Archive for category 冗長性

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その6)

1979年当時の各社のPCMプロセッサーの外形寸法/重量/消費電力は下記のとおり。

オーレックス PCM Mark-II:W45.0×H17.0×D39.0cm/25.0kg
オプトニカ RX1:W43.0×H14.1×D36.0cm/15.5kg/80W
オットー PCA10:W44.0×H15.0×D43.0cm/60W
ソニー PCM100:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/60W、PCM-P10:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/50W、PCM-10:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/60W
テクニクス SH-P1:W45.0×H20.5×D48.0cm/22.0kg/100W
ビクター VP1000:W43.5×H17.0×D52.8cm/26.0kg/100W

どの機種も出力100W以上のプリメインアンプ並の大きさと重さである。
消費電力にしても、バッテリー駆動が無理なほどに大きい。

くどいようだが、これにビデオデッキの大きさ、重さ、消費電力が加わるわけだ。

二年後の1981年に、ソニーのPCM-F1が登場する。
PCM-F1の外形寸法/重量はW21.5×H8.0×D30.5cm/約4kgである。
PCM-F1はAC電源のほかに、充電バッテリー、カーバッテリーの三電源対応なので、
電源部は外付けとなっている。

なので電源部を含めると、多少サイズは大きくなるものの、
PCM100のサイズと比較するまでもなく、ここまでコンパクト化している。

もちろん性能的にはPCM100は同じである。
PCM100が1,500,000円でPCM-F1が250,000円だから、1/6になっている。

けれど1981年では、PCM10、PCM-P10(再生のみ)は製造中止になっているものの、
PCM100は現行製品である。

他社のPCMユニットもソニーと傾向は同じである。
性能はそのままにサイズは小さくなり、消費電力も減り、価格も安くなっている。
そして製品ラインナップは完全に入れ代っている。

1979年の新製品だったPCMユニットはすべて製造中止。
なのにソニーのPCM100は残っている。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その5)

1979年に、国内メーカーからPCMユニットが登場した。
若い世代にはPCMユニットといっても、もう通用しないのかもしれない。

PCMユニットとは、A/D、D/Aコンバーターを搭載し、
外付けのビデオデッキにデジタル録音・再生を行うためのプロセッサーである。

オーレックスからPCM Mark-II(780,000円)、
オプトニカからはRX1(590,000円)、オットーからはPCA10(580,000円)、
ソニーからは三機種、PCM100(1,500,000円)、PCM-P10(500,000円)、
PCM-10(700,000円)、
テクニクスからはSH-P1(8000,000円)、
ビクターからはVP1000(1,500,000円)が登場した。

サンプリング周波数は44.056kHzで、14ビットである。
それでも、これだけの価格であった。

どのメーカーのモデルであっても、これ一台で録音・再生はできない。
上記のとおり、ビデオデッキに必要になり、
日本はNTSC方式であったため、サンプリング周波数は44.056kHzになっている。

ヨーロッパのPAL方式のビデオデッキで、
この44.056kHxzに近いのが、44.1kHzであり、CDのサンプリング周波数となっている。

1979年当時のビデオデッキがいくらしたのかよく知らない。
まだまだ安くはなってなかった。
ビデオデッキ本体もビデオテープも、高価だったはずだ。

当時、デジタル録音・再生を行おうと思ったら、
これだけの器材(これだけの費用)がかかった。

しかも、これらのプロセッサーは大きく重く、それに消費電力も大きかった。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その4)

1970年代後半の国産のアナログプレーヤーの大半は、
オルトフォンのSPUというカートリッジを、いわは無視していた、ともいえる。
付属のトーンアームでゼロバランスがとれないのだから。

SPUという旧型のカートリッジをつかいたい人は、
単体のターンテーブル、単会のトーンアームを購入して、
プレーヤーシステムを自作してください──、
それがメーカーの、言葉にしてはいなかったが主張だった。

少なくとも、1976年秋に、
オーディオに興味をもった中学生の目には、そう映っていた。

SPUというカートリッジは特別な、というよりも特殊な存在のようにも感じていた。
世の中の多くのカートリッジは軽針圧の方向にまっしぐらという雰囲気だった。
カートリッジの自重も軽くなっていた。

アナログディスクの細い複雑な溝を正確にトレースするために、
しかもディスクは完璧なフラットではなく、多少なりとも反っているわけだから、
頭で考えれば軽針圧のカートリッジが、有利に思える。

事実、有利なところもあった。
けれど軽針圧カートリッジの中には、
アナログディスクの片面を通してトレースできないモノもあったときいている。
極端な軽針圧カートリッジの中には、極端に盤面のホコリに弱かったからだ。

そんな極端な軽針圧カートリッジは例外としても、
トラッキングアビリティの向上は明らかだったし、
SPUはその点でも、旧型に属するカートリッジでもあった。

けれどそれら数多くのカートリッジのなかで、いまも生きのびているのはSPUである。
カートリッジとしての性能は明らかに、
SPUを上廻っているモノはいくつもあったにも関らずだ。

音がいいから、がその答となるわけだが、
では、なぜそうなのかを考えずにはいられないし、
カートリッジの軽針圧化と現在のハイレゾ化は、どこか似ているようなところも感じる。

Date: 6月 23rd, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その3)

41号からステレオサウンドを読みはじめた私には、
ベストバイ特集号は43号が初めてであった。

43号は1977年夏号だ。
43号でのカートリッジのベストバイを眺めていくと、
オルトフォンのMC20だけが、全員の評を得ている。

井上卓也、上杉佳郎、岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹、山中敬三、六氏全員が、
MC20をベストバイカートリッジと認めている。

五人が選定しているのは、
グレースのF8L’10、デンオンのDL103S、エラックのSTS455E、
フィデリティ・リサーチのFR1MK3、エンパイアの4000D/IIIである。

オルトフォンのSPUが、この時代、どうだったかというと、
SPU-Gが岡俊雄、菅野沖彦、SPU-G/Eが井上卓也、菅野沖彦、
SPU-A/Eが瀬川冬樹、山中敬三、SPU-GT/Eが菅野沖彦、瀬川冬樹と、
いずれも二人だけの選定である。

この時代、すでに軽針圧化の時代だった。
4000D/IIIの針圧は0.25〜1.25g、STS455Eが0.75〜1.5g、F8L’10が0.5〜2.5g(最適1.5g)、
カートリッジの自重も6g前後であった。

SPUは、というと、専用のヘッドシェル込みとはいえ、自重32gで、
針圧はカタログには2〜3gとなっているが、3g以上の針圧を必要とすることは、
43号でも指摘されていた。

しかも当時の国産のアナログプレーヤーでSPUを使おうとすれば、
サブウェイトを使ってもゼロバランスをとれないのが大半だった。

ヘッドシェル込みで24〜27gまでが、当時の上限だった。

Date: 6月 21st, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その2)

火曜日、Aさんと吉祥寺で飲んでいた。
一軒目を出た後に、五日市街道沿いのハードオフに二人で行った。

中古オーディオを見ながらのオーディオ談義。
「D/Aコンバーターだけは新しいモノが常に優れている」という趣旨のことを、
Aさんが言われた。

基本的には私も同意見なのだが、
ここ二年ほど、やたらワディアの初期のD/Aコンバーターが気になって仕方がない。
Wadia 2000やX64.4のことが気になる。

基本性能の比較だけでは、数万円のD/Aコンバーターに劣る。
たとえばCHORDのMojo。
いま六万円前後で購入できる、この掌サイズのD/Aコンバーターの性能は、
Wadia 2000、X64.4が登場したころには想像もつかないレベルだ。

19年前のPowerBoook G3よりも、iPhoneは比較にならないほど性能は向上している。
しかも掌サイズまで凝縮されている。

D/Aコンバーターもデジタル機器である。
Wadia 2000、X64.4から30年ほど経っている。

同時代のMac、SE/30をいま現役で使っている人はいないだろう。
けれど音に関しては、どうなのか。
Wadia 2000、X64.4を、いま聴いたら、どう感じるのか。

音の精細さでは、Mojoに負けているかもしれない。
同一視はできないのはわかっているが、
カートリッジにおける軽針圧型と重針圧型の音の違いに近いものが、
D/Aコンバーターの新旧にもあてはまるところはあるのではないか。
その疑問がある。

Date: 6月 21st, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その1)

1998年にPowerBook 2400cを買うまでは、
SE/30を使い続けていた。

アクセラレーターを載せ、ビデオカードも取り付け、
メモリー増設も二回、ハードディスクも交換して使っていた。

愛着はあった。
けれど1998年時点でも処理速度は遅かった。
それでも使い続けていたのは、新しいMacを買うだけの余裕がなかったからだった。

PowerBook 2400cは、速かった。
同じ金額ならば、もっと速いMacもあったけれど、これを選んだ。
PowerBook 2400cの処理速度でも、速かった。

翌年にはPowerBook G3にした。もっと速かった。
デジタルの信号処理能力は、新しいほど速い。
パソコンの進歩も、実に速い。

それと比較すると、デジタルオーディオ機器の進歩は遅く感じがちだ。
それでもD/Aコンバーターの基本性能は、確実に向上している。

20年前、30年前のD/Aコンバーターは大きかった。重かった。
そして高かった。

いまは掌にのるサイズのD/Aコンバーターがある。
基本性能を比較すると、掌サイズのD/Aコンバーターが優れている。

こんなに小さくて、低価格だからとあなどれない。
DSDも11.2MHzまで対応しているモノも当り前になっている。

現在のモデルでも、むしろ高価格帯のD/Aコンバーターのほうが、
11.2MHzへの対応は遅かったもする。

音の良さは、基本性能の高さだけで決るわけではないが、
それにしても基本性能の向上は、なかなかすごい。
ワクワクもする。

Date: 6月 12th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(を書きながら……)

オーディオにおける冗長性について書こう(書けるかな)と思ったのは、2008年9月。
ブログをはじめたばかりのころ、「redundancy(冗長性)」を書いている。

けれどそのまま放っておいていた
続きを書こうとは思っていたけれど、
「redundancy(冗長性)」のタイトルのままでは、先を書けなかった。

ここにきてやっと「冗長と情調」というタイトルを思いついた。
このタイトルにして、やっと続きが書けるようになったし、
書きながら、あれもそうだったのか、これもか、とこれまで、ばらばらのこととおもえていたのが、
関連していることに気づいている。

瀬川先生が求められていた音に関してもそうだ。
なぜイギリスとアメリカのふたつのスタジオモニターを鳴らされていたのか、
なぜEMTのカートリッジだったのか、
なぜLNP2にバッファー用にモジュールを追加されていたのか、
他にもまだある。

とかにくそういったことがやっとひとつにつながっていっている。

Date: 6月 12th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その6)

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」タンノイ号で、
オートグラフについて井上先生が語られていることが、ここに関係してくる。
     *
(オートグラフは)安直に使ってすぐに鳴るようなものではない。現実に今日鳴らす場合でも、JBLとかアルテックなどとは全然逆のアプローチをしています。つまりJBLとかアルテックの場合、いかに増幅段数を減らしてクリアーにひずみのないものを出していくかという方向で、不要なものはできるだけカットしてゆく方向です。ところが、今日の試聴ではLNP2のトーンコントロールを付け加えましたからね。いろいろなものをどんどん付けて、それである音に近づけていく。結局、鳴らすためにこちらが莫大な努力をしないと、このスピーカーに拒否される。これはタンノイの昔からの伝統です。これが使いづらいといわれる点ですが、しかし一つ決まったときには、ほかのものでは絶対に得られない音がする。
     *
ここで井上先生がいわれている「今日の試聴」とは、
「タンノイを生かす組合せは何か」というタイトルの記事で、
オートグラフの組合せをつくられた試聴のことを指す。

最初井上先生はオートグラフを鳴らすアンプとして、マークレビンソンのML2を選ばれている。
コントロールアンプは、管球式のプレシジョンフィデリティのC4。

ML2の出力は25W。
このため、《これはこれで普通の音量で聴く場合には一つのまとまった組合せ》と評価しながらも、
大音量再生時のアンプのクリップ感から、マッキントッシュのMC2300に替えられている。
MC2300は出力にオートフォーマーをもつ300Wの出力のパワーアンプ。

ここで音像に《グッと引締まったリアリティのある立体感》が加わり、
音場感も左右だけでなく奥行き方向へのパースペクティヴの再現がかなた見事になり、
一応の満足の得られる音となる。

そこでさらに緻密な音、格調の高さを求めてコントロールアンプを、
C4と同じ管球式の、コンラッド・ジョンソンのアンプ、
それから、これもパワーアンプ同様、方向転換ともいえるマークレビンソンのLNP2を試され、
LNP2とMC2300の組合せに決る。

これが井上先生の《LNP2のトーンコントロールを付け加えましたからね》につながっている。

Date: 6月 11th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その5)

ロングアームのことを書いていると、SMEからSeries Vが登場した日のことを思い出す。
別項「SME Series Vのこと(その1)」でも書いている。

Series Vの音に驚いた私は、長島先生に「ロングアームのSeries Vは……」と言ってしまった。
長島先生の返事はこうだった。

「Series Vに不満があるのか」と。
「ありません」と答えた。

不満などまったくなかった。
そのくらいSeries Vに取りつけたオルトフォンSPUは、それまで聴いたことのないクォリティを発揮していた。
それは想像もしていなかったクォリティで鳴っていた。

それでもSeries Vのロングアーム版を望んでいた私には、
12インチのトーンアームこそが標準長のアームであり、
9インチの標準長のトーンアームはショートアームという感覚があったわけだ。
いまもある。

冷静にトーンアームを考えてみれば、
標準長のトーンアームのほうが有利なことが多い。

パイプが9インチと3インチ短くなれば、実効質量は軽くなるし、
同じ材質、同じ肉厚、同じ径であれば、短い方が強度、剛性の面でも有利になる。
どんな材質であれ固有音があり、その固有音はパイプ長とどう関係してくるのか、を考えてみても、
ロングアームは不利である。

けれど「耳」は、ロングアームを求める。

Date: 6月 9th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その4)

SMEの最初の製品は、よく知られているように3012であり、
このロングアームは、これまたよく知られているようにオルトフォンのSPU-Gのためのトーンアームである。

ここで考えたいのは、なぜSMEのアイクマンはロングアームとしたのかである。
私にはアイクマンが16インチ盤を再生するために、12インチのサイズを採用したとは思えない。
一般的なLPである12インチ盤を再生するためのトーンアームとして、
そして当時アイクマンが愛用していたSPU-Gを、
オルトフォンのトーンアームよりもよりよい存在として追い求めた結果が、
あのサイズ(ロングアーム)だと思えてならない。

もちろんオルトフォンのトーンアームを意識していたのであろうから、
オルトフォンのトーンアームがロングアームだったから、
ということも考慮しなければならない要素ではある。

事実イギリスのグラモフォン誌の1959年9月号に載ったSMEの最初の広告、
ここには3012のプロトタイプの写真が、なぜだか掲載されている。

この広告は1983年のステレオサウンド別冊「THE BRITISH SOUND」に載っている。
この広告の写真からわかることは、
3012は軸受けがナイフエッジだがプロトタイプはピボット方式で、
バランスウェイトの上部に針圧印加用のスプリングがある。
つまりオルトフォンのRMG309を意識したものであることがわかる。

3012は1959年に登場している。
標準型である3009も続いて登場した。

ちなみに3012のイギリスでの当時の価格は27ポンド10ペンス、
3009は25ポンドとなっている。

うがった見方をすれば、SPU-G愛用者、それもオルトフォンのトーンアームを使っている人たちに対して、
買い替えをうながすためのロングアームした、ともいえなくもない。
けれどアイクマンは、あくまでも自分のためのトーンアームとして製作している。

そのプロトタイプが、彼のまわりにいるオーディオ業界の友人たちのあいだで好評になり、
商業生産にふみきった、といわれているのだから、
やはり3012のサイズは、アイクマンにとってSPU-Gを十全に鳴らすために必要なものであった、といえよう。

Date: 6月 7th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その3)

EMTのカートリッジとエンパイアの4000D/III。
このふたつのカートリッジを所有していたら、
EMTのTSD15を鳴らすには、やはりEMTのプレーヤーシステムに装着した状態を絶対的基準とするわけで、
そうなると927Dst、さすがにここまでいくのは……、ということであれば930stということになる。

EMTのプレーヤーという、いわば特殊な例を除くと、
トーンアームはSMEの3012-Rにしたい。
3009-R、3010-Rもある。優秀なトーンアームだとわかっていても、
ここは心情的にもロングアームの3012-Rにしたい。

では4000D/IIIはどうかというと、3012-Rでもうまくは鳴ってくれるはずである。
私にとって3012-Rは、もっとも使い馴れたトーンアームであるから、
このトーンアームでうまいこと鳴ってくれないカートリッジは、
私にとって縁のないカートリッジになっていくのかもしれない。

4000D/IIIと3012-R。
なんとなくではあるが、視覚的印象としてアームが長すぎる感じがする。
オルトフォンSPU-Gと3012との組合せは、視覚的印象も合っている。
SPU-Gというカートリッジの視覚的ボリュウム感に対してロングアームのサイズが合う。

けれど4000D/IIIとなるとカートリッジの形状からしても、
標準型トーンアームの方がぴったりくる。
3009ということになる。
3009SII、3009SIII、3009-Rのどれかを選びたい。

ロングアームのSMEよりも標準型のSMEの方が、
私が感じている4000D/IIIの良さをよりキモチよく引き出してくれそうな気がする。

私の場合は、当り前すぎる結果に落ち着くわけだが、
人が違えばまた違う結果に落ち着くことだってある。

Date: 6月 4th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その2)

ロングアームに関することで思い出すのは、
瀬川先生が「続コンポーネントステレオのすすめ」で書かれていることだ。
     *
 それは、音の質感が、どちらかといえばカラッと乾いた感じで聴こえるか、それとも逆にどこかしっとりとしめり気を帯びたような印象で鳴ってくるか、という違いである。その違いはさらに、音の響きの違いにもなる。なった音消えてゆく余韻の響きが、どこまでも繊細にしっとりと美しく尾を引いて消えてゆく感じがヨーロッパのカートリッジなら、アメリカのそれは、むしろスパッと断ち切る印象になる。ヨーロッパの音にはえもいわれぬ艶があるが、そういう音は、たとえばカリフォルニア・サウンドを聴くには少し異質な感じを受ける。やはりそこは、アメリカのカートリッジの鳴り方が肌に合う。とうぜんその逆の言い方として、ヨーロッパの伝統的なクラシックの音楽には、やはりヨーロッパのカートリッジの鳴らす味わいが、本質的に合っているということができる。私がどちらかといえばヨーロッパのカートリッジを常用するのは、いろいろな音楽を気ままに聴きながらも、結局はクラシックに戻ってくるという個人的な嗜好の問題にゆきつくのだろう。そして、いわゆるカリフォルニア・サウンド、あるいはもっと広くアメリカの生んだ音楽自体に、クラシックほどのめり込まないせいだろう。
 現に私の友人でアメリカ系のポップ・ミュージックの大好きな男は、エラックもオルトフォンもEMTも大嫌いだ、という。あの湿った音、ことさらに響きをつけ加える感じが全くなじめない、という。低音のリズム楽器が、ストッと乾いて鳴らなくてはカートリッジじゃない、という。
 私もむろん、彼の言うことはとてもよくわかる。全くそのとおりで、そういう音楽を聴くときに、エンパイアの4000D/III LACやEDR・9、スタントンの881Sなどの鳴らすサウンド(そう、なぜかアメリカのカートリッジの鳴らす音には「サウンド」という言葉を使いたくなる)が、どうしても必要になる。
     *
エンパイアの4000D/IIIは、確かに瀬川先生が書かれている通りの音(サウンド)を聴かせてくれる。
湿り気がまったくなく、低音のリズム楽器が、ストッと乾いて鳴ってくれる。

クラシックを好んで聴く私には、
その乾いた音は一種の快感でもあったけれど、乾きすぎのような感じも受けていた。
4000D/IIIは、いま聴いてもいいカートリッジのような気もしている。
欲しい、と思ったこともある。

瀬川先生にとっても私にとっても、4000D/IIIはクラシックを主に聴くカートリッジでは決してない。
でも、クラシックを主に聴いているにも関わらず、4000D/IIIを常用していた人を知っている。
彼は瀬川先生、私がクラシックを聴くときに感じる、少し異質な感じを感じることはなかった、ということになる。
そのことをきいてみたこともある。
彼はまったく感じていなかったことを確認している。
おもしいろなぁ、と思ったことを憶えている。

この4000D/IIIを取り付けるとしたら、ロングアームは選ばない。
標準型のトーンアームを選ぶ。
それは針圧の重さということよりも、4000D/IIIの音の本質と関係してくることだ。

Date: 6月 4th, 2015
Cate: 冗長性

冗長と情調(その1)

トーンアームの実効長は、標準型で9インチ、ロングアームと呼ばれるモノは11ないし12インチ。
だからSMEのトーンアームの型番は標準型が3009、ロング型が3012となっている。

もともとロングアームは、16インチのレコード盤のためのモノである。
テープレコーダーの普及以前、録音放送用に16インチ盤が使われていた。
ずいぶん昔の話だ。
この16インチ盤をかけるには、9インチの実効長のトーンアームでは無理なのだから、
当然のこととして12インチの実効長のトーンアームが不可欠となる。

つまりロングアームは必要から生れてきたモノであり、
音質追求の結果生れてきたモノではない。

もちろんトラッキングエラーに関しては、実効長が長いほど減少していくのだから、
ロングアームにもメリットはある。

だがレコード盤は完全な平盤ではない。
反りや偏芯がまったくないわけではない。
そういうレコードの音溝を正しくトーレスするには、
トーンアームの感度は高くなければならない。

つまりはトーンアームの実効質量は軽い方が、この点では有利であり、
そうなるとロングアームよりも標準型のようが短い分優れていることになる。

ロングアームは、いわば無用の長物なのだろうか。
トラッキングエラー以外は標準型が優れているし、
トラッキングエラーの減少よりも、それ以外のデメリットの影響が大きい。
標準型トーンアームがいい、という人もいれば、私も含めてロングアームに音質的良さを認めている人もいる。

昔からいわれ続けている。
そしてロングアームを支持する・評価する人の多くは、MC型カートリッジ、
それも針圧が重めかやや重めのモノを愛用する人が多い。

オルトフォンのSPU、EMTのTSD(XSD)15といった、
2g以上の針圧を必要とするカートリッジで、しかもヨーロッパ製のカートリッジを愛用する人は、
ロングアームを認める傾向にある、といえる。

Date: 7月 1st, 2011
Cate: サイズ, 冗長性

サイズ考(その71)

オーディオ機器にとっての冗長性は、
音を良くするためのものであり、オーディオ機器としての性能性を高めていくことに関係している。

けれどこういった、オーディオ的な冗長性が性能向上の妨げとなるのが、コンピューターの世界のような気がする。
コンピューターの処理速度を向上させるために、CPUをはじめて周辺回路の動作周波数は高くなる一方。

私が最初に使ったMac(Classic II)のCPUのクロック周波数は16MHz。
いま使っているiMacは3.06GHz。
CPUの構造も大きく変化しているから、単純なクロック周波数の比較だけでは語れないことだが、
もしClassic IIに搭載されていたモトローラ製のCPU、68030の設計のままでは、
いまのクロック周波数は実現できない。
68030ではヒートシンクが取りつけられることはなかったが、
次に登場した68040にはヒートシンクがあたりまえになっていた。

68040はMacに搭載されたかぎりでは、40MHzどまりだった(内部は80MHz動作)。
68030と68040はコプロセッサーを内蔵しているか否かの違いもあり集積度もかなり異る。
そのへんのことをふくめると、厳密な喩えとはいえないことはわかっているが、
68040までは、冗長性を減らすことをあまり考慮せずに最大出力を増やしていったアンプのようにも思える。

コンピューターの世界は、冗長性をそのまま残していては、速度向上は望めない。
CPUの進歩はクロック周波数をあげながらも、消費電力はそれに比例しているわけではない。
冗長性をなくしてきているからこそ、いまの飛躍的な性能向上がある。

電子1個を制御できるようになれば、コンピューターの処理速度はさらに向上する。
そうなったとき冗長性は、コンピューターの世界からはほとんど無くなってしまうのかもしれない。

冗長性を排除していくコンピューターの世界と、
冗長性がまだまだ残り続けているオーディオの世界が、これから先、どう融合していくのか。

Date: 4月 20th, 2011
Cate: サイズ, 冗長性

サイズ考(その70)

以前、冗長性について書いた。

冗長性とは、
言語による伝達の際,ある情報が必要最小限よりも数多く表現されること。
冗長性があれば雑音などで伝達を妨げられても情報伝達に成功することがある。余剰性。
と辞書(大辞林)にはある。

オーディオ機器のサイズを考えていく上で、冗長性と切り離すことはできないのではないか。

オープンリールデッキのテープ速度も、トーンアームのロングサイズも、
アナログプレーヤーのターンテーブルの慣性モーメントを増していったことも、
パワーアンプにおけるA級動作など、これらはすべて冗長性といえよう。