Archive for 1月, 2014

Date: 1月 31st, 2014
Cate: 新製品

新製品(その1)

ステレオサウンドの新製品の紹介記事は時代によって変化してきている。
私が読みはじめたのは41号からで、
この時代の新製品の紹介は井上先生と山中先生のふたりが担当されていて、
スピーカーシステム、アンプ関係、プレーヤー関係と大きく三つにわけられていて、
まずその号での新製品の動向について語られ、
つづくページで個々の製品について書き原稿であったり、対談であったりしていた。

このやり方が大きく変ったのは、56号からである。
56号から新製品の紹介記事にカラーページが使われるようになった。

そしてカラーページには「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」、
モノクロページには「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」とそれぞれタイトルがつけられている。

「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」の扉には、こう書いてあった。
      *
あたらしい、すぐれた製品との出会いは、私たちにとって、いつもドラマティックな体験です。心おどろせ、胸はずませて、あたらしい出会いを待ち受け、そして迎えるさまは、とうていマニアでない人びとには理解してもらえないでしょう。
そのマニアの中のマニアともいうべき、本誌筆者の方々に、毎号いちばんあたらしい、いちばん感動的な出会いについて書いていただこうというのが、このあたらしいページです。
やがて月日が経つとともに、それぞれの方々の出会いの歓びの鮮度は色あせていくかもしれません。あるいは、使いこんでいくうちに、日ましにその製品がもたらす歓びは色濃くなっていくかもしれません。
でも、それぞれ筆者自身にとっての、いまの真実は、ここに記されているとおりです。
     *
文末に(編集部)とある。
新製品の紹介ページの扉の文章だから、読んでいないという人がいても不思議ではない。
読んでいても、さらっと読んだくらいで、どんなことが書かれていたのかなんて、
まったく憶えていない人も少なくないだろう。

あまり日の目をみないところに書かれた文章ではあるけれど、
当時読んでいてもいい文章だと思ったし、いまあらためて読み返してみて、
こうやってキーボードで入力してみても、さりげないけれど、いい文章だと思っている。

Date: 1月 30th, 2014
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続々トーレンスTD224のヘッドシェル)

ステレオサウンド 39号に登場しているトーレンスのTD224は、
私のところにあるTD224そのものであり、つまりは岩崎先生のモノだったTD224である。

そのTD224にオリジナルの、オルトフォンのGシェルに似たヘッドシェルではなく、
SMEのヘッドシェルと同じように肉抜きの穴が開けられたタイプのヘッドシェルがつけられているということは、
岩崎先生は、この穴あきのヘッドシェルを使われた、とみるべきだろう。

「クラマツマンシップの粋」の記事中には、オリジナルのヘッドシェルは別のものだと記述されている。

なぜオリジナルのヘッドシェルではなく、穴あきタイプのヘッドシェルだったのか、
その理由については、いまではもうわからない。

でも,岩崎先生は穴あきのヘッドシェルを(も、かもしれない)使われていたことは、確かである。

それに私がTD224を写真で見たのは、ステレオサウンド 39号の写真であり、
この写真の TD224が、私にとってのオリジナルのTD224といえる。

そして、岩崎先生のTD224が私のところにあるのだから、
穴あきタイプのヘッドシェルを、私は選ぶ。

私にとっての「オリジナル」とはそういうことであり、
そういう意味では「オリジナル」であることにこだわりたいところも持っている。

そういうわけで、今回、穴あきタイプのヘッドシェルであることが、私にはうれしいことなのだ。

Date: 1月 30th, 2014
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続トーレンスTD224のヘッドシェル)

TD224に附属していたヘッドシェルは、オルトフォンのGシェルに似た形状のものであり、
Googleで画像検索すれば、すぐに見つかる。

今回(週末には届く予定)のヘッドシェルは、これではない。
ステレオサウンド 39号の「クラマツマンシップの粋」で紹介されているTD224につけられているモノと、
同タイプの、SMEのヘッドシェルのように肉抜きの穴がいくつか開けられているタイプである。

その意味では、オリジナルではない、と思う人がいる。
とにかく新品の時と少しでも違うものがついていたり、つけられていたりすると、
「オリジナルではない!」と否定する人が、けっこういる。

そういうタイプの人からすれば、
岩崎先生のTD224にオリジナル以外のヘッドシェルをつけるなんてまかりならん、ということになる。

私は、そういうオリジナル至上主義ではない。
オリジナル至上主義の人の中には、少なからず、オリジナルと少しでも違うところがあれば、
そのモノの価値が目減りする、という。

オーディオを資産価値とみて判断するならば、そうであるけれど、
私には、そういうところはまったくない。

それにオリジナルと違うところがあれば、音が変る、というオリジナル至上主義もある。
これはわからなくもないではないが、オリジナルであることに頼りすぎている、ともいえる。

オリジナル至上主義の人であれば、今回私がするようなことはせずに、
eBayで、いわゆるオリジナル・ヘッドシェルを落札して手に入れることだろう。

でも、私にとって、今回のヘッドシェルの方が、別の意味での「オリジナル」である。

Date: 1月 30th, 2014
Cate: オリジナル

オリジナルとは(トーレンスTD224のヘッドシェル)

岩崎先生が使われていたトーレンスのTD224が私のところにあるのは、以前書いた通りだ。

このTD224にはヘッドシェルが附属していなかった。
日本で一般的なヘッドシェルとほぼ同じように見えるが、
コネクターのピンの規格が、日本のヘッドシェルとは大きく違っている。

だから、この部分をなんとかしなければTD224でレコードを聴くことはできない。

海外のオークションサイト、eBayにはTD224のヘッドシェルが出ている。
ただ、どれも強気の値段がつけられている。
これを買えば問題は解決なのだが、なんとなく癪にさわる。

まあ、これは個人的な感情であって、どうしても手に入らなければ、
eBayでの強気の価格のヘッドシェルを買うしかない。

もしくはTD224についてきているトーンアームの先端部分を、
一般的なトーンアームのものと交換する、という手もないわけではない。

どうするのか、結論を先延ばししていると、eBayでのヘッドシェルも手に入らなくなる可能性もある。
そろそろどうするか決めるか、とおもっていたところに、
「一個あまっていますから、差し上げます」という人があらわれた。

Date: 1月 29th, 2014
Cate: EXAKT, LINN

LINN EXAKTの登場の意味するところ(その9)

別項「続・再生音とは……」で、ロボットのことに触れている。

オーディオのシステムのことをロボットと捉えたり、ロボット的という見方をする人はいない。
私も「続・再生音とは……」を書くまではそうだった。

だが、「続・再生音とは……」とこの項を書きながら、
オーディオのシステム全体を、ひとつのロボットととらえることができることに気づいているところである。

Date: 1月 28th, 2014
Cate: Claudio Abbado

アバドのこと(その7)

1989年に、オーチャードホールが開館した。
こけら落しは「バイロイト音楽祭日本公演」だった。

この「バイロイト音楽祭」でブーイングがあった、ときいている。
なぜブーイングをしたのか、その理由を何かで読んだ。

「フルトヴェングラーの演奏と違うから」ブーイングをした、ということだった。
この人は、フルトヴェングラーの「ニーベルングの指環」をかなりの回数聴いていて、
それは記憶してしまうほどで、フルトヴェングラーの「指環」こそが「指環」であるから、
それと違うのは認められない──、
そうとうに極端な聴き方であり、意見(主張)でもあった。

記事には、確かフルトヴェングラーの「指環」を聴いた回数も書いてあった、と記憶している。
その回数を見て、この人はどれだけの時間を音楽を聴くことに費やしているのかと、
そして、その費やした時間のうち、フルトヴェングラーの「指環」以外を聴く時間はどのくらいなのか、
そんなことを考えてしまうほどの回数だったことは、はっきりと憶えている。

世の中にはいろんな人がいる──、
これで片付けられるといえばそうなのかもしれないけれど、
この記事を読みながら、この人は、フルトヴェングラーの「指環」は、
RAIローマ交響楽団の方ではなく、
きっとミラノ・スカラ座の方を何度も何度もくり返し聴いたのだろうな、と思っていた。

フルトヴェングラー/ミラノ・スカラ座による「ニーベルングの指環」は、そういうレコードである。
アバドが熱狂したのも、このミラノ・スカラ座との「ニーベルングの指環」である。

Date: 1月 28th, 2014
Cate: Claudio Abbado

アバドのこと(その6)

フルトヴェングラーとミラノ・スカラ座による「ニーベルングの指環」は、
イタリア・チェトラから、ステレオ録音で発売される、ということで、話題になった。

発売(輸入)されてみると、モノーラル録音だった。
なぜチェトラはステレオ録音だと発表したのだろうか。
もしかすると、ほんとうはステレオ録音だったのかもしれない。
けれど、なんらかの事情によりモノーラルでの発売になったのかもしれない……。

このフルトヴェングラーの「指環」は私も買った。
立派なボックスにおさめられていた。かなり無理して買ったものだった。

ステレオ録音ということがアナウンスされていたくらいだから、
モノーラルとはいえ、かなりいい録音なのではないか、とも期待していた。

演奏はすごい、けれど、音は……だった。

フルトヴェングラーの「ニーベルングの指環」全曲盤は、
RAIローマ交響楽団を指揮しての、コンサート型式のライヴ録音がある。

レコードとしてみれば、RAIローマ交響楽団のほうが、いわゆるレコードとしてのキズが少ない、といえる。
ミラノ・スカラ座のほうは、レコードとしてのキズが多い、といえる。
けれど、どちらをとるかといえば、私はミラノ・スカラ座のほうである。

ミラノ・スカラ座との「ニーベルングの指環」は、ほんとうにすごい。

Date: 1月 28th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その6)

スイングジャーナルの10年分のスキャン作業を終って、
一段落ついたところに、ステレオサウンドのバックナンバーを譲ってもいい、という話が届いた。

私のところには、ほぼすべて揃っている。
創刊号が欠けているのと、一桁の号数のステレオサウンドも歯抜けになっている。
あと一部欠けている号はあるものの、けっこう揃っている。

ステレオサウンドに掲載された広告とスイングジャーナルに掲載された広告は、
同じ月に発売された両誌を見比べれば、同じものもあれば違うものも意外にあることがわかる。

それにどちらかにしか掲載されていない広告も、またある。

広告のスキャンに関しては、ステレオサウンドもバラしてやっていくしかないけれど、
私でも、ステレオサウンドをバラすのは抵抗感がある。
できればバラしたくない。

となれば、もう一冊ずつバックナンバーを揃えればすむことなのはわかっているけど、
いまからまた集めることも、それもバラすために集めるのは気乗りしない。

そんなところへ、譲ってもいいという話。
こんなにタイミングよくありがたい話が来るんだな、と思っている。

これですべてのバックナンバーが二冊ずつ揃ったわけではないけれど、
歯抜けだったバックナンバーも、創刊号をのぞけば、ほぼ揃った。
そのうえで二冊あるバックナンバーもあるわけだ。

とりあえずはステレオサウンドをバラしてのスキャンは、すぐには行わない。
とにかくこれまでスキャンした画像をレタッチして、公開していっている。

the Review (in the past)に「広告」というカテゴリーをつくった。

右サイドバーの国内ブランドと海外ブランドのあいだに「広告」のカテゴリーは表示されている。
ここをクリックすれば、広告をまとめたページが表示される。

今日現在で100本の広告を公開している。
全体の数がはっきりしていないけれど、公開できるであろう広告の約5%くらいだ。

まだまだではあるけれど、これからも少しずつ公開していく。

Date: 1月 28th, 2014
Cate: ナロウレンジ

ナロウレンジ考(その13)

ナロウレンジのスピーカーには、ふたつあるといってもいい。
いいナロウレンジのスピーカーと、そうではないナロウレンジのスピーカーであって、
いいナロウレンジのスピーカーでは、たとえば広帯域の録音、
つまり,そのナロウレンジのスピーカーがつくられた年代よりもずっとあとに登場した録音を鳴らしても、
そのナロウレンジのスピーカーなりの音(トーン)で、新しい録音を聴かせてくれる。

だから、広帯域の録音がナロウレンジで再生されたとしても、
それが現代の録音であることを聴き手にわからせてくれる。

ところがそうでないナロウレンジのスピーカーだと、そういった録音を鳴らした場合、
帯域の狭さをまず感じてしまう。
しかもナロウレンジのスピーカーの高域はあばれが耳につくものがあり、そういったことが露呈する。

ナロウレンジのスピーカーは低域に関してもそれほど延びていないから、
新しい録音では、特に最低域まで高レベルのものを鳴らしたすると、
現代のワイドレンジのスピーカーを聴きなれた耳には、ものたりなさが妙な感じであらわれたりする。

ようするにいいナロウレンジのスピーカーは、同時代の録音をもっともよく鳴らしてくれるわけだが、
それだけでなく新しい録音であっても、それなりに新しい録音であることを伝えてくれるし、
ナロウレンジという枠の中ではあっても、充分に楽しませてくれる。

そうでないナロウレンジのスピーカーでは、奇妙な音になってしまうことがある。

いいナロウレンジのスピーカーの代表といえば、
アルテックの劇場用のスピーカーシステム、つまりA5、A7がまずある。

Date: 1月 27th, 2014
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(天真爛漫でありたい……)

オーディオについて書くために思考する。
書くためだけでなく、どうしたらいい音が得られるのか、とも思考するし、
理想のスピーカー、理想のアンプとはどういうモノなのかについても思考する。

いったい、これまでどれだけのオーディオについて思考したきたのか。
飽きずにまだ思考している。

思考しながら、天真爛漫にオーディオを楽しんでいるのだろうか、とまた思考している。

天真爛漫とは思考から完全に切り離されたところの性質のものなのかもしれない、とまた思考している。

Date: 1月 27th, 2014
Cate: plus / unplus

plus(その11)

スピーカーのマルチウェイ化はプラスされてきたともいえるし、
分割してきた結果ともいえる。

フルレンジユニット一発では高域が足りないからということでトゥイーターというユニットが生れ、追加される。
最初はそうやって生れてきたマルチウェイだったのだろうが、
いまではマルチウェイが当り前となってしまうと、
トゥイーターはプラスされたものというよりも、帯域を分割して受け持つためのものという認識になっている。

オーディオの進歩の歴史の中では、この分割というプラスが、他にもいくつもある。
アンプもそうだといえる。

電気蓄音器が登場したばかりのとき、
アンプといえば、それはいまでいうパワーアンプであった。
だからこそ、パワーアンプをメインアンプともベーシックアンプともいうわけである。

これに電子回路の進歩によりプリアンプ(コントロールアンプ)が追加された。
そして、いつのころか、コントロールアンプとパワーアンプをひとつにまとめたプリメインアンプ、
このプリメインアンプという名称は日本独特のものだそうで、
海外ではインテグレーテッド(integrated)アンプと呼ぶ。

さらにプリメインアンプとチューナーをまとめたものを、レシーバーと呼んでいるが、
1960年代のオーディオ雑誌をみると、レシーバーではなく総合アンプと呼ばれているのがわかる。

アンプの呼び方が増えていき、プリメインアンプが主流になってくると、
今度は従来からの形態であったコントロールアンプとパワーアンプのことを、
総称としてセパレートアンプと呼ぶようにもなっていく。

Date: 1月 27th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その5)

オーディオに関する年表は、いままでなかったわけではない。
オーディオ雑誌が、あるメーカー(ブランド)の特集記事をつくるとき、
そのメーカー(ブランド)の年表が掲載されることはよくある。

ステレオサウンド別冊の「世界のオーディオ」シリーズでも、年表がつくられ載っている。
それにオーディオ全体の歴史についての年表もある。

とはいえ、それらのいくつもつくられてきた年表をひとつにまとめたものはなかった。
そういう年表をつくってみたいと思っているものの、
それだけの年表をひとりでつくる時間が、あるといえばあるのかもしれないけれど、
ないといえばないともいえる。

そういう年表をつくるのもいいけれど、
いままでつくられたことのない年表を、the Review (in the past)の作業を行ないながら、
つくれるんじゃないか、と思えるようになってきた。

スイングジャーナルは1970年代を中心に約10年分、
1980年代のオーディオ雑誌はいくつかある。
これだけではオーディオの歴史すべてを網羅することはできないのはわかっている。

それでもいまあるオーディオ雑誌の広告をスキャンして公開していけば、
年表の土台をつくることはできる。

Date: 1月 26th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その4)

the Review (in the past)は2009年6月に始めた。
始めたころは、いまとは違い、公開した日付をそのままにしていた。
手元にあるステレオサウンドから入力していったから、年代順になっていたわけではなかった。

これが一般の本であれば、年代順に並べる手間をかけるけれど、
ブログでは検索が簡単に行えるから、
それに掲載雑誌の号数は表示していたから、年代順に並べる必要性を感じていなかった。

しばらくそのままで更新を続けていた。
入力した記事が3000本をこえたころから、
やっぱり年代順に並べ替えようと思うようになっていた。

つまりその記事が掲載されたオーディオ雑誌の発売日を、公開の日付にしようと思ったわけだ。
とはいえ、すべてけっこうな数の入力を終えていて、
ひとつひとつの記事の日付を手作業で変更していかなければならない。

めんどうだな、と思いながら、少しずつ変更していっていた。
実際、めんどうだった。

それでも日付を変更して、少しずつ記事が年代順に並んでいくと、
ブログ全体がオーディオの年表になりつつあることを感じはじめていたから、
いくつかの年代(日時)がはっきりしない記事を残して、すべて変更し終えた。

こうなると、ますます年表としてのブログのありかたを考えるようにもなっていた。
どうしようかなと考えていたところに、
ある人からスイングジャーナルを始めとするオーディオ雑誌が届いた。

だからスキャンを始めた。

Date: 1月 25th, 2014
Cate: 広告

広告の変遷(を見ていく・その3)

2012年が終ろうとしているときから、スキャン作業を始めた。
本をバラしてスキャンするページだけを残して、残りは処分。
1ページ1ページ、スキャンしていく。

スキャンの作業は、特に頭を使うわけではない。
ホコリやスキャナーのガラス面の汚れにときどき気を使いながら、
ただ黙々とやっていくしかない。

毎日これだけのページをスキャンする、と決めてとりかかる人もいるけれど、
私はとにかくやりたいときに朝から晩までずっとスキャンする日をつくって作業を続けていた。

約一年間かけて、スイングジャーナルがほぼ10年分、
それからステレオ、別冊FM fanなどのオーディオ雑誌をふくめて、
14000ページのスキャンを終えた。

半分以上はレコード会社の広告で、残りがオーディオ関係の広告となるが、
昔は同じ広告が二号続けて掲載されることもあったりしているのと、
見開きや三つ折りの広告もあるから、それらを1ページとしてまとめてると、
何割かは減ることになる。

それにページに破れが生じている広告もあり、
最終的にレタッチがうまくいかなかい広告をどうするのかは決めていないけれど、
少なくとも2000〜3000ページ分のオーディオ関係の広告は、データとしてスキャン済みである。

Date: 1月 25th, 2014
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その65)

ごく初期のクレルのペア(コントロールアンプのPAM2とパワーアンプのKSA100)の音は、
マークレビンソンのアンプとは、ある意味対照的な音像の描き方をもっていた。

この場合のマークレビンソンとは、同時代のML7、ML6Aといった、
新しい世代のマークレビンソンのアンプのことではなく、
その前の、LNP2、JC2、ML2までのアンプのことであることをことわっておく。

クレルのペアが聴かせた、あの質感は、いま思い出せば朦朧体ともいえる描き方だったといえる。
音の輪郭線を際立たせたり強調したりすることなく、音像を形作るような音だった。

どんなモノにも、輪郭線は存在しない、といえる。
けれど絵を描くとき、輪郭線に頼ってしまうし、
音だけのオーディオの世界においても音の輪郭線は、重要な要素である。

マークレビンソンのアンプは、輪郭線の描き方に特徴があった。
その特徴ある輪郭線に魅了される人は多かったし、私もそのひとりだった。

だからクレルのごく初期のペアは、マークレビンソンのアンプと対照的だといえるし、
また別の意味で、GASのペア(コントロールアンプのThaedraとパワーアンプのAmpzilla)とも対照的である。

GASのアンプも、朦朧体の音のアンプとして、もっとも早い時期に登場したといえる。
その意味ではクレルも同じことになるわけだが、
GASが男性的であるのに対し、
あの時期のクレルのペアは、あきらかに女性的といえる音の魅力があったからだ。