Archive for category デザイン

Date: 8月 12th, 2017
Cate: コントロールアンプ像, デザイン

コントロールアンプと短歌(その6)

歌人の上田三四一(みよじ)氏は、短歌について
「活気はあるが猥雑な現代の日本語を転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
と語られていることは、(その3)で書いている。

この上田三四一氏のことばを置き換える。
「活気はあるが猥雑な現代のオーディオを転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
こう置き換えてみると、コントロールアンプの役割としてのバラストが、
どういうことであるのか、朧げながらではあるが少しははっきりしてくる。

ずっと以前から、優れたコントロールアンプは、ほんとうに少ない、
そういわれ続けてきている。
音だけなら……、けれどコントロールアンプとして見た時に……、
そんなこともいわれたりしてきている。

パワーアンプに優れたモノは多いし、ある意味広いともいえる。
けれどコントロールアンプとなると少ないし、狭いともいえるところがある。

ずっと以前から、そういわれているし、多くのオーディオマニア、
それにオーディオ評論家も、同じにおもってきている。

それでも、なぜなのか、についてはっきりと答えられる人はいなかった。
にも関わらず、多くの人がそう思っているということは、
コントロールアンプの役割を、ひじょうにぼんやりとではあるが、
それだけの人が認識している、ということなのかもしれない。

CDが主流となったころ、コントロールアンプは不要だ、とばかりに、
パッシヴのフェーダーを使う人も現れた。
実験、試みとしては、パッシヴ型フェーダーに関心はあったし、私もいくつか試した。

そういうことをやってみると、コントロールアンプの役割というものが、また見えてくる、
というより感じられてくる、といったほうが、より正しいか。

コントロールアンプはバランスとしての役割がある。
そのことを少なからぬ人がなんとなくではあっても感じていたから、
優れたコントロールアンプが、ほんとうに少ない、といわれ続けてきたのであろうし、
このバラストとしての役割を、作り手側がどれだけに認識しているのか、
そこがはなはだこころもとないから、優れたコントロールアンプが少ない理由とも思う。

Date: 7月 20th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その5)

JBLが1988年に出したS119はSLOT-LOADED DESIGNではないわけだから、
Aquariusの名を付けなかったのは当然のことといえる。

S119は外観こそS109 Aquarius 4と同じといえても、
設計思想、構造が違う。
確かに構想も似ている、といえる面はあるが、
しっかりと見ていけば、似ているだけであって、違う設計思想であることがはっきりしてくる。

Aquariusシリーズを代表するモデルがS106 Aquarius 2であったなら、
S119をAquariusシリーズの復刻という認識は出てこなかったはずだ。

S106 Aquarius 2、
このスピーカーシステムの存在を知った時に、
Aquariusシリーズからイメージする外観とは違って新鮮だった、
にも関わらず初めて見る、という感じがあまりしなかったのは、
エレクトロボイスのPatrician 600を知っていたからなのかもしれない。

エレクトロボイスのPatricianといえば、
Patrician 800がもっとも知られている、といえよう。
復刻されたことで、1980年代半ばごろまで現行製品だった。

800と800の前身モデルといえる700以前のPatricianは、
モノーラル時代のスピーカーシステムだった。

1955年か56年に登場したのがPatrician IVであり、
外観だけ一新したのがPatrician 600だった。

ステレオサウンド 45号「オーディオの名器にみるクラフツマンシップの粋」で、
エレクトロボイスのPatricianシリーズが取り上げられている。
井上卓也、長島達夫、山中敬三の三氏がPatricianシリーズを語っている。

最初のPatrician、Patrician 600、Patrician 800がカラーで紹介されている。
私の目を惹いたのは、Patrician 800ではなく、Patrician 600だった。

ステレオ時代を迎えてから出てきたPatrician 800よりも、
モノーラル時代につくられたPatrician 600のほうが、コンテンポラリーに感じられたからだ。

そのPatrician 600とJBLのS106 Aquarius 2、
似ているというより、共通するものを感じる。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その4)

SLOT-LOADED DESIGNとはどういうものかは、
言葉で説明するよりも、”ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索すれば、
それも画像検索すれば、トップにわかりやすい図が表示される。

その図を見ても、無指向性スピーカーと同じに捉える人がいるかもしれない。
コーン型スピーカーの前面にディフューザーを置くタイプの無指向性スピーカーの構造図は、
SLOT-LOADED DESIGNの構造図と似ている。

たいていの無指向性スピーカーのディフューザーは円錐状をしている。
コーン型スピーカーのコーン(cone)は円錐なのだから、
ディフューザーとしては機能するが、SLOT-LOADED用にはそれでは不十分といえる。

コーン型スピーカーの振動板はたしかに円錐状ではあっても、センターキャップがある。
ドーム状で盛り上っている。
そのため円錐状のディフューザーをそのままSLOT-LOADED用にもってきても、
センターキャップのところで、SLOT-LOADEDとはならない。

つまりSLOT-LOADED用に必要な形状は振動板と同形状のものでなければならない。
正確にいえば凹凸の関係にある。

“ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索して表示される図を見ればわかるように、
コーン型スピーカーの前面にあるLOADING PLUGは、単なる円錐状ではなく、
頂点のところが丸く削りとられている。

ドーム状のセンターキャップをもつコーン型スピーカーの振動板と、
ぴったり凹凸の関係になるように、である。

スピーカーユニットはバッフル板に取り付けられている。
SLOT-LOADEDでは、バッフル板にも平行する板がもうけられていて、
LOADING PLUGは、この板に取り付けられている。

わかりやすく説明すれば、
スピーカーユニットがコーン型ではなく平面型であれば、
LOADING PLUGは不要になる。
ユニットが取り付けられているバッフルと平行する板があればいい。

SLOT-LOADEDとは、約1インチ幅のスロットを、
スピーカーユニットの前、フロントバッフルの前に形成する方式であり、
大事なのはスロット幅は、どの個所であっても同じでなければならない。
そのためにSLOT-LOADED用のLOADING PLUGは、単純な円錐状ではないわけだ。

Date: 7月 9th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その3)

1988年に、S119が登場した。
アピアランスはS109 Aquarius 4とほぼ同じだったこともあり、
S119をAquariusシリーズの復刻と捉えた人も少なからず、というより、
多かったのではないだろうか。

私も最初はS119をAquariusシリーズの復刻だと捉えた一人だ。
ウーファーにあたるフルレンジユニットを上向きにして、
ディフューザーを近接配置した構造。

一般的に水平方向に無指向性を謳ったスピーカーによく見られる。
S119では、四角いエンクロージュアの四隅にトゥイーターを一基ずつ配置しているところからも、
無指向性型システムとみていい。

S109 Aquariusも、S119と同じように水平方向の無指向性型システムと捉えられがちである。
というよりもAquariusシリーズを、無指向性型と捉えている人も少なくない。

私もしばらくはそう捉えていた。
高校生のころだったか、JBLにAquariusシリーズがあったことを知った。
S109 Aquarius 4の存在を知った。
無指向性型なんだ、とすぐに思った。

S109 Aquarius 4はすでに製造中止になっていたし、聴く機会もなく、
それ以上の興味をもつことはなかった。
S106 Aquarius 2の存在を知り、その細部を知って、
ようやくAquariusシリーズが無指向性型を狙って開発されたモノではないことに気づく。

Aquariusシリーズは、
エド・メイによるSLOT-LOADED DESIGNに基づくスピーカーシステムである。
そのことに気づいた目で、S106 Aquarius 2をもういちど眺めてみると、
これほど興味深いスピーカーシステムは、それほど多くは存在しない。

Date: 7月 5th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その2)

インターネットの普及前と後との大きな違いを実感できるのが、
こういうときである。

以前はS106 Aquarius 2について、それ以上のことを知りたいと思っても、
なかなか困難だった。
いまやGoogleですぐさま情報が得られる。
文字だけの情報だけでなく、当時見たかったと思っていた写真、
それもカラーで、こまかなところまでの写真が、指先を動かすだけでみることができる。

その意味では、いい時代になった、と思う。

日本でJBLのAquariusシリーズといえば、よく知られているのはS109 Aquarius 4である。
このあとにL120 Aquarius Qが登場している。

Aquariusシリーズはまず五機種発表されている。
Aquarius 1、Aquarius 2、Aquarius 2A、Aquarius 3、Aquarius 4である。

当時の山水電気の広告でも、Aquarius 2のものは、見たことがなかった。
あるのかもしれないが、少なくとも私は見たことがない。

何かの機会で見たAquariusシリーズの広告には、
Aquarius 2A、Aquarius 3が、モダンな家具とともに写っていた。
キャッチコピーは、The next generation. だった。

Aquarius 1と4の写真は知っていた。
Aquarius 2だけの写真がなかなか見る機会がなかった。

2と2Aだから、よく似た恰好のスピーカーシステムなのたろう、とそのころは思っていた。
そう思っていたから、Aquarius 2の写真をはじめて見た時は、軽い衝撃だった。
想像していた姿とは、大きく違っていた。

けれど、すぐにはどこにスピーカーユニットが、
どんなふうに取り付けられているのかはわからなかった(想像できなかった)。

Date: 7月 4th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その1)

いくつものメーカーが、いくつものスピーカーシステムをつくってきている。
現在市場にでまわっているスピーカーシステムの数にしてもそうとうなものだし、
過去にあったスピーカーシステムも加えれば、膨大な数になる。

スピーカーシステムのシルエットとしては、四角い箱が圧倒的に多い。
ハイエンドオーディオといわれるスピーカーシステムでは、四角い箱の方が少ないけれど、
これまでのスピーカーシステムの大半は四角い箱である。

四角い箱のシルエットのスピーカーシステムが、
そうでないシルエットのスピーカーシステムよりも、デザインにおいて劣るかというと、
決してそんなことはない。

四角い箱でないスピーカーシステムのデザインが、
四角い箱のスピーカーシステムよりも優れているとも限らない。

スピーカーシステムのデザインで、もっとも果敢なメーカーといえたのはJBLである。
パラゴンやハーツフィールドをつくってきたメーカーだから、という理由だけではない。
成功例とはいえないスピーカーシステムを含めて、
JBLというスピーカーメーカーのデザインは、それだけで一冊の本がつくれるはずだ。

1960年代のJBLにはAquariusシリーズがあった。
いわば間接放射型のスピーカーシステムであり、だからこそのデザインであった。

Aquariusシリーズの中で、気になっていたのはS106である。
S106のことは以前から知っていたけれど、当時見たのは、それほど鮮明でない、
しかもあまり大きくもないモノクロの写真だった。

詳細についてもあまりわかっていなかった。
3ウェイの4スピーカーということぐらいだった。

それでも気になっていた。
こういうスピーカーシステムのデザインを1960年代に、
JBLはつくっていたのか(製品化していたのか)、と静かな昂奮もあった。

Date: 6月 24th, 2017
Cate: デザイン

「デザインするのか、されるのか」(その2)

グレン・グールドはピアノを使ったデザイナーだからこそ、
デザイナーの道具として、マイクロフォンとテープレコーダーが不可欠だった。
そう考えることもできる。

つまりグールドというデザイナーにとって必要な道具は、
ピアノ、マイクロフォン、テープレコーダーということになる。

グールドが自身のことをデザイナーと考えていたのかどうかは、なんともいえないが、
私はこの十年ほどは、かなり強く確信するようになっている。

少なくとも、どこかにデザイナーという意識、
デザインという考えを、音楽の演奏の領域に持ち込もうとしていた。

ピアニストという職業に必要なのは、ピアノがあればすむ。
そこにマイクロフォンとテープレコーダーがあれば、
自分の演奏を、演奏会に来られなかった人にも届けることができる。

でも、ここでのマイクロフォンとテープレコーダーという道具は、
レコード会社側の人たちにとっての道具であって、
グレン・グールド以外の大半のピアニストにとっての道具ではない。

もちろんグレン・グールドの場合でも、
マイクロフォンとテープレコーダーは、レコード会社側の人たちの道具であるわけだが、
同時にグールドにとっての道具でもある。

マイクロフォンとテープレコーダーが、
レコード会社側の人たちだけの道具にとどまらずに、
ピアニスト(なにもピアニストだけにかぎらないが)にとっての道具といえるならば、
そのピアニスト(演奏家)は、デザインの領域に少なくとも一歩踏み込んでいよう。

Date: 5月 24th, 2017
Cate: デザイン

ステレオサウンドの表紙(その2)

1977年夏に、ステレオサウンドの姉妹誌テープサウンドからRecord’s Bibleが出た。
この別冊の表紙も、
「コンポーネントステレオのすすめ」「コンポーネントステレオの世界 ’78」と似ている。

いくつものオーディオ機器(ここではアクセサリー)をレイアウトしての表紙である。
ただ「コンポーネントステレオのすすめ」と違うのは、一発撮りであるという点。

「コンポーネントステレオのすすめ」ではスピーカー、アンプ、アナログプレーヤーなどを、
正面からの撮影を個別に行った上で、写真を切り抜いてのレイアウトである。

同じようであっても、「コンポーネントステレオのすすめ」とRecord’s Bibleは違う。
Record’s Bibleは表紙デザイン=田中一光、表紙撮影=安齊吉三郎となっている。

Record’s Bibleの表紙がユニークなのは、表4(裏表紙)も、
表紙と続いている、というか、同じ意図でのデザインである。
といっても表4は多くのムック、オーディオ雑誌がそうであるように広告である。

Record’s Bibleの表4も広告。ビクターの広告になっている。
しかも表1(表表紙)と表4にはカバーのようにそれぞれ折り返しがあって、
その10cmくらいのところも広告になっている。

表紙の延長となっているところにはパイオニアの広告、
裏表紙の延長は、そのままビクターの広告である。

もちろんこの部分も表紙と同じ意図のデザインであり、
おそらく表1、表4、それと折り返しのところも含めての一発撮りのはずだ。

Date: 5月 19th, 2017
Cate: デザイン

ステレオサウンドの表紙(その1)

ステレオサウンドの表紙といっても、最初に書くのは別冊の表紙についてである。

1976春に瀬川先生の「コンポーネントステレオのすすめ」が出た。
表紙にはビクターのスピーカーシステムSC3II、B&Oのアナログプレーヤー、
エンパイアの4000D/IIIカートリッジ、SMEの3009/SII Improved、
QUADのコントロールアンプ33とチューナーFM3、マランツのModel 510Mパワーアンプ、
B&OのBeomaster 4000レシーバー、ヤマハのカセットデッキTC800GL、
これらを正面から撮った写真をぴっちりとレイアウトしてある。

「コンポーネントステレオのすすめ改訂版」も同じデザインで、
スピーカーはJBLの4343、ダイヤトーンのDP-EC1アナログプレーヤー、
テクニクスのプリメインアンプSU8080、コントロールアンプはマークレビンソンのJC2、
パワーアンプはヤマハのB2、チューナーはトリオのKT9100、
オルトフォンのカートリッジMC20にソニーのカセットデッキTC-K7にかわっている。

「続コンポーネントステレオのすすめ」も同じだ。
こちらはスピーカーがパイオニアのS933、アナログプレーヤーはB&O、
ラックスのプリメインアンプL3、オンキョーのレシーバーTX55、
QUADのコントロールアンプ44、マイケルソン&オースチンのTVA1パワーアンプ、
オルトフォンのカートリッジMC30、テクニクスのトーンアームEPA500、
ヤマハのカセットデッキK1である。

目次には表紙デザイン=塚本健弼、表紙写真=亀井写真事務所とある。

1977年12月に出た「コンポーネントステレオの世界 ’78」も基本的には同じ表紙である。
スピーカーはJBLの4333A、アナログプレーヤーはソニーのPS-X9、
パイオニアのプリメインアンプA0012、ヤマハのチューナーT2、
テクニクスのコントロールアンプSU-A2、QUADの405パワーアンプ、
SMEのトーンアーム3009 SeriesIIIにスタントンのカートリッジ881S、
それにミニスピーカーとしてヴィソニックのDavid50で、
「コンポーネントステレオのすすめ」と少し違うのは、
それぞれのオーディオ機器の周りに切取り線といえる点線で囲ってある。

もちろん表紙デザインは塚本健弼、表紙撮影は亀井良雄と同じである。

Date: 4月 22nd, 2017
Cate: デザイン

「貌」としてのスピーカーのデザイン(その4)

DD66000のウーファーの下側には、レベルコントロールがあり、
通常はカバーで覆われている。

このカバーは簡単に外すことが出来る。
サランネットを外した音、さらにはこのカバーを外した音。
ここからDD66000の音が始まる、といえるかもしれない。

レベルコントロールのカバーを外した音と装着したままの音の違いは、
それほど大きいわけではないが、それでも一度その違いを聴いてしまうと、
カバー装着の音は聴きたいとは思わないし、無視できない違いであることは確かだ。

DD66000全体が、ひとつの大きな顔に見えてしまう理由のひとつが、
このカバーにもある。

カバー装着時の音は、鼻をつまんでいる離しているようにすら、
外した音を聴いてしまうと、そう感じてしまう。
つまりはカバーが、鼻の穴的にも思えてくる。

そなると、二基のウーファーの中心には、バッフルが角度をもって接合されているため線がある。
この中心線が鼻筋に相当するかのように見えてしまう。
エンクロージュア下部(台座)の凹んだところが口、
一度そういうふうに捉えてしまうと、このイメージを払拭できないでいる。

だからといって、スピーカーシステムのデザインは、
フロントがフラットであるべき、などとは考えていない。

それでも……、と、DD66000を見ているとおもう。
デザイン、ネーミングの難しさである。

Date: 4月 17th, 2017
Cate: デザイン

「貌」としてのスピーカーのデザイン(その3)

4350とDD66000は、同口径のダブルウーファーとはいえ、
ユニット構成で違うところがある。

4350は4ウェイで、12インチ口径のミッドバスがあり、
中高域のホーンも音響レンズ付きで、大きさもそれほどではない。
DD66000にはミッドバスはなく、中域ホーンも大きく横に長い。

だからDD66000全体が、何かの顔に見えてくるわけではない。
DD66000と同じといえるユニット構成のスピーカーは、昔からあった。

横にウーファーを二基並べ、その上に大型のホーンという構成は、
むしろ以前のほうが多かった、といえる。

それらのスピーカーシステムをすべて聴いているわけではないが、
いくつかは音を聴いているし、大半は実物を見えてもいる。

つまりDD66000以前、それらのスピーカーシステムを見ても、
何かの顔をイメージすることは一度もなかった。

なのに、なぜDD66000は違うのか。

ユニット構成、ユニット配置に起因することではなく、
デザインに起因する。

DD66000以前の同種のスピーカーシステムは、
フラットなフロントバッフルにスピーカーユニットが取り付けられていた。

ウーファーだけがエンクロージュアにおさめられ、
ホーンはエンクロージュア上部に置かれているシステムでも、
フロントバッフルはフラットである。

DD66000の二基のウーファーが取り付けられているバッフルは、
一枚のフラットな板ではない。

それぞれのウーファーを取り付けた板が、角度をもって接合されている。
それだけでなく、DD66000のフロントは、全体的にフラットとはいえない。

中高域のホーンも、ホーン単体で構成されているのではなく、
ホーンの左右は、エンクロージュアの一部でもある。

エンクロージュア下部は、中央が奥に曲線を描いて引っ込んでいる。
ウーファーバッフルの中央が、同一線上にあり、前に出ているのと対照的である。

DD66000のデザインをわかりやすくいうなら、
凹凸のあるデザインであり、私には成功しているとは到底思えないのだ。

Date: 4月 17th, 2017
Cate: デザイン

「貌」としてのスピーカーのデザイン(その2)

私が小学生のころ、テレビではゲゲゲの鬼太郎のアニメが放送されていた。
その影響もあるのかもしれない……、と自分でも思っているのだが、
DD66000は、ゲゲゲの鬼太郎に登場するぬりかべに近い、別種のいきもののように見えてくる。

ぬりかべの顔は、ほぼ全身といえるし、
目は小さい、鼻も口もない。
ぬりかべは丈夫で大きな体を活かして活躍する妖怪で、
手足は短く、のそのそとある。

その歩くイメージがDD66000に重なってくる。

つまりDD66000の15インチ口径のウーファー二基が、
目として認識してしまう。
ウーファーの上にある中域ホーンは、左右が一本につながってしまった眉、
もしくは深く太い皺のようにも見えてしまう。

巨大な顔が、目の前にある。
それも左右で二基のDD66000だから、至近距離にふたつの、得体の知れないいきものの大きな顔がある。

それがこちらに向って、のそのそと近づいてくる──。

言葉にする上で、省略しているところもあるが、
そんな感じを受けてしまい、聴いていて気持悪くなってきた。

これまでにも15インチ口径のダブルウーファーのスピーカーシステムは、
いくつも聴いてきている。

DD66000と同じJBLの4350、4355は何度も聴いているし、
サランネットを外して、かなり長時間聴いてもいる。
それでも、そんな印象はまったく受けなかった。

DD66000の写真をみた時から、何か顔みたいだな、とは薄々感じていた。
でも、すぐにはなぜ、そう感じるのかはつかめなかった。
実際に目の前にDD66000が二基ある状態で音を聴いて、つかめたといいえるところがある。

Date: 4月 16th, 2017
Cate: デザイン

鍵盤のデザイン

インターネットで検索、
検索結果のURLをクリック。
そのウェブサイトで、またリンク先をクリック……。

こんなふうに書かなくともネットサーフィンと書けばすむのはわかっていても、
死語ともいえそうな言葉を使うのは、ちょっと抵抗がある。

つまりはネットサーフィンをしていたわけだ。
それで見つけたのが、「ピアノ300年の歴史を変える──未来鍵盤が音もデザインする」。

こういうタイトルの記事は、読むとたいてはがっかりする。
記事の冒頭には、こうある。
     *
ピアノの鍵盤は、白鍵と黒鍵が互い違いに組み合わさったものだ。だが、ひとりの天才ピアニストがその常識に真っ向から挑み、新しい鍵盤を生み出した。白鍵と黒鍵が段差なく一直線に並ぶ、その新しい鍵盤は、究極の音を求めた結果だ。
     *
天才ピアニスト、いったい誰だよ? という感じで読みはじめた。
新しい鍵盤の写真が、まず目に入る。

見慣れたピアノの鍵盤とは、違う。
ただ段差がなくなっているだけではない。
記事を読んでいくと、天才ピアニストが誰なのかが、わかる。
菅野邦彦氏だった。

もうこれだけで十分なはずだ。
GQ JAPANの元記事を読んでいただきたい。

聴いてみたい、と思う。
それも菅野先生の録音によって聴いてみたい、とおもう。

Date: 4月 12th, 2017
Cate: デザイン

「貌」としてのスピーカーのデザイン(その1)

スピーカーの風貌は、他のオーディオコンポーネント以上に気になる。
サランネットをつけて聴けば、そんなこと気にならないだろう──、
そうとも思うけれど、そうでもないこともある。

例えばスペンドールのBCII。
サランネットをつけて聴くことを前提としたフロントバッフルの仕上げである。
サランネットを外した状態をすぐにイメージできるけれど、
その音を聴いていると、サランネット付きの姿しか目に入らない。

その一方で、サランネットをつけた状態で聴いていても、
サランネットを外した姿に気になってしまうスピーカーがいくつもある。

自分でもなぜだろう? と思い続けている。
しかもサランネットなしの姿が気になって仕方ないスピーカーに限って、
サランネットを外した状態の音が標準と思われる。
フロントバッフルもきちんと仕上げがなされたりしている。

サランネットがあろうとなかろうと、その姿が気になるスピーカーの代表格が、
私にとってはJBLのDD66000である。

60周年記念モデルとして発表された写真を見た時から、
優れたデザインとは少しも思えなかった。

1998年にAppleからiMac(ボンダイブルーの最初のモデル)に感じたこと、
それに近いことを感じていた。

しばらくして知人宅でじっくりと聴く機会があった。
きちんとセッティングをつめていけば、なるほどいいスピーカーだ、と感じた。

その感じは聴き進むにつれて強くなる。
と同時に、DD66000の姿が耐えられなくなってもきた。

DD66000はサランネットありとなしの音の違いは、かなり大きい。
一度外した音を聴いてしまうと、つけた音は聴きたくない。

ならば目をつぶって聴けば? となる。
たいてい目を瞑って聴いている。
それでもDD66000の姿が浮んできて、
DD66000がのそのそと前に歩き出しそうな感じすらしてきた。

ここまでくると、聴いているのが気持悪くなってきた。
初めての体験だった。

Date: 3月 21st, 2017
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その1)

プリメインアンプとコントロールアンプのコントロール機能は同一である。
最低でも入力セレクターとレベルコントロールは必要で、
その他にテープセレクター、バランスコントロール、モードセレクター、
各種のフィルターとトーンコントロールなど、同じことが求められる。

つまりプリメインアンプとコントロールアンプのフロントパネルは、
ひとつのメーカーにとって、同じであってもおかしくはない。

実際にそういう製品はいくつもあった。
よく知られるところではラックスとマランツ(ともに1970年代)があり、
その他にもソニー、テクニクス、サンスイなどが挙げられる。

フロントパネルを共通、もしくはほぼ同じにすることで製造コストが抑えられる、
価格も抑えられるのであれば、購入を考えている人にとっては、
このことはデメリットにはならないだろう。

それでもプリメインアンプとコントロールアンプとで、
デザインをきっちりと変えているメーカーもいくつもあった(ある)。

ここで考えたいのは、そのことの是非ではなく、
タイトルにもしたように、
プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザインの区別を、
私のなかではどうしているのかについて、である。

例を挙げればラックスのSQ38FD/IIとCL35IIIのデザイン。
私にとっては、このふたつに共通するデザインは、プリメインアンプとしてのデザインである。

そのベースとなっているデザインに、
マランツのModel 7というコントロールアンプの存在があっても、そうである。