Archive for category デザイン

Date: 4月 15th, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その15)

音がこもる──、
そこまでせはいいすぎとしても、ダストカバーを閉じた状態では、
音ののびやかさがいささか損われる。

このことはなにもアナログプレーヤーにだけいえることではなく、
アンプであってもCDプレーヤーであっても、閉じた空間の筐体、
しかもその筐体ががっしりとしていると、
それは強くなってくる傾向があるように感じている。

とはいえダストカバーは大半がアクリル製とはいえ、
そこにはある程度の重量がある。
そのおかげで、閉じた状態ではプレーヤーキャビネットのf0が低くなる場合もあるのは、
「プレーヤー・システムとその活きた使い方」掲載の測定データから読みとれる。

アナログプレーヤーのダストカバーは、
スピーカーシステムのサランネットのような存在なのか。

いまでも大半のスピーカーシステムにサランネットはついている。
昔はほぼすべてのスピーカーシステムについていた。
けれど、サランネットがつけた状態で聴くのか、外した状態で聴くのか、
そのスピーカーを製造しているメーカーは、どちらを標準としているのか、
スピーカーシステムの試聴においては、このことは決して忘れてはならない。

瀬川先生がステレオサウンドで試聴されていた時、
編集者がサランネットを外したままで音を出した始めたことがあるそうだ。
その時、かなり怒られた、ときいている。

編集者は気をきかせたつもりだったのだろうが、
瀬川先生にとっては、それはよけいなことというより、
試聴をいい加減なものにしてしまう行為であったのだろう。

そんな瀬川先生なのだが、アナログプレーヤーの試聴の際には、
ダストカバーは外されていた、ようだ。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その14)

ダストカバーはダストカバーとしてのみ機能しているわけではない。
ハウリングマージンとの関係がある。

ダストカバーを閉じている状態、開いている状態、取り外した状態で、
ハウリングマージンは変化してくる。

1976年に無線と実験別冊として出た「プレーヤー・システムとその活きた使い方」に、
ハウリングの実測データが載っている。

八機種のアナログプレーヤーにおけるダストカバーの状態での測定、
九種類のターンテーブルシートの違いの測定、
置き台、インシュレーター、プレーヤーキャビネットによる違いの測定が載っている。

ダストカバーの状態(開いている、閉じている、取り外している)での違いは、
一概にどの状態がいい結果が得られるとはいえない。

ダストカバーが開いていると、前面からみた面積が閉じている状態よりも大きくなるし、
ダストカバーはヒンジでのみ支えられているため、いわゆる片持ち状態である。

きちんと閉じていれば片持ちは解消されるし、
スピーカーからの直接の音圧を、ある程度はダストカバーが防いでくれる。

大きくみれば、ダストカバーを閉じていたほうがハウリングマージンは改善できる。
それでもこまかく測定データを見ればわかるように、全帯域で改善されるわけではない。

アナログプレーヤーのキャビネットの構造、重量などによって、
部分的な変化には違いが生じている。

ハウリングマージンだけでみればダストカバーは閉じていた方がいいが、
音の面では必ずしもそうとはいえないところもある。

Date: 3月 31st, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その13)

テクニクスのSL1000Rは、別売のトーンアームベースを装着することで、
トーンアームを三本まで増やせる。
以前からあるアイディアである。

トーンアームを一本から二本、二本から三本へと増やしたとき、
ダストカバーはどうなるのか。
おそらく一本用のままであろう。

増設したトーンアームを覆うカバーはない(はず)。
となるとダストカバーはダストカバーとして数割しか機能していないことになる。

もしかするとテクニクスは、二本用、三本用のダストカバーを出してくるのかもしれない。
にしても、最初から三本にしてしまう人ならば、三本用ダストカバーを最初に買えばいいが、
一本から増やしていく人に、その度にダストカバーの買い替えをテクニクスはさせるのか。

それとも一本用のダストカバーを下取りしてくれて、差額分で二本用、三本用を提供してくれるのか。

SL1000Rにはダストカバー用のヒンジがない。
トーンアームを増設することを考えての、ヒンジ無しなのだろう。

それにダストカバーを必要としない人にとっては、
ヒンジの存在は、わずかとはいえ音質を損う要因ともなる。

けれどダストカバーは、アナログプレーヤーをホコリから守るためだけのものではない。
そのことをテクニクスは、
テクニクス・ブランドをなくしてしまっているあいだに忘れてしまったのか。

Date: 3月 28th, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その12)

テクニクスのSP10R、SL1000Rが正式に発表になり、5月25日に発売になる。
ターンテーブルとしての性能(動特性ではなく静特性)は、
さすがはテクニクスといえるレベルに仕上がっている(ようだ)。

デザインは……、
写真を見ただけで語るのは、いまのところ控えておこう。

それでもひとつだけいいたい。
SL1000Rのダストカバーについて、である。

ほんとうに、このダストカバーのままで出荷されるのか。
そこには何のセンスも感じられない。

発表されている写真をみるかぎり、ヒンジはない。
いわば蓋である。
けっこうな大きさの蓋である。

アナログディスク再生時にダストカバーをした状態とそうでない状態とでの音は、
どんなアナログプレーヤーであっても違うものである。

テクニクスは、ダストカバーをした状態の音を標準としているのか、
それともなしの状態の音を標準としているのか。

どちらであったとしても、ダストカバーをどうするのかは、
使う人次第でもある。

必ず再生時にはダストカバーをしている人もいる。
そういう使われ方の場合、SL1000Rのダストカバーにはヒンジがないのだとしたら、
ディスクのかけかえのたびに両手でダストカバーを外したり被せたりしなくてはならない。

再生時にはダストカバーをしない人の使い方では、
再生時には決して小さいとはいえないサイズのダストカバーを、
リスニングルームのどこかに置く場所を確保しなければならない。

何の配慮も感じられないSL1000Rのダストカバーである。

Date: 3月 21st, 2018
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その3)

現行製品のなかで、コントロールアンプとプリメインアンプのデザインが共通なのは、
イギリスのCHORDがある。

CHORDの製品ではD/Aコンバーターは話題になることが多いが、
アンプは、その実力のわりには、あまり話題にのぼることはない──、そんな印象がある。

パワーアンプは、そうとうに優秀だと思っているが、
なんとなく地味に受け止められるのか、それとも他に理由があるのか。

少なくとも私の周りでは、CHORDのパワーアンプの音を聴いている人は、
いいパワーアンプのにねぇ……、もっと注目されていいのに……、という。

そして続くのが、「コントロールアンプのデザインがねぇ……」である。
私も、そう思うひとりである。

CHORDのコントロールアンプは、プリメインアンプと同じデザインである。
これが不思議なことに、プリメインアンプとしてみれば、
優れたデザインとは決して思わないが、こういうのもあって楽しいかも……、と思う。

なのにそれがコントロールアンプとなると、ダメなところが非常に気になってくる。
プリメインアンプであろうと、コントロールアンプであろうと、
操作そのものが変ってくるわけではない。

にもかかわらず、プリメインアンプとして同じデザインが目の前にあると、
ダメなところも、愛矯だよね、と思えたりするのに、
コントロールアンプとしてのデザインと捉えると、好意的に受け取る気持がなくなっている。

「あばたもえくぼ」(プリメインアンプの場合)が、
「あばたはあばた」(コントロールアンプの場合)となる。

Date: 12月 19th, 2017
Cate: デザイン

表紙というデザイン(その3)

Record’s Bibleは売れたのだろうか、1978年に二冊目が出ている。
やはり表紙デザイン=田中一光、表紙撮影=安齊吉三郎である。

1977年のRecord’s Bibleは、表紙の背景は黒だった。
1978年のRecord’s Bibleは、背景は明るいグレーになっているが、
基本的なところは同じで、ナグラのSNを中心として、まわりにアクセサリーが配置されている。

1977年のRecord’s Bibleのように、
表4のビクターの広告まで含めてのデザインではなくなっているが、
私は1978年のRecord’s Bibleのデザインに魅力を感じる。

「コンポーネントステレオのすすめ」の表紙のデザイナーの塚本健弼氏は、
田中一光氏の元でデザインの修業をされていた。
いわば師弟関係である。

Record’s Bibleの表紙は、塚本健弼氏の表紙デザインを見た田中一光氏の、
私ならこうやる、という対抗心のようなものがあったのではないか……、
と勝手におもっている。

塚本健弼氏の手法は、それぞれのオーディオ機器を正面から撮影し、
それらの切り抜き写真をレイアウトしていく、というもので、
それぞれのオーディオ機器の写真の縮小率は、同じなわけではない。

スピーカーのような大きなモノの縮小率はやや大きめで、
カートリッジのような小物の縮小率は小さめである。

田中一光氏の手法は、すべてを並べての一発撮りゆえに、
縮小率を個々でコントロールすることはできない。

1977年のRecord’s Bibleでは背景が黒だから、
そこにモノを置いた際の影がはっきりとはしない。
ほとんどわからない、といってもいい。

1978年のRecord’s Bibleでは明るいグレーが背景だから、
そこに影ができ、1977年のRecord’s Bibleより立体的に見える。

塚本健弼氏の手法も切り抜き写真だから、影はない。

Date: 11月 29th, 2017
Cate: デザイン

鍵盤のデザイン(菅野邦彦氏のライヴ)

菅野邦彦氏による、新しいピアノの鍵盤のデザインについて、4月に書いた。
この新しいピアノ鍵盤(未来鍵盤)での菅野邦彦氏の演奏を聴いてみたい、と思っていた。

2018年1月24日、
三軒茶屋のJazz & Cafe Gallery Whisperで、
横溝直子氏(ヴォーカル)とのデュオ・ライヴが行われる。

先月も行われていたけれど、都合がつかなくて行けなかった。
今回は行こうと思っている。

このライヴが、新しい鍵盤での演奏なのかどうかは、確認していない。

Date: 10月 17th, 2017
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その2)

1991年にビクターから、文字通りの超弩級のパワーアンプが登場した。
ME1000である。

出力は200W。重量は83kgである。
ME10000はモノーラルアンプ、83kgという重量は一台あたり、である。

バブル期だったから、これだけのパワーアンプが製品化されたのだろう。
いま、ME1000と同じモノを企画・開発したら、価格はどれだけになるのだろうか。

1991年、ME1000の価格は3,000,000円(ペア)だった。

ME1000とペアとなるコントロールアンプは、ついに出なかった。
おそらく計画はあったはずだ。

バブル期があと数年続いていたら、登場したように思う。
ME1000と同じく、鋳鉄ベース使用の重量級のコントロールアンプだったのかもしれない。

1993年に、ビクターからプリメインアンプAX900(398,000円)が登場した。
ME1000の特徴を引き継ぐモデルである。

ステレオサウンド 109号で、長島先生が新製品紹介記事を書かれている。
     *
特に圧巻だったのは武満徹のノヴェンバーステップスで、心の中を突き通すようなあの音は、わが国の製品でなければ絶対に出ないような凄みを伴った音だった。何かが国産機の中で芽吹いた、という感慨にも似た心の高ぶりさえ感じたのである。
     *
ME1000は聴いたことがないが、AX900は聴いている。
私も驚いた。
プリメインアンプの次元とは思えない音が鳴ってきた。

発売後すぐには購入できなかったが、しばらくして自分のモノとして鳴らしていた。

最初はプリメインアンプとして見ていた、
同時にボリュウム付パワーアンプとしても見ていた。

しばらく使っていくうちに、ME1000とペアになるべく開発されていたコントロールアンプが、
バブル崩壊とともに、計画変更されてAX900になったのではないか……、と思うようになった。

Date: 9月 2nd, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのヘッドフォン)

私にとってヤマハのヘッドフォンといえば、
カセットデッキのTC800GLとともに、マリオ・ベリーニによるデザインのHP1である。
そして次に、YHL003が来る。

TC80GLとYHL003は、ニューヨーク近代美術館の永久所蔵に選ばれている。
YHL003はポルシェデザインである。

現在のヤマハのヘッドフォン。
その写真を見て、違和感があった。
デザインがひどいという違和感ではない。
HP1やYHL003と違うデザインだからという違和感でもない。

左右のハウジングに、大きくヤマハのマーク(音叉を三つ組み合わせたもの)が入っている。
ここに違和感があった。

同じようにハウジングに、ブランドのロゴやマークが大きく入っているヘッドフォンは、
ヤマハだけでなく、他にも数多くある。
それなのにヤマハのヘッドフォンだけに違和感をおぼえたのは、
私の記憶の中にあるヤマハのヘッドフォンは、HP1でありYHL03であるからだ。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その12)

ステレオサウンド44号と、そのころ読んでいたFM誌の広告で、ヤマハのA1の登場を知った。
49号のヤマハの広告までの一年ちょっとのあいだに、A1の実機をオーディオ店で見ている。

少しがっかりしたことは、(その6)に書いた通りだ。
その理由のひとつに、三つの正方形のプッシュボタンの精度感のなさである。

私が見た実機は電源が入っていなかった。
灯っていない正方形のプッシュボタンは、色気がなかっただけでなく、
明らかにA1のデザインの魅力を半減させていた。

このころのテレビは、まだブラウン管だった。
液晶のテレビはなかった。

テレビ好きだけど、電源を入れていない状態のブラウン管の色は嫌いだった。
黒ではなかった。
灰色に緑色が混じっている、とでもいうのか、どんよりした陰気くさい感じが、
たまらなくイヤで、だからテレビでのスイッチをオンにしてしまう、
そんな感じさえ受けていた。

ヤマハのA1のブッシュボタンも、それに近い印象を受けた。
実は、この点がマッキントッシュのアンプとの小さからぬ違いだと思っている。

マッキントッシュのアンプも、電源を入れていない状態より入れた方がずっと魅力的なのは当然としても、
電源を入れられるのを持っているかのような感じがするのに対し、
ヤマハのA1は自らの出番を待っているというよりも、後に下がってしまったかのようにも、
少しオーバーに表現すれば、そんな感じだった。

49号のヤマハの広告を先に読んでいれば、
プッシュボタンが灯った状態を見るまで保留しておこう、という考えもおきただろうが、
まだ10代の若造で、そこまで考えも及ばなかった。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その11)

ヤマハのA1のデザインは、A1が登場した時から心にひっかかっていた。
そのこともあってヤマハの当時の広告はしっかりと読んでいた。

ステレオサウンド 49号のヤマハの広告。
A1とA3の広告があった。
となりのページにはCA2000の広告だった。

A1の広告のキャッチコピーは「その灯りは、心はずむ序奏であるだろうか」。
ボディコピーを引用しておこう。
     *
●現代の、光が、あるいは灯りがどんなに氾濫する時代にあっても、思わずはっと心にとまり、思わず、つと心に安らぎをもたらしてくれるような灯りは、そう多くはないといえるかもしれませんが、そうであれば、真四角にほの淡くイルミネートされるA-1やA-3のスウィッチの灯りはアンプデザインのあり方に、あるいは音楽を待つ人の心のあり方に一石を投じたとはいえ、それがすべてではなく、本質的には、新しく価値ある介すと機能からの必然的な顕われです
     *
確かに光が氾濫している時代に、
トランジスターアンプに移行してからの時代は入っていた、といえよう。
だからこそ、真空管のヒーターの灯の意味が増してきた、ともいえよう。

A1のデザインは、国産アンプとしては初めて、灯をデザインにとり入れた、といえる。
マッキントッシュとは違うやり方で、ヤマハはやっている。

けれど、それがマッキントッシュほど徹底したものであったかは、少々疑問である。
菅野先生のマッキントッシュ論をもう少し引用しておく。
     *
 ガウ氏は、この空港で得たヒントを研究室に持ち帰り、徹底的なリサーチを行った。その結果決定されたのが、マッキントッシュのイルミネーションに使われている、ブルーでありグリーンであり、レッドなのである。
 彼の説明によると、ブルーという色は、人間に、少ない光量で視覚的に正確な認識を与えるものとして最も適している。光量が一番少なくていいわけである。要するに、イルミネーションで正確な認識を与えるためには、光量が多ければいい。しかし、それでは結果的にまぶしく、疲れてしまう。最低の光量で、最も正確に認識しうるものが、イルミネーションの基本のはずである。「現に、飛行場のイルミネーションも、この実験から生まれたものだったんだよ」と彼は言う。
 しかし、心理的に、このブルーという色は冷たい感じを与える。「視野の中に入ってきたブルーから冷たい感覚を得ないためには、それにグリーンとレッドを組み合わせること。こういうデータをミシガン大学の研究室で得たんだ」
 たとえばメーターは、最低の光量で見えるべきだ。見てまぶしいようなメーターでは困る。最低の光量で正確に見える色はブルーである。だが、これだけでは冷たい。そのためにグリーンを持ちレッドを持つ。「これが、あのイルミネーションの基本的な考え方なんだ」
 次に、なぜガラスを使ったかなのだが、これについてガウ氏は、「それは単純だよ」と言う。つまり、イルミネーションというアイデアが浮かべば透明なものを使わなくてはならない。考えられるのはアクリルなどのプラスチック類とガラスである。「三つの点でガラスがまさっている。第一に傷に強い。第二に最も純粋な透明度が得られる。第三にフィーリング・オブ・アキュラシー、つまり緻密な精度感を持つ。せっかくいいメカニズムを作っても、そのフィニッシュにアキュラシーなフィーリングがなくては……。それは中味を象徴することになるのだから」
 だが、材質をガラスに決定した事によってイルミネーションのプリントには大変な苦労をしたようである。ピンホールがちょっとでも出来ると、相手が光だからパッと出てしまう。しかもプリントの精度は、1万分の1インチ以上でなくてはフィーリング・オブ・アキュラシーが出ない、と彼は言う。
「とにかく、200種類のインクを分析して実験した。その結果、出来るようにはなったんだが、プリント時の温度は絶対に70度プラスマイナス5度。そして湿度は15%プラスマイナス5%。これを管理しなければならない。実際にこれは、途中で何回やめようと思ったかわからない。でも、思いついたことをやりとげるのが自分達の仕事の喜びなんだ」
 あまり飾らないガウ氏が熱をこめて語るこの言葉は、同時に、彼のマッキントッシュ製品に対する自信のほどを、裏づけるものとも、私には思えたのである。
     *
ヤマハのA1は115,000円のプリメインアンプ、
マッキントッシュは価格帯も上のセパレートアンプ。
そういう前提条件の違いはあることはわかっていても、それでも……、と思うところがある。

Date: 8月 27th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ヤマハのA1・その10)

オーディオに興味をもったときには、アンプのほとんどは半導体アンプだった。
真空管アンプは、ごくわずかだった。いまよりも数としては少なかった。

真空管アンプにはヒーターという灯がある──、
そんなことが当時もいわれていた。

確かに真空管にはヒーターがあって、小さな灯といえる。
けれど真空管アンプのすべてが、ヒーターの灯が見えていたわけではない。

コントロールアンプではまず見えないし、
パワーアンプでも、マランツのModel 9のようにフロントパネルをもつモノは、
まったく見えないわけではないけれど、
マッキントッシュのMC275のような、真空管の灯というイメージとは違ってくる。

それでも、真空管のヒーターの灯が……的なことがいわれていた。
このことは幾分植え付けられた印象なのかもしれないと思いつつ、
ヤマハのA1というプリメインアンプのデザインを、
いまになってあらためて考えることは、
灯をデザインにとり入れるということに目を向けることでもあるように思う。

マッキントッシュのアンプのデザイン、
それはトランジスター化されてからのデザインである。

マッキントッシュの、現在のガラスパネルとイルミネーションを採用したデザインについては、
菅野先生がゴードン・ガウの言葉を借りて、
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」マッキントッシュ号の巻頭で書かれている。
     *
 おれはデザインについてこう思うんだ。デザインは思いつきや感覚だけで出来るものではないと。最も大切なのはリアリティだよ。君がおれのアンプをきれいだと言ってくれるのは大変うれしい。もちろん、きれいじゃなくては困るんだけど、一番必要なことは、絶対に必然性だ。機械としてのね。
 そこで、アンプの場合には何が最も必要かという事になるのだが、アンプは音楽を聴くためのものだ。音楽を聴く場合には、音楽を聴く人のエモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージック──音楽に対する情緒的反応──これが生命だと思う。だからアンプは、エモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージックというものを持つべきで、これを大切にしなくてはいけない。そのために何が最もふさわしいかなのだが、おれはそれに対し、イルミネーションが最もふさわしいものだと考えたわけだ。
 次に、それならイルミネーションの色はどうすべきか、という問題になる。
 そんな事を考えながら、ある時、飛行機に乗っていて、それが滑走路へおりて行く時に、おれはタクシーウェイのイルミネーションを見た。これだ、これは絶対にすばらしいと思った。しかも、これはだてや酔狂で、ネオンサインのつもりで色をつけているのではないはずだ。そう思うだろう? 相当リサーチされた結果に違いないんだよ。
 実の所、イルミネーションでいこうと決めた時、その色やデザインについて、おれはミシガン大学の研究室に協力をあおいでいたんだ。(ミシガン大学はデトロイトにある関係もあって、すぐれた自動車デザイン部門を持っている)おれは何をやるにも、まず基本的なスタディからはじめないと気がすまない性格だからね……。
     *
イルミネーションが最もふさわしいと考えた理由がなにかはわからないが、
そこに真空管アンプからトランジスターアンプに切り替ったことが、
まったく無関係とは思えないのだ。

Date: 8月 12th, 2017
Cate: コントロールアンプ像, デザイン

コントロールアンプと短歌(その6)

歌人の上田三四一(みよじ)氏は、短歌について
「活気はあるが猥雑な現代の日本語を転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
と語られていることは、(その3)で書いている。

この上田三四一氏のことばを置き換える。
「活気はあるが猥雑な現代のオーディオを転覆から救う、見えない力となっているのではないか」
こう置き換えてみると、コントロールアンプの役割としてのバラストが、
どういうことであるのか、朧げながらではあるが少しははっきりしてくる。

ずっと以前から、優れたコントロールアンプは、ほんとうに少ない、
そういわれ続けてきている。
音だけなら……、けれどコントロールアンプとして見た時に……、
そんなこともいわれたりしてきている。

パワーアンプに優れたモノは多いし、ある意味広いともいえる。
けれどコントロールアンプとなると少ないし、狭いともいえるところがある。

ずっと以前から、そういわれているし、多くのオーディオマニア、
それにオーディオ評論家も、同じにおもってきている。

それでも、なぜなのか、についてはっきりと答えられる人はいなかった。
にも関わらず、多くの人がそう思っているということは、
コントロールアンプの役割を、ひじょうにぼんやりとではあるが、
それだけの人が認識している、ということなのかもしれない。

CDが主流となったころ、コントロールアンプは不要だ、とばかりに、
パッシヴのフェーダーを使う人も現れた。
実験、試みとしては、パッシヴ型フェーダーに関心はあったし、私もいくつか試した。

そういうことをやってみると、コントロールアンプの役割というものが、また見えてくる、
というより感じられてくる、といったほうが、より正しいか。

コントロールアンプはバランスとしての役割がある。
そのことを少なからぬ人がなんとなくではあっても感じていたから、
優れたコントロールアンプが、ほんとうに少ない、といわれ続けてきたのであろうし、
このバラストとしての役割を、作り手側がどれだけに認識しているのか、
そこがはなはだこころもとないから、優れたコントロールアンプが少ない理由とも思う。

Date: 7月 20th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その5)

JBLが1988年に出したS119はSLOT-LOADED DESIGNではないわけだから、
Aquariusの名を付けなかったのは当然のことといえる。

S119は外観こそS109 Aquarius 4と同じといえても、
設計思想、構造が違う。
確かに構想も似ている、といえる面はあるが、
しっかりと見ていけば、似ているだけであって、違う設計思想であることがはっきりしてくる。

Aquariusシリーズを代表するモデルがS106 Aquarius 2であったなら、
S119をAquariusシリーズの復刻という認識は出てこなかったはずだ。

S106 Aquarius 2、
このスピーカーシステムの存在を知った時に、
Aquariusシリーズからイメージする外観とは違って新鮮だった、
にも関わらず初めて見る、という感じがあまりしなかったのは、
エレクトロボイスのPatrician 600を知っていたからなのかもしれない。

エレクトロボイスのPatricianといえば、
Patrician 800がもっとも知られている、といえよう。
復刻されたことで、1980年代半ばごろまで現行製品だった。

800と800の前身モデルといえる700以前のPatricianは、
モノーラル時代のスピーカーシステムだった。

1955年か56年に登場したのがPatrician IVであり、
外観だけ一新したのがPatrician 600だった。

ステレオサウンド 45号「オーディオの名器にみるクラフツマンシップの粋」で、
エレクトロボイスのPatricianシリーズが取り上げられている。
井上卓也、長島達夫、山中敬三の三氏がPatricianシリーズを語っている。

最初のPatrician、Patrician 600、Patrician 800がカラーで紹介されている。
私の目を惹いたのは、Patrician 800ではなく、Patrician 600だった。

ステレオ時代を迎えてから出てきたPatrician 800よりも、
モノーラル時代につくられたPatrician 600のほうが、コンテンポラリーに感じられたからだ。

そのPatrician 600とJBLのS106 Aquarius 2、
似ているというより、共通するものを感じる。

Date: 7月 10th, 2017
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(JBL S106 Aquarius 2・その4)

SLOT-LOADED DESIGNとはどういうものかは、
言葉で説明するよりも、”ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索すれば、
それも画像検索すれば、トップにわかりやすい図が表示される。

その図を見ても、無指向性スピーカーと同じに捉える人がいるかもしれない。
コーン型スピーカーの前面にディフューザーを置くタイプの無指向性スピーカーの構造図は、
SLOT-LOADED DESIGNの構造図と似ている。

たいていの無指向性スピーカーのディフューザーは円錐状をしている。
コーン型スピーカーのコーン(cone)は円錐なのだから、
ディフューザーとしては機能するが、SLOT-LOADED用にはそれでは不十分といえる。

コーン型スピーカーの振動板はたしかに円錐状ではあっても、センターキャップがある。
ドーム状で盛り上っている。
そのため円錐状のディフューザーをそのままSLOT-LOADED用にもってきても、
センターキャップのところで、SLOT-LOADEDとはならない。

つまりSLOT-LOADED用に必要な形状は振動板と同形状のものでなければならない。
正確にいえば凹凸の関係にある。

“ED MAY SLOT-LOADED DESIGN”で検索して表示される図を見ればわかるように、
コーン型スピーカーの前面にあるLOADING PLUGは、単なる円錐状ではなく、
頂点のところが丸く削りとられている。

ドーム状のセンターキャップをもつコーン型スピーカーの振動板と、
ぴったり凹凸の関係になるように、である。

スピーカーユニットはバッフル板に取り付けられている。
SLOT-LOADEDでは、バッフル板にも平行する板がもうけられていて、
LOADING PLUGは、この板に取り付けられている。

わかりやすく説明すれば、
スピーカーユニットがコーン型ではなく平面型であれば、
LOADING PLUGは不要になる。
ユニットが取り付けられているバッフルと平行する板があればいい。

SLOT-LOADEDとは、約1インチ幅のスロットを、
スピーカーユニットの前、フロントバッフルの前に形成する方式であり、
大事なのはスロット幅は、どの個所であっても同じでなければならない。
そのためにSLOT-LOADED用のLOADING PLUGは、単純な円錐状ではないわけだ。