Date: 1月 20th, 2011
Cate: 使いこなし

使いこなしのこと(四季を通じて・その2)

季節は、ある日とつぜん変るわけではない。
昨日までが冬で、今日から春、といったものではないことはいうまでもない。いつしか変っていくもの。

けれど、どこかにその変り目を感じさせてくれるものがある。
何に感じるかは人によって多少違うだろうけれど、
なにかひとつは、たとえば春なら春の息吹を感じさせるものがあると思う。

季節の変り目を感じさせる「息吹」に対して敏感であることは、
音の変化に関しても、使いこなしに関しても、大事なことだと思う。

わずかな息吹を感じとり、確実なものとしていくこと。
使いこなしも同じこと。

2日前に書いたことのくり返しになるが、
この息吹を、へんにいじくりまわしてしまうと、死んでしまう。
無視して放っておいても、ひからびてしまう。

Date: 1月 20th, 2011
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(続・余談)

ジェームズ・ボンジョルノは、GASの前には、SAE、ダイナコにも関わっている。

ダイナコではStereo400(パワーアンプ)、AF6(チューナー)の開発に携わっていて、
SAEでは、XXXIB、IIIC/CM、IVD/DM(パワーアンプ)などを設計、
さらに日本で、というよりも、瀬川先生が高い評価をされたMark2500も、
直接ボンジョルノが手がけたものではないけれど、回路の基本的なところはボンジョルノの手によるもの。

たしかにMark2500とGAS・Ampzillaの回路図を見比べると、そのことにうなずける。

その前には、ハドレーの622C(パワーアンプ)、マランツのModel 15(パワーアンプ)を手がけている。

GAS、SUMOの輸入元の人から聞いた話では、
マランツ時代も、ボンジョルノは優秀なアンプ・デザイナーだったらしい。
でも、彼はマランツを辞めたのではなく、辞めさせられたんだ、という話だった。

なんでもいい部品をがあるとポケットに入れて持ち帰ってしまうんだとか。
それが会社にバレてしまい、結果としてマランツを離れることになったらしい。

どこまで本当のことなのかはわからない。
けれども、なんとなくボンジョルノだったら、ありそうな話だとも思う。

これは井上先生から聞いた話。
GAS時代に来日した彼とクラブ(女性のいる店のほう)に行ったら、
音楽、オーディオ、ワインの話を夢中でする一方で、視線はつねに女性のほうを追いかけていた、とか。
当時、彼の靴の色は、紫だったらしい。

いまのAmpzillaのサイトを見ると、赤のジャケットを着たボンジョルノの写真がある。

ピアノの腕前はそうとうなもので、ヴァイオリンも弾く、ときいている。
ボンジョルノのCD(もちろんピアノを弾いている)は、3枚発売されている。
Prelude」「This is the Moment」「Candlelight」だ。

楽器の違いはあるけれど、マーク・レヴィンソンの弾くベースとボンジョルノのピアノ、
ふたりの性格・人間性の違いが現れている、といったらすこし大げさだろうか。
(ここには、演奏時の年齢の違いももちろんあるけれど……)

Date: 1月 19th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー, 岩崎千明

スーパーウーファーについて(その11)

スーパーウーファーの使いこなしに苦手意識をもっている人は、
実際に確かめたわけではないが、スピーカーの自作の経験のない人かもしれない、と思うことがある。

そのスピーカーの自作も、いきなり2ウェイなり3ウェイといったマルチウェイからとりかかるのではなくて、
最初はフルレンジからはじめて、トゥイーターを追加して2ウェイ、さらにウーファーを追加して3ウェイ、
こんなぐあいに段階を踏んでマルチウェイのスピーカーの自作のことだ。

たとえばカートリッジを交換する、CDプレーヤーを交換する、アンプを交換する、
交換によって生じる音の違いには、エネルギーの総体量の変化は、基本的にはないといっていいだろう。

厳密にいえばワイドレンジのカートリッジもあればナローレンジのモノもある。
アンプにしても、古い古典的な、トランスを多用した管球アンプと、最新のソリッドステートアンプとでは、
やはり周波数特性も違うし、ノイズレベルも異るから、エネルギーの総体量は、決して同じではない。

でも、フルレンジのスピーカーにトゥイーターを足したり、
メインのスピーカーシステムにスーパーウーファーを足すのに較べると、
その差は、ないとはいえないまでも少ない。

つまり上に書いたスピーカーの自作の経験のある人は、エネルギーの総体量の変化に対して、耳が馴れている。
ない人は、スーパーウーファーの使いこなしに対して、臆病になっている、そういう面がありはしないだろうか。

ここから話はズレるけれど、
フルレンジからスタートしたスピーカーに、次の段階としては、
ふつうトゥイーターを追加することが一般的ではないだろうか。

少なくとも、私はそう思っていたし、これは瀬川先生の4ウェイ構想の影響でもあるけれど、
私には、ウーファーを、まず追加する、という発想はなかった。

いま瀬川先生の「」に関連した作業で、
岩崎先生の文章を先日入力していた。

パイオニアのスコーカーPM12Fについて書かれた文章を読んで、岩崎先生らしい、と思った。
     *
これをフルレンジとしてまず使い、次なるステップでウーファーを追加し、最後に高音用を加えて3ウェイとして完成、という道を拓いてくれるのが何よりも大きな魅力だ。
     *
こういう驚きは、気持がいい。

Date: 1月 18th, 2011
Cate: 音楽性

AAとGGに通底するもの(その13)

息吹は、呼吸でもあり、
たとえば「春の息吹」「新時代の息吹」という使い方では、気配とか生気という意味も含んでいる。

息吹を感じさせるものは、生きている。そう言えるはず。

音楽の息吹を感じさせる音、
音そのものが音楽の息吹、だとすれば、
音そのものの息吹がある「音」こそ、肉体の存在を感じとることのできる音、といえるだろう。

息吹をもつのであれば、音は生きている。
だがいじくりまわせば、音はあっけなく死んでしまう。
だからといって、放っておいても、ひからびてしまう。

Date: 1月 18th, 2011
Cate: audio wednesday

公開対談

イルンゴ・オーディオの主宰者、楠本恒隆さんと私との公開対談を行います。

2月2日(水曜日)、夜7時開始です。終了予定時間は、8時30分から9時を予定しています。
場所は四谷三丁目にある喫茶茶会記のスペースを借りて行います。

そのため、1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

予約はいりません。
けれど、椅子の数など、会場の準備がありますので、
できましたら事前にメールをいただけると助かります。

この公開対談は、今回かぎりではなく、毎月1回、定期的に続けていきたいと考えています。

Date: 1月 17th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その10)

メインスピーカーとのあいだの調整がうまくいったときの音は、
メインスピーカーとスーパーウーファーの息が合っている──、
そういう感じの音になる。

具体的にかけば、音楽のフォルティッシモにおいての音の伸びが、
質の良いエキスパンドをかけたように、それまでとはあきらかに違う次元で、
音のエネルギー量そのものが勢いをつけて増してくる。

だから、結局のところ調整にかけるディスクは、ふだん聴きなれているもののなかから、
比較的録音のよいもの、とくにダイナミックレンジがよく録れているものであればいい。

変に低域に耳の注意がいきがちのディスクを、あえて用意する必要はない。
くり返すが、聴きなれているディスクがいちばんいい。

スーパーウーファー側の調整のなにかが、うまいところにおさまっていないと、
なかなか、上に書いたようには鳴らない。

できれば聴きなれたディスクが数枚、
それもジャンルが違っているものがあれば、それらを鳴らしてみる。
音楽のジャンルが大きく変っても、調整がうまくいっていれば、
フォルティッシモでの音の伸びは、それこそめざましいものが聴きとれる。

録音におかしいところがなければ、ほんとうに気持よくなってくれる。

スーパーウーファーを附加することは、スピーカー全体のエネルギー量に大きな変化を加えた、ということだ。
このことを忘れなければ、スーパーウーファーの調整は、そう難しいものではないはずだ。

もっともその先に、さらに進もうというのであれば、また違う難しさが出てくるけれど、
少なくともレベル調整をやっていくうちに、
スーパーウーファーが鳴っていなかった、ということにならない。

Date: 1月 17th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その9)

これも厳密に測ってたとしても、やはり目安にしかならない。
最終的には耳で聴いて、の判断となる。

訊られるのは、結局、このところである。
耳で判断するというが、実際には、どういうプログラムソースを使い、どういうところに注意して聴けばいいのか。

スーパーウーファーの調整だから、最新録音のもので、低域のかなり低いところまで、
ときにはノイズ成分のほうが多くなりがちだが、そういうソースを使った方がいいのか、とか、
楽器編成としては、ベースのソロの優秀録音が、編成の大きなものよりも向いているのか、とか、
注意するポイントとしては、低音楽器の定位なのか、とか。

デジタルディレイの調整がうまくいくと、どういうふうになるのか。
これを、まず考えてほしい、と思っている。

最初の調整としては、まずディレイによる、おおまかな音の変化を実際に聴いてみること。
とにかくディレイをかけていない音、そして距離的にだいたい合っている値の音、
そして思いきりディレイをかけた音、最低でもこの3つのポジションの音を確認すること。

だいたいの距離であわせて、その前後で、0.1刻みで上げ下げする前に、このことをやっておくこと。
もちろん、デジタルディレイの調整経験がすでにあるのならば、省いてもいい。
でも、はじめてディレイを使った調整を行なうのであれば、細かい調整はあとまわしでいい。

クロスオーバー周波数、レベル調整、設置位置の調整、デジタルディレイの調整を、
最初は大胆にいじってみて、時間をかけてすしこずつ範囲を狭めていく。

そうやっていっても、どこが最適なのか。
それがはっきりしない、最適に調整したとしたら、どういう音になるのか、が、つかめない。
そういう話を聞くことがある。

Date: 1月 17th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その8)

サーロジックのSPD-SW1600はライン信号をA/D変換し、デジタルで信号処理をしている。
ここでディレイをかけることも可能だ。

SPD-SW1600のコントロールパネルには、D1というツマミがある。
ここには0.0から1.1までのあいだに、0.1刻みで12のポジションがある。
このツマミの単位は、m。つまりメートル、距離だ。

0.0のポジションではデジタルディレイはかからない。数値を大きくなるほどディレイ量は増えていく。

大まかな調整としては、メインスピーカーと聴取位置までの距離を3mあったとして、
SPD-SW1600と聴取位置の距離が2.7mだとしたら、30cm(0.3m)分、SPD-SW1600にディレイをかける。
ツマミの位置は、0.3に設定するわけだ。

ただし、これはあくまでもおおまかな目安でしかない。
レベル調整同様、こまかな調整が当然要求される。

あくまでもデジタルディレイは0.1刻み、つまり10cmきざみである。だからそれ以上の距離の微調整となると、
ウーファーの設置、もしくはメインスピーカーの設置を動かして、両者の相対的な位置関係を変える必要も出てくる。

まあ、でもたいていはウーファー側を動かすことが多いだろう。

そうやっていっても、距離はあくまでも目安でしかない。
この距離も、メインスピーカーのウーファーの高さと
だいたい同じ位置にSPD-SW1600のユニットがあればいいが、
場合によっては、例えばメインスピーカーが同軸型だったり、小型スピーカーでスタンドの上に設置されていると、
高さ的にもずいぶんの距離の違いが生じている。

この高さの分を含めて、どう距離をはかるか……。

Date: 1月 17th, 2011
Cate: よもやま

意外に感じたこと

私がTwitterでフォローしている人がリツイートされていたので、偶然読む機会があったのが下記の文章。
     *
不思議なことにCDは買わないのにライブに来る方がたくさんいるので。体験にはお金を払うけど、情報には払わないということが大きいかな。
     *
坂本龍一氏の語録を公開しているツイートである。

これを読んでいて、CDで音楽を聴くという行為は、体験ではない、というふうになりつつあることに、
正直、意外な感じを受ける。

オーディオに血道にあげてきた者にとっては、意外な言葉でしかないと思う。
コンサート会場で聴く音楽も、CDやLP、さらにオンライン配信で聴く音楽も、
どちらも「体験」として受けとめてきたのだから。

もちろん坂本氏の言葉が、ライブには行くけどCDは買わない人たちのすべてにあてはまるわけではないだろうけど、
ここでの「体験」とは、われわれが使う「音楽体験」の体験とは、
すこし意味が違うところにあるような気もしてくる。

Date: 1月 16th, 2011
Cate: コントロールアンプ像

私がコントロールアンプに求めるもの(その8)

コントロールアンプについて、あれこれ考えるのは楽しいことだ。
今日、岩崎先生の文章を読んで、改めて、そう思った。

ステレオサウンド 35号に書かれている文章だ。
     *
アンプを選ぶのは、ステレオシステムそれ自体を選ぶことの基といえる。アンプが決まればシステム全体が決まるも同然だ。
プレーヤーに対して重点を置く、あるいはスピーカーに贅沢をする、それは個人の好みとしてステレオ選択の姿勢には違いないが、それもひとつの基準あっての重点、贅沢だ。ならばその基準は、というと総合金額、総価格と思われがちだが、実はアンプにその全ての姿勢がある。そうなるとあるらゆるレベルのアンプが要求される。ただそのレベルにおいて性能上の最低限界は厳しく見定めなければならないのだ。
     *
コントロールアンプについて書かれているわけでなく、
「プリメインアンプのベストバイを選ぶにあたって」について書かれたものだ。

岩崎先生だからこその炯眼だ、と読んでいて思った。

Date: 1月 16th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファについて(その6・続補足)

もちろん、そんな状態であっても、メインスピーカーとスーパーウーファーのバランスはとれる。
ならばそれでいいじゃないか、という声もあるかもしれないが、
この状態では、システム全体のSN比に目を向けると、このままではまずい。

SPD-SW1600のLEDがサーロジックの指定通りに点灯するようにレベル調整することが、
SN比の点でも有利だし、つまりそうすることは、メインスピーカー側のSN比に関係してくる。

メインスピーカーを鳴らすパワーアンプのボリュウムをいっぱいにあげている状態では、
コントロールアンプからの出力レベルも低いわけだ。
これを、パワーアンプのボリュウムで、SPD-SW1600とうまくバランスがとれるまでに絞れば、
その分だけコントロールアンプの出力レベルは、同じ音量を得るにはとうぜん高くしなければならない。

SN比を改善することは、ノイズの量を減らすことだけでなく、
シグナル(信号)のレベルをあげることも重要となる。
もちろんその両方が実現できればそれにこしたことはないわけだが、
どちらか一方だけでも実現できればSN比は向上する。

それに、いまオーディオ機器のまわりには、どんなノイズがあるのかわからないほど、
きっとノイズにあふれた環境といえるだろう。
そういう外来ノイズに対しても、コントロールアンプ・パワーアンプ間の伝送レベルがあがれば、
それだけでもSN比的には有利になる。

パワーアンプにボリュウムがつくことになるデメリットは否定できない。
でも、メリットも、場合によっては生れてくる。

だから、ついている機能は、頭ごなしに否定せずに、いちどは積極的に活用してみたい。

Date: 1月 16th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その6・補足)

メインスピーカーの鳴らすパワーアンプに、入力レベル調整(ボリュウム)がほしい、と書いたけれど、
なかには、そういう余分なものはできるだけ取り払って、
すこしでも音質劣化の原因となるものはなくしてほしいのに……、と思われる方もおられるだろう。

私も、同じように考えていた時期がある。
そうとうボリュウムにいいものを使っていたとしても、この部分での音質劣化を皆無にすることはできない。
それに、いいボリュウムになるほど高価になるわけだから、そんな使わないものをつけるくらいなら、
最初から外した状態で、価格を下げてくれた方がいいし、同じ価格だとしても、ボリュウムがなければ、
その分、他のところにコストをかけることができる。どちらにしても、ボリュウムなんてないほうがいい。

たしかに、バイ(マルチ)アンプにしたり、スーパーウーファーを加えなければ、それでもいいと思う。
でも、サーロジックのSPD-SW1600を使っていて思ったのは、
やはりパワーアンプにはボリュウムがあったほうがいい、ということ。

メインスピーカーを鳴らすパワーアンプにはボリュウムがついていた。
最初、サーロジックを加えたとき、パワーアンプのボリュウムはいっぱいにあげていた。
その状態だと、SPD-SW1600の入力レベルを示す3つのLEDがほとんど点灯しない。

説明書には、緑のLEDが常時点灯するような感じとあるが、
なかなか、この緑のLEDも点灯しない。
ましてフォルティッシモでときどき赤のLEDが点滅するくらいに、とも書いてあったが、
赤のLEDなどまず点滅することはなかった。

メインスピーカー側とスーパーウーファー側との感度の違いが大きすぎたためだ。

ここでいう感度とは、スピーカーの能率だけではなく、
それを鳴らすパワーアンプのゲインを含めてのトータルの感度である。

たとえばメインスピーカーの能率がそれほど高くないものでも、パワーアンプのゲインが高ければ、
パワーアンプとスピーカーをあわせた感度は、意外と高くなる場合もある。

私のところも、この例で、メインスピーカー側の感度をサーロジックよりもやや高めのだったため、
ある程度、両者の感度をそろえる必要がある。

Date: 1月 15th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その7)

このエネルギーの総体量の変化に関しては、
スーパーウーファー側のカットオフ周波数を変化させるときにも注意したいことがらだ。

エレクトロニッククロスオーバーネットワークを用意し、
スーパーウーファー側の高域のカットだけでなく、メインスピーカーの低域をもカットする場合よりも、
私が使っているサーロジックウーファーのように、メインスピーカーはまったくいじらず、という場合には、
スーパーウーファー側のカットオフ周波数を上げていくということは、ウーファー側のレベルをそのままであれば、
エネルギーの総体量はわずかとはいえ、増える方向にいく。
反対にカットオフ周波数を下げていくのであれば、エネルギーの総体量は、こちらもわずかとはいえ減る。

変化させているパラメーターはひとつ(この場合にはカットオフ周波数)なのにもかかわらず、
実際には他のパラメーターも、わずかとはいえ変化しているということ。

だからカットオフ周波数を変化させたら、その音を聴くだけでなく、
必ずウーファー側のレベルもほんのわずか調整した音も聴いてみることだ。

とにかく、いま何をいじっている(調整している)のか、
そのことによって、何が変化するのか。
その変化にともない、変化量は少ないながらもつられて変化するものがないかどうか、
つねにこのことを忘れないようにしたい。

そしてスーパーウーファーの調整で訊かれるのが、ディレイの調整に関して、だ。

Date: 1月 15th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その6)

話をもとに戻せば、ある程度まで、メインスピーカーとスーパーウーファーのレベル調整した、
その先にある微調整では、スーパーウーファーのレベルはそのままにして、
メインスピーカー側のレベルを調整していく、ということだ。

となるとメインスピーカーを鳴らすパワーアンプに、入力レベル調整がほしくなる。
それでメインスピーカーのレベルを上下する。

このとき忘れてはならないのは、メインスピーカーのレベルを調整するということは、
システム全体のエネルギーの総体量も変化しているということ。
厳密には、メインスピーカーのレベルを固定して、スーパーウーファー側のレベルを調整する場合にも、
メインスピーカーでの調整にくらべると、その変化量はわずかとはいえるが、エネルギーの総体量は変化している。

つまり、ここでの調整は、メインスピーカーのレベルを、それまでよりもほんのちょっとあげたとしよう。
大事なのは、レベルを上げる前の音と上げた音を比較しない、ということ。
どちらがいいとか悪いとかは、
エネルギーの総体量(つまり音量)が変化しているときには、判断を誤りやすいからだ。

自分のシステムなのだ。
いついつまでに、音を仕上げなさい、と締切が決っているわけではない。
このへんの調整になると、じっくり時間をかけて、その音そのものを聴くように心がけたい。

メインスピーカーのレベルを変えたら、1週間ほど、その状態で好きなレコードを、とにかく聴くことだ。
馴れてくれば、1週間という時間も、少しずつ短くても、判断できるようになってくるはずだ。

Date: 1月 14th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その5)

ずっと以前、アルテックは、ウーファー(Woofer)のことを、Basic Speaker と呼んでいた。

もっともアルテックのスピーカーシステムは、例外的なモノはごくわずかあるものの、
すべて2ウェイと言い切ってもいい。
そしてウーファー(Basic Speaker)は、クロスオーバー周波数の低いA5で500Hz、
高い方のものでは、同軸型の604では1kHzをこえる。
最低音域から、500Hzから1kHzぐらいまで及ぶ使い方をしているため、
ベーシックスピーカーと呼ぶのも当然のことだが、
それでも単にどこまで受け持っているか、
ただそれだけのことでウーファーをベーシックスピーカーと呼んでいるわけではないだろう。

やはり音楽の土台として低音が、重い意味をもっているから、ではないだろうか。

やはりずっと前の話になってしまうが、日本では中音が大事だといわれた時期があった。
一時期流行ったドンシャリ傾向のスピーカーシステムに対する警句の意味も含まれてのことだとも思うが、
このころ、中音が音楽の土台だという発言もあったときく。

中音は、音楽の土台なのだろうか。

もしほんとうにそうだとしたら、中音を受け持つスピーカーユニットを、ベーシックスピーカーと呼ぶべきだろう。
だが、そう呼ばれたという話は、いちどもきいたことがない。

くどいようだが、音楽の土台は「低音」である。