Archive for category Jacqueline du Pré

Date: 9月 30th, 2019
Cate: Jacqueline du Pré

1965年夏(その1)

今日、写真家の野上真宏さんのところに行っていた。
野上さんは、先週金曜日に、メリディアンの218を導入された。

野上さんとは先週の月曜日(23日)、水曜日(25日)、金曜日(27日)にも会っていたのに、
218を聴きたくて、また出掛けていった。

野上さんのところに行くのは、ちょうど二週間ぶり。
玄関を開けると、奥にある仕事場兼リスニングルームからの音が聴こえてくる。

今日の音は、二週間前とはかなり違うことが、玄関を入っただけでわかる。
218の音に、どのくらい満足されているかは、野上さんの顔をみればわかることだ。

野上さんは先週土曜日まで、
写真展「DISCOVER AMERICA; Summer Of 1965」を開催されていた。
展示されていた写真の点数は、スペースの関係もあって十数点だった。

野上さんが1965年のアメリカ旅行で撮られた写真は250枚ほどだ、と聞いている。

開催期間中の土曜日には、展示できなかった写真のスライドショーが行われていた。
野上さんの解説つきである。

私は都合がつかなくて、土曜日には行けなかった。

野上さんのところで、MQAの音を、いくつかの録音で聴いた。
ジャクリーヌ・デュ=プレのエルガーのチェロ協奏曲も聴いた。

曲が鳴りはじめて少しして、野上さんがパソコンを操作して、
スピーカーのあいだにあるディスプレイに、
「DISCOVER AMERICA; Summer Of 1965」の写真を映し出された。

1965年8月のアメリカが、そこに次々と映し出されていた。
耳にはデュ=プレのエルガーが入ってくる。

この録音も、1965年8月だったことをふと思い出した。

Date: 1月 26th, 2013
Cate: Jacqueline du Pré

68th birthday

10代なかばのころ、ジャクリーヌ・デュ=プレのことを知ったとき、
ずっと年上の人のように感じた。
18違う。

デュ=プレとの年の差は、そのときの私の年齢よりも多い数字だった。

1月26日は、ジャクリーヌ・デュ=プレの68回目の誕生日である。
デュ=プレの誕生日は忘れることはない。
だからfacebookのデュ=プレのページに、
今日が誕生日、ということが表示されても、
そうだ、今日だったんだ、とは思いはしない。

“Today marks Jacqueline du Pré’s 68th birthday. Happy birthday to Jackie!”
ここに「68」という数字を見てしまうと、
あのころとは違って、まだ68なんだ、とおもってしまう。

18の年の差は変わらない。
けれど相対的に、その差は縮んでいくことは、よくいわれることでもあるが、
そのことをしみじみと実感していた。

デュ=プレが多発性硬化症にかからなければ、
あのまま健康でいたとしたら、もしかするとデュ=プレは指揮者として活動していたかもしれない──、
そんなことを10年ほど前から夢想している。

チェロを弾いている、とおもう。
でも、彼女の豊かな音楽性と表現力はチェロだけにはとどまらなかったようにも感じられる。
だとしたらオーケストラを指揮していたようにおもう。
指揮してほしかった、という気持が強いから、そうおもうだけなのかもしれないけれど、
カザルス、ロストロポーヴィチも指揮者でもあった。
デュ=プレが指揮者になっていても、私のなかではすこしの不思議もない。

1年後の今日も、2年後の今日も、これから先、同じことをおもいだしてしまうことだろう。
今日よりは1年後、1年後よりは2年後……、
デュ=プレの指揮がどういう音楽を生み出したのか、を、すこしでも描けるようになれれば、
それでいい。

デュ=プレの指揮を、すこしでも鮮明に描けるようになるための音を求めているのかもしれない。

Date: 10月 14th, 2008
Cate: Jacqueline du Pré

Jacqueline du Pré

1987年10月19日、ジャクリーヌ・デュプレは亡くなっている。

デュプレが亡くなって、数年後に、音楽評論家の三浦淳史氏の文章で、
イギリスで「Jacqueline du Pré」という薔薇が生れたということを知った。
残念なことに写真はなかった。

1997年にインターネットに接続したときに、検索した言葉のひとつが「Jacqueline du Pré」だった。
ネットならば、Jacqueline du Pré がどういう花なのかがわかるはずという期待からだったが、
まったくヒットせず。

1年後くらいか、やっとイギリスの個人サイトで、写真を見ることができた。
小さな、不鮮明な写真だった。
英文の説明には、入手が非常に難しい、と書かれていた。
栽培が難しいらしい。

日本で見ることは無理だなと思いながらも、数年に一回、ふと思い出しては検索してみると、
日本の薔薇の愛好家のサイトでも見ることができるようになっていた。
薔薇の世界の技術も進歩しているらしい。

Jacqueline du Pré は、
イギリスの薔薇交配家のピーター・ハークネス氏の育てた品種の中から
多発性硬化症で入院していた彼女の視力はかなり衰えていたので、
嗅覚だけで、彼女自身が力強い香りのものを選んだときいている。

1989年、Jacqueline du Pré が世に出ている。

デュプレの命日が近い。日本での入手はそう難しくない。