかる。

Date: 6月 27th, 2014
Cate: よもやま

「古人の求めたる所」(かもめのジョナサン)

「かもめのジョナサン」の最終章が加えられた完成版が6月30日に発売になる。
日本語訳が出たのは、1974年6月、とある。

小学六年だった。
背伸びしたかったのか、「かもめのジョナサン」は、このころ買って読んでいる。
どこまで理解できていたのかはあやしいところだが、
この時期、新刊が出るのを楽しみにしていたのが手塚治虫の「ブッダ」だった。

「かもめのジョナサン」と「ブッダ」同じ時期に読んでいる。
「ブッダ」は長かった。
これも当時どこまで理解していたのはあやしい。

それでも同時期にこの二冊を読んでいたことは、
いま思うと知らず知らずのうちに影響を受けていたのかも、とおもう。

「かもめのジョナサン」の完成版は、ジョナサンが亡くなったあと、
弟子のかもめたちがジョナサンの神格化を始める、とある。

ブッダが亡くなったあとは……。