Archive for category デザイン

Date: 3月 21st, 2017
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その1)

プリメインアンプとコントロールアンプのコントロール機能は同一である。
最低でも入力セレクターとレベルコントロールは必要で、
その他にテープセレクター、バランスコントロール、モードセレクター、
各種のフィルターとトーンコントロールなど、同じことが求められる。

つまりプリメインアンプとコントロールアンプのフロントパネルは、
ひとつのメーカーにとって、同じであってもおかしくはない。

実際にそういう製品はいくつもあった。
よく知られるところではラックスとマランツ(ともに1970年代)があり、
その他にもソニー、テクニクス、サンスイなどが挙げられる。

フロントパネルを共通、もしくはほぼ同じにすることで製造コストが抑えられる、
価格も抑えられるのであれば、購入を考えている人にとっては、
このことはデメリットにはならないだろう。

それでもプリメインアンプとコントロールアンプとで、
デザインをきっちりと変えているメーカーもいくつもあった(ある)。

ここてだ考えたいのは、そのことの是非ではなく、
タイトルにもしたように、
プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザインの区別を、
私のなかではどうしているのかについて、である。

例を挙げればラックスのSQ38FD/IIとCL35IIIのデザイン。
私にとっては、このふたつに共通するデザインは、プリメインアンプとしてのデザインである。

そのベースとなっているデザインに、
マランツのModel 7というコントロールアンプの存在があっても、そうである。

Date: 2月 11th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その9)

デザインに強い関心はあっても、デザインについて専門的に学んできているわけではない。
オーディオのデザインについて書きながらも、
どれだけオーディオのデザインを理解しているのか、を自らに問うている。

何かがひっかかってくるデザインのオーディオ機器の場合、
だからそのオーディオ機器単体で、そのデザインについて判断するのではなく、
いくつかの状況においての判断をするように心掛けている。

ヤマハのプリメインアンプのA1は、その意味でひっかかってきたデザインであった。
すでに書いているように、広告で見て、新鮮な印象を受けた。
その後、オーディオ店で実物を見て、精度感のなさに少しがっかりもした。

それでも気になるデザインのアンプであり、
「コンポーネントステレオの世界 ’78」での写真も、
A1のデザインについて考えるうえで、私にとっては重要な一枚だった。

瀬川先生は、以前、ヤマハのデザインはB&Oコンプレックスだ、といわれた。
熊本のオーディオ店でいわれたことだから、A1の登場よりも一、二年あとのことだ。

瀬川先生が、どのヤマハの製品のことを指してだったのかははっきりとしないが、
なんとなく察しはつく。

「コンポーネントステレオの世界 ’78」では、
そのヤマハのアンプがB&Oのアナログプレーヤーの隣に置いてある。
A1の下にはペアとなるチューナーT1がある。

B&Oとヤマハの後方にB&Wのスピーカーがあるというレイアウトだ。
ここでは、ヤマハのアンプとチューナーが浮いている。

B&WのDM5とB&OのBeogram 4002が並んでいるのに違和感はない。
にも関わらずA1とT1は浮いているように感じる。

Date: 2月 11th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その8)

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’78」に、
ヤマハのA1もスペンドールのD40も組合せに登場している。

どちらも組合せも山中先生によるものである。
D40が登場する組合せは、スピーカーがスペンドールBCIIで、
アナログプレーヤーはリンのLP12にSMEの3009 SeriesIIIに、
カートリッジはオルトフォンのMC20、ヘッドアンプに同じオルトフォンのMCA76。

一昔前のドイツ系の演奏・録音盤を十全なかたちで再生したいというテーマでの組合せ。
メインとなる組合せはQUADのESLのダブルスタックで、
スペンドールの組合せは予算を考慮した組合せである。

カラーページに、この組合せの写真が見開きで載っている。
LP12もコンパクトなプレーヤーであり、D40もコンパクトなアンプ。
写真をみていると、まとまりのある組合せに感じた。

いま改めて見ても、視覚的にもいい組合せである。
D40はお世辞にもデザインされた、とはいえない。
LP12もこのころは電源スイッチが押しボタンで、洗練されているとはいえない。

BCIIも、凝ったデザインのスピーカーシステムではない。

この組合せで際立ったデザインのモノは、SMEのトーンアームぐらいであるが、
このトーンアームが視覚的に浮いてしまっているからといえば、そうではない。
うまく収まっているように感じられる。

うまい組合せだな、といまも思う。
いまも、この組合せを聴いてみたい、と写真は感じさせる。

一方のA1が登場する組合せは、女性ヴォーカルを中心に楽しみながらも、
優れたデザイン感覚を持つ装置を、というテーマである。

こちらもふたつの組合せがあり、A1の組合せは予算を考慮した案である。
スピーカーはB&WのDM5、アナログプレーヤーはB&OのBeogram 4002である。

Date: 1月 30th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その7)

ヤマハのA1というプリメインアンプのデザインについてこうして書いていると、
イギリスのいくつかのプリメインアンプのことを、対比として考えてしまう。

スペンドールのD40、
ミュージカルフィデリティのA1、
オーラ・デザインのVA40のことを考えている。

D40もA1もVA40も、
フロントパネルにあるのは電源スイッチと入力セレクター、レベルとバランスコントロールくらいである。
トーンコントロールもフィルターも、搭載していない。

D40はA1とほぼ同じころに登場している。
価格は当時145,000円だった。
1980年頃には、198,000円に値上りしていた。

A1の価格は115,000円、CA2000が158,000円だった。
A1もCA2000も、国産プリメインアンプの標準的なサイズと重量だったのに対し、
D40はW33.2×H9.6×D22.3cm、6.0kgという小ささで、出力も40W+40W。

内部を比較すると、国産プリメインアンプの同価格帯のモノとの落差を大きく感じてしまうほどである。

つまり国産プリメインアンプが、
自社製のスピーカーシステムをうまく鳴らすことをいちばんに考えていたとしても、
他社製のスピーカーシステムもきちんと鳴らすことを前提としているのに対し、
D40は割り切って、自社製(スペンドール)のスピーカーのみがうまく鳴ればいい、
そんな感じの音なのだ。

当時ベストセラーモデルだったBCIIと組み合わせた音を一度でも聴いたことのある方なら、
確かにそうだった、とD40の音を思い出してくれるだろう。

私はBCIIとの組合せでしか聴いたことがない。
BCIIIやSA1との音は聴いていないので、はっきりしたことはいえないが、
BCIIを鳴らすほどには、BCIII、SA1をうまく鳴らしてくれるわけではないだろう。

他社製のスピーカーシステムを鳴らすよりは、よく鳴らしてくれたであろうが、
そう思わせるくらい、D40はBCII専用と言い切っていいプリメインアンプだった。

Date: 12月 31st, 2016
Cate: デザイン, 書く

2016年の最後に

2015年の最後に書いたのは「2015年の最後に」だった。
「2015年の最後に」が6000本目だった。

ちょうど一年が経ち、「2016年の最後に」を書いている。
7004本目である。
7000本目はベートーヴェンの「第九」について書いたものである。

どうにか一年で1000本を書くことができた。
書いている過程で、「2015年の最後に」で書いたことを何度か思い出していた。

どれだけ書けただろうか、とふり返りたくなるが、
明日になれば7005本目を書く。

Date: 12月 24th, 2016
Cate: よもやま, デザイン

2016年をふりかえって(その5)

2016年夏あたりから、2020年の東京オリンピック/パラリンピックのエンブレムが、
街中で見かけるようになった。

学校にも、スーパーにも、企業のピルでも、
いろんなところで、ようやく決ったエンブレムが飾られている。

大きなサイズのものである。
オリンピックとパラリンピック、ふたつのエンブレムが飾られているから、
見ていて、最初に選ばれた(といえるのだろうか)佐野研二郎氏のエンブレムでなくてよかった、
と心底思った。

頭の中で、例のエンブレムが飾られているところを想像したからである。
あのエンブレムが、このサイズで街のいろんなところに飾られたとしたら……。

この東京オリンピック/パラリンピックのエンブレムの件では、
デザイナー、デザインに対しての誤解が生れ、広まったといえる。

しかもエンブレム問題に留まらず、
その後も、いわゆるパクリがインターネットで指摘される事態となった。

そして今年11月には、東京デザインウィークでの事故(事件)が起った。

デザイナーと呼ばれる、呼ばれたい、ごく一部の人たちの起したことが、
デザイン、デザイナーをより誤解させ、貶める。

こんなことをやらかしてしまう人たちをデザイナーと呼んでいいのだろうか、という疑問がある。
でも、世の中ではデザイナーと呼ばれている。

ならば本来の意味でのデザイナーと呼ばれるにふさわしい人をなんと呼べばいいのだろうか。
心あるデザイナーの中には、デザイナーという呼称を拒否したいと思う人もいよう。

デザイン(design)に現在進行形のingをつけると、
このブログにも使っているdesigningになり、過去形をつけるとdesignedである。

いまのごく一部のデザイナーと呼ばれていても、
デザイナーとは到底呼んではいけない人たちがやらかしたこと、やらかしていることによって、
designにつくのは、ingでもedでもなく、deadなのかもしれない。

design + dead = designdead

Date: 11月 6th, 2016
Cate: デザイン
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オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その6)

ヤマハのA1が新鮮に映ったのは、シーリングパネルの採用にある。
1970年代後半からアンプにシーリングパネルを採用するモデルは増えていったが、
A1登場以前は、プリメインアンプで採用しているモノはなかった、と記憶している。

セパレートアンプにはいくつかあった。
けれどヤマハのセパレートアンプCI、C2、BI、B2は採用していなかった。
ヤマハのオーディオ機器でシーリングパネルを使ったデザインのモノは、
チューナーのCT7000だけだった。

CT7000は当時220,000円するチューナーだった。
A1は最高クラスのプリメインアンプではなかった。
けれどヤマハは、シーリングパネルを採用している。

CT7000とA1のシーリングパネルは、同じではない。
CT7000では一枚のフロントパネルの一部がシーリングパネルになっている。
A1のフロントパネルは三分割されたようにデザインされていて、
そのうちの一枚全体がシーリングパネルとなっている。

こういうシーリングパネルは、それまでなかったはずだ。
そこにA1のデザインの大胆さを感じたのかもしれないし、それが新鮮と映ったようである。

その時思ったのは、ヤマハはCA2000のデザインに、なぜシーリングパネルを採用しなかったのか。
CA1000IIIとCA2000のデザインは同じといえる。
パッと見で、CA1000IIIとCA2000のデザインの区別はつかない。

CA2000にはシーリングポケット採用のデザイン案があったのではないだろうか。
もしくはCA2000の上級機としてのCA3000というモデルが構想されていて、
そこでシーリングポケットを採用したのだろうか。

とにかくA1には軽い昂奮をおぼえていた。
けれど実機のA1をオーディオ店で見た時には、すこしがっかりした。
広告の写真で見て感じた精度感が、そこになかったからだ。

特に三つの正方形のプッシュボタンがそう感じさせた。

Date: 11月 4th, 2016
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その5)

私がステレオサウンドを読みはじめたころのヤマハのプリメインアンプといえば、
CA2000かCA1000IIIが代表機種といえた。

CA2000のデザインは、中学生の目から見ても上品、洗練という表現が似合うと感じていた。
ステレオサウンド 42号のプリメインアンプ特集では、音室面でも高い評価を得ていた。
測定結果も、非常に優れたアンプであることがわかった。

いつかはセパレートアンプと思いつつも、現実にはプリメインアンプが先に来る。
CA2000はA級動作に切替えることもできた。
このことが、また中学生だった私には、とても魅力的だった。

ヤマハのCA2000を手に入れれば、とにかく不満なく聴ける──、
そう思っていた時期だ。

でも同時にCA2000には、色気や艶といった要素が、
磨き上げられている音質とは裏腹に欠けているような印象を、
瀬川先生の文章からも、つたない耳ではあっても実際に音を聴いても感じられた。

CA2000の優秀性をそのままに、色気、艶がもう少しだけ加わってくれれば……、
そんなことを思っていたところに、A1の登場だった。

それまでのヤマハのプリメインアンプの型番はCAがついていた。
アナログプレーヤーはYP、スピーカーシステムはNS、カセットデッキはTC、
ヘッドフォンはHP、チューナーはCT、スピーカーユニットはJAというように、
アルファベット二文字で始まっていた。

ただしセパレートアンプだけ違っていた。
CI、C2、BI、B2というようにアルファベットは一文字だけ。
C2とペアとなるチューナーT2もそうだった。

そこにA1という型番での登場。
C2はコントロールアンプのC、B2はベーシックアンプのBなのだから、
A1のAはアンプリファイアーの頭文字のはず──、中学生の私はそう受けとった。

しかもA1である。
このアンプならば、CA2000に欠けているものがあるのではないか。
その新鮮なフロントパネルの写真を見ながら、期待しはじめていた。

Date: 9月 19th, 2016
Cate: デザイン

TDK MA-Rというデザイン(その9)

TDKのMA-Rには、アルミダイキャストのハーフが使われている。
当時、MA-Rが最初にアルミダイキャストのハーフを採用したカセットテープだと思っていた。

けれどMA-Rの一年前に、テクニクスがダイキャストのハーフを採用している。
テクニクスの広告には材質にはふれていないが、
テープのハーフに磁性体を使うわけはないから、アルミのはずだ。

テクニクスがアルミダイキャストのハーフを採用したのは、三種のテストテープにおいてである。
RT048CFが周波数特性/角度補正用のクロームテープで、25,000円(桁は間違っていない)。
RT048Wがテープ速度/ワウ・フラッター試験用で、17,000円。
RT048NFが周波数特性/角度補正用のノーマルテープで、25,000円。

テストテープということもあって、プラスチック製の一般的なカセットケースではなく、
厚手のハードカバーの書籍を思わせるケースとなっている。

テクニクスのRT048シリーズはあくまでもテストテープであるから、
いわゆる生テープと呼ばれる録音可能なテープとは違うから、
生テープで最初にアルミダイキャストのハーフを採用したのはTDKのMA-Rであり、
RT048シリーズのことを知っている人もいまでは少ない、と思う。

RT048の実物は見たことがない。
カラー写真で見たきりだ。
ダイキャストのハーフの写真がなければ、
RT048の写真を見ただけで、ダイキャストのハーフであることに気づく人は少ないはずだ。

よく見れば、質感が通常とは違うことは気づいて、アルミダイキャストであるとは思わない。
RT048とMA-Rの違いを、写真でもいいからじっくりと比較してほしい。

MA-Rというデザインが、はっきりとしてくるからだ。

Date: 8月 15th, 2016
Cate: オリジナル, デザイン

コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ(その6)

別項「2405の力量」でのことが、ここに関係してくる。

スピーカーの接続、アンプのセッティングが終り、どんな音が鳴ってくるか。
毎日触れている自分のシステムではなく、セッティングから始めるこういう音出しでは、
緊張とは違うが、少しどきどきに近いものがある。
あまりにもひどい音が鳴ってきたとしたら、残り時間はそうないわけで、
どうするのかを考え行動しなければならないことも関係してくる。

でもいまのところそんなことはない。
「新月に聴くマーラー」では、確認のために最初に鳴らしたのは、
レイ・ブラウンとオスカー・ピーターソンの”This One’s for Blanton!”から、
一曲目の”Do Nothin’ Till You Hear From Me”である。
出だしのピアノが鳴ってきた。

私の中にある、このディスクのピアノのイメージは、
長島先生が鳴らされていた音である。
同じ音が出てきたとはいわないが、
長島先生が、このディスクで出そうとされていた方向と同じではあった、といえる。

つづいてバド・パウエルの”The Scene Changes: The Amazing Bud Powell (Vol. 5)”から、
“Cleopatra’s Dream”を、さらにボリュウムを上げて鳴らした。

扉はもちろん閉めていたけれど、隣の喫茶室にも音は漏れていた。
しばらくしたら店主の福地さんが扉を開けてきいてきた。
「これ、バド・パウエルの演奏とは違いますよね」

きかれた私は、ちょっと考え込んだ。
何をきかれているのかがつかめなかったからだ。

誰が聴いても、バド・パウエルの演奏だから、
ジャズの熱心な聴き手でない私が、仮に喫茶室にいたとしても、
漏れ聴こえてくる音で、バド・パウエルとわかる。

彼がそう訊いてきたのは、バド・パウエルのディスクとは思えない音で鳴ってきたから、だった。
誰か、いまのジャズの演奏者が、バド・パウエルそっくりに演奏して、
それを最新録音で捉えたものだと思った、という。

Date: 8月 13th, 2016
Cate: オリジナル, デザイン

コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ(その5)

伝言ゲーム,つまりコピー技術としてはアナログよりもデジタルが圧倒的に有利である。
けれど、ここでのタイトルは
「コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ」としている。

だからデジタルとアナログの関係について考えていく必要がある。

デジタル(digital)とアナログ(analog)の関係性は、
デザイン(design)とアート(art)の関係性に近い、似ているのではないか、と、
この項を書き始めたころから思いはじめていた。

そう思うようになったきっかけはたいしたことではない。
どちらもDとAだからである。
偶然の一致ととらえることもできるし、そう考える人の方が多数であろう。

でもデジタル(digital)とアナログ(analog)もDとA、
デザイン(design)とアート(art)もDとA、
単なる偶然だといいきかせようとしても、無関係とは思えなかった。

8月13日の川崎先生のブログ『アッサンブラージュの進化を原点・コラージュから』を読んで、
単なる偶然とは、ますます思えなくなってきた。

Date: 8月 13th, 2016
Cate: オリジナル, デザイン

コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ(その4)

デジタルの伝言ゲームであれば、
途中にあるメディアの種類がなんであれ、そこで使う機器がなんであれ、
オリジナルのデータと最終的にコピーされるデータは一致する。
それぞれのメディア、ハードウェアに不具合がなければ、データの欠落は生じない。

ハードディスクにオリジナルのデータがあったとする。
それを別のハードディスクにコピーする。次はDVD-Rにコピーする。
その次はSSDに、さらには昔懐しい光磁気ディスクに、そしてまたハードディスク……。
そんなふうにさまざまなメディアを使ったとしても、処理にかかる時間に変化は生じても、
データそのものに欠落は生じない。

つまりコピーに使われる介在する機械の特有の特性・特徴によって、
データが欠落するということはない。

もちろん再生する段階になれば、
それぞれの機械、メディア特有の特性・特徴によって音は変ってくるけれど、
ここではあくまでもコピーしていくことだけに話を絞っている。

アナログの場合はどうだろうか。
100回の、コピーに使用する機械をすべて同じモノを用意したとする。
たとえばカセットテープだとしよう。
同じカセットテープ、カセットデッキを用意する。交互に使って100回のコピーをする。

その場合、テープ、デッキに固有する特性・特徴がそれだけ最終的なコピーに大きく影響する。
苦手とするところが同じになるわけだから、そうなってしまう。

ではカセットテープ(デッキ)、オープンリールテープ(デッキ)、アナログディスク(プレーヤー)、
これらを複数台用意してのコピーはどうだろうか。
アナログディスクに関してはカッターレーサー(ヘッド)も用意することになる。
しかもそれぞれに違う機種を用意する。

そうなるとそれぞれの機器に固有する特性・特徴は一致するわけではないから、
コピーの順序を変えたりすることによっても、最終的な結果に違いが生じてくる。

それぞれの録音・再生の方式に固有する特性・特徴が違うためである。
もっといえば一台のテープデッキの中でも、録音した時点でなんらかの変質が生じ、
それを再生する時点でもなんらかの変質がまた生じている。

デジタルの伝言ゲームでは、途中で再生というプロセスはない。
録音は記録というプロセスであり、
記録したデータを読みだしてそのまま次の機器(メディア)へ伝送していく。

アナログの伝言ゲームでは録音し再生するというプロセスを経る。

こう考えていくと、
ますます無機物(デジタル、客観)であり、有機物(アナログ、主観)と思えてくる。

Date: 1月 1st, 2016
Cate: オリジナル, デザイン

コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ(その3)

デジタルはどうだろうか。
パソコンの中にあるデータをコピーし続けたとする。

外付けのハードディスクにコピーしたとする。
そのハードディスクから別のハードディスクにコピーする。
これを何度もくり返す。

アナログと同じように百回行ったとする。
百回目のコピーとなったハードディスクに記録されているデータと、
パソコンの中のデータ(つまりオリジナル)とを比較して、
データとして違っているところがあるだろうか。

どんなに大きなデータであっても、どれだけコピーをくり返そうと、
データは同じである。そっくりにコピーされている。
だからコピーといえる。

アナログの場合はコピーしていけば、確実に何かが劣化していく。
そうなるとコピーとはいわずに、ダビングといったほうがいい。

デジタルであるなら、伝言ゲームであいだにどれだけ多くの人が介在していても、
最初の人が発した情報は、最後の人にまで正確に伝わっていく。

この伝言ゲームで考えたいのは、
アナログの場合、介在する機械の特有の特性・特徴によって、
インプットとアウトプットにおける変質の具合が影響を受けることである。

Date: 12月 31st, 2015
Cate: デザイン, 書く

2015年の最後に

これが6000本目になる。
予定では、早ければ11月中に、遅くても12月上旬には6000本目を書いているはずだったが、
ここまでずれ込んでしまった。

四年後の2020年の暮れには10000本目を書き終えて、
このブログにも大きな区切りが来る。

あと4000本。
どれだけのことを書いていけるだろうか……、
そんなことは実は考えていない。

考えているのは、デザインとデコレーションの違いと文章との関係について、である。
音について語る際に、気をつけなければならないのは、
ややもするとデコレーションな文章に傾くことだ。

これまでにデザインとデコレーションの違いについて、私なりに書いてきた。
これからも書いていく。

書きながら、デザインとデコレーションの違いについて考えている。
そして、それについて書く文集が、デコレーションなものになっていては……、と思う。

オーディオ雑誌を開けば、安っぽいデコレーションな文章がそこかしこにある。
デザインとデコレーションの違い・区別がわかっていない文章が溢れている。

デコレーションの技だけに長けた文章を、高く評価する人も少なくない。
そういう書く技だけを磨いてきた人を、私はどうしてもオーディオ評論家とは呼べない。

評論とは何か、論とは何か。
文章そのものがデザインともっともっと結びつかなくて、どうしてオーディオ評論といえるだろうか。

2016年から2020年までの四年間の4000本のうち、
何本、デザインといえるものを書けるだろうか。

Date: 12月 29th, 2015
Cate: オリジナル, デザイン

コピー技術としてのオーディオ、コピー芸術としてのオーディオ(その2)

別項で、無機物(デジタル、客観)であり、有機物(アナログ、主観)である、と書いた。

何を書いているのだろうか、と思われたかもしれない。

無機物(デジタル)であり、有機物(アナログ)である、なら、わかるけれど、
なぜ、無機物のところに客観、有機物のところに主観が加わっているのか、と。

コピーについて考えてみる。
アナログの場合、テープを例にとってみる。
録音テープ、録画テープ、どちらでもいい。

オリジナルのテープがある。
それをダビングする(コピーする)。
コピーしたものをさらにコピーする。
これを何度もくり返す。

オリジナルのテープの音質、画質よりも、
一回目のコピーの音質、画質は誰の目(耳)にもはっきりと違いがわかる。

コピーを二回、三回……と何回も続けていった音質、画質を、
オリジナルと比較してみるとどうだろうか。

ダビングに使用する器材のクォリティ、テープのクォリティによって多少結果は違ってきても、
オリジナルからは大きな劣化であり、
仮に百回もコピーをくり返したものならば、何が映っているのかわからないくらいになっても不思議ではない。

これは多くの人を集めての伝言ゲームに似ている、というか、そっくりではないか、と思う。