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Date: 9月 8th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その9)

昨夜(9月7日)のaudio sharing例会に来てくれた常連のAさん。
facebookに、「いい気づきを今回もいただきました」と投稿されていた。

人によるだろうが、私は「今日はいい音でした」といわれるよりも、
Aさんのように言ってくれる方を嬉しく思う。

気づき、発見、再発見。
私がオーディオ雑誌、オーディオ評論に望んでいるものである。

何を望むのか、求めるのかは人によって違うものだ。
オーディオ雑誌、オーディオ評論に、結果(答)を求める人もいよう。

そういう人にとっては、ベストバイやステレオサウンド・グランプリといった点数づけ、
権威づけに直接つながっていく賞がおもしろい、ということになるのだろう。

いま書店に並んでいるステレオサウンド 200号。
まだ見ていないが、ステレオサウンドのサイトでは、
特集は「誌面を飾った名スピーカー200選」とある。

見てなくとも、おおよその構成は想像できる。
大きく外れてはいないという自信もある。

選ばれている200のスピーカーについて、
オーディオ評論家と呼ばれている人たちが、それぞれに担当して書いているのだろう。
以前の「世界の一流品」や「ステート・オブ・ジ・アート」と同じ構成のはずだ。

「世界の一流品」や「ステート・オブ・ジ・アート」では、そういうやり方でもいいが、
今回は200号記念特集、つまり創刊50周年の記念特集であるわけだ。

ここで私が求めたいのは、50年を俯瞰しての読みものである。
つまりオーディオの系譜、スピーカーの系譜といったことを求めたいし、読みたい。

この「系譜」について、200号では語られているのだろうか。
ないような気がする。

私がこの項のタイトルを、「ヴィソニック David 50のこと」とせずに、
「瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50)」とした意図は、そこにある。

Date: 9月 7th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その8)

エラックのCL310とヴィソニックのDavid 50とに、いくつかの共通点を挙げることができるからといって、
CL310をDavid 50の系譜に置くのは間違っている、もしくはこじつけ、強引なこと──、
私はそうは思っていない。

CL310は奥行きこそ長いが、ミニスピーカーといえるサイズで、
驚く音を聴かせる。
知人宅でCL310のAudio Editonを聴いて、心底驚いたことをいまもはっきりと思い出せる。

ミニサイズなのに音量が出せる──、低音が出る──、
そういったレベルではなく、そこでのエネルギーの再現性に驚いた。

CL310以前にも小型スピーカーで驚く製品はいくつもあった。
セレッションのSL6(SL600)、アコースティックエナジーのAE2などがあった。
それぞれに驚かされる面をもっていたけれど、
CL310ほどエネルギーの再現性に優れていたとは思えない。

AE2の方がCL310よりも最大出力音圧レベルはとれるかもしれないが、
ホーン型に一脈通ずるようなエネルギーの再現性は、AE2には感じず、CL310にだけ感じたものだった。

そういうCL310だけに、セカンドスピーカー、サブスピーカーという捉え方からは完全に脱している。
David 50はセカンドスピーカー、と書いているではないか。
そう思われるであろう。

でもヴィソニックがDavidシリーズで目指していたのは、良質のセカンドスピーカーではないはず。
David(ダヴィッド)の名は、巨人ゴリアテを見事に倒したダヴィデから名づけられているからだ。

ヴィソニックのエンジニアが目指していたCL310の領域にあった、と私は思っているし、
瀬川先生がCL310を聴かれていたら、どう書かれるかを想像するに、
ヴィソニックの系譜に沿って書かれた可能性があった、と思う。

Date: 9月 6th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その7)

ヴィソニックのDavid 50の外形寸法はW10.7×H17.0×D10.3cm、
David 502はW10.3×H17.0×D10.7cm。わずかな違いはあるが、同じといっていい。

エラックのCL310はW12.3×H20.8×D128.2cmである。
奥行きが三倍近くあるが、横幅と高さはDavid 50に近い。
ユニットもウーファーは11.5cm口径、トゥイーターはAMTの2ウェイ構成。

エンクロージュアの横幅はDavid 50同様、ウーファー口径よりもわずかに大きいだけである。
David 50もCL310もフロントバッフルいっぱいにユニットがある。
バッフルの余白はどちらもあまりない。

それからCL310のエンクロージュアのアルミ製である。
ここも同じである。

ヴィソニックもエラックもドイツのメーカーである。

CL310を最初に目にしたとき、David 50の系譜だと思った。
David 50は1976年に登場している。CL310は1998年である。
20年の開きが、David 50の系譜を、ここまで進化させたのか、と音を聴いて思っていた。

価格も違う。
David 50は67,600円(二本)、David 502は60,000円(二本)、
CL310は260,000円(二本)である。

それでもCL310は、David 50の系譜だ、と感じていた。

Date: 9月 5th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その6)

ヴィソニックのDavid 50の系譜は、David 502、David 5000と続いていく。
日本ではDavid 5000で途切れてしまった感があるが、
David 5001まで続き、いまも購入可能(のようだ)。
ただしドイツ製なのかどうかは不明。

David 502のころに専用のサブウーファーSUB1が出てきた。
30cm口径ウーファーで、300Hzのカットオフ周波数のネットワークを内蔵していた。
重量は36kg。これを加えれば、低域の拡充が実現する。
ただしSUB1の価格は20万円だった。
David 502が一本3万円の時にである。

David 5000と同時期に、B&OからBeovox C75が登場した。
Beovox C75といっても、どんなスピーカーだったのか、思い浮べられる人は少ないだろう。
Beovox C75は、CX100のひとつ前のモデルである。

エンクロージュアの形状、材質も同じ。
ユニット構成もBeovox C75とCX100は同じである。

Beovox C75は一度も聴いていない。
CX100と同じ音だったのだろうか。
だとしたら、なぜ型番を大きく変更したのかだろうか、と思ってしまう。

瀬川先生はBeovox C75は聴かれていないのだろうか。
瀬川先生はCX100をどう評価されただろうか。

こんなことを考えながら、David 50のもうひとつの系譜といえるスピーカーのことを思い浮べている。
エラックのCL310である。

Date: 8月 29th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その4)

瀬川先生がいわれていたことを、
David 50、CX100について書いているとどうしても思い出してしまう。

音楽を聴くとき、常に左右のスピーカーから等距離のところ、
つまりセンターで聴いているわけではない、と。
身構えずに音楽を楽しみたいとき、音と対峙するような聴き方をしたくないときは、
オフセンターで聴くこともけっこうある、と。

オーディオで音楽を聴くときは、いつかなるときでも、スピーカー(音)と対峙して聴く──、
そういう人もいるかもしれないが、
音楽に身をまかせるような聴き方もあっていいし、
そういう聴き方をすることはある。

だからといって、何かをしながら音楽を聴くようなことをしているのではない。

ステレオサウンドベ雜「コンポーネントステレオの世界 ’79」でも、書かれている。
     *
 言いかえればそれは、ことさらに身構えずに音楽が楽しめそうだ、という感じである。ミニアンプ(を含む超小型システム)は、誰の目にも、おそらくそう映る。実際に鳴ってくる音は、そうした予感よりもはるかに立派ではあるけれど、しかしすでに大型の音質本位のアンプを聴いているマニアには、視覚的なイメージを別として音だけ聴いてもやはり、これは構えて聴く音ではないことがわかる。そして、どんな凝り性のオーディオ(またはレコード)の愛好家でも、身構えないで何となく身をまかせる音楽や、そういう鳴り方あるいはそういうたたずまいをみせる装置を、心の片隅では求めている。ミニアンプは、オーディオやレコードに入れあげた人間の、そういう部分に訴えかけてくる魅力を持っている。
     *
身構えずに好きな音楽を聴きたい、そう思って聴きはじめる。
聴きはじめのときは、耳の位置は臍より後にある。
けれど聴いているうちに、臍より前にあることだってある。

そういう時、かけているディスクを、
メインのスピーカーを置いている部屋(もしくはシステム)に持っていくのか。

少なくともヴィソニックのDavid 50、B&OのCX100ならば、
耳が臍よりも前にきたとしても、そのまま聴き続けられるだけの良さを持っている。
ここが、単なるサブスピーカー、ミニスピーカーの領域に留まらない

いつのまにか音楽に聴き入ってしまっている自分に気づくこともある。

Date: 8月 23rd, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その3)

B&Oのスピーカーシステムは、それまでにわずかとはいえ聴いたことがある。
Beovox MS150などを、ステレオサウンド試聴室で聴いている。
惚れ込むまではいかなかった。

B&Oはデンマークのメーカー。
でもそのスピーカーの音に、北欧的なものを感じることはできなかった。
同じトランスデューサーでもカートリッジのMMCシリーズ方が、
なるほどB&Oは北欧のメーカーなんだ、ということを認識させてくれていた。

MMCシリーズの音を、無意識にBeovoxシリーズにも期待していたのだろう。
勝手な期待とは違う音が出てきただけのこと、ともいえよう。

そんなことがあったからCX100から、MMCシリーズに通ずる音が鳴ってきたのには、嬉しくなった。
10cm口径のコーン型ウーファーを上下に配し、中間にドーム型トゥイーターをはさむという、
いわゆる仮想同軸配置をとる、このスピーカーのエンクロージュアもまたアルミ製である。

ヴィソニックのDavid 50もアルミ製のエンクロージュアで、10cm口径のウーファー。
しかもエンクロージュアの横幅は、ユニット幅ぎりぎりにおさめられている。

LS3/5Aも10cm口径ウーファーだが、エンクロージュアの横幅は19cm、
CX100は11cmと、David 50も10.7cmとここにも共通するところがある。

それにCX100もDavid 50も、さまざまな使い方に対応できるようブラケットも用意されていた。
壁にかけることもできた。机の上に置くのもいい。

専用スタンド上に置いて、
スピーカー壁から十分に離したセッティングを要求するスピーカーとは、ここが違う。

しかも高価なアンプも要求することもない。
もちろんアンプのグレードを高めていけば、それに対応していくが、
それこそBOSEが101MM用に発売した1701で、魅力的な音が損なわれてしまうことはない。

細やかでいながら、芯のしっかりした音は、David 50と共通するところであろう。

瀬川先生が「続コンポーネントステレオのすすめ」で書かれたことをもう一度引用しておく。
     *
たとえば書斎の片すみ、机の端や本棚のひと隅に、またダイニングルームや寝室に、あまり場所をとらずに置けるような、できるだけ小さなスピーカーが欲しい。しかし小型だからといって妥協せずにほどほどに良い音で聴きたい……。そんな欲求は、音楽の好きな人なら誰でも持っている。
     *
CX100は、まさにぴったりといえたし、そのクォリティは、ほどほどに、というレベルを超えていた。

Date: 8月 23rd, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その2)

ヴィソニックの小型スピーカーというよりも、
ミニスピーカーといった方がぴったりくるサイズのモデルは、
David 30、David 50、David 60、David 80、David 100があった。
ウーファー口径は30と50が10cm、60は13cm、80は17cm、100は20cm。
トゥイーター口径は30と50が1.9cm、60が2.5cm、80と100が3.7cm(スコーカー)と1.9cmで、ドーム型。

エンクロージュアはアルミ製だったはずだ(残念なことに現物を見たことがない)。
ネットもアルミ製だった。

Davidシリーズは30が302に、50が502、60が602、80が803に型番が変更になった。
まずオーバーロードインジケーターが付いた。
おそらくいい音がするものだから、
ついパワーをいれすぎてユニットを飛ばす人が少なかったのだろう。

David 50が502になり、トゥイーターがカタログ上では2.0cmになっている。
クロスオーバー周波数は1.8kHzから1.4kHzに下がっている。

David 50は1976年、David 502は1978年、
1979年にはDavid 5000になり、エンクロージュアの形状も変更になっている。
トゥイーターは2.5cmになり、クロスオーバー周波数は2.5kHzになっている。

このころにはDavidシリーズの他に、Expulsシリーズ(フロアー型)も展開するようになった。

David 50の系譜は聴いてみたかった。
けれど私がステレオサウンドで働くようになったころはまだ現行製品だったが、
セレッションのSL6が登場し、小型スピーカーが大きく変ろうとしていた時期と重なったためか、
どのモデルも聴く機会はなかった。

ステレオサウンド編集部にいると、次から次と新製品に触れる機会がある。
そうこうしているうちにDavid 50のことはすっかり忘れていた。

思い出させてくれたのは、B&OのCX100の登場だった。

Date: 8月 22nd, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ヴィソニック David 50・その1)

1970年代後半、ミニスピーカーのちょっとしたブームがあった。
アメリカのADC、西ドイツのブラウン、ヴィソニックなどが積極的に製品を出していた。

瀬川先生はヴィソニックのDavid 50を高く評価されていた。
ステレオサウンド別冊「続コンポーネントステレオのすすめ」で、こんなふうに書かれている。
     *
 たとえば書斎の片すみ、机の端や本棚のひと隅に、またダイニングルームや寝室に、あまり場所をとらずに置けるような、できるだけ小さなスピーカーが欲しい。しかし小型だからといって妥協せずにほどほどに良い音で聴きたい……。そんな欲求は、音楽の好きな人なら誰でも持っている。
 スピーカーをおそろしく小さく作った、という実績ではテクニクスのSB30(約18×10×13cm)が最も早い。けれど、音質や耐入力まで含めて、かなり音質にうるさい人をも納得させたのは、西独ヴィソニック社の〝ダヴィッド50〟の出現だった。その後、型番が502と改められ細部が改良され、また最近では5000になって外観も変ったが、約W17×H11×D10センチという小さな外寸からは想像していたよりも、はるかに堂々としてバランスの良い音が鳴り出すのを実際に耳にしたら、誰だってびっくりする。24畳あまりの広いリスニングルームに大型のスピーカーを置いて楽しんでいる私の友人は、その上にダヴィッド50(502)を置いて、知らん顔でこのチビのほうを鳴らして聴かせる。たいていの人が、しばらくのあいだそのことに気がつかないくらいの音がする。
     *
「私の友人」と書かれている。
実際に友人で、そういう人がいたのだろう。
でも、瀬川先生自身もまったく同じことをやられていた、とつい先日ある方から聞いた。

世田谷に建てられたリスニングルームに移られる前のこと。
瀬川先生のリスニングルームをうかがったら、何も言わずに音を聴かせてくれた。
4343とは思えぬ、いい感じで弦の音が鳴ってきた。
帰り際に、種明かしをしてくれたそうだ。

実は鳴っていたのは4343の上に置いているヴィソニックだった、と。
この話をしてくれた人も、ヴィソニックを買ってしまった、とのこと。

ヴィソニック(Visonik)は、2000年代までは小型スピーカー(Davidシリーズ)を出していたが、
いまはヴィソニックというブランドでは作っていないようだ。

www.visonik.deとURLをブラウザーに直接入力してみると、
AUDIUMというスピーカーメーカーのサイトに行くようなっている。
Davidシリーズは、既にない。

Date: 7月 26th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ステレオサウンド 61号・その5)

あと一ヵ月とちょっとでステレオサウンド 200号が出る。
瀬川先生が登場しているのは60号までである。
1/3にも満たない。

いまのステレオサウンドの中心読者層にとって、
瀬川先生はどうでもいい存在であっても不思議ではない。
ということはステレオサウンド編集部もそうであっても不思議ではないし、
いまの誌面をみるかぎり、そうであろうと思う。

しつこいぐらいに書くが、
瀬川冬樹について誰よりも解っていなければならないのは、
ステレオサウンドの編集に関わっている人たちだ。
編集部であり、筆者である。
だから解るべきであり、解るために瀬川冬樹賞が必要だと考えるわけだ。
本来ならば解らせる立場にいるべき人たちなのに……だ。

ステレオサウンド編集部、筆者のために瀬川冬樹賞は必要になっている。
もちろん名ばかりの瀬川冬樹賞ではあっては、そうはならないことは自明だ。

編集部も筆者も新陳代謝していくと書いた。
だから、何年後か、何十年後かに編集部、筆者が瀬川冬樹賞の必要性に気づく日がくるかもしれない。
その日を俟っていたら……、とどうしても思う。

それに創刊50周年の今年こそ、瀬川冬樹賞をはじめるあたって絶好の年ではないか。

Date: 7月 25th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ステレオサウンド 61号・その4)

昨夏、瀬川冬樹賞があるべきではないか、と書いた。
ステレオサウンドに、これだけは期待したい。

創刊50周年を迎えるということは、つぎの50年のために……を考えることでもある。
だからこそ瀬川冬樹賞を本気で考えてほしい。

ステレオサウンドがオーディオ評論を真剣に考えているのであれば、
瀬川冬樹賞がどうあるべきかもわかるはずである。

昨夏までは、そう考えていた。
いまは少し違ってきた。

この項の(その1)にも書いた。
菅野先生の書かれたものをもう一度じっくり読み返してほしい。

《彼の死のあまりの孤独さと、どうしょうもない世間馬鹿のこの才能豊かな一人の人間の生き様は、多くの人達には解るまい。もし解っていたら、世の中、もっとよくなっているはずだ。》

瀬川冬樹という《どうしょうもない世間馬鹿のこの才能豊かな一人の人間の生き様》を解るためにも、
瀬川冬樹賞は必要だと考えるようになった。

瀬川冬樹賞によって、瀬川先生を解っていくことが、オーディオ界をよくしていくことのはずだからだ。

いまのステレオサウンドにそれを期待するのは無理だろう、と思う人の方が多いはず。
私もその一人だが、そう思っているからこそ、瀬川冬樹賞をやるべきだと考えている。

Date: 7月 25th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ステレオサウンド 61号・その3)

ステレオサウンドの論文募集には、ほぼ間違いなく新しい筆者を探す意図があったと見ていい。
菅野先生によるベストオーディオファイル訪問にも、そういう意図はあった。
事実、ベストオーディオファイル訪問に登場した人の何人かは、
筆者としてステレオサウンドの誌面に登場している。

おそらくどのオーディオ雑誌の訪問記事も、新しい筆者探しの意図があるとみていい。
書き手としての寿命より、雑誌の寿命が長いことがある。
ステレオサウンドもそうである。

9月に発売になる号で200号。創刊50周年。
創刊号をもっている人は、めくってみてほしい。
いまステレオサウンドに書いている人で、創刊号に書いていた人はいない。

筆者も編集者も、そして読者も新陳代謝していくのだから。

ならばなぜステレオサウンドは、59号以降、読者の論文募集をやらなくなったのか。
応募がほとんどない、というのが現実的な理由であろうが、
それだけが理由だろうか……、といまは思っている。

これは私が勝手にそう思っているだけで、確たる根拠はなにもない。
それでもそう思えることがある。

論文募集に積極的であったのは瀬川先生だったのでは……、ということだ。
ステレオサウンド 61号から瀬川先生は不在になった。
同時に論文募集も終ってしまった。

Date: 6月 14th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ステレオサウンド 61号・その2)

ステレオサウンド 42号と43号には、
「ステレオサウンド創刊10周年記念オーディオ論文入選発表」という記事がある。

ステレオサウンドが創刊10周年を記念して、オーディオをテーマとした論文を募集したもので、
締切日までに57篇の応募があった、とある。

優秀論文として3篇、佳作として5篇が選ばれていて、
42号と43号に優秀論文が掲載されている。
最優秀論文は該当作品がなかった、ともある。

審査には第一次がステレオサウンド編集部、
第二次が井上卓也、岡俊雄、黒田恭一、菅野沖彦、瀬川冬樹、坂清也、山中敬三、
ステレオサウンド編集長の八氏によって行われている。

ステレオサウンド 59号の158ページには、
創刊15周年を記念しての論文を募集している。
ここではテーマが四つ挙げられている。
 ①筆者への手紙
 ②わが愛するコンポーネント
 ③MY SOUND GRAPHITY
 ④五味康祐論

締切りは1981年の9月1日、12月1日、1982年の3月1日、6月1日の四回で、
それぞれの応募作の中から入選作と佳作を選び、一年間を通しての入賞作の中から、
検出したものには特選賞が与えられる、というものだった。
賞金もついていた。
入選作に10万円、佳作に3万円で、特選賞には30万円だった。

読者の論文募集は、59号が最後だった(と記憶している)。
創刊20周年での募集はなかった。それ以降もなかった。
次号でステレオサウンドは創刊50周年を迎えるが、読者の論文募集はない。

このことをどう捉えるか。
このことだけで考えるのか、他のことと関連付けて考えるのかによっても変ってくる。
ステレオサウンドをどう捉えているかによってもそうだし、
それ以上に、創刊20周年時には瀬川先生はもうおられなかったことが強く関係している。
私は、いまそう考えている。

Date: 6月 13th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ステレオサウンド 61号・その1)

昨日の「ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(その10)」。
こういうことを書くと、どうしても瀬川先生のことを書きたくなる。
一種の反動のようなものかもしれない。

思いついたことを、だから書いておく。
ステレオサウンド 61号。
この号は「特別」な号になってしまった。

248ページから252ページまでの五ページ。
この五ページを、何度読み返したことか。

61号から瀬川先生は、もうステレオサウンドに登場しなくなった。
もう瀬川先生の文章が読めなくなったことを、
61号でもう一度知らされた。

菅野先生が書かれている。
     *
 彼の死のあまりの孤独さと、どうしょうもない世間馬鹿のこの才能豊かな一人の人間の生き様は、多くの人達には解るまい。もし解っていたら、世の中、もっとよくなっているはずだ。彼の中に、自分との共通性を見出すことが出来ない人間なら、彼の死も、その孤独さも、もっと単純な寂しさと悲しさ、そして残念さとして受けきめることが出来るのだろうけれど、僕の気持はもう少し複雑なのである。彼は、ほんとうに、ずば抜けて素晴らしく、また駄目な人間でもあった。彼のような人間は、まず多くの理解者に恵まれることはなかろう。
     *
できれば何度も読み返してほしい。

瀬川先生の生き様は《多くの人達には解るまい》と書かれている。
《もし解っていたら、世の中、もっとよくなっているはずだ。》とも書かれている。

結局、そうなのだ、と思う。
1981年の冬よりも、いまのほうがより強く、そう思ってしまう。
だから悲しいのだ。

《もし解っていたら、世の中、もっとよくなっているはず》ではなかったから、
ああいうことが起っている。
何も、ああいうことは、あの一例だけではない。

そして、ああいう人が、いまでは「先生」なのだ。
世の中(オーディオの世界)が、よくなっていくはずがない……のかもしれない。

Date: 6月 8th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(本のこと)

先日、facebookで教えてもらったのが、佐貫亦男氏の「発想のモザイク」である。
すでに絶版だが、検索すればいまでも入手は容易だ。

教えてくださったA氏(元ステレオサウンド編集者)は、瀬川先生に「読んでみろ」と奨められた、とのこと。

この項の(その18)にも書いているが、菅野先生から、以前教えてもらった本がある。
「オーム(瀬川先生のこと)は、佐藤(信夫)さんのレトリックの本を読んでいたし、影響を受けていたはず」と。

こういう本はまだ、きっとあるはず。

Date: 5月 29th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(何度書かれたのか)

瀬川先生は、オーディオ評論をはじめるにあたって、 
小林秀雄氏の「モオツァルト」を書き写されたことは、これまで何度か書いている。
私も一度やってみたことがある。

原稿用紙を買ってきて、一字一字書き写した。
これはしんどいな、と思った。

いまから30年ちかく前のことだ。
ステレオサウンドを辞めて無職。
何かの目的のために書き写したわけではなかったが、とにかくやってみた。

この時は考えなかったことがある。
瀬川先生は何度書き写されたのか。
一度ではないような気がしている。

映画評論家の淀川長治氏は「同じ映画を十回観れば映画監督になれる」といわれている、ときいた。
優れた映画監督になれるかどうかの保証はないはずだが、
十本の映画を一回ずつ観るよりも、優れた映画一本を十回観た方が、
映画監督を志す人ならば得られるものがある(多い)ということなのだろう。

瀬川先生は「モオツァルト」を何度書かれたのだろうか。