ハイ・フィデリティ再考(続×十六・原音→げんおん→減音)
ネルソン・パスがいつごろからアルテックのA5を使い出したのか、その正確な時期については知らない。
パスのスピーカー遍歴についても、ほとんど知らない、といっていい。
けれど、おそらくパス・ラボラトリーズからALEPHを出す、
つまりALEPHを開発している時からA5を鳴らしはじめただろう、と私は思っている。
つまりアルテックのA5というスピーカーシステムがあったからこそ、
ALEPHという、スレッショルド時代とは大きく方向性の違うパワーアンプを生み出せたのではないだろうか。
ネルソン・パスが800Aを開発していたころのデイトンライトのXG8、
1980年代にパスが自宅で使っていたマーチンローガンのコンデンサー型などが、
対象とするスピーカーシステムであったなら、ALEPHは生れてこなかったか、
もしくは相当に規模の異ったパワーアンプとなっていたと思う。
A5は低音域にはオーバーダンピングの515をフロントショートホーンのエンクロージュアと組み合わせ、
中高音域には288-16Gコンプレッションドライバーと大型ホーンとの組合せ。
お世辞にもワイドレンジとはいえない、ナローレンジの高能率のスピーカーシステムである。
パスがなぜA5にしたのか、そのきっかけがなんなのか、については知らない。
どういう心境の変化がパスにあったのかはわからない。
とにかくパスが、それまでとはまったく異るスピーカーシステムに変えた、という事実だけがはっきりとしている。
ALEPHについて、パスは非対称動作をうたっている。
この非対称動作については、パスが書いた詳細なものがあればぜひ読んでみたいと思っている。
非対称動作についての是非は判断が難しいところだし、対称がいいという理屈もわかるし、
パスが言いたいこともわかる。結局、出てくる音が良ければ、それで良しとするしかない。
だから私は非対称動作か対称動作、どちらが正しいか、ということよりも、
なぜパスが非対称動作という考えに到ったのか、その過程にこそ興味がある。
そのひとつがアルテックのA5の存在でないか、と思うのである。