Archive for category 価値か意味か

Date: 7月 9th, 2016
Cate: 価値か意味か

価値か意味か(その4)

瀬川先生の著書「オーディオABC」の下巻を手に入れた。
古書店を探し廻って見つけた、のではなく、
先日のaudio sharing例会のときに常連のKさんが、「そういえば……」と教えてくれた。

おかげで手に入れることができた。
上巻は、もちろん持ってる。
自分で買った一冊だけでなく、瀬川先生の遺品の二冊も持っている。
上巻が三冊あるのに、下巻が一冊もなかった。

「オーディオABC」に書かれていることは、
新潮文庫の「オーディオの楽しみ」にも、大半が書かれている。
だから下巻の内容は「オーディオの楽しみ」でほとんど読んでいる、とはいえる。

上巻の内容は、スピーカー、アンプ、アナログプレーヤー、それに音についてであり、
下巻は、チューナー、テープデッキに関する内容となっている。

おそらく「オーディオABC」は上巻の方が売れているはずだ。
上巻は何度か古書店で見かけていたが、
下巻を見かけたことはあっただろうか……、と記憶をたどってみてもなかったと思う。

いまチューナー(FM放送)の知識は、どれだけ必要だろうか。
テープデッキに関しても、「オーディオABC」に載っているのはアナログ方式のものである。
そう考えると、「オーディオの楽しみ」は持っているし読んでいるから、
「オーディオABC」の下巻は、私にとって必要な本だったのかといえば、
知識を得るという意味では、必要はなかった、といえる。

「オーディオABC」の下巻の価値は、どうだろうか。
私が購入した店では2000円(税抜き)だった。
それがたまたま半額セールで1000円(税抜き)になっていた。

「オーディオABC」の下巻の定価は1000円。
39年前のオーディオの書籍が、当時の定価の倍の値段ということは、
その店は、その価格で売れる本だという判断の元の値付けである。

けれど売れなかった。
売れないからこそ、半額になり特売品のワゴンの中に入れられていた。

これが、この本への思い入れとは無関係なところでの商業的な価値ということだろう。

今回はたまたま1080円で買えた。
半額セールではなく2160円だったら、どうしたか。
やっぱり買ったはずだ。

私にとって「オーディオABC」の下巻は、2160円の価値は最低でもあるということなのか。
ならば3240円だったら、どうしてたか。買わなかったかもしれない。
もっと高い価格、たとえば5000円をこえていたら、買っていない。

こんなことを考えているのは、「オーディオABC」の下巻は私にとっての価値が、
どういうものなのかがはっきりとつかめないからで、
価値がはっきりとしないものにお金を払うということは、
本の価値ではなく、本の意味を求めての行為なのかもしれないのだ。

Date: 12月 31st, 2015
Cate: 価値か意味か

価値か意味か(その3)

今年のはじめに、《オーディオマニアを自認するのであれば、圧倒的であれ、とおもう》と書いた。
一年経ち、やはりそうおもう。つよくそうおもう。

同時に価値か意味かについて考えていると、
相対的なのか絶対的なのかが、圧倒的であれ、に関係してくるように感じている。

Date: 12月 17th, 2015
Cate: 価値か意味か

価値か意味か(その2)

「最初に巡り合った製品」が同じであったとき、
「そのメーカーやブランドの価値」がふたりのあいだで同じになるかといえば、必ずしもそうとはいえない。

ささまざまな要因で、それは変ってくる(違ってくる)。
どちらのほうが多いのだろうか、同じになるのと違ってくるのとでは。

違っている理由がなんとくわかってくる(伝わってくる)こともある。
まったくわからない(伝わってこない)ときもある。

そういうものだよ、と納得すればそれですむことだけど、
つい、なぜなんだろう、と考えてしまう。

特にいくつかのメーカーやブランドに対する印象は同じか近いものを感じているのに、
ある一社に関しては、まったく正反対の印象を互いに持っていることがある。

なぜ、その一社だけがこうも違ってくるのか、と考える。
その答がわかった、とは思っていない。
けれど、もしかすると、価値と意味の違いからきているのではないか、と思っている。

Date: 6月 6th, 2015
Cate: 価値か意味か

価値か意味か(その1)

 とかく趣味の世界には、実際に使ったことがなくても、本やカタログなどを詳細に調べ、同好の士と夜を徹して語り明かし、ユーザー以上に製品のことを熟知しているという趣味人も多い。それはそれでよいのだろうが、オーディオ、カメラ、時計など、物を通じて楽しむ趣味の場合には、対象となる製品は基本的に人間が人間のために作った優れた工業製品であるべきだと考えるため、最初に巡り合った製品が、そのメーカーやブランドの価値を決定することになるようだ。
     *
井上先生がこう書かれたのは、ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」、
ソニーについての文章においてである。

これはつくづくそう思う。
自分自身のことだけにとどまらす、
オーディオ好きの人と話していると、同世代であっても、
あるブランドに対する印象がずいぶん違うな、ということは、少なからず体験している。

それでもう少しつっこんで話していくと、最初に巡り合った製品が、
たとえ同じ世代であっても違っていた。

カメラや時計であれば、
そのブランドの製品はカメラや時計であるが、
オーディオメーカー(ブランド)の場合、
アナログプレーヤーであったり、プリメインアンプもしくはセパレートアンプ、
それにスピーカーシステム(スピーカーユニットの場合もある)、
テープデッキだってあるわけで、
そのジャンルのどの機種という違いがある。

私があるブランドと巡り合った最初の製品がプリメインアンプだとしても、
ある人はカセットデッキ、また別の人はスピーカーユニットだという場合もある。

こうなってくると、
「最初に巡り合った製品」が決定する
「そのメーカーやブランドの価値」は時に大きく違ってきても不思議ではない。

まして世代がずいぶん違う人だと、もっと大きく違ってくることもあるし、
偶然にも、世代の違いをこえて同じ製品が「最初に巡り合った製品」なこともある。

Date: 11月 16th, 2012
Cate: 価値か意味か, 快感か幸福か

快感か幸福か(価値か意味か)

オーディオという趣味には、価値と意味がある。
価値に傾く風潮が最近では強いように感じることがある。

価値といっても、オーディオにおける価値をどう定義するかは、
またどこかで書いていきたいと思えることだけれど、ここではあえて「価値」とだけしておく。

オーディオにおける価値は、大事なことである。
若いころは、その価値だけをただひたすら目指そうとしていた。

いまはというと、意味に重きをおきたい。
意味といっても、価値と同じようにオーディオにおける意味をどう定義するかは、
これについてもまたどこかで書いていきたいことであるけれど、ここではあえて「意味」とだけしておく。

快感か幸福か、が、価値か意味か、にそのままいいかえられるわけでないことはわかっていても、
快感か幸福か(価値か意味か)、にしておくことにした。