岡俊雄氏のこと(その7)
ステレオサウンド 60号の黒田先生による「岡さんの本」の文章は頷くところが多々ある。
その中でも、深く頷いてしまったところは、このところだ。
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オペラには、そしてオペラの全曲レコードには、いろいろややこしいことがある。したがって、にわかじたてのしったかぶりは、オペラやオペラの全曲レコードについてとやかくいったときに、かならずといっていいほど尻尾をだす。「あの『リゴレット』のレコードのコーラスはいいね、特にソプラノやアルトの女声が……」といったおっちょこちょいの阿呆が、かつていた。先刻ご承知の通り、「リゴレット」の合唱は男声だけである。オペラについてわかった風なことをいおうとすると、そういうことになる。
岡さんは、そういう意味で、決して尻尾をださない。いや、ださないのではない、だしたくとも、岡さんには尻尾がないのである。はっきりと、「まるっきりオペラを聴いていないわけではないが、ぼくの経験はすこぶる貧弱ではある」と、謙遜にすぎるのではないかと思うが、岡さんは書く。しかし、調べられることは徹底的に調べる。したがって、読者は、そこで、著者である岡さんの書かれることのすべてを信じるようになる。著者と読者の、信頼に裏うちされた会話がこの本で可能なのは、そのためである。
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ここにあるとおり、岡先生は「調べられることは徹底的に調べる」人である。
だからこそ、岡先生の部屋には、「沢山のレコードがあり、沢山の本があった」と黒田先生が書かれているわけだ。
他の人だったら、ある程度信用できる人が話してくれたことならば、そのまま書いてしまうことだってある。
いわゆる裏を取ることをせずに書いてしまう。
岡先生は、これを絶対にやらない人だった。
そういう岡先生だからこそ、いまも健在ならインターネットのことをどう活用されただろうか、と想ってしまう。
オーディオ雑誌になにかを書いている人たちも当然インターネットを利用している。
中には最新情報を得ることに、ほかの人よりもいち早く情報を得ることに汲々としている人もいることだろう。
そういった情報先取り自慢など、岡先生はされない。