Archive for category 色

Date: 8月 18th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その25)

単売されているユニットの場合なら、
コーン紙に、特徴となる色をつける理由はなんとなくわかる。

けれどBOSEの901IIIにしても、マランツの1970年代前半ごろのスピーカーシステムにしても、
そのころのスピーカーシステムというのは、サランネットを外して聴くことは珍しかった。

901シリーズは、ステレオサウンドの試聴室で何度も聴いているけれど、
一度もサランネットを外してユニットが見える状態で聴いたことはない。

BOSEもサランネット外して音を聴いてほしい、とは考えてなかったはずだ。
マランツのスピーカーにしてもそうだし、
このころの海外のスピーカーシステムで、
サランネットなしで聴くことを前提としているモデルは、どれだけあっただろうか。

スピーカーユニットではなく、スピーカーシステムを買う人にとって、
搭載されているユニットのコーン紙の色は、ほとんどの場合、どうでもいいことかもしれない。

そんなことはBOSEの開発者もわかっていたように思う。
なのに青色のコーン紙である。

特性的にも、音質的にも優れていたのだろうか。
そうとは思えない。

となると、青色のコーン紙は、服装でいうところの下着のおしゃれに近いことなのか。

Date: 8月 12th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その24)

twitterで、(その23)へのコメントがあった。
マランツの1970年代前半のスピーカーユニットのコーン紙も青色だった、というものだった。

マランツのスピーカーシステムといえば、
エド・メイが手がけた一連のシリーズが、私の場合、すぐに浮ぶが、
それ以前にもスピーカーシステムを出していたのは知っていた。

マッキントッシュ、ボザークといった東海岸のメーカーらしく、
ユニットを多数使うところは同じだった。
とはいえ実物を見たことはないし、写真もモノクロのものばかりだった。

いまの時代、便利だな、と感心するのは、
インターネットですぐに検索できるだけでなく、
当時はモノクロ写真しか見ることのできなかったモノ、
内部を見たことのない製品、
それらがカラー写真で見れたり、内部の写真があったりする。

確かにマランツのスピーカーのコーン紙は青色だった。
しかも、写真で見る限り、BOSEのコーン紙の青色とよく似ている。

BOSEも東海岸のメーカーである。
もしかするとコーン紙の製造メーカーは、マランツとBOSEは、そのころ同じだったのか。
そうだとすれば、他にも青色のコーン紙のスピーカーはあった可能性がある。

Date: 8月 11th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その23)

アメリカのオーディオを青を好むのだろうか。
「青なんだ」と最初に思ったオーディオ機器の最初は、BOSEの901IIIだった。

901搭載のユニットのコーン紙は青色だった。
901も最初モデルは違っていたはずだ。
II型からなのか、III型からなのかは知らないが、
少なくともIII型は、すでに青色のコーン紙だった。

同口径で、見た目は似ているユニットであっても、
101MMのそれは黒色だった。
BOSEの他のスピーカーで青色のコーン紙のモデルは、301MMIIぐらいしか思い浮ばない。

901IIIのころ(1976年ごろ)、
スピーカーのコーン紙といえば、黒色がほとんどだった。
黒色といっても、真黒なわけではなく、濃淡の違いはあったし、
それ以外の違いもあったけれど、おおまかに黒だった。

黒以外の場合は、白色はあった。
よく知られるところではヤマハのNS10Mのウーファーがそうだったし、
はっきり白色でなくとも、乳白色のコーン紙のユニットは、いくつかあった。
JBLのLE8T、ローサーのユニット、フォステクス、コーラルにもあった。

振動板の材質が紙ではなく金属の場合も黒ではなかった。
紙の振動板で、黒、白色以外で、
はっきりと色をつけたユニットとなると、901IIIの青が最初ではないだろうか。

他にもあったのかもしれないが、
ちょうどオーディオに興味を持ち始めたころの901IIIの青色のコーン紙は、
私にとっては鮮烈な印象であった。

とはいえ、当時は、なぜ青色なのか、ということについては考えもしなかった。
ただ青色ということだけが、記憶にはっきりと残っている。

Date: 4月 19th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その22)

その21)で、イギリスのスピーカーユニットは赤に塗装したモノがあったことを書いた。
といっても、これらのスピーカーユニットは古いモノばかりである。

それでもイギリスのオーディオ機器は赤が好きなのか──、
とやはり思わせてくれたのが、フォーカスライトのREDシリーズだった。

REDシリーズを知ったのは、プロサウンドの広告だった。
表紙をめくって次のページがそうだった、と記憶している。
RED 2とRED 3だった、と思う。

単にフロントパネルが赤だけでなく、
フラットなパネル(金属板)ではなく、肉感的なカーヴをしていた。

RED 2はパラメトリックイコライザー。
私にはおいそれとは買えない価格だったけれど、
知人だったら、即買いそう、と思った。

話をして写真を見せたところ、一発で購入を決めていた。
しばらくして知人のリスニングルームにRED 2がおさめられた。

実物のRED 2は、やはりよかった。
しばらくしてRED 5が登場した。
パワーアンプである。

もちろんフロントパネルは赤である。
でも、全体の造りをみれば、それがCHORDのパワーアンプであることはすぐにわかる。

RED 5はフロントパネルだけでなく、
リアパネル側のヒートシンクも赤にしていた。

これだけなのに、ベースとなっているCHORDのパワーアンプとは、印象がずいぶん違う。
フォーカスライトのREDシリーズはプロフェッショナル用だから、
スタジオでラックに収められて使われるのが前提のはずだ。

にもかかわらずフロントパネルだけでなく、
ラックにマウントされればみえなくなるヒートシンクも赤にしている。

こういうところが、
スピーカーユニットの磁気回路を赤に塗装するところと共通している。

Date: 3月 30th, 2020
Cate:

ふりかえってみると、好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた(その6)

(その3)で《LS5/1Aまでは期待しないものの、LS5/5は復刻されないものか》と書いたところ、
その一年後、イギリスのグラハムオーディオがLS5/5の復刻を発表した。
2019年のことである。

こうなると、LS5/1の復刻を期待したくなる。
まぁ、でも無理だろうな……、と思っていた。

先ほどグラハムオーディオのfacebbokに、
LS5/1用のエンクロージュアが届いた、という写真が公開されていた。

バスレフポートの形状と数は違うが、
ウーファーは15インチ口径を、ストロットを採用している。
トゥイーターは、二つ取り付けられるようになっている。

ユニットの写真は、まだない。
どんなユニーットが搭載されるのかを含めて、非常に楽しみである。

Date: 9月 12th, 2019
Cate:

ふりかえってみると、好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた(その5)

数日前、facebookを眺めていたら、グラハムオーディオのfacebookのページに、
BBCモニターLS5/5の写真が公開されていた。

四ヵ月前に公開された写真とは違い、ぐっとスピーカーに寄ったものであり、
前回の写真ではなんともはっきりしなかったところも、今回の写真はきちんとは伝えてくれる。

トゥイーターは、やはり復刻版のLS5/8やLS5/9に採用されているものと同じに見える。
HF1300と外観的にもかなり違うトゥイーターではあっても、
ロジャースのPM510やLS5/8に採用されていたオーダックス製のトゥイーターによく似た感じだ。

コーン型のウーファーとスコーカーは、ベクストレンの振動板のようだ。
それからエンクロージュアのプロポーションが、奥にかなり長い。

オリジナルのLS5/5は聴いていない。
聴いていないからこそ、今回のグラハムオーディオによる復刻は、
これはこれでいいんじゃないか、と、かなり魅力的に思えてくる。

オーディオマニアとして、音に対して強くありたい、とは常々おもっている。
それでも、今回のLS5/5のようなスピーカーの報せをみると、そのへんがぐらぐらとしてしまう。

Date: 5月 13th, 2019
Cate:

ふりかえってみると、好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた(その4)

ほぼ一年前の(その3)で、
グラハムオーディオからLS5/5は復刻されないものか、と書いた。

書いているけれど、あまり可能性はないと思っていた。
ドイツで開催されていたオーディオショウ、
HIGH ENDでのグラハムオーディオのブースの写真が、
グラハムオーディオのfacebookのページで見ることができる。

そこにはLS5/5の復刻版が写っている。
今日現在、グラハムオーディオのウェブサイトには、LS5/5の情報はない。
けれど、期待していい、と思っている。

写真を拡大していくと細部は粗い。
トゥイーターは、いまのところHF1300(もしくはHF1400)の復刻版ではなさそうである。
LS5/8に採用されているトゥイーターの同じようである。

ユニット配置、コーン型ユニットの取り付け方などはLS5/5を踏襲している。
肝心なのは、その音と音色である。

どうなんだろうか。

LS5/5の資料はBBCのウェブサイトから
The design of studio monitoring loudspeakers Types LS5/5 and LS5/6”が
ダウンロードできる。

ラジオ技術選書「スピーカ・システム(山本武夫 編著)」に、LS5/5のことは載っている。
そのころから気になっていたスピーカーである。

なのでどういう構成のスピーカーなのかは、割と知っている。
それでも、LS5/5は、実物を見たことはない。
当然、音を聴いていないし、周りにきいたことのある人もいない。

グラハムオーディオのことだから、いいかげんな復刻モデルではない、と信じている。
グラハムオーディオのLS5/5、どんな音色に仕上がっているのか。

Date: 7月 4th, 2018
Cate:

ふりかえってみると、好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた(その3)

セレッションのトゥイーター、
個人的には名トゥイーターといいたくなるHF1300。

いまBBCモニターのLS3/5Aの復刻モデルが、各社から出ている。
LS3/5Aに搭載されていたKEFのユニットは製造中止になって久しいから、
オリジナルの復刻にはユニットの復刻から、始めることになる。

そうやった復刻されたユニットを見ると、なかなかの仕上がりだ。
BBCモニターの復刻はLS3/5Aだけではない。

グラハムオーディオからはLS5/8とLS5/9も出ている。
LS5/1Aまでは期待しないものの、LS5/5は復刻されないものか。

LS5/5の復刻にはHF1300(正確には改良型HF1400)が不可欠だと、思っている。
ここが他のトゥイーター、どんなにそれが優秀であってもLS5/5の復刻とは呼べないはずだ。

ようするにどこかHF1300を復刻してくれないか、と思っているわけだ。
HF1300を単体のトゥイーターとして使ってみた(鳴らしてみた)ことはない。

自分でそうやって使う(鳴らす)ことで、確かめたいことがある。
それはHF1300独自の音色について、である。

ここでのタイトルは、
好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた、としている。
そうである。

そうなのは確かだが、HF1300は各社のスピーカーシステムに使われている。
組み合わされるウーファーもさまざまだ。

そこにおいて音色のつながりに不自然さを感じさせるスピーカーシステムはなかった。
ということは、HF1300はそれほど主張の強い音色をもっていないのではないか。
そう解釈することもできるからだ。

ステレオサウンド 35号「’75ベストバイ・コンポーネント」で、
井上先生は、
《英国系のスピーカーシステムに、もっとも多く採用されている定評のあるユニットだ。滑らかで、緻密な音質は、大変に素晴らしく他社のウーファーとも幅広くマッチする。》、
瀬川先生は、
《イギリス製のスピーカーシステムに比較的多く採用されている実績のある、適応範囲の広いトゥイーター。BBCモニターの高域はこれの改良型。高域のレインジはそう広くない。》
と書かれている。

HF1300は適応範囲の広いトゥイーターだということが読みとれる。

Date: 7月 3rd, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その6)

新宿珈琲屋のKさんの髪も長かった。

私は五味先生の「日本のベートーヴェン」に出てくる髪の美しい少女を、
髪の長い少女と手前勝手に想像しているのは、
私自身が少年だったころ、想いを寄せていた少女の姿からだけではなく、
実のところKさんのイメージもそこに重なってくるからだ。

新宿珈琲屋はカウンターだけの店だから、
《メニューを持って近寄って来る》こともないし、
《紺のスカートで去って行くうしろ姿》はない。

大きな店ではないから、
座っているところからすぐのところにKさんは立っていて仕事をしている。
頻繁に通っていたから顔は覚えられていた。
店に入ると、会釈を返してくれる。

とはいえKさんと話すことはほとんどなかった。
Kさんが淹れてくれるコーヒーを飲み、
後で鳴っているESLから流れてくるバロック音楽に耳を傾けて、
ただそれだけで店を出る。

あのころの私にとって新宿珈琲屋は、理想に近い居場所だった。
ずっと、あの場所にあるものだ、と信じ切っていた。

けれどあっけなく消失してしまった。
1983年12月だった、はずだ。
火事で無くなってしまった。

放火だといわれていた。
たしかにあの場所に木造長屋では、家賃収入も期待できない。
ビルに建て替えれば……、そんなウワサを聞いている。
地上げということをよく聞くようになっていたころだった。

Date: 6月 7th, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(Moanin’)

その12)で「坂道のアポロン」について書いた時には思いもしなかったが、
昨晩のaudio wednesdayで「Moanin’」を聴いていて、ふと思った。

「坂道のアポロン」は1966年夏の佐世保から始まる。
基地の町の佐世保である。

主人公は、佐世保の個人経営のレコード店で、
アート・ブレイキーの「Moanin’」のレコードと出逢う。
クラシックのレコードを買いにいったはずなのに、「Moanin’」を抱えて店を出る。

主人公が初めて手にしたジャズのレコード「Moanin’」は、
国内盤だったのか、それとも輸入盤だったのか。

昨晩のaudio wednesdayで聴いたのは国内盤のSACD。
舞台が佐世保でなければ、どこか他の田舎町だったら、
そこの個人経営の小さいなレコード店だったら、国内盤であろう。

でも佐世保である。
当時の佐世保を知っているわけではない。
それでも、他の町のレコード店よりも、輸入盤(アメリカ盤)を置いていて不思議な気はしない。

Date: 6月 6th, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その5)

西新宿の小さな店で始まった珈琲屋は、繁盛した。
映画館のピカデリーの隣に、そのころラオックスのビルがあった。
そこの二階に、もっと大きな店舗も展開していた。

店主のMさんは、私が通いはじめたころは、
そちらの店(こちらが本店になっていた)に立たれていることが多く、
西新宿の店(西口店)は、30代くらいのHさん(男性)、20代なかごろのKさん(女性)のふたりだった。
どちらかが休みのときには、Mさんが来られていた、と記憶している。

けっこうな回数通っていたけれど、Mさんの淹れるコーヒーを味わえたのは、そう多くない。
もっぱらHさん、Kさんの淹れてくれるコーヒーが私にとっての、
新宿珈琲屋の味となっている。

Mさんの珈琲の味は、別格といえた。
Oさんの話では、豆も淹れ方もそのままに、
東京で名の知れた喫茶店の味を再現してくれた、とのこと。

Hさんの淹れるコーヒーもおいしかった。
他の店で飲むコーヒーよりも、私にはずっとおいしく感じられた。
ただ上には上がいる、ということだった。

新宿珈琲屋では、HさんかKさんの淹れるコーヒーのどちらかだった。
どちらが淹れるかは、カウンター席のどこに座るかでほほ決っていた。
カウンターの中にいるHさんとKさん、どちらが座った席に近いか、ということだった。

それがいつしかほとんどKさんが淹れてくれるようになった。

Date: 6月 1st, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その4)

新宿珈琲屋を始めるあたって、
店主のMさんは、友人のOさんにオーディオをまかせている。

QUADのシステムを選びセットアップしたのはOさんである。
Oさんとは、このブログに度々登場するOさんである。

ステレオサウンドの編集に50号あたりから携わり、
サウンドボーイの創刊、HiViの創刊、両誌の編集長でもあった。

サウンドボーイの記事中にもあったが、あのあたりの当時の電源事情はかなりひどくて、
ノイズカットトランスが必要になった、とのこと。

二基のESLは、客の後側に置かれていた。
ESLの音をきちんと聴きたければカウンターの中に入るしかない。

客は背後から鳴ってくる音を聴くことになる。
もっともほとんどの客は、すぐ後にあるパネルヒーターのようなモノが、
スピーカーとは思っていなかったようだ。

なんとなく、どこかから音楽が鳴っている──、
そんな感じで受けとっていたように思う。

私は新宿珈琲屋によく通っていた。
日曜日は必ず行っていた。
仕事の後も、週に二度は通っていたから、週三は最低でも、
新宿で映画を観たあとも、ここでコーヒーを、という感じだったから、
週四というときもあった。

それだけ通っていて、一度だけ、
ある客が、「どこから音、鳴っているんですか」と訊ねていたのを見ている。
そういう音の鳴らし方だったし、新宿珈琲屋は名曲喫茶ではない。

私はここで本格的なコーヒーの味を初めて知った。

Date: 5月 31st, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その3)

西新宿といっても、
高層ビルが建ち並ぶ一画ではなく、青梅街道を挟んで位置する西新宿。

雑然とした一画があった。1980年代のはじめ、
あのへんにはストリップ劇場もあったし、ソープランドもたしか二軒あった。
墓地はいまでもある。
夜は薄暗い雰囲気だったのをおぼえている。

そこに一軒の喫茶店があった。
当時既に、あのへんでも珍しかった木造長屋の建物の二階に、その喫茶店はあった。
新宿珈琲屋といった。

カウンターだけの小さな店。
客の印象にあわせてコーヒーカップを選んで、という店のはしりである。
この店が始まりだともきいている。

この店は、ステレオサウンドの弟誌にあたるサウンドボーイに載っていた。
まだ田舎にいたころの読んだのだったか、
東京に行ったら、この店に行こう、と思いながら、
その記事の写真をよく眺めていた。

そうはいっても、コーヒー一杯に500円の店には、なかなか行けなかった。
そういうコーヒー専門店に入ったこともなかった。
なんとなくひとりで行くのに、気後れしていたところもあった。

初めて行ったのは、東京に出て来て一年ほど経ってからだった。
ステレオサウンドで働きはじめていて、少しは東京のそういう店にも入れるようになっていた。

サウンドボーイに紹介されるくらいだから、名曲喫茶ではないけれど、
きちんとしたシステムがあった。

QUADのESL、アンプのQUAD(33と50E)、アナログプレーヤーはトーレンスのTD125に、
SMEの3009 Series IIにオルトフォンのMC20だったはず。
バロック音楽だけを、ひっそりした音量で鳴らしていた。

レコードも多くは置いてなかった。
30枚ほどだったか。
グレン・グールドのバッハもあったし、よくかけられていた。

Date: 5月 28th, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その2)

少女とある。
でも、いまの若い人が思い浮べる少女と、
五味先生の文章に登場してくる少女とは、ずいぶんちがってきたように思う。

私が思い浮べる少女と、ここでの少女とが、どれだけ近いのか違うのか。
誰にもわからない。

ただ、いまの若い人が思い浮べる少女よりは、ずっと近いように勝手に思っているだけだ。

髪の美しい少女とある。
髪の長さについては書かれてない。
だから勝手に、これも想像する。
きっと長いんだろうなぁ、と。

といってもとても長いわけではなく、肩に少しかかるくらいか、
肩が少し隠れるくらいか、そのくらいの長さの髪の美しい少女をおもう。

《紺のスカートで去って行くうしろ姿》もおもう。

そうやっておもうところで、
結局は、これまで出逢ってきた少女を思い出しているだけなことに気づく。
私だけだろうか。

それも私自身が少年だったころ、想いを寄せていた少女の姿なのだ。
だからよけいにうらやましくおもう。

いまある名曲喫茶は、昭和とともに歳をとっていったように感じる。
若い人が、そこで働いていたとしても、そんなふうには感じられない。

それでも、ひとつだけ近いことが私にもあった。

Date: 5月 28th, 2018
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その1)

「日本のベートーヴェン」で五味先生が書かれいてることが、
ハタチごろに読んだときよりも、こころに沁みてくる。
     *
 ぼくらは名曲喫茶では、ベートーヴェンのごく一部の作品しか聴けなかったにせよ、すぐれたそれは演奏家に恵まれた時代であり、しばしばすぐれた演奏がその曲を傑作にする。すぐれた演奏の音楽は、言葉よりはるかに多く正確な意味を語ってくれるのである。
 憾むことはなかった。メニューを持って近寄って来る髪の美しい少女に、一杯のコーヒーを注文するとき鳴っていたヘ長調の『ロマンス』は、ぼくと少女の心性に調べを与えてくれ、紺のスカートで去って行くうしろ姿からもうぼくは目を閉じていればよかった。あとはフリッツ・クライスラーの弾く『ロマンス』が、少女とぼくの気持ちを、終尾楽章の顫音まで秘めやかに空間に展開してくれる。なんという恵まれた青春だったろう。
     *
戦前の名曲喫茶のことである。
いまも東京には、いくつかの名曲喫茶がある。
そのうちの半分くらいには行っている。

戦前──昭和のはじめと、
戦後──昭和のおわり近くとでは、名曲喫茶もちがっていて当然であろう。

《なんという恵まれた青春》だろうと、うらやましくおもう。

戦前の名曲喫茶よりも、いまの名曲喫茶のほうが、装置もいいに決っている。
いまはステレオもモノーラルも聴ける。
戦前の名曲喫茶ではモノーラルだけである。
それにレコードの数も、いまの名曲喫茶のほうが圧倒的に多い。

コーヒーだって、いまのほうが美味しいだろう。
なのに《なんという恵まれた青春》だろうと、
体験できなかった私は、読み返すたびに、
いや、もう読み返す必要もないくらいに何度も読んできているから、
思い出すだけで、うらやましくおもう。