Archive for 9月, 2016

Date: 9月 30th, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その15)

今年もアナログディスクをプログラムソースとするブースは多かった。
積極的に鳴らしているブースもある。

そんなブースのひとつに入ったときだった。
あるレコードがかけられていた。
何度か聴いているレコードだから、その鳴りに少し首を傾げたくなった。

もう少しこんなふうに鳴るのでは……、そういうふうに思えてしまう鳴り方だった。
それでふと視線をアナログプレーヤーの方に向けると、
あきらかにトーンアームの高さ調整がおかしい。

低いのだ。尻下りになっている。
私とプレーヤーとの距離は1m以上はあった。
にも関わらずはっきりと高さ調整に不備があるのが、視覚的に確認できた。

わずかに低いというレベルではなく、大きく傾いているといえるレベルであった。
使われているターンテーブルもトーンアームも、そうとうに高価なモノだ。
カートリッジも、そうであったはずだ。

それでも、こういう調整で使われていた。
どのブースなのかは書かない。

これだけ傾いていると、私以外にも気づいた人はいると思う。
100%の調整は無理であっても、基本といえる調整はきちんとしておくべきである。

Date: 9月 30th, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その14)

テクニクスのブースはD棟の一階にあったから、
D棟四階のA&Mのブースに、次に行った。

マジコのスピーカーシステムが鳴っていた。
パワーアンプは来年発表予定の試作品で、211のプッシュプル。
出力は100W以上になる。

マイルス・デイヴィスのレコードがかかっていた。
曲が終ったところで、後の席の誰かが拍手をされた。

新形のパワーアンプは、マジコのS3を鳴らすことを目標にしている、とのこと。
こういう発言は、なかなかおもしろい。

試作品でもあるし、完成した状態を100とすれば、まだ60くらいの状態の音だというから、
音についてこまかいことを書いてもしようがない。

その後二曲聴いた。
できればもう少し聴いておきたいとも思ったが、時間の余裕がそんなにないのでブースを後にした。

こういう主張のはっきりとしている音は、聴いていておもしろいし楽しい。

私がいた時間は、すべてアナログディスクによる音出しだった。

Date: 9月 30th, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その13)

テクニクスはヤマハの調音パネルを使っていた。
他社製のパネルを使うのは悪いことではないし、
テクニクスではこの手の製品を出していないのだから、堂々と使えばいいのに、
パネルの上に垂れ幕をして隠している(ように見受けられた)。

他社製であってもいいモノは認めて使う、という姿勢はないのだろうか。

私がステレオサウンドにいたころ、
テクニクスの製品を借りるときには広告代理店に連絡していた。
テクニクスが大阪の会社ということも関係していたはずだ。

私がテクニクスの社員の方たちに会ったのは一回だけである。
1988年秋だった。

大型の平面スピーカーシステムSB-AFP100が試聴室に持ち込まれたときだった。
井上先生の試聴だった。日曜日でもあった。
私一人が出社した。

テクニクスの方たちは三人ぐらい来られた、と記憶している。
この時、感心した。

会社員として、他のオーディオメーカーの人たちとはあきらかに違う。
もちろんいい意味でだ。

1988年だから松下幸之助氏は健在だった。
社員教育が違う──、そんな理由から来ることだとは思えなかった。
もっと大事なところからくる違いのようにも感じられた。

試聴のあとに、食事ということになった。
私はステレオサウンドの社員ということでことわった。

井上先生とテクニクスの方たちだけでの食事の方がいい、とも思ったことも、
ことわった理由のひとつだ。

それでも、ぜひ、といわれて行くことになった。
そのころの私は、ほんとうに若造だった。
でも、そんな若造の話も、井上先生の話と同じようにきちんと彼らは耳を傾けてくれた。

勉強熱心とでもいおうか、あからさまではないが貪欲さのようなものがあり、
吸収できるものはなんでも……、という感じだったのか。

彼らには松下幸之助のもとで働いているという自負があったようにも思う。
あれから28年経つ。
あの人たちはどうされているんだろうか……、そんなことも今日おもってしまった。

Date: 9月 30th, 2016
Cate: ショウ雑感

2016年ショウ雑感(その12)

インターナショナルオーディオショウに行ってきた。
14時から18時までの約四時間、会場にいた。

どちらかといえば短い時間なので、すべてのブースはまわれなかった。
ほんのわずかな時間しかいられなかったブースもあった。

少し慌ただしくまわってきた中から、印象に残っていることをいくつか書いておきたい。

最初に行ったブースは、今回がインターナショナルオーディオショウに初出展のテクニクス。
音展での、どちらかといえはやる気のなさが感じられる雰囲気はあまりなかった。
ほんとうは払拭されていた、と書きたいのだが。

でも、いかにも急拵えのブースという感じが、いたるところに残っている。
テクニクス・ブランド復活にかける意気込みのようなものが、どうにも稀薄なのだ。

オーディオ雑誌やインターネットの記事では、
意気込みについて語られていてるのを何度となくみているけれど、
オーディオショウではこうなのか、と今回思えてしまったのが残念だった。

音出しと製品説明は、音展の時とは変えている。
でも、まだまだ足りないものがいくつものある。

他の出展社は、同じブースで何度もやってきているわけだから、
初出展のテクニクスにそれを期待するのは、少し無理ではないか、と思われるかもしれないが、
一昨年のヤマハは、今回のテクニクスよりもこなしていた。

来年はどうだろうか。
テクニクスのブースを出た後に、他のブースをまわっていたときに、
テクニクスの社員が、他社のブースをまわっていた。

テクニクスのブースだけ、他社のブースよりも離れたところにある。
物理的に離れていることは、いくつかのメリットがある。
特に電源関係は条件的にはいいのではないだろうか。

けれど離れてしまっていることで、
ショウ全体の雰囲気からも離れて(孤立して)しまっては……、と思う。

テクニクスの社員が、他社のブースをまわって何を感じたのかは、
来年はっきりするはずだ。

Date: 9月 30th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンド 200号に期待したいこと(その4)

ゲーテが語っている。
《古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、
それをより以上に進めることは、学問において、極めて功多いものである》と。
(ゲーテ格言集より)

私がステレオサウンド 200号に最も期待していたのは、これである。
200号までの50年をしっかりと検証することで、
不充分な真理を探し出すことが、
200号という大きな区切りに、もっともふさわしい特集(テーマ)である、と思う。

そして次の50年への第一歩となる201号から、
《それをより以上に進める》ことが始まる。

望めるのだろうか。

Date: 9月 30th, 2016
Cate: 素材

素材考(柔のモノ・その6)

私が初めて買ったCDプレーヤーは、マランツのCD65である。
CDが登場してから三年目にして、やっと自分で購入した。

それ以前もCDプレーヤーは使っていたが、借りものだった。
CDプレーヤーは1982年の登場からすべての機種を聴いていた。
まだまだ急速に良くなっていくオーディオ機器だけに、
無理していいモノ(高額なモノ)に手を出すのは控えていた。

とはいえ最新のCDプレーヤーの音を、手軽な価格帯で聴けるモデルということで、CD65を選んだ。
1985年にはCD34も登場している。

CD34は59,800円、CD65は64,800円だった。
人気があったのはCD34のほうだったが、素直に音が拡がるよさがあった。
いわゆる聴感上のS/N比がいいのは、CD65だった。

CD65は手に持つと、軽い。
CD34の方がずしっと重く感じられる。
比較すると、CD65はメカニズムを含めて、軽量に仕上げられている。
シャーシーは、いわゆるプラスチックだった。

井上先生の試聴が終った後に、
「これで金属シャーシーだったら……」といったところ、
必ずしも金属が優れていて、プラスチックが悪いとは限らない、と返された。

プラスチックというけれど、いまではさまざまな種類があって、
物性のコントロールがかなりできるようになっているから、
プラスチックをあなどってはいけない、ということだった。

いまから30年以上の前のことを、ふと思い出した。

Date: 9月 29th, 2016
Cate: 組合せ

スピーカーシステムという組合せ(その5)

パスラボが2004年に発表した4ウェイのアクティヴ型スピーカー、Rushmoreもそうだったと記憶している。
どの帯域だったのかまでは記憶していないが、
カットオフ周波数をあえて離すことをやっている。

長年アンプを手がけてきたネルソン・パス初めてのスピーカーシステムにおいて、
この手法をとっていることに、相当に聴き込んで調整していったものだと想像できる。

アンプのエンジニア(電気屋)がつくるスピーカーは特性はいいけど……、
ずっとずっと以前はそんなことがいわれていた。
そういう出来のスピーカーシステムも、昔は少なかったのだろう。

でもアンプのエンジニアであっても、
魅力的なスピーカーシステムをつく上げられる。

ソウル・バーナード・マランツは1968年に、
マランツの社長職をしりぞいている。
よく知られるように、マランツ初のチューナーModel 10Bの開発が長引いてしまったことで、
開発費がかさみすぎて、1964年にスーパースコープの傘下に入っている。

ソウル・バーナード・マランツは1970年にダルクィストの創立に協力するとともに、
製品開発のコンサルタントをシドニー・スミスとともに手がけている。

ということはダルクィストのスピーカーシステムDQ10のネットワークはどうなっているのか。
このことに関心がわく。
DQ10はある種アヴァンギャルド的な要素を持っていた。

あえてQUADのESLのアピアランスに似せている。
そういうスピーカーシステムだから、ネットワークが教科書通りの設計とは思えない。

Date: 9月 29th, 2016
Cate: 組合せ

スピーカーシステムという組合せ(その4)

マランツの管球式のModel 3は、1957年に出ている。
真空管はECC83を三本使った2ウェイ用で、スロープ特性は12dB/oct.。

カットオフ周波数は、
100Hz、150Hz、220Hz、350Hz、500Hz、700Hz、1kHz、1.5kHz、2.2kHz、3.5kHz、5kHz、7kHz。
この12ポイントから、低域側/高域側のカットオフ周波数を選べる。

つまり低域側のカットオフ周波数を350Hzにして高域側を500Hzにするということも可能である。
このことは意外にも重要視されていない節があるが、
スピーカーシステムを構築していく上では、ありがたい機能である。

エレクトリックデヴァイダーはスイッチ、もしくはカードの差し替えで、
クロスオーバー周波数を変更できる。
けれど多くは低域側と高域側のカットオフ周波数を同時に変更する。

つまり低域側を350Hzにしら、高域側も350Hzになってしまうわけだ。
それで何が不都合なのか、と思う人は、
一度低域側と高域側のカットオフ周波数を個別に変更できるようにした音を試してみたらいい。
(なかなかそういう機会はないと思うけれども)

マルチアンプシステムは、LCネットワークよりも計算通りのスロープが得やすい。
スロープ特性がスピーカーユニットのインピーダンス特性とその変動に影響を受けることはない。
それでもスピーカーシステムを構築していくということは、
そう理論通りにはいかないもので、
時として低域側と高域側のカットオフ周波数を離したほうが好結果が得られたりもする。

井上先生は、Model 3のこの仕様を評して、
ソウル・マランツはスピーカーのことがわかっている男だ、といわれていた。

ただModel 3の、この仕様は、ソウル・マランツによるものなのだろうか、
それとも1954年にマランツに入社してModel 2をデザインしたシドニー・スミスによるものなのか、
そのへんははっきりしない。

Date: 9月 28th, 2016
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(初歩のラジオが果してきたこと・その2)

この項を書くにあたって、
Wikipediaで、初歩のラジオのことを調べてみると、
1948年7月創刊で1992年5月休刊となっている。

休刊になっていたことは、なんとなく知っていた。
でも1992年なのが、意外に感じた。

私が読んでいたのは、そんなに長くはない。
1976年ぐらいから1977年いっぱいか、1978年になって読んでいたかどうかぐらいだ。
約二年間ほどか。

Wikipediaにも書いてあるが、電波新聞社からラジオの製作という、
いわばライバル誌が出ていた。

私が中学生の頃は、田舎の小さな書店であっても、
初歩のラジオもラジオの製作も、いつでも買えた。
置いていない書店はなかった、といえる。

なぜ初歩のラジオを選んだのかは、もう憶えていない。
ラジオの製作があったのは知っていた。
どちらを買おうかと迷ったはずだ。

誰かの薦めがあったわけではない。
書店で両誌を比較して初歩のラジオを選んでいる。

決めては紙基板の電子工作の記事だったのか。
ラジオの製作を買うことは、一度もなかった。

初歩のラジオについて書いていくのに、
ライバル誌のラジオの製作のことをまったく読んでおらず知らないのだから、
片手落ちのようなことしか書けないかもしれないが、
それでもあえて書こうと決めたのは、
以前書いたことと関係してくるからだ。

三年前、「松下秀雄氏のこと(その2)」を書いた。
そこで「土」という表現を使った。

初歩のラジオも「土」であった、と思ったから、書くことにした。

Date: 9月 28th, 2016
Cate: オーディオ評論

ミソモクソモイッショにしたのは誰なのか、何なのか(先生という呼称・その3)

2016年ショウ雑感(その11)」で書いているように、
インターナショナルオーディオショウの主宰者である日本インターナショナルオーディオ協議会は、
各ブースで行われているプレゼンテーションを、講演と呼んでいる。

その一方で出展社の中には、講演、講演スケジュールといわずに、
アクシスはステージプログラム、ステラ/ゼファンはデモスケジュール、
ノア/アーク・ジョイアは演奏スケジュール、ヤマハは試聴スケジュールといっている。

私は講演ではなく、それぞれに表現しているアクシス、ステラ/ゼファン、
ノア/アーク・ジョイア、ヤマハを支持する。

日本インターナショナルオーディオ協議会は、いつまで講演と呼ぶのだろうか。
これはオーディオ評論家と呼ばれている人全員を、先生と付けて呼ぶのと根は同じではないのか。

日本インターナショナルオーディオ協議会だけではない。
オーディオマニアも、あれを講演と呼ぶ人がいる。
私にはオーディオ漫談としか思えない話を、講演と呼ぶ。
話がおもしろくても、講演と漫談ははっきりと違う。

私が漫談と感じている話を講演と思って、
講演という呼称と先生という呼称を使っているのだろうか。

まわりがそういっているから、つい講演、先生といっているだけかもしれない。
そんなふうに思ってしまうこともある。
とりあえず失礼がなけれはそれでいい──、
という事なかれ主義からの講演、先生のように感じてしまうし、
健全なことでは決してない。

Date: 9月 28th, 2016
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その8)

もうこの項は、思いつくまま書くことにした。
なのであちこちに話が逸れたり飛んだりすると思う。

1979年秋に、ステレオサウンド別冊「sound space 音のある住空間をめぐる25の提案」が出た。
この本の巻末には、日本全国の有名家具店が紹介されているページがある。

そこにIKEA(イケア)が載っている。
このころはIKEAがあった。

IKEAは1974年に日本に進出し、1986年に撤退している。
これは単なる偶然なのだろうが、
IKEAの第一次進出とオーディオのキットの時代は、重なっているようにも感じる。

IKEAの家具は完成品ではない。
購入者が自分で組み立てるのが原則である。
つまり家具のキットである。

部材だけでなく、組み立てに必要なネジや接着剤も入っているわけだから、
まさしくキットといえる。

IKEAは日本へ再進出している。
2006年に船橋に再進出一号店ができている。
続いて横浜市港北にもでき、その後もいくつもの店舗がオープンしている。
閉鎖した店舗もあるが、いまのところ順調のようだ。

撤退したころといまとでは何が変化してきているのだろうか。
IKEAの家具はいまもキットである。
いまのところIKEAがふたたび撤退することはなさそうである。
定着している、といえそうである。

IKEAの再進出とともに、オーディオにキットの動きはあるのだろうか。
個人サイトで自作アンプのプリント基板を頒布しているところはいくつかあって、
人気のアンプやD/Aコンバーターの基板はすぐに売りきれる、と聞いている。
プリント基板だけでなく、主要部品もつけている、いわば半キットもあるし、
人気があるようだ。

購入者すべてがすぐに組み立てるわけではないと思う。
いつか時間がとれたときに組み立てようと思って購入した人も少なくないだろう。

それでもいいと思う。
組み立てよう、組み立てたい、と思う気持があるということだから。

IKEAの再進出と同じように、オーディオのキットも定着していっているのだろうか。

Date: 9月 28th, 2016
Cate: 素材

素材考(柔のモノ・その5)

テンピュールから低反発スポンジの枕が登場したのは、
もうどのくらい前なのだろうか。
その後、各社から低反発スポンジ(ウレタンフォーム)の枕が、いくつも登場した。

低反発ウレタンフォームに初めて触れたとき、
いままでになかった感触だと思った。
ソルボセインよりも気持ちいい、と感じた。

今年5月、ある展示会に枕を見かけた。
緑のジェル状の素材を使ったもので、触ってみた。
なかなか面白い感触だった。

この枕から少し離れたところに、Technogel(テクノジェル)の枕が展示してあった。
こちらは青。
ジェルの形状も違うが、感触は大きくは違わないだろうと思いながら、
ジェルの上に直接手を乗せてみた。

どちらも展示用のモデルで、直接手でジェルに触れられるようになっている。
Technogelに触れて、驚いた。
手のひらが気持ちいい、といっているような感じだったからだ。

私がこれまで触ってきた人工的な素材の中で、初めて気持いいと感じたものだった。
他にもっと気持いいと感じる人工的な素材はあるのかもしれないが、
私が触ってきた範囲では、Technogelが抜群に気持ちいい。

Technogelのマットレスも展示してあった。
デモ用だから横になることもできたが、やらなかった。
Technogelのマットレスの感触を体験してしまうと、
買ってしまいそうになるからだった。

今月、またTechnogelに触れる機会があった。
やはり気持いいと手のひらが感じている。

気持よさを味わいながら、今回はこれはオーディオに使える素材かもしれない。
そう思うようになっていた。

自然素材を積極的に使うのは、
感触が手に馴染んでいる、ということもある。
自然の、いい素材は触って気持ちいい。

ならばTechnogelの気持いいも、音の上でいい方向に働いてくれそうな予感がある。

Date: 9月 27th, 2016
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その7)

雑誌は、時として読み捨てられる。
月刊誌だと年12冊。
一年分であれば保管場所はそれほどでもない。

でも雑誌好きの人は、いくつもの雑誌を講読するし、
何年、十何年、さらには何十年と講読し続けることもある。
そうなると保管場所の確保は、バックナンバーを捨てることにつながっていく。

どの雑誌を捨てるか、どの時期のものを捨てるのか。
こんなことやりたくないけれど、やらざるをえない事情だってある。

私も夢中になって読んできた雑誌の大半は処分せざるをえなかった。
そうすることで、そこに載っていた記事も忘れ去られていく運命にある、ともいえる。

本棚におさまっていても、二度と開かれることがなければ、
記事は忘れ去られていく。

けれどインターネットの記事は、その点で違う。
かなり残っていく。
Googleという優秀な検索エンジンがあるおかげで、
キーワードによっては、忘れ去られても不思議でない記事、
忘れ去られた方が好都合の記事まで浮上させてくる。

このことを怖いと思わない編集者、書き手がいるからこそ、
なぜ私は、絶縁トランスを「手作り」しようと思ったのか〟が残ったままなのだし、
この記事を恥ずかしいと思わないのだろう。

初歩のラジオについて、改めて書こうと思ったのも、
〝なぜ私は、絶縁トランスを「手作り」しようと思ったのか〟を見つけたからでもある。
このインターネットの記事と、初歩のラジオという雑誌の対比がきっかけとなっている。

Date: 9月 27th, 2016
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(初歩のラジオが果してきたこと・その1)

BCLが、その昔流行っていた。
BCL(Broadcasting Listening / Listeners)と聞いて、
私もやっていた、という人と、BCLってなんですか、という人、
いまでは後者のほうが多いのだろうか。

ベリカードが私も欲しくてラジオを買った。
小遣いを貯めて、東芝のラジオを買った。
初歩のラジオを読み出したのも、BCLブームがあったからである。

初歩のラジオは無線と実験と同じ誠文堂新光社が出していた。
さきほどWikipediaで調べたら、
1992年に休刊されているのを知ったぐらいだから、
ずいぶんと手にしていなかった。

初歩のラジオから、無線と実験、ラジオ技術に移っていったのは、
オーディオにのめり込んでいったからだ。

でも初歩のラジオと誌名にも関わらず、
記事のすべてが初歩のレベルではなかった。

電子工作といえるレベルから、シンセサイザーの自作記事まで、
驚くほど広かった。

私が買っていたころは、紙基板が付いていた。
配線が印刷された二枚の厚紙をエポキシ接着剤でくっつけて、
部品のリード線を通す穴にハトメをつけて、基板ができる。
これに買ってきた部品を取りつけての電子工作であり、
私がハンダゴテをにぎった最初のモノでもある。

ちなみに暗いところにもっていくとLEDが光る電子工作だった。

Date: 9月 27th, 2016
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その6)

先日「トランス 自作」というキーワードで検索していた。
上位の検索結果に〝なぜ私は、絶縁トランスを「手作り」しようと思ったのか〟というのが、
表示された。

私が求めている内容かも、と思い、リンク先をクリックした。
某出版社のサイトだった(あえてぼかす)。
この時点で、どの程度の記事なのかはおおよそ想像がついたけれど、
一応最後まで読んだ。

想像を少しも超えていない内容だった。
この記事を書いている木村雅人氏がどういう人なのか、まったく知らない。
記事のタイトルも、木村雅人氏自身がつけたのだろうか。
そんな気はする。

〝絶縁トランスを「手づくり」〟とある。
なぜ、わざわざ自作ではなく手づくりとしたのか。
さらには鉤括弧までついている。強調したいわけである。

だから、私は絶縁トランスそのものを自作する記事だと期待したわけだ。
実際は市販のトランスを買ってきて、適当なケースに収めただけだった。

もちろん、そこから得られるものがきちんとあれば、
思わせぶりなタイトルもわからないわけではない。

そこにはノウハウのかけらも読みとれなかった。
漏洩磁束について、わずかに触れられているが、
ならば100V:100Vの絶縁トランスではなく、200V:200Vの絶縁トランスを買ってきて、
あえて100Vを使うべきである。
この使い方の方が漏洩磁束は減るし、トランスのうなりも抑えられる。
ただし銅損が大きくなるため、容量はさらに見込む必要はある。

それでも電源関係のトランスの使いこなしのひとつとして、
以前から知られていることでもある。
でも、このレベルのことも、記事にはない。

さらに使用されている絶縁トランスはEI型コアである。
EI型であれば、漏洩磁束もX軸、Y軸、Z軸でそれぞれ違う。
もっとも磁束の強いのはどの方向なのかの記述もないし、
そんなことを考えずにシャーシーに収めているだけである。

他にも指摘できるところはあるが、このへんにしておく。
言いたかったのは、
お粗末なモノをつくるのが、手づくりではないはずだ、ということ。