68th birthday
10代なかばのころ、ジャクリーヌ・デュ=プレのことを知ったとき、
ずっと年上の人のように感じた。
18違う。
デュ=プレとの年の差は、そのときの私の年齢よりも多い数字だった。
1月26日は、ジャクリーヌ・デュ=プレの68回目の誕生日である。
デュ=プレの誕生日は忘れることはない。
だからfacebookのデュ=プレのページに、
今日が誕生日、ということが表示されても、
そうだ、今日だったんだ、とは思いはしない。
“Today marks Jacqueline du Pré’s 68th birthday. Happy birthday to Jackie!”
ここに「68」という数字を見てしまうと、
あのころとは違って、まだ68なんだ、とおもってしまう。
18の年の差は変わらない。
けれど相対的に、その差は縮んでいくことは、よくいわれることでもあるが、
そのことをしみじみと実感していた。
デュ=プレが多発性硬化症にかからなければ、
あのまま健康でいたとしたら、もしかするとデュ=プレは指揮者として活動していたかもしれない──、
そんなことを10年ほど前から夢想している。
チェロを弾いている、とおもう。
でも、彼女の豊かな音楽性と表現力はチェロだけにはとどまらなかったようにも感じられる。
だとしたらオーケストラを指揮していたようにおもう。
指揮してほしかった、という気持が強いから、そうおもうだけなのかもしれないけれど、
カザルス、ロストロポーヴィチも指揮者でもあった。
デュ=プレが指揮者になっていても、私のなかではすこしの不思議もない。
1年後の今日も、2年後の今日も、これから先、同じことをおもいだしてしまうことだろう。
今日よりは1年後、1年後よりは2年後……、
デュ=プレの指揮がどういう音楽を生み出したのか、を、すこしでも描けるようになれれば、
それでいい。
デュ=プレの指揮を、すこしでも鮮明に描けるようになるための音を求めているのかもしれない。