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松下秀雄氏のこと(その2)
オーディオテクニカがどういう会社だったのか、
というより松下秀雄氏がどんな方だったのかについて語るのに、
私がいつも思い出すのは井上先生に関することだ。
井上先生は若いころ、
おそらくステレオサウンドがまだ創刊される前のことなのだと思う、
そのころオーディオテクニカのショールームで仕事をされていた。
これは井上先生に確認したことがあるので、ほんとうのことである。
ショールームだから、オーディオテクニカのカートリッジを聴きに人が来る。
そこで井上先生は、オーディオテクニカのカートリッジを一通り鳴らした後、
オルトフォンのSPUにつけ換えてレコードを鳴らされる。
そして、あの井上先生独特のぼそっとした口調で「こっちのほうがいいでしょう」ということをやられていた。
いま、こんなことを一回でもやったら、すぐに辞めさせられる。
それがオーディオテクニカのショールームでは黙認されていた。
誰も知らなかったわけではない。
おそらく松下氏も、井上先生がショールームで何をやられていたのかはご存知だったのではなかろうか。
私はおもう。
松下秀雄氏はオーディオテクニカの創業者であっただけでなく、
オーディオの発展のために土になられたのだ、と。
ステレオサウンド創刊当時のメンバー、
井上先生、菅野先生、瀬川先生、岩崎先生、長島先生といった才能ある人たちを、
新しい種として芽吹かせ育てるための「土」となられた、そうおもえてならない。
松下秀雄氏という、それまでになかった「土」があったからこそ、
新しい芽として誕生しオーディオ評論家という、それまではなかった木として実を結んでいった。
もし松下秀雄氏という土がなく、それまでと同じ土しかこの世になかったら、
井上先生にしても、瀬川先生にしても、ほかの方にしても、他の道を歩まれていたかもしれない。
この時代、松下秀雄氏だけではない。
グレースの創業者、朝倉昭氏もそうだったと私はおもっている。
ステレオサウンドも、またこの時代、新しい芽を誕生させ、新しい木を育てた「土」であった。
松下秀雄氏のこと(その1)
夕方ごろだったか、twitterでオーディオテクニカの創業者である松下秀雄氏が逝去されたことを知った。
松下氏のことを書こう、とおもった。
松下氏にお会いしたことはない。
ステレオサウンドにいたころに、数人の方から松下氏について断片的なことをきいていたくらいであるから、
なにかを書けるわけでもないのだが、それでも書かなければならない、とおもっていた。
オーディオテクニカはVM型のカートリッジで知られる。
VM型はいわばMM型カートリッジに属していても、
シュアー、エラックがもつMM型の特許には関係なく海外で販売されている。
シュアー、エラックによるMM型カートリッジの特許は日本では認められていない。
この件に関する、いわゆる裏話を瀬川先生からきいたことがある。
どんなことなのかはここで書くようなことではないから省くけれど、
日本のメーカーが大慌てで、シュアー、エラックの特許に対抗したわけだ。
特許は認められなかったけれど、
海外各国では認められているわけだから、日本製のMM型カートリッジは海外では販売できない。
それではカートリッジ専門メーカーであるオーディオテクニカは世界に進出できない。
そこでオーディオテクニカは独自のVM型を開発、特許をとり堂々と海外で販売してきた。
シュアー、エラックの特許申請に対して日本の大メーカー各社がとった手段と、
それら大メーカーと比較すれば小さな会社といえたオーディオテクニカがとった行動、
ここにオーディオテクニカという会社の気骨とでもいおうか、スピリットといったらいいだろうか、
それに近いものを感じる。