Archive for category ステレオサウンド

Date: 9月 11th, 2017
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドの表紙に感じること(その4)

オーディオマニアとは、思い入れをいくつももっている人だ、と私は思っている。
あるディスクへの思い入れ、
ある演奏家への思い入れ、
ある楽器への思い入れ、
もっともこまかなところへの思い入れもあるからこそ、
オーディオに関心のない人からは理解されないほどオーディオ(音)に情熱を注ぐ。

オーディオ雑誌は、そういう人たちへの本であってほしい、
と私は勝手に思っている。

ステレオサウンドというオーディオ雑誌が、ある時代、
多くのオーディオマニアが熱心に読んでいたのは、そこのところを大事にしていたからではないのか。

だから、読み手は、思い入れのあるステレオサウンドというのが、何冊かある、といえる。

雑誌に思い入れ? という人もいよう。
私もすべての雑誌に思い入れがあるわけではない。
思い入れのある雑誌のほうが、圧倒的に少ない。

だがステレオサウンドは、オーディオ雑誌である。
どっぷりオーディオに浸かってきた人たちが読む雑誌である。

そこに思い入れが感じられなくなってしまえば、
単なる情報誌である。

Date: 9月 8th, 2017
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドの表紙に感じること(その3)

(その2)に書いたこと、
そんなこと普通の読者はできない、と思う人もいる。
私より若い世代の人には、きっといると思うし、
私よりもずっと若い世代になればなるほど、そう思う人の数は増えるのかもしれない。

ステレオサウンド編集部にいたときから、私は記憶力では編集部一だった。
「あの記事は?」ときかれれば、「○号です」と即座に答えられたし、
この号では、あの筆者は、こういうことを書いていた、とも答えられた。

私が一般的でないのだろうか。
必ずしもそうとは思っていない。

同世代、少し上の世代のオーディオマニアと話していると、
意外に(といっては失礼なのだが)みんな憶えているものだ。
思い出すきっかけをこちらから与えれば「あぁーっ、そうだった」と思い出す人は多い。

そういう人たちは、みな思い入れをもってステレオサウンドを読んでいた時期がある。
その時期が短いか長いか、もっと以前にずれているのか、もう少し後なのか、という違いはあっても、
それぞれにそうであり、思い入れの特に深い号というのが、何冊かは必ずある。

53号といってもすぐに思い出せなくとも、
表紙が、SUMOのThe Goldだった号といえば、たいてい思い出してくれる。

そのくらい表紙と内容とが、深く結びついていた──、
と私は思っている。
そして思い入れをもって読むことができたのだった。

思い入れをもっていた人ほど、
いまのステレオサウンドには否定的である。
それも当然だと思う。

いまのステレオサウンドがつまらない、
もっといえばダメになったのは、ここに強く顕れているし、感じられる。

雑誌という定期刊行物にとって表紙とは何なのか。
こうなってしまったのは、どこに原因があるのかは、
作っている人たちがいちばんよくわかっていることだから、
ここで指摘するようなことはしない。

Date: 9月 7th, 2017
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドの表紙に感じること(その2)

管球王国という季刊誌も、株式会社ステレオサウンドから出ている。
ステレオサウンドの表紙にも、その傾向はすでに感じられるのだが、
管球王国のほうがより顕著といえる。

表紙には雑誌名が大きく、Stereo Sound、管球王国といちばん上にある。
その下に、特集記事のタイトルや何号なのかについての文字が並んでいる。

たとえばここ十年間の管球王国(40冊)を、
特集内容、何号かの文字を隠して、ランダムな状態にしておく。
その40冊を発行順通りに並べていくことができるか。

表紙の写真だけを見て、特集記事の内容、何号なのか、
その他の記事はどういったものが載っていたのか、
そういったことを思い出せるだろうか。

やったことはないが、私には無理である。
それほど熱心に管球王国を読んでいないことだけが理由ではない。
特集記事の内容と表紙とが結びついていないから、
一冊一冊の印象が、どうしても希薄になってしまう。

ステレオサウンドにも、上にも書いているように、その傾向を感じている。

実際にやってみれば、表紙になっている製品の発売時期を記憶している人ならば、
そこに頼って並べることはできるだろう。

でも私がいいたいのはそこではなく、表紙と内容の結びつきの希薄化である。

オーディオ入門・考(ステレオサウンド 202号)

facebookを見ていて、
そうか、ステレオサウンド、出ているんだ、ということに気づいた。

ステレオサウンドの発売日は知っている。
でも、発売日が待ち遠しいということはなくなってから、久しい。
それでも発売日ちかくになれば、今度の号の特集はなんだろう、
表紙はなんだろう、という興味からステレオサウンドのサイトを見ていた。

でも今回はそれすらもしていなかったことが、自分でも少し意外だった。
なので202号は読んでいないが、
特集は「本格ハイレゾ時代の幕開け」、第二特集が「アナログレコード再生のためのセッティング術」。

ここで書くのは第二特集のほうだ。
セッティングに術をつけてしまう感覚には「?」を感じてしまうが、
この第二特集では柳沢功力氏が「レコードプレーヤー・セッティングの基本」を書かれている。

私はまだ読んでいないのだが、facebookでは、この記事が話題になっていたし、
ページ数もけっこう割かれている、とのこと。

柳沢功力氏のことだから、破綻のない内容にはなっているはずだ。
ステレオサウンドの筆者の中には、どうにもアナログディスク再生に関して、
かなりアヤシイ人がいる。
いかにもわかっているふうに書いているつもりであっても、
読めば、その人の基本がなってないことはわかる人にははっきりとわかる。

誰とは書かないが、気づいている人は少なくない。
その人に「レコードプレーヤー・セッティングの基本」を書かせなかったのは、賢明といえる。

「レコードプレーヤー・セッティングの基本」が私が考えている内容であれば、
この記事を、203号が出た頃から、ステレオサウンドのサイトで公開すべきだと思う。

基礎的、基本的な記事はいつでも読めるようにしておくことが、
オーディオのこれからを考えているのであれば、その重要性がわかるはずだ。

何もいますぐ公開すべき、とまではいわない。
三ヵ月先、半年先でもいいから、
無料で「レコードプレーヤー・セッティングの基本」は公開することで、
オーディオ界が得られることは必ずあるはずだからだ。

Date: 11月 20th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その114)

ステレオサウンド61号が書店に並んだのは、冬休みに入って帰省してからだった。
61号の特集こそ、瀬川先生がいてほしい企画である。
よけいに、瀬川先生の不在を感じていた。

特集の最終ページをめくると、
「オーディオ界の巨星墜つ 瀬川冬樹氏追悼」の文字があった。

61号を手にして、私にとってステレオサウンドのおもしろさは、
瀬川先生の文章を読むことにあったことを、再確認していた。
五味先生が亡くなられてから、その傾向は強くなっていた。

1980年4月、五味先生、
1981年11月、瀬川先生、
私はオーディオの指標、そして音楽の聴き方の指標をなくしてしまった。

冬休みが終り、東京にもどってきた。
学校に通う日々。
1月の中ごろだった、帰宅すると、当時は寮住まいだったから、
寮母さんが、「電話ありましたよ、ステレオサウンドというところから」と伝えてくれた。

瀬川先生の死を知ってから一ヵ月経っていなかった。
あのときは頭の中が真っ白になった、
このときは耳を疑った。

1981年、私はステレオサウンド編集部宛に手紙を何通か書いていた。
おもしろいことを書くやつがいるということで、目に留ったようだ。
手紙にはしっかり住所だけでなく、寮の電話番号も書いていた。

それでも連絡があるとは思っていなかった。
これがきっかけとなって、働くようになった。

純粋に読者として読んだステレオサウンドは、だから61号までである。
この項も、これで終りである。

Date: 11月 20th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その113)

ステレオサウンド 61号の表紙はタンノイのG.R.F. Memoryだ。
特集が「ヨーロピアン・サウンドの魅力」だから、好適な選択といえよう。

60号の表紙のアルテックのシステムの規模と、
61号のG.R.F. Memoryのシステムとしての規模は、
そのままアメリカという国の大きさとヨーロッパのそれぞれの国の大きさを如実に表している。

私は、この61号の発売を楽しみにしていた。
瀬川先生が退院されて登場されている、と思い込んでいたからだ。

瀬川先生の訃報は新聞に載っていた(そうだ)。
そのころは金のない学生だったから新聞を講読する余裕はなかった。
瀬川先生が亡くなられていることを知らずに、61号の発売を心待ちにしていた。

そのころ秋葉原にあった石丸電気本店の書籍売場は、
一般の書店よりもオーディオ、音楽関係の雑誌は少し早く並ぶ。

冬休みに入るある日、秋葉原に行った。
目的はステレオサウンド 61号を買うためである。
1981年12月、ステレオサウンドは遅れていた。
だから、わざわざ秋葉原まで行った。

たしか12月19日だった、と記憶している。
石丸電気レコード館にもまだステレオサウンド 61号は並んでなかった。

レコード芸術の最新号はあった。
夏にはじまった瀬川先生の新連載は一回だけで休載になっていた。
再開したかな、と思いながら手にとりページをめくった。

そこで、瀬川先生の死を知った。
頭の中が真っ白になる──、
この時がまさにそうだった。

何も考えられない状態があることを、はじめて体験した。
手にとったレコード芸術を、反射的に書棚に戻した。
信じられなかったからだ。

戻したレコード芸術をもう一度手にした。
そうすれば、瀬川先生の死がなかったことになる──、
そんなバカなことを期待して、だった。

そんな奇蹟は起るわけはない。
秋葉原からの帰りの電車、何をおもっていたのか、おもいだせない。

Date: 11月 20th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その112)

ステレオサウンド 60号の特集に登場するのは、
アルテック、JBL、インフィニティ、ESS、ウェストレイク、マッキントッシュ、
クリプシュ、エレクトロボイスの大型スピーカーシステムである。

試聴は岡俊雄、上杉佳郎、菅野沖彦、瀬川冬樹の四氏。
ただ瀬川先生は途中から入院されているため、クリプシュとエレクトロボイス、
それからまとめの座談会には参加されていない。

まだ読み手だったころ、瀬川先生の途中からの不在が熱っぽさを感じない理由と思った。
けれどアルテックはA4、A5、Mantaray Horn Systemの三機種、
JBLはD44000 Paragon、4676-1、4345の三機種、
残りのブランドは一機種ずつであるから、瀬川先生は主だった機種に関しては聴かれている。

瀬川先生の不在は、60号を熱っぽく読めなかった理由とはならない。
60号の不完全燃焼は、ステレオサウンド編集部の不得手による、といまは断言できる。

60号の特集の扉に、15周年記念の第一弾とある。
ということは61号は第二弾の特集が組まれるわけで、
それはヨーロピアン・サウンドだろう、と予想がつく。

61号では瀬川先生も退院されているだろう……、とこのときは呑気に思っていた。
60号には瀬川先生の書き原稿はなかった。

Date: 11月 20th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その111)

誌面から直接音が聴こえてくるのならば、オーディオ雑誌は苦労しない。
音は聴こえてこない。

誌面からは直接熱も伝わってこない。
このことは編集部で働くことで実感したことだ。

ステレオサウンドは総テストを主として行ってきた。
総テストのやり方はいろいろ試してきていた。
そしてある程度は掴んでいた、と思う。
総テストは、ステレオサウンド編集部の得手であった、少なくともこのころは。

ステレオサウンド 60号の特集は、大型スピーカーシステムのテストといえばそうではあるが、
総テストという性格の企画ではないし、そういう記事づくりもやっていない。
そうなるとステレオサウンド編集部の不得手な面が出ているのではないだろうか。

こういう記事(企画)だと、作り手側の熱を伝えたからといって、
読み手が熱っぽく読んでくれるとは限らないことを、
編集の仕事をやっていた実感するようになっていった。

作り手側の熱と読み手側にとっての熱と感じるところには、
相違があるのを知らなければならないことも学んだ。

60号の特集は座談会としてまとめられている。
うまくまとめられている、とは思う。
読んで得られることもあった。

でも熱っぽくは、どうしても読めなかった。
その理由を考えずに、編集の仕事はできない。

ステレオサウンド 60号を、熱っぽく読んだ、という人がいたら教えてほしい、
それは思い込みでなく、ほんとうに熱っぽく読んだのか、
どう熱っぽく読んだのかを。

Date: 11月 19th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その110)

60号はステレオサウンド創刊15周年号であり、
特集「サウンド・オブ・アメリカ」も創刊15周年記念特集の第一弾である。

この特集は、いつものステレオサウンドの試聴室ではなく、
大正末期に建築されたという洋館の大広間(約54畳)で行われている。

古い建物だからエレベーターはなく、大広間は二階。
搬入作業はさぞ大変だったと思う。
搬入作業の様子も写真に撮られている。

この大広間は広いだけでなく、それに見合った天井の高さ(3.5m)がある。
アルテックのA4が置かれても余裕がある。

スピーカーも大型のモノばかりが集められている。
アンプもそれに見合ったモノとして、
コントロールアンプはマッキントッシュのC29とC32、
マークレビンソンのLNP2とML7、
それにマランツのModel 7、
パワーアンプはマッキントッシュのMC2255とMC2500、
マークレビンソンのML2(4台)、ML3、マランツのModel 9、
ハーマンカードンのCitation XX、スレッショルドSTASIS 1とSTASIS 2、
マイケルソン&オースチンのTVA1、アキュフェーズM100である。

アナログプレーヤーはトーレンスのReferenceである。
スピーカー、アンプ、プレーヤーの総重量は4.6トンとのこと。

準備も大変だっただろうが、片付けも大変だったはずだ。

──こうやって書いていくと、創刊15周年記念にふさわしい企画(特集)と思える。
私も、当時そう思って読んだ。

けれど編集部の大変さは、読み手には関係のないことである。
よくやったな、と思っても、それ以上のものは伝わってきにくい内容だった。

面白いはずだ……、と思い込もうとしていた。
これだけのことをやっているのだから……、と。

でも、何度読み返しても、つまらないといわないが、
そこに熱さがあったかといえば、私に関してはあまり伝わってこなかったというしかない。

Date: 11月 19th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その109)

ステレオサウンド 60号の表紙はアルテックのスピーカーである。

フロントショートホーン付きのエンクロージュア817Aに、515Eを二本おさめ、
中高域は288-16Kにマルチセルラホーン1005Bを組み合わせたモノ。

アルテックのスピーカーシステムとして、
この組合せのモノは、1981年のHI-FI STEREO GUIDEには載っていない。

載っているのは、1005BではなくマンタレーホーンMR94を採用したシステムで、
Mantaray Horn Systemが載っているし、
60号の特集「サウンド・オブ・アメリカ」に登場するのも、こちらである。

にも関わらず、表紙に1005Bを使ったのは、
写真映えするからだ、と思う。

10セルの1005BはW77.5×H42.5×D47.0cmという、そうとうに大型のホーンである。
かなり高価なホーンでもあった。
1981年当時で317,500円で受註生産品だった。
マンタレーホーンのMR94は141,100円、
JBLの蜂の巣(HL88)が130,000円の時代に、である。

マンタレーホーンを生み出した技術理論からすれば、
1005Bは旧型ホーンということになる。
指向特性も高域にしたがって悪くなっていく。
歪も多い、ということになる。

実際そうなのだが、モノとしたみたときに、
そして男の趣味のモノとしたときに、魅力的なのは圧倒的に1005Bである。

60号では、1005Bホーンを載せたシステムを、上から捉えている。
マルチセルラホーンの形状、デッドニングの感じが伝わってくる。

MR94では、このアングルではこんな感じにはならないだろうし、
かといってアングルを変えてみても……。

59号の表紙はJBLの4345だった。
全体にのっぺりした印象だったのに対し、
60号の表紙はスピーカーという立体物の魅力を捉えている。

「サウンド・オブ・アメリカ」という特集を表している表紙だと、
当時も思ったし、いまもそう思う。
そう思わない人も、いまでは増えてきていてもだ。

Date: 11月 18th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その108)

51号からダメになってしまったと感じていたベストバイという特集。
それでも一冊のステレオサウンドとして観た場合、
55号では「ハイクォリティ・プレーヤーシステムの実力診断」をやっている。

いわゆる総テストでとはなく、普及クラス、中級クラスのモノは省いての、
アナログプレーヤーのテストである。

ベストバイがマニアックとはいえない性格の特集なだけに、
こちらではマニアックな特集という意味を込めての企画といえる。

59号にも、そういう意図は読める。
特集2は、「MCカートリッジ用トランス、ヘッドアンプ総テスト(上)」である。
56機種のトランスおよびヘッドアンプを二回にわたってテストしている。

そしてもう一本。
特集ではないけれど、黒田先生の「ML7についてのM君への手紙」がある。
導入記である。

これは広く浅い読み物ではない。
書きたいことをあれこれ書き始めると、ここで停滞しそうだから、
あえてひとつだけに絞ろう。
 後半というか、最後のほうに、こう書かれている。
     *
 そして、あの日、きみには、ひとまずML7Lを持って帰ってもらいました。そのあとのぼくがいかにもんもんとしたかは、ご想像にまかせます。そして、あれから一週間ほどして、きみは電話をくれました。この電話が決定的でした。きみとしてはジャブのつもりでだした一打だったのでしょうが、そのジャブがぼくの顎の下をみごとにとらえました。ぼくとひとたまりもなくひっくりかえってしまいました。「やっぱり買うよ、俺、ML7Lを」と、電話口で、ぼそぼそといってしまったのです。
 もしかするときみは、ぼくになにをいったのか、おぼえてさえいないのかもしれません。念のために、ここに、書いておきます。きみは、こういったんです──「田中一光先生がML7Lをお買いになるんだそうですよ」。このひとことはききました。そうか、田中一光氏が買うのか──と思いました。
 ぼくは、光栄なことにぼくの本の装幀を田中一光氏にしていただいて、仲間たちから、なかみはどうということもないけれど装幀がすばらしいといわれて、それでもなおうれしくなるほどの田中一光ファンですが、まだ一度もお目にかかったことがありません。でも、直接お目にかかっているかどうかは、さしあたって関係のないことで、その作品やお書きになったものから、ぼくの中には、厳然と田中一光像があって、その田中一光氏がML7Lを使うとなれば、よし、ぼくもがんばってということになります。このときのぼくの気持は、アラン・ドロンが着ているからという理由で、その洋服を着てみようとするできそこないのプレイボーイの気持に似ていなくもありませんでした。
 いずれにしろ、決心のきっかけなんて、他愛のないものです。よし、ぼくもML7Lを買おうと決心した、つまり、清水の舞台からぼくをつき落としたのは、きみのひとこと「田中一光先生がML7Lをお買いになにんだそうですよ」だったということになります。
     *
最終的な決心をするということきは、意外にもこういうことなのかもしれない。

Date: 11月 17th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その107)

ステレオサウンド 59号で紹介されている新製品の中で、
瀬川先生はアキュフェーズのパワーアンプM100とルボックスのカセットデッキB710を担当されている。

M100は出力500Wでモノーラル仕様。
58号の新製品紹介でマッキントッシュのMC2500が登場したところだから、
二号続けての500W級のパワーアンプの新製品である。

カラーの4ページで紹介されている。
このアンプの試聴記の後半は、
瀬川先生が中目黒のマンションで、4345をM100で鳴らされていたのを知って読み返すと、
時代の音の変化とともに、瀬川先生が求められる音も変化していることを感じ取れるはずだ。

文章のボリュウムとしてはM100が多いが、
私が、瀬川先生ならではだ、と感じたのは、
モノクロ1ページのルボックスのB710の記事のほうである。

5000字近いM100の文章と、
1000字に満たないB710の文章。

B710の文章は、俯瞰の視点からのもので、B710のことというよりも、
国産のオーディオと海外のオーディオの音の違いを語られている文章といえる。

特定のディスクの、この個所がこんなふうに鳴った、というリポート的な試聴記がある。
そういう試聴記はどれだけは、細かく書こうと、リポートの域を脱することはない。

そんなリポート的試聴記がわかりやすいという読み手が少なからずいることは知っている。
そんな読み手に、B710の文章は、どう読まれるのだろうか。

Date: 11月 17th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その106)

JBLの4301BWX(150,000円、ペア)に、プリメインアンプはテクニクスのSU-V6(59,800円)、
アナログプレーヤーはパイオニアのPL30L(59,800円)、
カートリッジはオルトフォンのVMS30MKII(35,000円)、
システム合計金額は304,600円。

こんな組合せをステレオサウンド 59号の特集ベストバイを見ながらつくっていた。
瀬川先生が56号の特集で示された組合せの一例(KEFのModel 303にサンスイのAU-D607)に、
対抗する気持が少しばかりあっての組合せだ。

もしかすると瀬川先生も、予算30万円の組合せならば、
これに近い組合せをつくられたかも……、と思いながら考えていた。

4301Bの音はModel 303とは対照的だ。
どちらかといえば地味な傾向の303、
小型であってもやはりJBLといえる明るい軽妙な音の4301。

アンプはサンスイのAU-D607もいいけれど、
59号のころ(1981年)にはAU-D607Fになってしまっていた。
だからテクニクスを選ぶ。

57号のプリメインアンプの総テストで、
オルトフォンのVMS30MKIIが、SU-V6の良さを特に活かす、と書かれている。
私も、このシステムでもクラシックを聴きたいから、
アメリカのカートリッジではなくヨーロッパのモノを選びたい。

SU-V6にヘッドアンプは内蔵されているけれど、
あくまでもこたの価格帯のアンプとしては良い部類でも、
MC型カートリッジの良さを活かすとはいえないようなので、
そうなるとVMS30MKIIに絞られていく。

読み応えのあまりない59号の特集だったけれど、
こんな楽しみ方をしていた。

Date: 11月 16th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その105)

ステレオサウンド 59号の表紙はJBLの4345。
4343が表紙の41号から読みはじめた私は、
どうしても41号と59号を、記憶のなかで比較してしまう。

つまり、それは4343と4345のプロポーションの比較であり、デザインの比較でもある。

どちらも正面からの撮影である。
バックの色調が違うということ、
41号の4343はウォールナット仕上げではなく、サテングレー仕上げだったこと、
59号の4345はウォールナット仕上げ、そういう違いもあって、
受ける印象はずいぶん違う。

改めて4343のデザインの良さを認識してしまうことになる。

59号の特集はベストバイである。
51号、55号のベストバイにがっかりしていたから、
59号にも期待はしていなかった。少しは良くなってたらいいけど……くらいだった。

実際の59号の特集は、51号、55号よりは少しは良くなっていた。
やはり評判が良くなかったんだろう、と思った。

それでも43号のベストバイには及ばない。
このころは編集のことを名にも理解していなかった。
いまはその理由もわかる。
けれど、それはあくまでも編集側の都合であって、
読み手はそんな特集を望んでいるわけではない。

Date: 11月 15th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その104)

瀬川先生は、国による音の違い、特徴について言及されていた。
アメリカとヨーロッパ、それに日本、
それも特にスピーカーにおいて、それぞれの国柄が音として聴きとれる。

アメリカといっても東海岸と西海岸とではまた違う傾向を持ち、
ヨーロッパもイギリス、ドイツ、フランスでははっきりとした違いが音にある。

もちろん同じ国の中のメーカーによっても音は違うが、
数多くのスピーカーシステムを集めて聴くことで見えてくるのが、
国による音の違いである。

今回ステレオサウンド 58号をひっぱり出して読んでいて、
瀬川先生は1980年代には、時代による音の違いについて言及されたであろうと、
改めて思っていた。

改めて、と書いたのは、以前もそう思ったことがある。
1988年のことだ。
モノーラルからステレオ時代になってからだけをみても、
1960年代、1970年代、1980年代、それぞれの時代の音というのがあるように感じていた。

1989年の春号は90号。
1990年代の音を予測する、という意味も含めて、
これまでの時代の音をふりかえる、という企画を特集用として考えた。

企画書も下書きではあったが書いた。
でも、企画を詰めることなくステレオサウンドを辞めることになった。

90号の特集は、違う企画である。