Archive for category デザイン

Date: 10月 17th, 2017
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その2)

1991年にビクターから、文字通りの超弩級のパワーアンプが登場した。
ME1000である。

出力は200W。重量は83kgである。
ME10000はモノーラルアンプ、83kgという重量は一台あたり、である。

バブル期だったから、これだけのパワーアンプが製品化されたのだろう。
いま、ME1000と同じモノを企画・開発したら、価格はどれだけになるのだろうか。

1991年、ME1000の価格は3,000,000円(ペア)だった。

ME1000とペアとなるコントロールアンプは、ついに出なかった。
おそらく計画はあったはずだ。

バブル期があと数年続いていたら、登場したように思う。
ME1000と同じく、鋳鉄ベース使用の重量級のコントロールアンプだったのかもしれない。

1993年に、ビクターからプリメインアンプAX900(398,000円)が登場した。
ME1000の特徴を引き継ぐモデルである。

ステレオサウンド 109号で、長島先生が新製品紹介記事を書かれている。
     *
特に圧巻だったのは武満徹のノヴェンバーステップスで、心の中を突き通すようなあの音は、わが国の製品でなければ絶対に出ないような凄みを伴った音だった。何かが国産機の中で芽吹いた、という感慨にも似た心の高ぶりさえ感じたのである。
     *
ME1000は聴いたことがないが、AX900は聴いている。
私も驚いた。
プリメインアンプの次元とは思えない音が鳴ってきた。

発売後すぐには購入できなかったが、しばらくして自分のモノとして鳴らしていた。

最初はプリメインアンプとして見ていた、
同時にボリュウム付パワーアンプとしても見ていた。

しばらく使っていくうちに、ME1000とペアになるべく開発されていたコントロールアンプが、
バブル崩壊とともに、計画変更されてAX900になったのではないか……、と思うようになった。

Date: 9月 2nd, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのヘッドフォン)

私にとってヤマハのヘッドフォンといえば、
カセットデッキのTC800GLとともに、マリオ・ベリーニによるデザインのHP1である。
そして次に、YHL003が来る。

TC80GLとYHL003は、ニューヨーク近代美術館の永久所蔵に選ばれている。
YHL003はポルシェデザインである。

現在のヤマハのヘッドフォン。
その写真を見て、違和感があった。
デザインがひどいという違和感ではない。
HP1やYHL003と違うデザインだからという違和感でもない。

左右のハウジングに、大きくヤマハのマーク(音叉を三つ組み合わせたもの)が入っている。
ここに違和感があった。

同じようにハウジングに、ブランドのロゴやマークが大きく入っているヘッドフォンは、
ヤマハだけでなく、他にも数多くある。
それなのにヤマハのヘッドフォンだけに違和感をおぼえたのは、
私の記憶の中にあるヤマハのヘッドフォンは、HP1でありYHL03であるからだ。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その12)

ステレオサウンド44号と、そのころ読んでいたFM誌の広告で、ヤマハのA1の登場を知った。
49号のヤマハの広告までの一年ちょっとのあいだに、A1の実機をオーディオ店で見ている。

少しがっかりしたことは、(その6)に書いた通りだ。
その理由のひとつに、三つの正方形のプッシュボタンの精度感のなさである。

私が見た実機は電源が入っていなかった。
灯っていない正方形のプッシュボタンは、色気がなかっただけでなく、
明らかにA1のデザインの魅力を半減させていた。

このころのテレビは、まだブラウン管だった。
液晶のテレビはなかった。

テレビ好きだけど、電源を入れていない状態のブラウン管の色は嫌いだった。
黒ではなかった。
灰色に緑色が混じっている、とでもいうのか、どんよりした陰気くさい感じが、
たまらなくイヤで、だからテレビでのスイッチをオンにしてしまう、
そんな感じさえ受けていた。

ヤマハのA1のブッシュボタンも、それに近い印象を受けた。
実は、この点がマッキントッシュのアンプとの小さからぬ違いだと思っている。

マッキントッシュのアンプも、電源を入れていない状態より入れた方がずっと魅力的なのは当然としても、
電源を入れられるのを持っているかのような感じがするのに対し、
ヤマハのA1は自らの出番を待っているというよりも、後に下がってしまったかのようにも、
少しオーバーに表現すれば、そんな感じだった。

49号のヤマハの広告を先に読んでいれば、
プッシュボタンが灯った状態を見るまで保留しておこう、という考えもおきただろうが、
まだ10代の若造で、そこまで考えも及ばなかった。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その11)

ヤマハのA1のデザインは、A1が登場した時から心にひっかかっていた。
そのこともあってヤマハの当時の広告はしっかりと読んでいた。

ステレオサウンド 49号のヤマハの広告。
A1とA3の広告があった。
となりのページにはCA2000の広告だった。

A1の広告のキャッチコピーは「その灯りは、心はずむ序奏であるだろうか」。
ボディコピーを引用しておこう。
     *
●現代の、光が、あるいは灯りがどんなに氾濫する時代にあっても、思わずはっと心にとまり、思わず、つと心に安らぎをもたらしてくれるような灯りは、そう多くはないといえるかもしれませんが、そうであれば、真四角にほの淡くイルミネートされるA-1やA-3のスウィッチの灯りはアンプデザインのあり方に、あるいは音楽を待つ人の心のあり方に一石を投じたとはいえ、それがすべてではなく、本質的には、新しく価値ある介すと機能からの必然的な顕われです
     *
確かに光が氾濫している時代に、
トランジスターアンプに移行してからの時代は入っていた、といえよう。
だからこそ、真空管のヒーターの灯の意味が増してきた、ともいえよう。

A1のデザインは、国産アンプとしては初めて、灯をデザインにとり入れた、といえる。
マッキントッシュとは違うやり方で、ヤマハはやっている。

けれど、それがマッキントッシュほど徹底したものであったかは、少々疑問である。
菅野先生のマッキントッシュ論をもう少し引用しておく。
     *
 ガウ氏は、この空港で得たヒントを研究室に持ち帰り、徹底的なリサーチを行った。その結果決定されたのが、マッキントッシュのイルミネーションに使われている、ブルーでありグリーンであり、レッドなのである。
 彼の説明によると、ブルーという色は、人間に、少ない光量で視覚的に正確な認識を与えるものとして最も適している。光量が一番少なくていいわけである。要するに、イルミネーションで正確な認識を与えるためには、光量が多ければいい。しかし、それでは結果的にまぶしく、疲れてしまう。最低の光量で、最も正確に認識しうるものが、イルミネーションの基本のはずである。「現に、飛行場のイルミネーションも、この実験から生まれたものだったんだよ」と彼は言う。
 しかし、心理的に、このブルーという色は冷たい感じを与える。「視野の中に入ってきたブルーから冷たい感覚を得ないためには、それにグリーンとレッドを組み合わせること。こういうデータをミシガン大学の研究室で得たんだ」
 たとえばメーターは、最低の光量で見えるべきだ。見てまぶしいようなメーターでは困る。最低の光量で正確に見える色はブルーである。だが、これだけでは冷たい。そのためにグリーンを持ちレッドを持つ。「これが、あのイルミネーションの基本的な考え方なんだ」
 次に、なぜガラスを使ったかなのだが、これについてガウ氏は、「それは単純だよ」と言う。つまり、イルミネーションというアイデアが浮かべば透明なものを使わなくてはならない。考えられるのはアクリルなどのプラスチック類とガラスである。「三つの点でガラスがまさっている。第一に傷に強い。第二に最も純粋な透明度が得られる。第三にフィーリング・オブ・アキュラシー、つまり緻密な精度感を持つ。せっかくいいメカニズムを作っても、そのフィニッシュにアキュラシーなフィーリングがなくては……。それは中味を象徴することになるのだから」
 だが、材質をガラスに決定した事によってイルミネーションのプリントには大変な苦労をしたようである。ピンホールがちょっとでも出来ると、相手が光だからパッと出てしまう。しかもプリントの精度は、1万分の1インチ以上でなくてはフィーリング・オブ・アキュラシーが出ない、と彼は言う。
「とにかく、200種類のインクを分析して実験した。その結果、出来るようにはなったんだが、プリント時の温度は絶対に70度プラスマイナス5度。そして湿度は15%プラスマイナス5%。これを管理しなければならない。実際にこれは、途中で何回やめようと思ったかわからない。でも、思いついたことをやりとげるのが自分達の仕事の喜びなんだ」
 あまり飾らないガウ氏が熱をこめて語るこの言葉は、同時に、彼のマッキントッシュ製品に対する自信のほどを、裏づけるものとも、私には思えたのである。
     *
ヤマハのA1は115,000円のプリメインアンプ、
マッキントッシュは価格帯も上のセパレートアンプ。
そういう前提条件の違いはあることはわかっていても、それでも……、と思うところがある。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その10)

オーディオに興味をもったときには、アンプのほとんどは半導体アンプだった。
真空管アンプは、ごくわずかだった。いまよりも数としては少なかった。

真空管アンプにはヒーターという灯がある──、
そんなことが当時もいわれていた。

確かに真空管にはヒーターがあって、小さな灯といえる。
けれど真空管アンプのすべてが、ヒーターの灯が見えていたわけではない。

コントロールアンプではまず見えないし、
パワーアンプでも、マランツのModel 9のようにフロントパネルをもつモノは、
まったく見えないわけではないけれど、
マッキントッシュのMC275のような、真空管の灯というイメージとは違ってくる。

それでも、真空管のヒーターの灯が……的なことがいわれていた。
このことは幾分植え付けられた印象なのかもしれないと思いつつ、
ヤマハのA1というプリメインアンプのデザインを、
いまになってあらためて考えることは、
灯をデザインにとり入れるということに目を向けることでもあるように思う。

マッキントッシュのアンプのデザイン、
それはトランジスター化されてからのデザインである。

マッキントッシュの、現在のガラスパネルとイルミネーションを採用したデザインについては、
菅野先生がゴードン・ガウの言葉を借りて、
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」マッキントッシュ号の巻頭で書かれている。
     *
 おれはデザインについてこう思うんだ。デザインは思いつきや感覚だけで出来るものではないと。最も大切なのはリアリティだよ。君がおれのアンプをきれいだと言ってくれるのは大変うれしい。もちろん、きれいじゃなくては困るんだけど、一番必要なことは、絶対に必然性だ。機械としてのね。
 そこで、アンプの場合には何が最も必要かという事になるのだが、アンプは音楽を聴くためのものだ。音楽を聴く場合には、音楽を聴く人のエモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージック──音楽に対する情緒的反応──これが生命だと思う。だからアンプは、エモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージックというものを持つべきで、これを大切にしなくてはいけない。そのために何が最もふさわしいかなのだが、おれはそれに対し、イルミネーションが最もふさわしいものだと考えたわけだ。
 次に、それならイルミネーションの色はどうすべきか、という問題になる。
 そんな事を考えながら、ある時、飛行機に乗っていて、それが滑走路へおりて行く時に、おれはタクシーウェイのイルミネーションを見た。これだ、これは絶対にすばらしいと思った。しかも、これはだてや酔狂で、ネオンサインのつもりで色をつけているのではないはずだ。そう思うだろう? 相当リサーチされた結果に違いないんだよ。
 実の所、イルミネーションでいこうと決めた時、その色やデザインについて、おれはミシガン大学の研究室に協力をあおいでいたんだ。(ミシガン大学はデトロイトにある関係もあって、すぐれた自動車デザイン部門を持っている)おれは何をやるにも、まず基本的なスタディからはじめないと気がすまない性格だからね……。
     *
イルミネーションが最もふさわしいと考えた理由がなにかはわからないが、
そこに真空管アンプからトランジスターアンプに切り替ったことが、
まったく無関係とは思えないのだ。

Date: 8月 12th, 2017
Cate: コントロールアンプ像, デザイン

コントロールアンプと短歌(その6)

歌人の上田三四一(みよじ)氏は、短歌について
「活気はあるが猥雑な現代の日本語を転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
と語られていることは、(その3)で書いている。

この上田三四一氏のことばを置き換える。
「活気はあるが猥雑な現代のオーディオを転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
こう置き換えてみると、コントロールアンプの役割としてのバラストが、
どういうことであるのか、朧げながらではあるが少しははっきりしてくる。

ずっと以前から、優れたコントロールアンプは、ほんとうに少ない、
そういわれ続けてきている。
音だけなら……、けれどコントロールアンプとして見た時に……、
そんなこともいわれたりしてきている。

パワーアンプに優れたモノは多いし、ある意味広いともいえる。
けれどコントロールアンプとなると少ないし、狭いともいえるところがある。

ずっと以前から、そういわれているし、多くのオーディオマニア、
それにオーディオ評論家も、同じにおもってきている。

それでも、なぜなのか、についてはっきりと答えられる人はいなかった。
にも関わらず、多くの人がそう思っているということは、
コントロールアンプの役割を、ひじょうにぼんやりとではあるが、
それだけの人が認識している、ということなのかもしれない。

CDが主流となったころ、コントロールアンプは不要だ、とばかりに、
パッシヴのフェーダーを使う人も現れた。
実験、試みとしては、パッシヴ型フェーダーに関心はあったし、私もいくつか試した。

そういうことをやってみると、コントロールアンプの役割というものが、また見えてくる、
というより感じられてくる、といったほうが、より正しいか。

コントロールアンプはバランスとしての役割がある。
そのことを少なからぬ人がなんとなくではあっても感じていたから、
優れたコントロールアンプが、ほんとうに少ない、といわれ続けてきたのであろうし、
このバラストとしての役割を、作り手側がどれだけに認識しているのか、
そこがはなはだこころもとないから、優れたコントロールアンプが少ない理由とも思う。

Date: 7月 20th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その5)

JBLが1988年に出したS119はSLOT-LOADED DESIGNではないわけだから、
Aquariusの名を付けなかったのは当然のことといえる。

S119は外観こそS109 Aquarius 4と同じといえても、
設計思想、構造が違う。
確かに構想も似ている、といえる面はあるが、
しっかりと見ていけば、似ているだけであって、違う設計思想であることがはっきりしてくる。

Aquariusシリーズを代表するモデルがS106 Aquarius 2であったなら、
S119をAquariusシリーズの復刻という認識は出てこなかったはずだ。

S106 Aquarius 2、
このスピーカーシステムの存在を知った時に、
Aquariusシリーズからイメージする外観とは違って新鮮だった、
にも関わらず初めて見る、という感じがあまりしなかったのは、
エレクトロボイスのPatrician 600を知っていたからなのかもしれない。

エレクトロボイスのPatricianといえば、
Patrician 800がもっとも知られている、といえよう。
復刻されたことで、1980年代半ばごろまで現行製品だった。

800と800の前身モデルといえる700以前のPatricianは、
モノーラル時代のスピーカーシステムだった。

1955年か56年に登場したのがPatrician IVであり、
外観だけ一新したのがPatrician 600だった。

ステレオサウンド 45号「オーディオの名器にみるクラフツマンシップの粋」で、
エレクトロボイスのPatricianシリーズが取り上げられている。
井上卓也、長島達夫、山中敬三の三氏がPatricianシリーズを語っている。

最初のPatrician、Patrician 600、Patrician 800がカラーで紹介されている。
私の目を惹いたのは、Patrician 800ではなく、Patrician 600だった。

ステレオ時代を迎えてから出てきたPatrician 800よりも、
モノーラル時代につくられたPatrician 600のほうが、コンテンポラリーに感じられたからだ。

そのPatrician 600とJBLのS106 Aquarius 2、
似ているというより、共通するものを感じる。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その4)

SLOT-LOADED DESIGNとはどういうものかは、
言葉で説明するよりも、”ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索すれば、
それも画像検索すれば、トップにわかりやすい図が表示される。

その図を見ても、無指向性スピーカーと同じに捉える人がいるかもしれない。
コーン型スピーカーの前面にディフューザーを置くタイプの無指向性スピーカーの構造図は、
SLOT-LOADED DESIGNの構造図と似ている。

たいていの無指向性スピーカーのディフューザーは円錐状をしている。
コーン型スピーカーのコーン(cone)は円錐なのだから、
ディフューザーとしては機能するが、SLOT-LOADED用にはそれでは不十分といえる。

コーン型スピーカーの振動板はたしかに円錐状ではあっても、センターキャップがある。
ドーム状で盛り上っている。
そのため円錐状のディフューザーをそのままSLOT-LOADED用にもってきても、
センターキャップのところで、SLOT-LOADEDとはならない。

つまりSLOT-LOADED用に必要な形状は振動板と同形状のものでなければならない。
正確にいえば凹凸の関係にある。

“ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索して表示される図を見ればわかるように、
コーン型スピーカーの前面にあるLOADING PLUGは、単なる円錐状ではなく、
頂点のところが丸く削りとられている。

ドーム状のセンターキャップをもつコーン型スピーカーの振動板と、
ぴったり凹凸の関係になるように、である。

スピーカーユニットはバッフル板に取り付けられている。
SLOT-LOADEDでは、バッフル板にも平行する板がもうけられていて、
LOADING PLUGは、この板に取り付けられている。

わかりやすく説明すれば、
スピーカーユニットがコーン型ではなく平面型であれば、
LOADING PLUGは不要になる。
ユニットが取り付けられているバッフルと平行する板があればいい。

SLOT-LOADEDとは、約1インチ幅のスロットを、
スピーカーユニットの前、フロントバッフルの前に形成する方式であり、
大事なのはスロット幅は、どの個所であっても同じでなければならない。
そのためにSLOT-LOADED用のLOADING PLUGは、単純な円錐状ではないわけだ。

Date: 7月 9th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その3)

1988年に、S119が登場した。
アピアランスはS109 Aquarius 4とほぼ同じだったこともあり、
S119をAquariusシリーズの復刻と捉えた人も少なからず、というより、
多かったのではないだろうか。

私も最初はS119をAquariusシリーズの復刻だと捉えた一人だ。
ウーファーにあたるフルレンジユニットを上向きにして、
ディフューザーを近接配置した構造。

一般的に水平方向に無指向性を謳ったスピーカーによく見られる。
S119では、四角いエンクロージュアの四隅にトゥイーターを一基ずつ配置しているところからも、
無指向性型システムとみていい。

S109 Aquariusも、S119と同じように水平方向の無指向性型システムと捉えられがちである。
というよりもAquariusシリーズを、無指向性型と捉えている人も少なくない。

私もしばらくはそう捉えていた。
高校生のころだったか、JBLにAquariusシリーズがあったことを知った。
S109 Aquarius 4の存在を知った。
無指向性型なんだ、とすぐに思った。

S109 Aquarius 4はすでに製造中止になっていたし、聴く機会もなく、
それ以上の興味をもつことはなかった。
S106 Aquarius 2の存在を知り、その細部を知って、
ようやくAquariusシリーズが無指向性型を狙って開発されたモノではないことに気づく。

Aquariusシリーズは、
エド・メイによるSLOT-LOADED DESIGNに基づくスピーカーシステムである。
そのことに気づいた目で、S106 Aquarius 2をもういちど眺めてみると、
これほど興味深いスピーカーシステムは、それほど多くは存在しない。

Date: 7月 5th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その2)

インターネットの普及前と後との大きな違いを実感できるのが、
こういうときである。

以前はS106 Aquarius 2について、それ以上のことを知りたいと思っても、
なかなか困難だった。
いまやGoogleですぐさま情報が得られる。
文字だけの情報だけでなく、当時見たかったと思っていた写真、
それもカラーで、こまかなところまでの写真が、指先を動かすだけでみることができる。

その意味では、いい時代になった、と思う。

日本でJBLのAquariusシリーズといえば、よく知られているのはS109 Aquarius 4である。
このあとにL120 Aquarius Qが登場している。

Aquariusシリーズはまず五機種発表されている。
Aquarius 1、Aquarius 2、Aquarius 2A、Aquarius 3、Aquarius 4である。

当時の山水電気の広告でも、Aquarius 2のものは、見たことがなかった。
あるのかもしれないが、少なくとも私は見たことがない。

何かの機会で見たAquariusシリーズの広告には、
Aquarius 2A、Aquarius 3が、モダンな家具とともに写っていた。
キャッチコピーは、The next generation. だった。

Aquarius 1と4の写真は知っていた。
Aquarius 2だけの写真がなかなか見る機会がなかった。

2と2Aだから、よく似た恰好のスピーカーシステムなのたろう、とそのころは思っていた。
そう思っていたから、Aquarius 2の写真をはじめて見た時は、軽い衝撃だった。
想像していた姿とは、大きく違っていた。

けれど、すぐにはどこにスピーカーユニットが、
どんなふうに取り付けられているのかはわからなかった(想像できなかった)。

Date: 7月 4th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その1)

いくつものメーカーが、いくつものスピーカーシステムをつくってきている。
現在市場にでまわっているスピーカーシステムの数にしてもそうとうなものだし、
過去にあったスピーカーシステムも加えれば、膨大な数になる。

スピーカーシステムのシルエットとしては、四角い箱が圧倒的に多い。
ハイエンドオーディオといわれるスピーカーシステムでは、四角い箱の方が少ないけれど、
これまでのスピーカーシステムの大半は四角い箱である。

四角い箱のシルエットのスピーカーシステムが、
そうでないシルエットのスピーカーシステムよりも、デザインにおいて劣るかというと、
決してそんなことはない。

四角い箱でないスピーカーシステムのデザインが、
四角い箱のスピーカーシステムよりも優れているとも限らない。

スピーカーシステムのデザインで、もっとも果敢なメーカーといえたのはJBLである。
パラゴンやハーツフィールドをつくってきたメーカーだから、という理由だけではない。
成功例とはいえないスピーカーシステムを含めて、
JBLというスピーカーメーカーのデザインは、それだけで一冊の本がつくれるはずだ。

1960年代のJBLにはAquariusシリーズがあった。
いわば間接放射型のスピーカーシステムであり、だからこそのデザインであった。

Aquariusシリーズの中で、気になっていたのはS106である。
S106のことは以前から知っていたけれど、当時見たのは、それほど鮮明でない、
しかもあまり大きくもないモノクロの写真だった。

詳細についてもあまりわかっていなかった。
3ウェイの4スピーカーということぐらいだった。

それでも気になっていた。
こういうスピーカーシステムのデザインを1960年代に、
JBLはつくっていたのか(製品化していたのか)、と静かな昂奮もあった。

Date: 6月 24th, 2017
Cate: デザイン

「デザインするのか、されるのか」(その2)

グレン・グールドはピアノを使ったデザイナーだからこそ、
デザイナーの道具として、マイクロフォンとテープレコーダーが不可欠だった。
そう考えることもできる。

つまりグールドというデザイナーにとって必要な道具は、
ピアノ、マイクロフォン、テープレコーダーということになる。

グールドが自身のことをデザイナーと考えていたのかどうかは、なんともいえないが、
私はこの十年ほどは、かなり強く確信するようになっている。

少なくとも、どこかにデザイナーという意識、
デザインという考えを、音楽の演奏の領域に持ち込もうとしていた。

ピアニストという職業に必要なのは、ピアノがあればすむ。
そこにマイクロフォンとテープレコーダーがあれば、
自分の演奏を、演奏会に来られなかった人にも届けることができる。

でも、ここでのマイクロフォンとテープレコーダーという道具は、
レコード会社側の人たちにとっての道具であって、
グレン・グールド以外の大半のピアニストにとっての道具ではない。

もちろんグレン・グールドの場合でも、
マイクロフォンとテープレコーダーは、レコード会社側の人たちの道具であるわけだが、
同時にグールドにとっての道具でもある。

マイクロフォンとテープレコーダーが、
レコード会社側の人たちだけの道具にとどまらずに、
ピアニスト(なにもピアニストだけにかぎらないが)にとっての道具といえるならば、
そのピアニスト(演奏家)は、デザインの領域に少なくとも一歩踏み込んでいよう。

Date: 5月 24th, 2017
Cate: デザイン

表紙というデザイン(その2)

1977年夏に、ステレオサウンドの姉妹誌テープサウンドからRecord’s Bibleが出た。
この別冊の表紙も、
「コンポーネントステレオのすすめ」「コンポーネントステレオの世界 ’78」と似ている。

いくつものオーディオ機器(ここではアクセサリー)をレイアウトしての表紙である。
ただ「コンポーネントステレオのすすめ」と違うのは、一発撮りであるという点。

「コンポーネントステレオのすすめ」ではスピーカー、アンプ、アナログプレーヤーなどを、
正面からの撮影を個別に行った上で、写真を切り抜いてのレイアウトである。

同じようであっても、「コンポーネントステレオのすすめ」とRecord’s Bibleは違う。
Record’s Bibleは表紙デザイン=田中一光、表紙撮影=安齊吉三郎となっている。

Record’s Bibleの表紙がユニークなのは、表4(裏表紙)も、
表紙と続いている、というか、同じ意図でのデザインである。
といっても表4は多くのムック、オーディオ雑誌がそうであるように広告である。

Record’s Bibleの表4も広告。ビクターの広告になっている。
しかも表1(表表紙)と表4にはカバーのようにそれぞれ折り返しがあって、
その10cmくらいのところも広告になっている。

表紙の延長となっているところにはパイオニアの広告、
裏表紙の延長は、そのままビクターの広告である。

もちろんこの部分も表紙と同じ意図のデザインであり、
おそらく表1、表4、それと折り返しのところも含めての一発撮りのはずだ。

Date: 5月 19th, 2017
Cate: デザイン

表紙というデザイン(その1)

ステレオサウンドの表紙といっても、最初に書くのは別冊の表紙についてである。

1976春に瀬川先生の「コンポーネントステレオのすすめ」が出た。
表紙にはビクターのスピーカーシステムSC3II、B&Oのアナログプレーヤー、
エンパイアの4000D/IIIカートリッジ、SMEの3009/SII Improved、
QUADのコントロールアンプ33とチューナーFM3、マランツのModel 510Mパワーアンプ、
B&OのBeomaster 4000レシーバー、ヤマハのカセットデッキTC800GL、
これらを正面から撮った写真をぴっちりとレイアウトしてある。

「コンポーネントステレオのすすめ改訂版」も同じデザインで、
スピーカーはJBLの4343、ダイヤトーンのDP-EC1アナログプレーヤー、
テクニクスのプリメインアンプSU8080、コントロールアンプはマークレビンソンのJC2、
パワーアンプはヤマハのB2、チューナーはトリオのKT9100、
オルトフォンのカートリッジMC20にソニーのカセットデッキTC-K7にかわっている。

「続コンポーネントステレオのすすめ」も同じだ。
こちらはスピーカーがパイオニアのS933、アナログプレーヤーはB&O、
ラックスのプリメインアンプL3、オンキョーのレシーバーTX55、
QUADのコントロールアンプ44、マイケルソン&オースチンのTVA1パワーアンプ、
オルトフォンのカートリッジMC30、テクニクスのトーンアームEPA500、
ヤマハのカセットデッキK1である。

目次には表紙デザイン=塚本健弼、表紙写真=亀井写真事務所とある。

1977年12月に出た「コンポーネントステレオの世界 ’78」も基本的には同じ表紙である。
スピーカーはJBLの4333A、アナログプレーヤーはソニーのPS-X9、
パイオニアのプリメインアンプA0012、ヤマハのチューナーT2、
テクニクスのコントロールアンプSU-A2、QUADの405パワーアンプ、
SMEのトーンアーム3009 SeriesIIIにスタントンのカートリッジ881S、
それにミニスピーカーとしてヴィソニックのDavid50で、
「コンポーネントステレオのすすめ」と少し違うのは、
それぞれのオーディオ機器の周りに切取り線といえる点線で囲ってある。

もちろん表紙デザインは塚本健弼、表紙撮影は亀井良雄と同じである。

Date: 4月 22nd, 2017
Cate: デザイン

「貌」としてのスピーカーのデザイン(その4)

DD66000のウーファーの下側には、レベルコントロールがあり、
通常はカバーで覆われている。

このカバーは簡単に外すことが出来る。
サランネットを外した音、さらにはこのカバーを外した音。
ここからDD66000の音が始まる、といえるかもしれない。

レベルコントロールのカバーを外した音と装着したままの音の違いは、
それほど大きいわけではないが、それでも一度その違いを聴いてしまうと、
カバー装着の音は聴きたいとは思わないし、無視できない違いであることは確かだ。

DD66000全体が、ひとつの大きな顔に見えてしまう理由のひとつが、
このカバーにもある。

カバー装着時の音は、鼻をつまんでいる離しているようにすら、
外した音を聴いてしまうと、そう感じてしまう。
つまりはカバーが、鼻の穴的にも思えてくる。

そなると、二基のウーファーの中心には、バッフルが角度をもって接合されているため線がある。
この中心線が鼻筋に相当するかのように見えてしまう。
エンクロージュア下部(台座)の凹んだところが口、
一度そういうふうに捉えてしまうと、このイメージを払拭できないでいる。

だからといって、スピーカーシステムのデザインは、
フロントがフラットであるべき、などとは考えていない。

それでも……、と、DD66000を見ているとおもう。
デザイン、ネーミングの難しさである。