Archive for category ポジティヴ/ネガティヴ

Date: 9月 25th, 2015
Cate: ポジティヴ/ネガティヴ

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(その4)

システム(system)とドグマ(dogma)。
すでに存在しているものである。

グレン・グールドはトロント大学王立音楽院の卒業生に、
《諸君はシステムとドグマ、つまりポジティヴな行為のために教育されてきました》と話している。
グールドが「諸君」と呼びかけているのは、卒業生たちである。
     *
諸君のなかには、いつか音楽のいずれかの方面で教育に携わる方も多いと想像します。そうした役割を果たしておられるときこそ、ポジティヴな思考のもたらす危険と呼んでよいものに陥りやすい,そう私は思っています。
     *
システムとドグマ、どちらも人工物である。
人工的構築物である。

グールドはいう。
     *
じつのところ、想像力の駆使とはシステムの中にしっかりとおさまった場所からシステムの外にあるネガティヴの領域へと用心深く身を浸していくことだからです。
     *
用心深くネガティヴな領域に身を浸していくことをせずに、
システムの中にしっかりとおさまった場所での思考、
つまりがそれがポジティヴな思考であり、それがもたらす危険とは、
「システム化された思考には相補的存在」があることを忘れてしまうことである。

Date: 1月 1st, 2015
Cate: ポジティヴ/ネガティヴ

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(その3)

過去を振り返るな、前(未来)だけを見ろ!──、
こんなことを声高に、自分にいいきかせたり誰かにいったりしている人は、
グレン・グールドのいっているポジティヴな前景とネガティヴな後景を、
まったくそのとおりだ、と受けとめることだろう。

未来こそポジティヴであり、目の前に開けている、つまりは前景であり、
過去はどんなに後悔して変えたくても変えられないものだし、すでに通ってきたものだから、
そこにこだわるのはネガティヴなことであり、後景である、と。

だがグールドの、ポジティヴな前景とネガティヴな後景は、そんなことではない。

グールドは、ポジティヴとネガティヴについて、次のように語っている。
     *
われわれが自分の思考を組織化するのに用い、そうした思考を後の世代に渡すのに用いるさまざまなシステムは、行為──ポジティヴで、確信があって、自己を頼む行動──といういわば前景と考えられるものだということ。そしてその前景は、いまだ組織化されていない、人間の可能性という広大なきわまりない後景の存在に信頼を置くよう努めない限り、価値をもちえない、ということです。
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つまりグールドはここでは、ネガティヴを、組織化されていない、人間の可能性という意味で使っている。
グールドのいう、ネガティヴとは、これだけの意味ではない。

グールドは、事実の見方の助言として、こうも言っている。
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諸君がすでに学ばれたことやこれから学ばれることのあらゆる要素は、ネガティヴの存在、ありはしないもの、ありはしないように見えるものと関わり合っているから存在可能なのであり、諸君はそのことを意識しつづけなければならないのです。人間についてもっとも感動的なこと、おそらくそれだけが人間の愚かさや野蛮さを免罪するものなですが、それは存在しないものという概念を発明したことです。
     *
グールドのいうポジティヴな前景とは、つまりは存在しているものである。

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(続々50年)

ステレオサウンドも2016年には50年を迎える。
ほぼ間違いなく、200号とその前後の号では創刊50年記念号としての記事が載ることだろう。
各社の広告にも、創刊50年を祝うことが書かれていると予想できる。

創刊50年はけっこうなことである。
だがステレオサウンド創刊50年は、読者であればほとんどの人が編集部からの指摘がなくとも気づくことである。
そういうことを大々的に誌面で告知して、
グレン・グールドのコンサート・ドロップアウトからの50年目に関しては、まったくの無視。

オーディオ雑誌だからグールドについて取り上げなければならない、ということはない。
だがステレオサウンドは2012年に、
グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲のガラスCDを企画して販売している。
一枚10万円を軽く超える価格のCDを、いまも売っている。

このCDはグールド没後30年、生誕80年ということで企画されたモノであろう。
ステレオサウンドがオーディオ雑誌でなければ、こんなことは書かない。
だがステレオサウンドはオーディオ雑誌である。

オーディオ雑誌であるならば、グレン・グールドの生誕・没後ということよりも、
コンサート・ドロップアウトにこそ注目すべきではないのか。
そう思うから、書いている。

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(続50年)

私が雑誌に期待していることのひとつに、
読み手である私に何かを気づかせたり思い出させてくれることがある。

情報の新しさ、多さよりも、日々の生活でつい忘れてしまいがちになることに、はっと気づかせてくれる。
定期刊行物として出版される雑誌に求めているところがある。

いまでは情報はあふれている。
だからこそ雑誌は、そんな情報の波に埋もれてしまいそうになることをすくい上げていくことが大事だと思う。

けれど雑誌編集者のほうが、情報を追うことに汲々としているふうに感じられることもある。
編集部というのはひとりではない。複数の人がいる。
新情報を追う人もいれば、私が雑誌に期待していることを提供してくれる人もいての編集部でなければならない。

「ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で」というタイトルをつけている。
この後に何が続くのかは、人によって違ってくる。

雑誌編集者こそ、
「ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で」本をつくっていかなければならないのではないか。

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(50年)

今年(2014年)は、グレン・グールドのコンサート・ドロップアウトから50年目になる。
グレン・グールドは、オーディオマニアにとっては特別な存在である。

どこかのオーディオ雑誌が、だからドロップアウト50年の記事をつくるかな、と少しばかり期待していた。
今年も後一ヵ月と数日で終るが、いまのところどのオーディオ雑誌もやっていない。
12月に出るオーディオ雑誌にも載っていないであろう。

Date: 11月 29th, 2014
Cate: ポジティヴ/ネガティヴ

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(その2)

「Back to the Future」という映画がある。
1985年に一作目が公開されヒット、二作、三作とつくられ公開された。

「Back to the Future」、
だから映画のタイトルであり、映画のなかで使われるセリフという認識のままだった。
その認識が変ったのは、川崎先生のDesign Talkで「Back to the Future」の本当の意味を知ったからだった。

「Back to the Future」の本当の意味については、いま川崎先生のブログで読める。

この「Back to the Future」の本当の意味を知らずに、
グレン・グールドの「音楽院卒業生に贈ることば」を読んでも、
グールドが何をいっているのかあまり理解できないのではないだろうか。

「音楽院卒業生に贈ることば」をきいてきた当時のトロント大学王位音楽院の卒業生たちのどれだけが、
その場でグールドが伝えようとしたことを理解できたのだろうか。

グレン・グールド著作集は1990年に出ている。
すぐに買って読んだ。
「音楽院卒業生に贈ることば」は著作集1の最初にあるから、真っ先に読んだ。
けれど、1990年の私は理解していたとはいえなかった。

一見当り前のように思えるポジティヴな前景とネガティヴな後景。
だが「Back to the Future」の本当の意味を知って読めば、けっしてそうでないことに気づき、
グールドは「Back to the Future」の本当の意味を知った上で、
ポジティヴな前景とネガティヴな後景という言い回しをしたのだ、といえる。

Date: 11月 27th, 2014
Cate: ポジティヴ/ネガティヴ

ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で(その1)

タイトルだけを思いついた。
「ポジティヴな前景とネガティヴな後景の狭間で」である。

ポジティヴな前景、ネガティヴな後景は、グレン・グールドの言葉である。
グレン・グールド著作集1(みすず書房)のプロローグから拝借した。

このプロローグは「音楽院卒業生に贈ることば」というタイトルがついていて、
1964年11月、トロント大学王位音楽院でグールドが語ったもの。
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外部を観察することで実体だと思えるものの代わりとしてとか、ポジティヴな行為や知識を補うものとしての想像力ではいけません。想像力がもっとも諸君に役立つのはそういう場合ではないからです。諸君はシステムとドグマ、つまりポジティヴな行為のために教育されてきました。想像力にできることは、これを前景とし、限りない可能性、つまり、ネガティヴの広大な後景を背に、両者にはさまれた一種の無人地帯として役に立つことだけです。
このネガティヴの後景をこそ、諸君は不断に考察し、あらゆる創造的思考が生まれる源泉として、これに敬意をあらわすことをけっして忘れてはなりません。
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50年前のグールドの語ったことを、オーディオにあてはめて考えていきたい。