いいじゃないの幸せならば
グラシェラ・スサーナの訃報。
ここ数日はグラシェラ・スサーナの歌をいくつか聴いていた。
なのになぜか今回は聴いていない歌が、頭の中だ繰り返し響いている。
「いいじゃないの幸せならば」が響いている。
「いいじゃないの幸せならば」は、
佐良直美が1969年のレコード大賞を受賞した曲だから、
テレビから流れていたのを聴いていたのかもしれないが、
私にとっての「いいじゃないの幸せならば」は、
グラシェラ・スサーナの歌である。
聴いたのは中学生の時だ。
歌詞、その退廃さといっていいのだろうか、
それを中学生が理解していたとは言えないが、
グラシェラ・スサーナの「いいじゃないの幸せならば」は、重く湿っていた。
なぜ、訃報後聴いていないのに、「いいじゃないの幸せならば」なのか。
それは、これを歌った十数年後のグラシェラ・スサーナ自身の歌ともいえるからかもしれない。
ソニーミュージックから発売になったスサーナのアルバムは、
スサーナ一人の歌唱ではなく、
お世辞にもプロの歌手とは言えない女性と一緒のものだった。
なぜ? と東芝EMIのころからスサーナを聴いてきた人ならば、
そう感じ思っただろう。
でも、グラシェラ・スサーナが、
結婚相手から家庭内暴力を受けていたことを、
いまは知っている。
だから、「いいじゃないの幸せならば」が鳴ってきたのか、
単なる偶然なのか、その辺のことはなんともいえないが、
スサーナ自身は、どうだったのだろうか。