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オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その10)
ロジャースのPM510の登場は1980年。
もう四十年以上前である。
ちなみにPM510は、ピーエム・ファイブ・テンと呼ぶ。
その四十年以上のあいだに、どれだけのスピーカーシステムが登場したのか。
数えたことはない。数えたことのある人は、ほとんどいないだろう。
とにかく多くのスピーカーシステムが世に登場している。
もちろん、それらすべてのスピーカーの音を聴いているわけではない。
それでも、PM510以降、
PM510的な音の世界、美しさを聴かせてくれるスピーカーは、あっただろうか。
PM510よりもあきらかに高性能ぶりを感じさせるスピーカーは、いくつもある。
これからもいくつも登場してくる。
けれど、PM510的な音の世界を響かせてくれるスピーカーの登場となると、
まったく期待できない、と思っている。
期待できないことを嘆きたいわけではなく、
スピーカーが進歩していくのであれば、それはそれで仕方ないこと。
それでも一度でもPM510の音に魅了された人、
PM510を自分のモノとしてきた人ならば、
そしてPM510をなんらかの理由で手離した人は、私だけではないはずだし、
そのうちの何割かは後悔に似た気持を持っているかもしれない。
程度のよいPM510は、ほとんどないのかもしれない。
でも、いつの日か、再会したいと思っているし、再会できるのかもしれない。
オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その9)
再会したいスピーカーといえば、やはりロジャースのPM510である。
PM510はII型も出ているけれど、これを改良モデルとは私はいいたくない。
PM510の音を高く評価していない人は、II型の音を改良された、と評価していた。
けれど、PM510の美点が、ほぼきれいさっぱり洗い流されてしまったかのように、
当時PM510を鳴らしていた私の耳には感じられた。
つまらないスピーカーになってしまった……、
これが私の正直な感想だった。
けれど世評は必ずしもそうではないことも、わかっていた。
瀬川先生が長生きされていたら、PM510の日本での評価も変ってきた──、
とは、だから思えない。
きっと瀬川先生も、II型の音は評価されなかったはず、と思っている。
ステレオサウンド 56号のPM510の記事を何度も読み返したことがある人ならば、
きっとそう思うであろう。
優婉な音。PM510の音は、まさにそうだった。
こんな低音では、ジャズのベースは聴けない──、
そういっていた人がいた。
そうだろうな、とは思っていたけれど、それがどうした! とも思っていた。
この人もII型の音のほうを高く評価していた。
PM510の中古は、一度だけ見たことがあるだけ。
それほど売れたスピーカーではないのだから、中古も出回らないだろう。
私が見たことがあるPM510の中古は、かなりくたびれていた。
PM510は長年使っていると、
ポリプロピレンコーンとエッジとの接着が剥れてしまうことがあるらしい。
ロジャースは、チャートウェルを買収して、LS5/8を出し、
そのコンシューマー版のPM510を出してきた。
ポリプロピレンコーンはチャートウェルが特許を取得していた。
その特許の内容は、どうも接着に関すること、と以前きいたことがある。
確認したわけではないので、はっきりとしたことはいえないが、
確かにポリプロピレンの接着は、当時は困難なことだった、らしい。
なので接着が剥れてしまうのも、しかたないのかもしれない。
オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その8)
別項で触れているラックスのKMQ60、
とある人が自作した50CA10のシングルアンプ、
これらのアンプは、ここでのテーマである「再会と選択」とは無関係といえば、
そうなのだが、でも一方で50CA10という真空管に目を向ければ、
それは私が初めて聴いた真空管のオーディオアンプに使われていた出力管であり、
50CA10には憧れも思い入れも特に持っていないが、
そう私が初めて聴いた真空管アンプ、ラックスのLX38には思い入れは、いまもある。
LX38を何らかの手段で購入していれば、
ようやくまた会えましたね、と心の中でつぶやく程度の再会といえなくもない。
けれど、私のところにやってきたのは、
50CA10を使っているし、SQ38FDのパワーアンプ部を独立させたといえるMQ60のキット版。
それでも、なんとなく再会という感じがしないわけではない。
とはいえ、今回KMQ60と50CA10のシングルアンプがやって来たのは、
選択した結果ではない。
偶然から、やって来たのだから、再会という選択をしているわけではない。
そんなことはわかっていても、やっぱり再会といっていいよね、とひとりごちる。
オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その7)
インターネットが普及して、
ヤフオク!も広く浸透しているからこそ、
今回のケースのように、THAEDRAを格安で、
それだけでなく家から一歩も出ずに手に入れることが、
つまり再会することができた。
以前だったら、THAEDRAが欲しい、
もう一度THAEDRAと思い立ったら、
中古オーディオ店を巡回していくか、
オーディオ雑誌の売買欄をこまめにチェックしていくしかない。
どちらにしても労力は、けっこうなものである。
それがいまや椅子に腰掛けたまま、iPhoneを触っているだけで済む。
手軽すぎる、といってもいいくらいである。
でも、だからといってありがたみが薄れるわけでもない。
20代のころ、SUMOのThe Goldを手に入れたときも、今回の件に近かった。
The Goldが欲しい! と思うようになった。
12月だった。
ステレオサウンドの最新刊も出たばかりで、ちょうどぽっかりと時間が空いていた。
出社していたけれど、ふらっと会社を抜け出して秋葉原に行った。
なぜだか、予感があったからだ。
ダイナミックオーディオに行った。
The Goldが、そこにあった。
私を待っていたかのように、そこにいた。
隣にはTHAEDRAもあった。
両方とも欲しかったけれど、この時はThe Goldだけしか買えなかった。
予算が足りなかった。
The Goldは、こんなふうにしてあっさりと自分のモノとなった。
不思議なものだ。
オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その6)
20代のころ、GASのTHAEDRAを使っていた。
1980年代後半である。
THAEDRAが登場して、ほぼ十年経ったころの話だ。
なので、そのころTHAEDRAを使っていた人も少なくなかったし、
THAEDRAを使っている、と周りのオーディオマニアにいったとしよう。
その時、「いまさらTHAEDRAねぇ……」という人はいなかった、といってよいだろう。
それから三十年以上が経ち、
「THAEDRAをヤフオク!で落札した」と不用意にいおうものなら、
「いまさらTHAEDRAねぇ……」と返してくる人はいる──、と思う。
たとえば、これがTHAEDRAではなく、マランツのModel 7だったらどうだろうか。
「いまさらModel 7ねぇ……」という人はいるだろうか。
おそらくいるだろうけれど、
「いまさらTHAEDRAねぇ……」という人よりもずっと少ないように思う。
MODEL 7はTHAEDRAより、ずっと以前に登場している。
なのに「いまさらModel 7ねぇ……」という人はずっと少ない。
理由はいくつか考えられる。
そのうちの一つは、資産価値ということがあるように感じられる。
いまマランツのModel 7の中古相場は高騰している。
百万円を超える場合も珍しくなくなってきている。
三百万近い値がつけられていたケースもある。
私がオーディオに興味をもったころ、1976年ごろは三十万円ほどだった。
そのころ登場したTHAEDRAの定価は六十六万円だった。
それから四十年以上が経ち、Model 7の相場は高くなる一方で、
THAEDRAの相場は低くなってきている。
低くなってきたからこそ、今回私は三万円ほどで手にすることができたわけなのだが。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・追補)
ヤマハのアンプのラインナップから、
プリメインアンプの本格的なモデルが製造中止になっている、と(その2)で書いた。
A-S2100は2014年の登場だから、そろそろ新製品が出るのか、
コロナ禍で中止になったが6月にはOTOTENだったのだから、
それにあわせて新製品が出るのかもしれない──、そう思ってもいた。
今日(5月14日)、やはり新製品が発表になった。
A-S3200、A-S2200、A-S1200の三機種である。
六年経っているわけだから、
A-S2100よりもA-S2200はよくなっているはずだ。
そうだとして、今回のA-S2100の選択は失敗だったか、というと、
むしろ逆だと思っている。
ヤマハのウェブサイトをみてもらうとわかるが、
A-S2100は250,000円(税抜き)だったのが、A-S2200は350,000円になっている。
A-S1200が240,000円で、最上機種のA-S3200は640,000円となっている。
けっこうな価格の違いがあるのをどう判断するのかは、
音を聴いてみないことには何もいえない。
新製品だと、今回のような値段では買えなかった。
A-S1200でも予算オーバーとなる。
いいタイミングでの買物だった、と結果的に思っている。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・その5)
前々から感じていても、現実に誰かの買物につきあって、
あれこれ検討してみると、選択肢の少なさは、
アンプのデザインについてもいえることを強く感じた。
今回の予算内にはおさまらないので選択肢から最初から外したが、アキュフェーズとラックスマン、
それに今回の選択肢の一つだったマランツ。
なぜ、こうも左右対称のフロントパネルばかりなのだろうか。
左右対称だから、どれも同じ、とまではいわないが、
左右に大きなツマミ(ボリュウムと入力セレクター)があるのは共通している。
アキュフェーズは、コントロールアンプのC280から、このスタイルである。
コントロールアンプもプリメインアンプも、基本的に同じである。
それ以前は、そうではなかった。
C200、C240、C220といったコントロールアンプは、それぞれのスタイルを持っていた。
ラックスのプリメインアンプはもっとヴァリエーションが豊富だった。
すべてが優れたデザインとはいえなくとも、意欲的だったことは確かだ。
マランツは左右対称のデザインは、伝統的ともいえる。
それでも1980年代からは、左右対称ではないアンプも登場していた。
それがいまではどうだろう。
アキュフェーズは、これから先も、デザインに大きな変更はないように思う。
マランツもそうかもしれない。
ラックスはどうだろうか。
コントロールアンプのCL1000の登場は変化の兆しとなるのだろうか。
とにかくデザインに関しても選択肢が少なくなってきている。
これで豊かになってきている、
よくなってきている、といえるだろうか。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・余談)
ゴールデンウィークは終っているから、電車は多少は混んでいるのか、と思っていたが、
昨日の昼間は、一車輌に十人くらいしか乗ってなかった。
秋葉原も人は少なかった。
ほぼ二ヵ月ぶりの秋葉原だったが、まずラジオ会館が閉まっていた。
当面の間、休業する、ということだった。
予想していたことだが、閉まっている店が多い。
昨日は、ヨドバシでプリメインアンプの購入という目的のほかに、
部品を買うという用事が、私にはあった。
ラジオデパートに行くと、一階の店舗はほとんど閉まっている。
ラジオデパートそのものも休業しているのかと勘違いするほどで、
後日出直すしかないのか、と一瞬思ったけど、シャッターはわずかだが開いていて、
目的の店舗(海神無線)は営業していた。
秋葉原にそんなに長い時間いたわけではないし、
歩きまわったわけでもないが、こんなにひっそりとした秋葉原は初めてである。
ヨドバシも19時閉店だった。
店内も、近所のスーパーのほうが混雑しているくらいに人が少ない。
買物すべてを終えて、三人で食事をすることになった。
誰かと食事をすること、親しい人たちと食事をすることは一ヵ月ぶり。
外に出るのも面倒だし、リスクもあるからということで、
ヨドバシの八階に移動する。
売場よりも人が少ない。
換気がいいだろうから、という素人考えで、焼き肉店に入る。
われわれ三人の他は、客は一人だけ。
普段だったら、かなりにぎわっているはずである。
なのに、こういう状況下でひっそりとしている。
食事を終え、秋葉原から電車に乗ろうと思ったが、
こんな東京は初めてだから、東京駅まで歩くことにした。
秋葉原から神田、日本橋を経て東京駅まで、人はいる。
秋葉原よりも多くの人がいるけれど、いつもよりはずっとずっと少ない。
20時前なのに、大半の店が早じまい、もしくは閉店していた。
それに空気が澄んでいのだろう、
通りがいつもよりきれいにライトアップしているような印象さえある。
こういう東京が日常化していくのだろうか。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・その4)
先に書いてしまうと、
購入したのはヤマハのA-S2100である。
製造中止になっているが、秋葉原のヨドバシのアウトレットコーナーには、
A-S2100、A-S1100、どちらも複数台あった。
アウトレットだから、いうまでもないが中古ではない。
けっこう安くなっている。
しかもヨドバシだから、10%のポイント還元がある。
現行製品の新品ならば、A-S2100は予算オーバーとなるが、今回はそうではない。
予算内におさまり、それだけでなく、プリメインアンプらしいプリメインアンプである。
フォノ入力もMM型だけでなくMC型にも対応している。
トーンコントロールもついている。
リモコン操作もできる。
そんなもの必要ない、というオーディオマニアもいようが、
今回、プリメインアンプを買う人は、くり返すがオーディオマニアではない。
テレビも接続するわけだから、
A-S2100のようなプリメインアンプらしいプリメインアンプが望ましい。
それが製造中止になっていたおかげで、予算といういちばん重要な条件も満たせた。
もちろん他の機種も見てもらった。
A-S2100のデザインが気に入った、ということも、購入につながっている。
ヨドバシのアウトレットコーナーに、A-S2100があるとは思っていなかった。
なにかいいモノがあればいいなぁ、ぐらいの期待だっただけに運が良かったといえる。
以前ならば、秋葉原に行ったら、数軒のオーディオ店をまわって、ということになったはずだ。
選択肢が多かった時代ならば、そういう買い方をしたはずだ。
そのころにはヨドバシのような大型量販店は、秋葉原にはなかったし、
大型量販店も変化してきているから、
大型量販店でオーディオを買う、ということに、私は抵抗はない。
もちろんすべての大型量販店がそうだ、とはいわない。
少なくともヨドバシで買うことに抵抗はないから、
今回、最初からヨドバシに行ったわけである。
選択肢も減った、
買い方も変った。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・その3)
今回のことがなくても気づいていたことなのだが、
今回のような相談をされたときに、現行製品を一覧できるところがない、ということだ。
ずっと以前はステレオサウンドが、HI-FI STEREO GUIDEを出していたから、
数ヵ月のズレはあるというももの、ほぼすべての現行製品が、すぐにわかった。
いまはインターネットがあるじゃないか、といういわれそうだが、
現行製品を一覧できるウェブサイトがあるだろうか。
日本オーディオ協会のウェブサイトにも、そういうページはない。
オーディオ雑誌を刊行している出版社のサイトにもない。
今回、実際に買いにいったヨドバシ、それからamazonなどのサイトで検索して、
それを参考にすればいい、ということなのか。
でも、やはり日本オーディオ協会のサイトに、
現行製品を、ジャンル別に、価格順に一覧できるページがあってほしい──、
というよりも、私はあるべきだ、と考えている。
個々の製品をクリックすれば、
そのメーカーのサイトにアクセスできるようにリンクされていればいい。
メーカー、それから出版社と協力すれば、実現できることである。
なぜやらないのだろうか。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・その2)
私が自分のために20万円という予算の枠でプリメインアンプを選ぶなら……、
それは新品に限らず、中古を含めてということになるから、
選択肢はそこそこあることになる。
けれど、今回はそういうわけにはいかない。
いい製品であること。
これはつまりこわれにくい、ということがまずあるし、
仮にこわれた場合のアフターサービスのことも含まれる。
そうなると海外製品はすすめにくい。
国産のプリメインアンプということに、自然となってしまう。
ラックス、アキュフェーズは予算的に少しオーバーしてしまう。
ヤマハは……、というと、今回ヤマハのウェブサイトを見て驚いたのは、
この価格帯のアンプが製造中止になっていたことだ。
ヤマハのアンプのフラッグシップとして、セパレートアンプの5000シリーズがある。
その下には、これまでA-S3000があって、A-S2100、A-S1100があったはずなのに、
三機種とも、すでに製造中止なだけでなく、後継機種がない。
この下となると10万円未満の製品ばかりだ。
こうなってくると、デノンとマランツぐらいしかない。
この二社のプリメインアンプで、アナログプレーヤーも再生可能なのは、また限られる。
これが、日本のオーディオの現状なのか、と思ってしまうほどだ。
けれど実際の買物は、もう少しだけ幅がある。
販売店にいけば、アウトレットと称して、けっこう割り引いてくれるモノがある。
これは多少の運任せの面があるが、買うということは、そういうことでもある。
なので昨日は、三人で秋葉原のヨドバシに行っていた。
オーディオ機器を選ぶということ(プリメインアンプの場合・その1)
私にとって二冊目のステレオサウンドは42号。
特集はプリメインアンプの総テストだった。
53,800円(オンキョーIntegra A5)から、
195,000円(マランツModel 1250)までの35機種がとりあげられていた。
試聴記、解説、測定データなどを含めて、一機種あたり五ページが割かれていた。
当時、中学生だった私には、充実した記事だった。
ステレオサウンドは57号でもプリメインアンプの総テストを行っている。
こちらは、56,800円(オンキョーIntegra A815)から、
270,000円(ケンウッドL01A)までの34機種。
このころは高校生だった。
いまステレオサウンドがプリメインアンプの総テストをやるとしたら、
いったい何機種とりあげるのか。
別項で、いまのステレオサウンドの編集方針を、幕の内弁当にたとえているが、
ここでいいたいのはそのことに関することではなく、
単純に、市場からプリメインアンプの製品数が、
私が中学生、高校生だったころからは大きく減ってきている、という事実である。
四十年ほど経っているのだから変化していて当然なのだが、
選択肢の少なさに、つい先日、ちょっと驚いてしまった。
20万円までの予算で、プリメインアンプが欲しい、という相談があった。
オーディオマニアからではない。
音楽好きの人からである。
いくつか条件があった。
もちろん価格。
それから入力の数。
アナログプレーヤーの接続するし、テレビも接ぐとのこと。
他にもちょっとあるけれど、もうこれだけでも選択肢はいくつもない。
選択肢(製品の数)が多ければ、それでいいわけではないが、
極端な減り方のように感じてしまった。
オーディオ機器を選ぶということ(購入後という視点・その15)
瀬川先生は、AXIOM 80をしまわれていた。
「しまう」は、仕舞う、である。
同時に、終う、でもある。
だからこそおもうことがある。
オーディオ機器を選ぶということ(購入後という視点・その14)
「てばなす」ということ──、
瀬川先生の場合はどうだったのか、とどうしても考えてしまう。
瀬川先生もいくつかのオーディオ機器をてばなされている。
EMTの927Dst、930st、
マランツのModel 7、JBLのSG520などである。
そのへんの事情もきいて知っている。
手放されたのか、手離されたのか。
でも、ここで考えたいのは、それらのオーディオ機器のことではない。
グッドマンのAXIOM 80のことである。
AXIOM 80を、瀬川先生は手放されていない。
きくところによると八本、ずっと所有されていた。
しかもそのうちの四本(と記憶している)は、初期の木箱入りのAXIOM 80である。
瀬川先生は、AXIOM 80をいつの日か鳴らしたい、と思われていたのか。
ステレオサウンド 創刊号に、
《そして現在、わたしのAXIOM80はもとの段ボール箱にしまい込まれ、しばらく陽の目をみていない。けれどこのスピーカーこそわたしが最も惚れた、いや、いまでも惚れ続けたスピーカーのひとつである。いま身辺に余裕ができたら、もう一度、エンクロージュアとアンプにモノーラル時代の体験を生かして、再びあの頃の音を再現したいと考えてもいる》
と書かれていた。
おそらく、それはずっと変らぬままだったはずだ。
だから、考える。
瀬川先生にとって、AXIOM 80は物理的に手放されていたわけではない。
けれど、その音は手離されてきたのか……、と。