現代スピーカー考(その35)
江川三郎氏がどこまでハイイナーシャプレーヤーを追求されたのかは、私は知らない。
想像するに、ハイイナーシャに関してはやればやるほど音は変化していき、
どこまでもエスカレートしていくことを感じとられていたのではないだろうか。
つまり飽和点が存在しないのではないか、ということ。
静粛な回転のためにターンテーブルプラッターの重量を増す傾向はいまもある。
10kgほどの重量は珍しくなくなっている。
もっと重いものも製品化されている。
どこまでターンテーブルプラッターは重くしていけば、
これ以上重くしても音は変化しなくなる、という飽和点があるのだろうか。
10kgを20kgにして、40kg、100kg……としていく。
アナログディスクの重量は、重量盤といわれるもので約180g。
この一万倍が1800kgとなる。
このへんで飽和点となるのか。
それにターンテーブルプラッターを重くしていけば、それを支える周辺の重量も同時に増していく。
1.8tのターンテーブルプラッターであれば、プレーヤーシステムの総重量は10tほどになるのだろうか。
だれも試せないのだから、ここまでやれば飽和点となるとはいえない。
飽和点に限りなく近づいていることはいえるが、それでも飽和点といえるだろうか。
江川三郎氏も、飽和点について書かれていたように記憶している。
ようするに、きりがないのである。