Archive for category アクセサリー

Date: 11月 28th, 2019
Cate: アクセサリー

仮想アース(こういう方法も……・その2)

小学校三、四年のときと記憶している。
私が通っていた小学校には、各教室にラジオがあった。
真空管式の、だからかなり古いラジオである。

何かで使っていたわけでもない。
昔から設置されていて、それがそのまま放置されていた感じだった。

授業でラジオを聴くことになった。
何の授業でそうなったのかは、もう忘れてしまった。

ラジオのスイッチを入れる。
教室にあったラジオに電源が入ったのは、ひさしぶりのことのはずだ。
なので満足な受信はできなかった。

動作は明らかに不安定だった。
誰かが軽く叩いてみたり、置き場所、方向を変えてみたりしても、
ほとんど変化しない。

このラジオからは、一本のアース線が出ていた。
それをクラスの誰かが、いたずら半分なのだったと思うが、
パクッと口にくわえた。

その瞬間、ラジオからはっきりと音声が鳴ってきた。
みんな、わーっとなった。

いま思えば、これも仮想アースなのだろう。
すぐに試せる仮想アースともいえる。

けれど銅線を舌の上に置いているわけだし、
ピリピリする、ともいっていた記憶がある。

彼がアース線を口から出すと、途端に聞こえが悪くなる。
みんな、ブーッという。
しかたなくまたくわえる。

なので、効果はあったとしても、くわえている人にまったく害がないのはいえない。
私も、こればかりは試していない。
でも、効果ははっきりとあらわれそうである。

Date: 11月 28th, 2019
Cate: アクセサリー

仮想アース(こういう方法も……・その1)

昔から大地アースをきちんとやれば、音が良くなる、とはいわれ続けている。
一戸建て、リスニングルームが一階であれば、大地アースをやろうと思えばできる。

一戸建てでも二階がリスニングルームだと、
アース線が長くなりすぎて……、という意見もある。

どちらも試したことはないからはっきりしたことはいえない。

それでもこれまで住んできた賃貸住宅では、
アース端子がACコンセントのあったところもある。
試しに接いでみたことはある。
知人宅でもやったことはある。

私が試した範囲内でいえることは、
一度は試してみた方がいい、ぐらいである。

良くなるともいえるし、そうでもないともいえる。
ケース・バイ・ケースである。

ここ数年、仮想アースのアクセサリーが増えてきたように感じている。
以前から仮想アースのアクセサリーは、数少ないながらもあった。
私も、ある人から貰ったモノが一つある。

仮想アースは、いくつかのタイプがある。
自作して試せるタイプもある。

大地アースが無理ならば仮想アース。
そう考える人が増えているのだろうか。

昔からよくいわれていることがある。
大地アースが大事だ、といわれると、
では、人工衛星や宇宙ステーションでは、どうしているのか、である。

宇宙空間にあるわけだから、大地アースは無理である。
それでもそこに積まれている電子機器は動いている。

仮想アースも、結局はケース・バイ・ケースとしかいいようがない。
いろいろ試してみるしかないわけだ。

そんなことを昨日、いつものオーディオ仲間と話していた。
で半ば冗談で、小学生時代のことを話した。
別項「平成をふり返って(その3)」で書いていることだ。

Date: 9月 18th, 2019
Cate: アクセサリー

トーンアームリフターのこと(その3)

いまはさまざまな部品が小型化されている。
モーターも、かなり小型になっているし、
モーターを動かすのに必要なバッテリーの性能も向上し、小型になっている。
抵抗やコンデンサーといった部品も、かなり小型のモノがある。

なので、電子制御のトーンアームリフターは、
以前では考えられないほど小型にまとめあげられるはずである。

しかもいまはスマートフォンがあり、
そのアプリでトーンアームリフターのコントロールすることもできる。

カートリッジがレコード盤面に降りる時間をあらかじめ設定することもできる。
5秒後だったり、20秒後にしたり、というふうに。

またスマートフォンをリモコン代りにして、リスニングポジションに戻って、
スマートフォンの画面を操作してカートリッジを降ろすことも難しくないはず。

アナログディスク全盛時代には、ほぼ無理だったといえるトーンアームリフターが、
いまの時代では、実現できる環境が整っている。

トーンアームリフターは、音質には寄与しないアクセサリーである。
ヘッドシェル、シェルリード線のように、音質に直接関係してくるアクセサリーは、
いまでも、けっこうな数の製品が市場に出ている。

特にシェルリード線は、メジャーなところも、かなりマイナーなところも出してきている。
検索してみると、こんなメーカー(工房)もあったのか、と思うほどである。

けれどトーンアームリフターとなると、
いまの時代に、私が望むようなモノを開発してくれるところは、まずないだろう。

Date: 9月 14th, 2019
Cate: アクセサリー

トーンアームリフターのこと(その2)

当時、どういうアームリフターがあったのかというと、
空気圧式、オイルダンプ式、ギア式などがあった。

空気圧式では、オーディオテクニカのAT6005(3,500円)があった。
操作レバーとリフター本体が分離しているため、
既製品のプレーヤーに取り付けるというよりも、
キャビネットを自作する人向きといえる製品だった。

ギア式ではダイナベクターのDV3A(14,000円)とデッカのDeccalift(15,000円)があった。
オイルダンプ式はデンオンのAL1(2,500円)、
グレースのAD2(3,250円)AD2B(3,750円)AD3B(8,000円)、
スペックスのAL2(2,800円)などがあった。

瀬川先生の影響、それに若さゆえということもあって、
アームリフターは使わずにきたから、
これらを使ったことはまったくない。

なのではっきりとしたことはいえないが、
それでもこれらの製品は、レバー操作をすれば、すぐに針はレコード盤面に降りる。

レバー操作をして、ある一定時間が経過して針が降りていくという製品はなかったはずだ。

いま考えれば、不思議なことのようにも思う。
黒田先生と同じように、デュアルの1219の黄金の二十秒を欲しい、
と思っていた人は多かったのではないか。

誰もがリスニングポイントから手が届く位置にプレーヤーを置いていたわけではない。
数歩歩いたところに置いていた人も多かったはすだ。

そうなると、レコード盤に針を降ろしたらすぐさまリスニングポイントまで戻らなければならない。
イスに座る前に、音楽が鳴ってきてしまっては、
スピーカーからの音(音楽)をまちかまえることはできなくなる。

単体のアームリフターに、針がレコード盤面に降りるまで時間を設定できる機能は、
なぜなかったのか、誰も考えなかったのか、誰も欲しなかったのか。

瀬川先生は20秒は長すぎる、と感じられた。
私も20秒は長い、と思うだろう。

1秒刻みで時間を設定できる必要はないと思うが、
たとえば5秒刻みで、操作即針が降りるという、いわゆる0秒、
次に5秒後に、10秒後に、15秒後に、20秒後にというように五段階か、
7秒刻み、10秒刻みでの四段階、三段階の設定ができてもよかったはずだ。

Date: 9月 13th, 2019
Cate: アクセサリー
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トーンアームリフターのこと(その1)

黒田先生は、デュアルのプレーヤー1219について書かれている。
     *
 ついでながら書いておくが、今はデュアル一二一九というプレーヤーをつかつている。このプレーヤーの最大の利点は、スイッチをONにしてから、音が出るまで、約二十秒かかること、だ。手動式のプレーヤーだと、針を盤面におろすと、すぐに音が出てきてしまう。当然、あわてて、椅子に腰かけなければならない。しかし二十秒あれば、かなり余裕がある。椅子にすわる前にタタタターンとはじまってしまうと、演奏会の開演におくれそうになって、息せききってかけこんで、暗くなりだした会場で席をさがしたりする時の、あのあわただしさをどうしても感じてしまう。たったの二十秒だが、この二十秒のおかげであわてないですむとなれば、黄金の二十秒である。その間に、椅子の上にすわりこみ、おもむろにスコアのページをひらいて待っていられる。
(「闇の中で光を聴き、光の中で闇を聴くたくましさがほしい」より)

 耳をそばだててきく気持はもともとなかった。だから、ごく無造作にレコードをターンテーブルにのせて、いつものようにプレーヤーのスタートスイッチをいれて、椅子に腰をおろした。つかっているプレーヤーは、デュアルの1219だが、このプレーヤーのいいところは、自分で針を盤面におろさなくとも、スタートにしておけば自動的にかかることだ。いかにもあたりまえのことをよろこんでいると思われそうだが、スタートスイッチをいれてから音がでるまで、ほぼ二〇秒かかる。その二〇秒が、ひどく貴重に思える。二〇秒あれば、そんなにあわてずとも、椅子にかけて出てくる音をまちかまえられる。
 このデュアルの前は、パイオニアのモーターとグレースのアームの組合せできいていた。その頃は、針をおろしてから音が出るまでの時間があまりなくて、なんとなくあわただしい気持になった。しかし、だからデュアルにかえたのではなくて、一度オートチェンジャーというものを使ってみたいというひどく子供っぽい好奇心が、デュアルをえらばせたようだった。四年か五年も前のことになるだろうか。そして、使ってみた結果、そこで可能な黄金の二〇秒に気づいたというのが、正直なところだ。まさにそれは黄金の二〇秒というにふさわしいもので、みじかすぎず、長すぎず、本当にグッドタイミングに音がでてくる。
(「My Funny Equipments, My Late Friends」より)
     *
約一年のあいだに二回書かれているのだから、
かなりデュアルのプレーヤーの「黄金の二十秒」が気に入っておられたのだろう。

瀬川先生は、というと、「黄金の二十秒」ががまんできない、とされていた。
人それぞれである。

私も以前は、瀬川先生と同じだった。
プレーヤーは、坐っているところから手を伸ばせば届く位置に置く。
マニュアルで針を降し、アンプのボリュウムをあげる──、
それがスムーズにできて一人前と考えていた。

プレーヤー付属、トーンアームの付属のアームリフターはまどろっこしい。
なので、アナログディスク、アナログプレーヤー全盛時代にあった、
アクセサリーとして発売されていたリフターにはほとんど興味がなかった。

けれど、ここに来て少し考えが変ってきた、というか、
リフターについて考えるようにもなってきて、ひとつ気づいたことがある。

Date: 8月 30th, 2017
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーとデザイン(その5)

いまもまだいうのだろうか、と思い出したのが、
デコレーションケーキである。

私が小学生のころは、確かにそう呼ばれていたケーキがあった。
熊本に住んでいたころは、
デコレーションケーキという言葉はよく耳にしていたし、目にしていた。

Googleで検索すれば、いまもふつうに使われているようだけれど、
目にすることは、以前にくらべるとずっと減った、と感じている。

デコレーションケーキ、
装飾されたケーキである。

装飾されたお菓子ということで、
ここでも伊藤先生の真贋物語を思い出す。

このころのステレオサウンドを、何度読み返したことか。
伊藤先生の真贋物語もくり返し読んでいた。
だから、こうやって思い出すことになる。

43号の真贋物語に、プリンとホットケーキのことが出てくる。
     *
 カスタード・プッディングはキャラメル・ソースがかかっているだけのが本来なのに、当節何処の喫茶店へ行っても、真面(まとも)なものがない。アラモードなどという形容詞がついて生クリームが被せてあって、その上に罐詰のみかんやチェリーが載っていたりして、いや賑やかなことである。何のことはないプッディングは土台につかっての基礎工事なのである。味は混然一体となって何の味であるかわからないように作ってある。幼児はそれを目にして喜ぶかも知れないが成人がこれを得得として食べている。
 カスタード・プッディングは繊細な味を尊ぶ菓子であるだけに悪い材料といい加減な調理では、それが簡単なだけにごまかしが効かない。一見生クリーム風の脂くさい白い泡とまぜて、ブリキの臭いのする果物のかけらと食えば折角のキャラメル・ソースの香りは消え失せて何を食っているのか理解に苦しむ。しかしこうした使い方をされるプッディングは概ね単体でもまずいものであろう。
 価格は単体でなく擬装をして手間をかけてまずくしてあるから単体よりも倍も高い。長く席を占領されて一品一回のサーヴ料金を上げなければならないから止むを得ぬ商策であろうが、困った現象である。
 ホット・ケーキはホームメイド的で、メープル・シロップをかけてバターを溶かしてなすって食うのが最高である。これも基礎工事につかわれて小倉と名づけた煮小豆がのっていて、一見どら焼風になっていたり、苺とアイスクリームがなすってあったりしてホットの上にアイスが載って冷やしている奇妙なものもある。これも篦棒に高価になっている。朝食にベーコンかハムと一緒に食う本来の姿は何処へやら、堕落したものだ。いやデコレーション・ケーキとなって高級になったのかもしれないが哀れである。
     *
伊藤先生がステレオサウンドに書かれたものは、
「(続)音響道中膝栗毛」におさめられているが、もう絶版のようだ。
ステレオサウンド掲載時の文章と読み比べてみると、かなり手直しされていることに気づく。

伊藤先生の、この文章はカレーうどんのこと、そばのことへと続く。
この文章には、「絢爛たる混淆」という見出しがついている。

Date: 11月 6th, 2016
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーで引く補助線(その2)

シェルリード線の交換による音の変化を体験して考えたことがある。
シェルリード線を、別のところに移動したら、音の変化はどうなるのか。
例えばトーンアームの出力ケーブルの端の数cm分だけ、他の線材に換えたらどうなるのか。

もちろん音は変るのだが、その変化量は同じなのか変化するのか。
スピーカーケーブルの先でもいい、その部分数cmだけ別の線材にする。
もっともスピーカーケーブルの場合、なんらかの末端処理をすれば、
そこに数cm程度の別の素材が加わることになる。

これによる音の変化は確かにあるが、
同じ数cmであっても、シェルリード線ほどの音の変化はない。

シェルリード線とスピーカーケーブルとでは、
そこを通る信号レベルが大きく違うことも、音の変化の違いに関係しているだろうから、
トーンアームの出力ケーブルで試してみたら……、と当時考えた。

考えただけで面倒なこともあって試してみなかった。
シェルリード線とトーンアームの出力ケーブルでは、
カートリッジからの出力信号が流れている点では同じだ。

そこにおいてケーブルの順番を変えてみると、音の変化量は変化するのか。
やってないのだから推測でしかないが、
おそらく結果は違ってくるはずだ。

Date: 11月 6th, 2016
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーで引く補助線(その1)

少し前にアクセサリーのことを補助線に例えた。
アクセサリーに限らず、音を変えていく行為は、補助線を引く行為だと考えている。

それでもケーブル以外のオーディオ・アクセサリーは、
音を出す上で必要なモノとはいえない。
インシュレーター、フィルターなどなど、
それがなくとも音は出る、というアクセサリーがいくつもある。

それらを購入して、という行為は、
たとえばカートリッジを交換したりする行為とは違う補助線を引くことではないだろうか。

補助線は的確でなければ意味はない、といえるが、
最初からそういう補助線が引けるわけではない。
まぐれで引けることもあろうが、まずは引くことである。
頭の中だけで考えていても始まらない。

とにかく音を変えることをして、補助線を引いていく。
無駄な補助線だったと気づくのは、引くからである。

私もこれまでにさまざまなアクセサリーを使ってきた。
最初に買ったアクセサリーは、シェルリード線である。
理由は、安かったからだ。

ヘッドシェル内のリード線は短い。
シェルリード線以降のケーブル、
トーンアーム・パイプ内の配線、トーンアームの出力ケーブル、
カートリッジがMC型であれば、昇圧トランスを使う。
トランスの内部は巻線だから、これもケーブルである。
その出力ケーブルがあってアンプにたどりつく。
アンプからスピーカーシステムの端子までもいくつものケーブルを通る。

スピーカーの内部にも配線材があり、ネットワークのコイルがあり、
ユニット内部にもコイルがあるわけで、そのトータルの長さからすれば、
シェルリード線の数cmという長さは、無視できる長さのようにも思える。

にも関わらず実際に交換してみると、驚くほど音は変る。
ツボとでもいおうか、あるいはウィークポイントでもいおうか。
かかる費用からすれば、大きな効果といえる。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: アクセサリー, 四季

夏の終りに(その4)

2016年のツール・ド・フランスも日曜日に最終ステージである。
今年のツール・ド・フランスに合せたかのように、映画「疑惑のチャンピオン」が上映されている。

癌から生還し、ツール・ド・フランスを七連覇しながらも、
ドーピングの発覚ですべての優勝が取り消されたランス・アームストロングの映画である。

薬物によるドーピングが絶対的悪だとは私は考えていない。
最近では自転車のフレームの中に電動モーターを内蔵した機材ドーピングもある。
こちらは、もう自転車競技ではなくなってしまうから、絶対に認められないドーピングではあるが、
薬物ドーピングに関しては、あれこれ考えさせられるところがある。

そのひとつにオーディオ関係のアクセサリーとドーピングは、
実のところ同じ性質を持っているとも思える。

全体的な傾向としてとして、日本のケーブルメーカーは、
ケーブルそのものが存在しないのを理想としてそこに近づけようとしている。
導体の純度の追求がまさにそうだし、ケーブルの存在(固有の音)をできるだけなくそうとしている。
もちろんそうでないケーブルもあるから、あくまでも全体的な傾向として、ではあるが。

海外の、特にアメリカのケーブルメーカーとなると、
ケーブルもオーディオコンポーネントのひとつとしての存在理由を、
その音づくりにこめているように思える。

日本のケーブルが主張しない方向とすれば、主張する方向とでもいおうか、
ケーブルの存在をなくすことはできないのだから、
ならば発想を転換して積極的に……、とでもいおうか、そういう傾向がある。

そういうケーブルは、どこか薬物ドーピングのように感じてしまう。
ケーブルに限らない、オーディオ・アクセサリーの中には、いわゆる主張するモノがけっこうある。
そして新しいとアピールするアクセサリーが、登場してくる。
そういうのを見ていると、どこが薬物ドーピングと違うのか、と思うのだ。

オーディオのアクセサリーではなく、装飾物としてのアクセサリーを、
これでもかと身に纏っている人もいる。
なぜ、そこまで……、と思うこともあるが、これもドーピングとして捉えれば、
そういうことなのかも……、と思えてくる。

Date: 4月 29th, 2016
Cate: アクセサリー

アクセサリーは何に作用しているのか

オーディオ・アクセサリーには、いろいろな種類がある。
オーディオ・アクセサリーときいて、多くの人が思い浮べるケーブル類は、
信号がとおる経路だけに、直接的に音に影響を与えるアクセサリーである。

カートリッジをとりつけるヘッドシェル、スタビライザー、
インシュレーター、ラックなどの類は、信号系に直接関係してくるものではないが、
音は確かに変る。その意味では間接的に音に影響を与えるアクセサリーといえる。

それから音響パネルとよばれるアクセサリーがある。
上記のアクセサリーはオーディオ機器に関係していたモノに対し、
このアクセサリーはスピーカーから発せられた音に対して作用するアクセサリーである。

これら以外にもうひとつある、といえる。
具体的にあげれば超低周波発生機だ。

このアクセサリーに関しては、まったく効果がないという人と、
意外に効果的であるという人とがいる。

ケーブルでも音は変らないと唱える人は、
超低周波発生機などで音が変るわけがない、と一蹴するはずだ。

ケーブルだけでなくラックなどのアクセサリーで音は変るという認めている人でも、
この超低周波発生機に対しては懐疑的な人もいる。

実際に音は変化するのか。
試したことがないので、どうなのかはわからない。
ただ変るという人と変らないという人がいるということに着目すれば、
この種のアクセサリーは、人に作用するモノといえるのではないだろうか。

超低周波発生機は信号経路に挿入するわけではないし、
オーディオ機器と接しているアクセサリーでもない。
このアクセサリーを導入したからといって、部屋の音響特性が変化するわけでもない。

けれど音の受け手である人に対して作用するアクセサリーだと仮定したら、
人により変る変らないと意見が分かれることも説明がつく。

Date: 12月 1st, 2015
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーとデザイン(その4)

メガネをかけるかかけないかで、顔の印象は違ってくる。
どんなデザインのメガネかによっても、その人に似合っているのかどうかにもよって、
印象の変化も度合も違ってくる。

鼈甲のフレームのメガネを私はかけたことがないけれど、
鼈甲のフレームは装飾品としてのつくりと価格であるから、
かけた時の印象の変化は、そうでないフレームのメガネよりも大きい。

かけてもかけなくても顔の印象がほとんど変らない鼈甲のフレームが仮にあったとしたら、
それはあまり売れない商品になってしまうのかもしれない。

ここでマークボーランドのスピーカーケーブルの話に戻ると、
マークボーランドのケーブルを鼈甲のフレームのように見ているのか……、と思われるかもしれない。

そうともいえるし、そうでないともいえる。
何もマークボーランドのケーブルだけではない。
非常に高価で、そのケーブルに替えると音が大きく変化するという印象を与えるケーブル、
それらをすべてをふくめてのことなのだが、
私にとってマークボーランドがその手のケーブルで最初に聴いたモノだっただけに印象が強い。

スピーカーケーブルがなければ、どんなに高価なアンプであろうと、
どんなに優れたスピーカーシステムであろうと、それらはただの金属の箱、木製の箱でしかない。
スピーカーケーブルで両者が接がれて、
アンプはアンプとしての、スピーカーはスピーカーとしての仕事を果すことになる。

スピーカーケーブルは必需品であり、
その意味では私のように視力の悪い者にとってのメガネと同じともいえなくもない。

その必需品によって顔の印象が変り、音が変化する。
ここにデザインとデコレーションの違いが入りこむような気がする。

Date: 2月 2nd, 2015
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーとデザイン(その3)

以前、メガネを増永眼鏡のMP649にしたことを書いた。
当時は日本橋の三越本店別館のメガネサロンでしか川崎先生デザインのフレームは扱ってなかった。

東京にいったい何軒のメガネ店があるのかしらないが、1998年の時点では、ここだけだった。

ここでメガネをつくったことのある人なら、
その他多くのメガネ店とは雰囲気が違うことを感じとられると思う。

私がMP649を取り寄せてもらうため注文していた横で、
あるご婦人が完成したメガネを受けとっていた。
そのとき支払っていた金額に驚いた。

私が購入しようとしていたMP649とレンズを合わせた値段の約十倍もの金額だった。
MP649が届いて受けとりにいったときも、別のご婦人がメガネを受けとっていた。
その金額は、さらに高額だった。

どちらも鼈甲のフレームだった。
鼈甲のフレームは、こんなにも高額なのか、と驚きながらも、
ふたりのご婦人にとってメガネはアクセサリー(装飾品)でもあることに気づいた。

私の視力は左右とも0.1くらい。
メガネがないと不便である。
つまり私にとってメガネは医療機器であり、生活必需品である。
そこに装飾品の要素は求めていない。

けれど世の中には装飾品としてのメガネを買う人もいる。
そんなことを書きながらも、お前も川崎先生デザインのフレームというこだわりをもっているじゃないか、
と読まれている方にいわれそうだが、ここにデザインとデコレーションの違いがあると考える。

Date: 2月 2nd, 2015
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーとデザイン(その2)

マークボーランドがどういう会社なのか、いまも詳しくことはしらない。
最初なんとなくアメリカの会社なのかなぁ、と思っていたけれど、どうも日本で作っていたようだ。
その後、どうなったのかも知らない。

私が聴くことができたマークボーランドの製品は、
朝沼予史宏さんがステレオサウンド試聴に持ち込んだスピーカーケーブルだけである。
このケーブルの型番すら知らない。

外観はおよそ30万円もするケーブルには見えなかった。
それでも朝沼さんは自信たっぷりにみえた。
とにかくマークボーランドのケーブルを、何も知らないわれわれ編集部に聴かせたかったようだった。

当時使っていたケーブルからマークボーランドのケーブルに変える。
その音の違いは、それまで聴いてきた、さまざまなケーブルの音の違いよりもはるかに大きかった。
これだけはっきりと音が変化すれば、ケーブルで音は変らないと頑なに主張しつづけている人でも、
あっさりとケーブルによる音の変化を認めるであろう。
そのくらいの違いがあった。

逆にいえば、スピーカーケーブルを変えただけでこれだけの音の変化があることが不自然に思えるほどだった。

スピーカー側からみれば、アンプとはスピーカーケーブルを含めた範囲であり、
パワーアンプ側からみればスピーカーとはスピーカーケーブルを含めたものが負荷となる。
だからスピーカーケーブルが変ることでアンプにとっての負荷も変動する。

マークボーランドのスピーカーケーブルに変えての音の差は、
アンプの動作が、それまでのスピーカーケーブル使用時とは違ってきているような、そんな印象さえあった。

だからといってすべての点で、それまで使っていたケーブルよりも良かったのかというと、
そこに関しては保留をつけたくなっていた。
それに30万円という価格にも、当時はかなりの抵抗を感じていた。

Date: 2月 1st, 2015
Cate: アクセサリー

オーディオ・アクセサリーとデザイン(その1)

デザインとデコレーション。
デコレーションとは装飾である。
装飾品はアクセサリーである。

オーディオにもいくつものアクセサリーが存在する。
ケーブルもそのひとつだし、インシュレーター、スタビライザー、クリーナー、その他多くのジャンルのモノが、
いまオーディオ・アクセサリーとして流通している。

オーディオアクセサリーは音元出版の季刊誌の誌名なので、
ここではオーディオ・アクセサリーと表記する。

以前はオーディオ・アクセサリーは地味な存在だった。
いわば陰の存在のようでもあった。
価格もそれほど高価なモノはほとんど存在しなかった。

スピーカーケーブルにしても、ほとんどのケーブルが1mあたり数百円だった。
そこにマークレビンソンのHF10Cが登場した。
1mあたり4000円だった。

ステレオサウンド 53号に瀬川先生が「1mあたり4千円という驚異的な価格」と書かれているくらい、
当時としては非常に高価なスピーカーケーブルであった。
いまでは安価なスピーカーケーブルということになってしまうけれども。
これが1979年だった。

1980年代の後半になって、朝沼予史宏さんがステレオサウンドの試聴室に、
マークボーランドという、初めてきくブランドのスピーカーケーブルを持ち込まれた。
長さは3mくらいだった。
朝沼さんによると、ペアで30万円ほどだということだった。

3mだとしよう。
HF10Cだと片チャンネル12000円、ペアで24000円。
マークボーランドのスピーカーケーブルはHF10Cの十倍ほどの価格である。