Date: 10月 22nd, 2013
Cate: 岡俊雄
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岡俊雄氏のこと(その5)

バーナード・ベレンソンの「ルネッサンスのイタリア画家」も、
黒田先生が書かれている、この部分に関係してくる。
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 そのときをきっかけに、ときおりお招きをうけて、藤沢の岡さんのお宅にうかがうようになった。岡さんのお宅にうかがうのは、いつだって、スリリングなことであった。いまもなお岡さんのお宅にうかがうと、かならず、驚きをポケットにしまっておいとますることになる。岡さんは、仰々しいこと、もっともらしいことを嫌悪なさるので、いつでもさりげなくではあったが、実に多くのことを教えて下さった。おそらく、ご自身、大変なご苦労のすえさがしあてられたにちがいない参考文献を、なにげなくみせて下さったりした。すかさずその本のタイトルと出版社をメモさせていただいたことが、これまでに何度あったことか。
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世の中には、実にもったいぶる人が少なからずいる。
そういう人は、何事に関してももったいぶる。
もったいぶることが、賢いことだとでも思っているのかどうかはわからないけれど、
もったいぶることにつきまとういやらしさを、そういう人はまったく感じていないのだろうか。

岡先生は、そういう人ではないことは、
書かれているものを読んでいれば伝わってくるし、
黒田先生の文章からもはっきりと読みとれる。

岡先生は「マイクログルーヴからデジタルへ」の中でも書かれているし、
ステレオサウンド連載のクラシック・・ベスト・レコードの中でも、
オペラについての経験量の不足と、不勉強であることを度々書かれている。

これをそのまま信じていた人もいるだろうが、
岡先生の「不勉強」は、岡先生の律義さ・誠実さである。
これに関するところも黒田先生の文章から引用しておく。
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 岡さんのすばらしさ、そして岡俊雄氏のすごさは、ここにある。岡さんは、いかなる場合にも、しったかぶりをしない。しらないことはしらないという。ご自分が「不勉強」と思えば「不勉強」と書く。その律義さというか頑固さが、岡さんを、さらに犯さんの本をつらぬいている。この本を読んでのすがすがしさ、さわやかさ、気持のよさは、そういう岡さんの頑固さによる。そして、このすがすがしさ、さわやかさ、気持のよさは、岡さんに直接おめにかかっているときにいつでも感じるものである。
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岡先生が「不勉強」と思われているゆえの「不勉強」であり、
クラシック・・ベスト・レコードをずっと読んできた読者ならば、
岡先生のどこが「不勉強」なのかと思われてきたはずだ。

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