Archive for category デザイン

Date: 7月 6th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(亀倉雄策氏のこと)

「長岡鉄男の日本オーディオ史 1950〜82」の42ページに、
《亀倉雄策、本格コンポ》とある。

長岡鉄男氏が、長岡鉄男というペンネームを使っていない時代、
《メーカー訪問、名曲喫茶訪問もふった、ステレオ・ユーザー・インタビューもやった》時代、
50人ぐらいの人のところに訪問されている。

三十人ほどの名を挙げられて、短いコメントがついている。
オーディオマニアとして知られている人が数人、そこにはある。

《藤井康男、龍角散社長、特注アルバトロスの無指向性システム》、
《荻昌弘、特注巨大コンポ》、
《柳家小三治、LE−8Tを使った本格的コンポ》などとある。

柳家小三治氏のLE8Tをつかん多システムを、本格コンポとはせずに、
本格的コンポとされているのに対し、亀倉雄策氏のは本格コンポ、である。

どんなシステムだったのか、詳細はわからないが、
当時の柳家小三治氏のシステムよりも、マニアックなものだったのか。

デザイナーの亀倉雄策氏はオーディオマニアだったのか。

Date: 6月 22nd, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(KEF Model 303・その3)

S9500は1989年に登場している。
303の十年後である。

S9500は、一本2,200,000円だった。
303の三十倍以上である。

エンクロージュアを構成する素材も、
S9500と303とでは、そうとうに違う。

S9500は、そのころのJBLのフラッグシップモデルだった。
303は、当時、日本に輸入されていたKEFのモデルとしては、もっとも安価な製品だった。

製品コンセプトからして、まったく違う。
十数年前に見たS9500は、なんとも古びた感じがしていた。

それはデザインが古くなってしまった、ということではなく、
ホーンに採用されたアクリル、
ベースのコンクリート、
どちらもくすんでしまっていたからだった。

所有者がこまめに手入れをしていなかったのだろう。
ウーファーは、特にくたびれた感じはしなかったけれど、
ホーンとベースは、無機的な材質ということもあってか、
手入れを怠るとこんなふうになってしまうのか、と少々驚いたことがあった。

303には、そういうところ(材質)は存在しない。

303の外観は、くり返すが、素っ気ない。
素っ気ないからといって、デザインされていないわけではない。

むしろ、よくデザインされている、と今回、自分のモノとして眺めてそう思った。

Date: 6月 22nd, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(KEF Model 303・その2)

難がなかったわけではない。
グリルに、しかもフロントバッフル側に数センチの破れがある。

出品者の説明には、入手した時からあった破れ、とある。
ということは、出品者の前に誰かが鳴らしていたわけで、
どんなに少なくとも私で三人目の所有者となるModel 303である。

四十年前のスピーカーで、
複数の人が鳴らしていて、しかも普及価格帯のスピーカーである。

程度がそんなにいいとは思っていなかった。
写真では、そこそこいいコンディションに見えても、
実際に実物を見ると……、ということはよくある。

しかも破れがあるのだから、まったく期待はしていなかった。
けれど、303が届いて、
四十年前のスピーカーを、初めて自分のモノとして眺めてみて、
ほんとうに四十年前に製造されたモノなのか、と思うほど、くたびれた感じがなかった。

輸入関税、輸送費などを考えると、Model 303は、
イギリスではいくらで売られていたのだろうか。
円とポンドの力関係も、いまとは違っていた。

Model 303の外観は、実に素っ気ない。
虚飾を排した──、そう表現すれば、なんとなくよさそうに思えても、
実のところ、製造コストを抑えるためであろうことはわかっている。

高価な材質は、どこにも使っていない。
そういう造り方のスピーカーであることはわかっていたから、
ある程度のくたびれ感、古びた感じはしかたないものとわりきっていた。

なのに、実物を前にして、えっ? と思ってしまった。
思ってしまったのに、わけがないわけではない。

十数年前に、あるオーディオ店に展示してあったJBLのS9500の印象があったからだ。

Date: 6月 22nd, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(KEF Model 303・その1)

先日、KEFのModel 303を手に入れた。
Model 303は、1979年に発売されたブックシェルフ型2ウェイのスピーカーシステム。

当時の価格は、一本59,000円(その後62,000円)だった。
当時、欲しいと思っていたスピーカーの一つだった。

日本ではどうだったのかはわからないが、
イギリスではけっこう売れていたようだった。

グリルの色違いがしばらくして六色用意されたし、
303 Series IIも登場した。

でも日本では、これまで中古を見かけたことがなかった。
たまたま私が見かけていなかったというだけの可能性はあろうが、
あまり売れなかったのかもしれない。

売れていないオーディオ機器は、当然だけれど、中古店に並ぶことはめったにない。

303は近所レコード店で、いまも鳴っていることは、すでに別項で書いている。
そこで鳴っていた303は、古びた感じ、くたびれた感じはなかった。

店主が大事に鳴らしていたから、そうなのだろう、と思っていた。

今回、手に入れた303は、ヤフオク!で見つけたものだった。
しかも検索してではなく、オススメとして表示されるモノのなかに、303があった。

安かった。ペアで15,000円だった。
安くても、スピーカーだから送料はそこそこかかる。

なのに、今回の303は出品者が送料負担とある。
どれだけの人が入札しているのかと思ってみると、
誰一人入札していない。

私だけだった。
応札がなかったので、15,000円で、
四十年前に120,000円ほどしていた303を八分の一で手に入れることができた。

Date: 3月 23rd, 2019
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その10)

ここではヤマハのコントロールアンプC5000を取り上げているが、
なにもC5000だけが、プリメインアンプ的なデザインのコントロールアンプなわけではない。

たまたま、このテーマを書いている途中でC5000が登場したこと、
それとCI、C2といった以前のヤマハのコントロールアンプ、
同時代のCA2000、 CA1000IIIなどのヤマハのプリメインアンプのデザインは、
はっきりと、それぞれにコントロールアンプ的であり、
プリメインアンプ的であった記憶がいまも残っているからだ。

C5000のデザインを見て、私と同じようにプリメインアンプ的だと感じる人もいれば、
そんなふうには感じないという人もいるはずだ。

私自身、どうしてそんなふうに感じるのか、その理由を知りたくて、このテーマを書いている。
まだはっきりと理由を見つけられているわけではないが、
書き始めたころから結論のひとつとして見えているのは、
コントロールアンプとしてのデザインに必要なことは、
オーディオ・システムのデザインの中心として存在できる、ということだ。

それはわかっていたから、別項「オーディオ・システムのデザインの中心」を書いている。

セパレートアンプならば、コントロールアンプがオーディオ・システムのデザインの中心なのはわかるけれど、
プリメインアンプならば、オーディオ・システムのデザインの中心ではないのか──、
そういわれそうである。

いまのところ、ここをうまく言葉として説明できないでいる。
ゆえにもどかしさを感じているが、
プレーヤー、プリメインアンプ、スピーカーといったシステムと、
プレーヤー、コントロールアンプ、パワーアンプ、スピーカーといったシステムとでは、
デザインの中心の意味あいが微妙に、しかしはっきりと違ってくるところがある、と感じている。

この感じているところを、はっきりと掴めたら、
ここでのテーマに、はっきりとした答を出せるはずだ。

Date: 3月 19th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(Air Force ZEROのこと・その3)

四年ほど前に、200号までにステレオサウンドでオーディオのデザイン論が語られるとは思えない──、
別項で書いた。

語られることはなかった。
これから先も語られることはないと思っている。

このオーディオのデザイン論こそが、ステレオサウンドがやってこなかったこと、やり残してきたことだ。
私が編集部にいたときも、オーディオのデザイン論はやってこなかった。

十年以上昔になるか、
ステレオサウンドに、素人によるデザイン感的な文章が連載となっていた。
デザイン論とはとうてい呼べないものだった。
ほんとうにひどい、と思って読んでいた。

その連載が終了して、デザインについてある人と話していた時に、この記事のことが話題になった。
「ひどい記事だったね」とふたりして笑いあった。

こんなことを四年前に書いた。
ある人の名前は四年前は明かさなかった。
ある人とは菅野先生である。

菅野先生とデザインについて話していたときに、
私がつい、ポロッと「そういえば、あのステレオサウンドの連載、ひどかったですね」と言った。
すると菅野先生も、お前もそう思うか、という感じで「デザインの素人による内容だよ」と言われた。

ひどい記事と口にしたときには、しまった、と思わなかったわけではない。
菅野先生がどう思われていたのかは知らなかったからだ。

けれど、こちらが本音で話せば、菅野先生はきちんと応えてくださった。
その菅野先生は、もういない。
瀬川先生もそうだ。

オーディオのデザイン論についてきちんと語れる人たちがいない。
なのに、ステレオサウンドは、川崎先生の連載をわずか五回で手離している。

川崎先生が、なぜ離れられたか──、
その理由は現編集長の染谷一氏がいちばんわかっているはずだ。
というより、わかっていなくてはならない。

Date: 3月 19th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(Air Force ZEROのこと・その2)

これも続きを書くつもりはなかった。
けれどfacebookへのコメントを読んで続きを書こうと思ったし、タイトルも変更した。

コメントはデザイナーの坂野博行さんからだった。
「Air Force ZEROにはデザイン不在が明らか」とあった。

ここで気をつけてほしいのは、デザイナー不在ではなく、デザイン不在ということだ。
デザイナー不在とデザイン不在は、同じではない。

憶測にすぎないが、Air Force ZEROにもデザイナーがいるはずだ。
おそらく、あの人ではないだろうか、と思っているが、確証はないから名前は出さない。

デザイナーが関っているのに、デザイン不在。
そんな人をデザイナーと呼べるのか──、
そのことについてはここでは述べないが、
おそらく、本人はデザイナーだと思っているだろうし、
その人にデザインを依頼した側も、そんな人をデザイナーと思っているわけだ。

とにかくAir Force ZEROは、デザイン不在の四千万円のアナログプレーヤーである。

Air Force ZEROは、各オーディオ雑誌で絶賛されるであろう。
あれだけの内容のアナログプレーヤーだから、
これまでのプレーヤーからは聴けなかった世界を提示してくれることとは思う。

そうであれば音に関して絶賛されるのはいい。
けれど、中にはAir Force ZEROのデザインを褒める人も出てくるのではないだろうか。

本音で、Air Force ZEROのデザインが素晴らしいという人がいたら、
その人の感性はまったく信用できない。

褒めなくとも、Air Force ZEROのデザインに関して何も語らない人、
つまりオーディオ評論家がいよう。

オーディオ評論家(商売屋)ならば、褒めるか、黙っているかのどちらかのはずだ。

Date: 3月 18th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(Air Force ZEROのこと・その1)

オーディオ関係のサイトでニュースになっているので、ご存知の方が多いだろう。
テクダスからAir Force ZEROが発表になった。

価格はまだ未定とのことだが、四千万円前後だそうだ。
この価格については、いわない。

テクダスの西川英章氏の、マイクロ時代からの信念の結実といえるプレーヤーであり、
この時代に、これだけのモノを世に送り出してくれた、ということは、やはりすごいと思う。

Air Force ZEROの仕様が、理想のアナログプレーヤーの具現化なのか、については、
必ずしもそうとは考えないが、それでもくり返しになるが、
西川英章氏が長年追求してきた手法であるから、ここについてもこれ以上は書かない。

けれど一つだけ書きたい。
それはAir Force ZEROのデザインである。

四千万円あれば、ランボルギーニ、フェラリーのスーパーカーが買える。
免許をもっていない私でも、ランボルギーニのアヴェンタドールは憧れである。

Air Force ZEROには、そういうかっこよさをまったく感じない。
四千万円するのであれば、もう五百万円くらい高くなっても、
写真を見ただけで、一瞬にして憧れてしまう、そんなかっこよさを持ってほしい。

そして実物をみて、惚れ惚れしてしまうほどのかっこよさであってほしい。

残念なことに、Air Force ZEROには、
スーパーカーならぬスーパーアナログプレーヤーのオーラのようなものを感じない。

Date: 3月 13th, 2019
Cate: デザイン

簡潔だから完結するのか(デザインの強度・その2)

その1)は、さっきまで「簡潔だから完結するのか(番外)というタイトルだった。

(その2)を書くつもりはなかった。
けれど先週読んだ、ある対談に「強度が高いデザイン」という表現が登場した。
この表現に刺戟され、続きを書く気になったし、
(番外・その2)とするのも、ちょっとアレだな、と思い変更した。

その対談とは、賀来ゆうじ・三浦建太郎、二人のマンガ家によるものだ。

その伍)に、強度の高いデザインという表現は出てくる。

賀来ゆうじ氏の発言に出てくる。
     *
賀来:自分が描いている作品の中でも、楽しい部分でもあり気を遣う部分でもあるんですけど、三浦先生のキャラクターデザインがとても気になっているんです。たとえば自分が好きな作品に永井豪先生の『デビルマン』がありまして、永井豪先生の描かれるデザインって、自分なりの言葉になるんですが“強度が高い”と感じるんですよね。誰が描こうと『デビルマン』の怖くてかっこいい永井先生の要素が出てくるんです。もし少女漫画家さんが描いたとしても、怖くてかっこいい、崇めそうになってしまう感じがデザインに埋め込まれていると思うんですよ。僕はそれを“強度が高い”デザインと呼んでいて、そこを目指しているんです。
     *
強度が高いデザインの一例としてのデビルマン。
永井豪氏の他のマンガのキャラクター、
たとえばマジンガーZも強度が高いデザインといえる。

強度が高いデザイン──、
このことを基準にいろんなキャラクターをふり返えれば、
ミッキーマウスは、三つの円のシルエットだけで、それとわかるわけで、
相当に強度が高いデザインということになるのか。

円のシルエットをもつキャラクターで日本で有名なドラえもん。
意外にも、ドラえもんを何も見ずに描くとなると、
けっこうデタラメなドラえもんになったりする例を、けっこう見ている。

となると、意外にもドラえもんは、強度がそれほど高くないデザインとなるのか。

Date: 2月 20th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(整理と省略・その9)

今日、非常に興味深い話を聞いた。
とあるメーカーで、開発の方向性をまとめる仕事をされる方から聞いた。

オーディオメーカーではないが、音楽に関係のある、けっこう大きな、よく知られている会社である。
そういう会社が新製品を開発する際に、
妄想カタログ、妄想取り扱い説明書を先に作ることがある、という話だった。

カタログにしても取り扱い説明書にしても、製品が大方出来上ってから制作に入るものだと、
今日(今晩)までずっと思っていた。

なのに(その会社だけではないようである)、
カタログ、取り扱い説明書が先に作られる。

たとえば昔のマークレビンソンのアンプだと、
マーク・レヴィンソン一人(もちろん回路設計は別にいても)である。
マーク・レヴィンソンの頭のなかに、すべてがある、ともいえる。

けれどもっと大がかりの製品の開発ともなれば、チームでの作業となる。
チームにはさまざまな専門家がいる。

そうなると個人がやる製品づくりとチームとでは、やり方が違ってもこよう。
特に取り扱い説明書を担当する人は、
取り扱い説明書の専門家である。

だから、妄想取り扱い説明書ではなく、想像取り扱い説明書といったようが的確だろうが、
ここではこの話をしてくれた人が、妄想カタログ、妄想取り扱い説明書といわれていたので、
それにしたがっている。

取り扱い説明書の専門家が、製品ができる前に書く取り扱い説明書は、
素人が好き勝手に書いたものとは、当然ながら違う。

しかもインターフェースが重要となる製品において、
取り扱い説明書の専門家は、専門的知識をもっての想像で、
製品より先に取り扱い説明書を書く。

それによって製品の仕様の細部が決定されることがある、という。

面白い話だと思いながら、
一方では、セブン・イレブンのコーヒーメーカーの開発には、
おそらく妄想カタログ、妄想取り扱い説明書は制作されなかったんだろう、とも思っていた。

Date: 2月 15th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(整理と省略・その8)

セブン・イレブンの新しいコーヒーマシンは、東京の店舗にも導入されていた。
新しいコーヒーマシンを使うのは、今日で二回目だが、さっそくエラーにぶちあたった。

カップを置くと、ホット用にもかかわらず液晶画面にはアイスと表示される。
コーヒーマシンも、おかしいと判断したようで、エラーを出し、カップを置き直せ、という表示。

置き直すと、今度はホットと正しく表示された。
けれどすぐにエラー表示で、またカップを置き直せ、の表示。

次はどうなるのか、楽しみで、指示に素直に従い、また置き直す。
今度は、ホット用かアイス用か、カップサイズの検出を諦めたようで、
液晶画面に、これまでのコーヒーマシンのような表示を出す。

ホット、アイス、それにカップのサイズのボタンが表示され、客が選んで押す。

前回の、一回で正しく認識したのは偶然だったのか、
それとも今回の連続するエラーがたまたまだったのか。
どちらなのかはいまのところなんともいえないが、
新しいコーヒーマシンは、必ずしも改良されたとは言い難いようだ。

それにしても、セブン・イレブンの担当の部門は、
これまでのコーヒーマシンにしても、新しいコーヒーマシンにしても、
実際に使ってみてのテストをしなかったのだろうか。

Date: 2月 12th, 2019
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その9)

別項「LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化」で、
友人Aさんの友人Bさん夫妻のオーディオ選びについて書いているところ。

Bさん夫妻は、アンプは、この項で取り上げているヤマハのC5000とM5000のペアに決定。
Aさんの話では、Bさん夫妻はヤマハ以外のメーカー、
アキュフェーズ、デノン、マランツ、ラックスマンなども試聴した上での決定とのこと。

音だけでなく、ヤマハに決ったのはデザインも大きかった、とのことである。
Bさんの奥さんが友達たち(女性)に、カタログを見せたところ、
ヤマハがデザイン的に好き、と言われたそうだ。

私はここでC5000のデザインを、
コントロールアンプのデザインではなく、プリメインアンプのデザインだ、と酷評している。
仕上げはいい、それでもC5000はプリメインアンプの顔(デザイン)でしかない。

けれど、そんなことは世間一般ではどうでもいいことなのだろう……。
オーディオマニアではないBさん夫妻、
それにBさんの奥さん、友達たちの女性たちにはヤマハのデザインは好評なのだから。

C5000のデザイナー(デザインチーム)は、
バリバリのオーディオマニアは、もしかすると無視しているのかもしれない。
むしろBさん夫妻のような人たちをターゲットとしてのC5000のデザインだとしたら、
それは商業的には成功ということになる。

しかも友人のAさんのところには、Bさん夫妻とにたような相談がいくつかきている、とのこと。
Aさんと私は同じ年齢だから、Aさんの友人たちも同世代であろう。

ヤマハのC5000、M5000のペア、
それに見合う価格のスピーカー、その他を一式まとめて買えるだけの人たちは、
特にオーディオマニアでなくともいるわけで、
そういう人たちに好評であるほうが、私のような者が絶賛するようなデザインであるよりも、
よほど重要なことであり、実際の売上げに結びつく──。

そんなことは知識として理解できても、
それでもC5000のデザインは、
コントロールアンプのデザインではなくプリメインアンプのデザインであることは、
私のなかでは一向に変らない事実である。

ここで、続けてコントロールアンプのデザイン、
プリメインアンプのデザインについて書いていく。

Date: 2月 11th, 2019
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(整理と省略・その7)

埼玉県のセブン・イレブンは、東京のセブン・イレブンよりも、
導入、投入が早いようである。

弁当、おにぎりなどの新商品も埼玉のセブン・イレブンのほうが早く見かける。
埼玉で試験的に販売して、その結果をみての東京での販売なのかもしれない。

いまではコンビニエンスストアで当り前のように設置されているコーヒーマシンも、
私が最初にみかけたのは、やはり埼玉のセブン・イレブンだった。

昨日、大宮駅周辺にいた。
夜駅近くのセブン・イレブンに寄ったところ、
コーヒーマシンがまったく新しいタイプのモノが置かれていた。

ボタンはなくなっている。
いままでボタンがあったところには一面、タッチ式の液晶ディスプレイがある。
カップを置くと、色とサイズで判断して、
ホットコーヒーなのかアイスコーヒーか、
それにサイズも判断しいてるようである。
カフェラテには対応していないようである。

ホットコーヒーのレギュラーのカップを置いたら、
ホットコーヒーのレギュラーというボタンが表示される。
それを触るだけである。

もう間違いようがないし、
意図的な間違いを防ぐこともできよう。

この新しいコーヒーマシンも、
これまでのコーヒーマシンと同じデザイナーによるものなのか。

だとしたら、このデザイナーの売りである整理と省略は感じられなかった。
まだ、これまでのコーヒーマシンのほうが、未消化とはいえあったようにも思う。

新しいコーヒーマシンが、これまでのマシンの代りに設置されていくのか。
私の印象にすぎないが、どうみても新しいマシンのほうが高価なはずだ。
故障発生率はどうなのだろうか。

そんなことも考えてしまうが、
新しいコーヒーマシンは、技術の進歩は感じられるが、
デザイナーの存在はかなり稀薄にも感じた。

Date: 10月 2nd, 2018
Cate: デザイン

簡潔だから完結するのか(デザインの強度・その1)

この半年ほど感心しているのが、ポケットモンスターのキャラクターのピカチュウである。
ピカチュウの説明は要らないだろう。

電車に乗っているとき、街中を歩いているとき、
若い女性のカバンに、ピカチュウがついているものを、割と見る。

そういった若い女性が好んで行きそうな雑貨店には、
ピカチュウをモチーフとした、いろんなものが売っている。

ぬいぐるみだけでなく、小物入れや財布などなど、
ピカチュウはさまざまな形態になっている。

それでもパッとみて、ピカチュウはピカチュウであり、
ピカチュウの特質を、ほとんどの、そういったものは損っていない。

これは、意外にすごいことではないかのか──、
ここ半年ほど、そんなことを考えていたりする。

つまりピカチュウは、デザインされている。
ピカチュウこそグッドデザインといえるのではないか、とも思いはじめている。

そんなことを思っていた先週末、やはり電車に乗っていた。
目的の駅に着いて改札に向っていたら、
前を歩いている人のTシャツの背中のイラストが視界に入ってきた。

太い黒い線で描かれた女性の顔である。
ウェーブのかかった紙、顔の輪郭、赤く塗られた唇、それにホクロがひとつ。
それだけの、実にシンプルなイラストだった。

目も鼻も耳も、そこには描かれていない。
それが誰なのか、Tシャツには、文字もない。

けれど、すぐに誰なのかはわかる。
マリリン・モンローである。

これ以上の省略は無理、というほどのシンプルなイラストなのに、
モンローだと、わかる。

とういことは、このイラストはデザインといえるのか、
さらには、マリリン・モンロー自身がデザインなのか──、
そんなことを考えるようになった。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その8)

ヤマハのC2と同時代にトリオのコントロールアンプL07Cがあった。
C2が150,000円、L07Cが100,000円だった。

同価格帯には微妙にいいがたい価格差がついていたが、
L07Cは音の良さはかなり話題になっていた。

瀬川先生も、音に関してはなかなかの評価だった。
けれどL07Cのデザインに関しては、ボロクソといえるほどだった。

ステレオサウンド 43号では《デザインに関しては評価以前の論外》とか、
《いくら音が抜群でも、この形では目の前に置くだけで不愉快だ》と書かれていたし、
49号では、こうも書かれていた。
     *
 しかし07シリーズは、音質ばかりでなくデザイン、ことにコントロールアンプのそれが、どうにも野暮で薄汚かった。音質ばかりでなく、と書いたがその音質の方は、デザインにくらべてはるかに良かったし、そのために私個人も多くの愛好家に奨めたくらいだが、ユーザーの答えは、いくら音が良くてもあの顔じゃねえ……ときまっていた。そのことを本誌にも書いたのがトリオのある重役の目にとまって、音質について褒めてくれたのは嬉しいが、デザインのことをああもくそみそに露骨に書かれては、あなたを殴りたいほど口惜しいよ。それほどあのデザインはひどいか、と問いつめられた。私は、ひどいと思う、と答えた。
 *
48号の時点でL07CはL07CIIに改良され、外観も改良された、といっていい。
基本的なレイアウトは同じでも、質感がまるで違うものに仕上がっている。

私もL07Cはひどい外観だと思っていたけれど、
当時は、瀬川先生が、なぜそこまで酷評されるのかはよく理解できていなかった。
このことについては、いずれ書くつもりだが、
そんなにひどい外観のL07Cではあったけれど、それでもコントロールアンプの顔をしていた。

C2は7.2cm、L07Cは10.0cmという高さである。
薄型といえるアンプだから、コントロールアンプに見えていたわけではない。
分厚いフロントパネルだから、プリメインアンプと受けとるわけでもない。

コントロールアンプとプリメインアンプのデザインをわけるのは、
フロントパネルの色でも、厚み(高さ)でもない。

では、なんなのか、となると、ひじょうに言語化しにくい。
けれど、それをはっきりと掴んでいる(いた)メーカーとそうでないメーカーがある。

ヤマハは、(残念ながら)掴んでいたメーカーになってしまった。