Date: 11月 30th, 2025
Cate: 「オーディオ」考
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時代の軽量化(その22)

音楽の知識が豊富な人、オーディオの知識が豊富な人は意外と多かったりする。
キャリアが長いから、知識が豊富とは限らないのだが、それでも豊富な人はけっこういるものだ。

けれどそれらの人全員が、音楽の教養がある、オーディオの教養がある、と感じさせるわけではない。
むしろ教養があるな、と感じさせる人は、かなり少ないと感じている。

知識だけはあるのに教養はない──、とでも言ったらいいのか。

以前どこかで目にしたのは、知識だけではだめで、愛があってこそ教養となる、というものだった。

検索してみると、愛を経てこそ、愛を触媒として、が表示される。

誰が言い出したことなのかは知らない。
それはどうでもいいことで、知識が豊富でも教養がない人は、確かに愛が欠けている人といえよう。

反論があるのはわかっている。
オーディオ愛なんて言っていて恥ずかしくないのか、そんなことを言う人もいる。
オーディオに教養? という人もいよう。

そういう時代なのか。

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