Archive for category テーマ

Date: 2月 9th, 2016
Cate: 録音

最良の録音方式

エジソンの発明から100年以上が経っている。
そのあいだに、いろいろな録音方式が誕生した。

蝋管による録音はディスクへと変っていった。
磁気テープの録音が生れ、ディスクは録音メディアから複製メディアへとなっていった。

その流れのなかで、
ディスクの録音メディアの可能性を追求したのがダイレクトカッティングという録音方式である。

磁気テープの録音方式は、ダイレクトカッティングが行われるようになったのと同時期に、
デジタル録音方式が誕生した。
いまでは考えられないほど大きな筐体と消費電力を要求するデジタル録音機器は、14ビットがやっとだった。

デジタル録音はその後、16ビットが標準になり、18ビット、24ビット……となっていく。
サンプリング周波数も高くなっている。

それまでデジタル録音イコールPCM録音だったが、いまではDSD録音も出てきた。

これから先、まだ新しい録音方式が登場するかもしれないが、
コストや編集のしやすさ、その他のことを考えなければ、最良の録音方式とはどういうものなのか、と時折考える。

きわめて主観的ではあるが、ダイレクトカッティングがもっとも気持のよい音を出してくれたように思っているから、
私の答はダイレクトカッティング、それもディスクへのダイレクトカッティングではなく、
シリンダーへのダイレクトカッティングである。

ラッカー盤ではなくラッカー筒にダイレクトカッティングする。
ディスクとは違い、複製をつくるのが困難にはなるが、
ディスク状であることに起因する問題点は、ここにはないわけだ。

こんなのを聴く機会は絶対にないであろう。
それでも、どんな音がするのか──、
それを想像するのは、けっこう楽しい。

Date: 2月 8th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その7)

ステレオサウンド 42号、43号の表紙のことを書きながら、
もしあの時(1976年12月)、
「コンポーネントステレオの世界 ’77」ではなく「ステレオのすべて」を選んでいたら……、と考えていた。

ステレオサウンド 41号と「ステレオのすべて」を買っていたら、
ステレオサウンド 43号の表紙を見たときに、QUADの405の存在を果して感じただろうか。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」をくり返し読んでいたからこそ、
私の頭の中にはAGIの511と405のペアがあったからだ。

511と405を結びつけるものが私の中にあったから、
43号の表紙を見て、想像した。
43号での想像があったから、42号の表紙を見ての想像がある。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」、42号、43号は結びついている。
しっかりと結びついている。

その意味で「コンポーネントステレオの世界 ’77」を選んで幸運だった、といまも思っている。

Date: 2月 7th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その6)

ステレオサウンド 43号を一通り読み終ってから42号の表紙を見ると、
43号の表紙を見た時と同じことを想像した。

ここにはアナログプレーヤーとプリメインアンプが写っている。
スピーカーシステムが写っていない。
ここでのスピーカーシステムは何を想定していたんだろうか……、と。

ヤマハのCA2000とラックスのPD121。
カートリッジはエンパイアの4000D/IIIにトーンアームはSME。

このシステムが鳴らすスピーカーシステムを、43号の特集ベストバイを読み終って考えていた。
43号の特集にはいくつものスピーカーシステムが紹介されている。
その中から何を選ぶか。

CA2000と同じヤマハのスピーカーシステムNS1000Mでは当り前すぎて面白みに欠ける。
ならば、他にどんなスピーカーが、ここに似合うか。

KEFの104aBは良さそうに思えた。
価格的にはバランスがとれている。
個人的にはカートリッジを、もう少し艶っぽい音色を聴かせてくれるモノに変更したいが、
4000D/IIIの乾いたタッチが、この組合せでもピアノを案外うまく鳴らしてくれそうな気がする。

価格的なバランスは崩れてしまうが、
アルテックのModel 19もよさそうな気がした。
新しいフェイズプラグの採用で、
従来と同じ振動系のコンプレッションドライバーの高域特性を改善したModel 19は、
高能率なだけに、CA2000をA級動作(出力は30W+30W)で鳴らす。
出力に不足はないし、A級動作の音の良さが、人の声の再生にうまく働いてくれそうで、
決して大げさにならないシステムで、べたつくことのない音色で気持ちの良い音が聴けるのではないか。

こんなことを想像していた。
他にもこれはどうだろうか、と頭の中で、そこで鳴ってくる音を想像していた。
43号のベストバイの特集に載っていたスピーカーシステムに限っていえば、
このふたつが、42号の表紙の背後に浮んできた。

そんな楽しみ方ができた。

Date: 2月 7th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その5)

ステレオサウンド 43号の表紙を飾るのは、
セレッションの小型スピーカーUL6とAGIのコントロールアンプ511。
UL6の上に511、これを真正面からとらえた写真が使われている。

この表紙をみるたびに思うことがある。
コントロールアンプとスピーカーシステムということは、
ここには写っていないけれどパワーアンプの存在を意識する、ということだ。

そのパワーアンプとはQUADの405のことである。
AGIの511にはペアとなるパワーアンプがなかった。
開発中という噂はあったけれど、ついに実現することはなかった。

QUADの405に関しても、33というコントロールアンプがあったけれど、
開発年代の違いから、405のペアとなるコントロールアンプととらえている人は少なかった。

誰もが405とペアとなるコントロールアンプ44の登場を期待していた。
44が登場するのはまだ先であった。

そんなこともあって511と405は組み合わされること多かった。
「コンポーネントステレオの世界 ’77」でも511と405の組合せは何度か登場している。

スピーカーシステムが決まり、アンプの候補として登場し、
最終的な組合せとしても、瀬川先生のKEFの104aBの組合せ、
井上先生のキャバスのブリガンタンとロジャースのLS3/5Aの組合せの両方に選ばれている。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」を何度も何度も読み返していた私には、
43号の表紙には、そこには写っていなくとも、QUADの405を感じる。
43号を手にしたときも、いまも、である。

AGIの511、QUADの405、セレッションのUL6の組合せ、
小粋なシステムだと思う。

42号の表紙も同じことを想像させる。

Date: 2月 6th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その4)

ステレオサウンド巻末にあるバックナンバー紹介のページ。
41号のこのページには33号から40号までと、岡先生の「レコードと音楽とオーディオと」が、
42号には33号から41号までが紹介されていた。

けれど41号、42号とも35号は載っていない。
35号は売り切れとある。

そうなると35号が気になる。
バックナンバー紹介のページを見ると38号が興味深く感じられた。
その38号よりも35号は面白いのか。
いったい特集は、どういう企画だったのか。
想像しても、何の手がかりもなかった。

35号の特集がわかったのは43号が出てからだった。
43号の特集はベストバイである。

43号がベストバイであることは42号のアンケートはがきが、ベストバイの投票用紙であったし、
はがきのところに、43号の特集はベストバイだと書いてあったからだ。

アンケートはがきにはベストバイと考える機種を、各ジャンルごとに一機種ずつ記入していく。
ステレオサウンドを一年くらい読んでいればすぐに記入できただろうが、
まだ41号と42号、それに別冊の三冊しか読んでいない。

市場に出廻っている製品も知っているモノのほうが少ない。
それでもベストバイ(Best Buy)の意味を調べて、
中学生が考えるベストバイ機種と記入していった。

4月10日が締め切りだった。
だったらもう少し早く発売してほしい、と思いながら、
あれこれ悩みながらの記入だった。
参考にしたのは41号ではなく、もっぱら「コンポーネントステレオの世界 ’77」だった。

ベストバイ。
これだけでは43号のどういう内容なのか、
それ以上のことはわからなかったし、想像もそんなにはできなかった。

何度も書店に通い、ようやく発売になったステレオサウンド 43号。
これがベストバイなのか、と思ったことをいまでも憶えている。
あのころのベストバイは面白かった。
夢中になって読んでいた。

Date: 2月 5th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(ガウスの輸入元のこと)

ステレオサウンド 38号にガウスのユニットが新製品紹介のページに載っていることは、すでに書いている。
この時点では輸入元について何の記述もなかった。

その後シャープに決まるまで輸入元はないように思っていたが、
今日41号を読み返していて、1976年10月から正式に販売されていることがわかった。

輸入元はウェストレックスである。
販売業務は今井商事がやっていた。

そのことが41号の501ページに記事になっている。
とはいえ、その後の今井商事の広告でガウスを見たことはない。

Date: 2月 5th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その3)

ステレオサウンド 41号には、次の号がいつ出るのかという予告はなかった。
巻末にバックナンバーの紹介ページがあって、年に四冊出ていることはわかったから、
春には42号が出るのはわかっても、正確な発売日がわかったわけではなかった。

1977年春、42号が書店に並んでいた。
表紙はヤマハのCA2000とラックスのPD121にSMEの3009S2の組合せ。
手前にはハーマンミラーの椅子。
迷わず購入した。

42号の特集はプリメインアンプだった。
岡先生、菅野先生、瀬川先生が試聴を担当され、実測データが載っていた。
一機種あたり五ページが割かれていた。

写真とスペック、機能一覧表で一ページ、
三氏の試聴記で一ページ、
実測データと、井上先生と上杉先生によるテクニカルリポートが三ページあった。

プリメインアンプだけで、ずっしりとボリュウムのある特集だった。
試聴記もテクニカルリポートも、実測データも何度も読み、何度も見た。

一台のアンプをどう捉えるのか。
そのことを学べた一冊だった。

まだ中学生だった私には、当時のステレオサウンドは読み応えがほんとうにあった。
次の号が待ち遠しいという気持とともに、三ヵ月というスパンはちょうどいいようにも感じていた。

42号の奥付には、43号の予告があった。
そこには6月上旬発売予定、とあった。

ここでステレオサウンドの発売日がなんとなくわかった。
3月、6月、9月、12月なのだ、と。

上旬とあるから、43号は6月10日までには出るものだと思った。
6月になると、毎日のように書店に行った。
10日になっていないのだから、まだ出ていなくともしょうがないのはわかっていても、
上旬だから5日ごろに出てもおかしくはない。

今日もない……、そう思う日が続き、
10日になった。まだ書店には並んでいない。
そうなると、さらに一日一日が待ち遠しい。
当時は20日すぎが発売日だった。上旬ではなく中旬でもなく、下旬だった。

Date: 2月 4th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その2)

「ステレオのすべて」を選ばなかった理由は、自分でもはっきりとしていない。
最後まで迷っていた。

そうやって選んだステレオサウンド 41号と別冊の二冊を、
冬休みの二週間、朝から夜までずっと読んでいた。
記事を読み、広告も読み、また最初から読みなおす。

このときの私には、オーディオに関する知識はほとんどなかった。
「五味オーディオ教室」を読んで得たものだけだった。

具体的な製品名やメーカー名に関しても、
「五味オーディオ教室」に登場してくるモノは知っていても、
それ以外の多くのモノについては何もしらないに等しかったし、
オーディオ評論家に関しても、何も知らなかった、といえた。

だからステレオサウンドか「ステレオのすべて」かで迷ったときに、
誌面に登場するオーディオ評論家の名前は何の参考にもならなかった。

本を書店に手に取り、そこから感じるものを選んだ。
こう書いていくと、「五味オーディオ教室」で出発したのだから、
ステレオサウンドを選ぶのは当然と思われる人もいるだろうが、
このころのステレオサウンドには五味先生は登場されていなかった。

手にした二冊のステレオサウンドで私が、より熱心に読んでいたのは、
「コンポーネントステレオの世界 ’77」のほうだった。

Date: 2月 4th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その1)

私が最初に手にしたステレオサウンドは、何度か書いているように、
41号とと同時期に発売になっていた別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」の二冊である。
1976年の12月だった。

その数ヵ月前に、私は「五味オーディオ教室」と出逢っていた。

中学二年の冬休みを、オーディオの本をじっくり読みながら過ごしたいと思っていた。
当時は地方の個人経営の書店にもオーディオの雑誌は並んでいた。

ステレオサウンドはそのころ1600円だった。
別冊も1600円だった。二冊あわせて3200円。

働いている人にとってはたいしたことのない金額であっても、
中学生が小遣いで買うには、けっこう大きな金額だった。

書店にはステレオサウンド以外のオーディオ雑誌も並んでいた。
音楽之友社の「ステレオのすべて」もあった。

ステレオサウンドがB5版、「ステレオのすべては」はA4版だった。
価格も同じか少し高かったかもしれない。

「ステレオのすべて」も買いたかった。
ステレオサウンド 41号と「コンポーネントステレオの世界 ’77」は、
書店で見つけてすぐに買ったわけではなかった。
三冊すべて買えるほどの余裕はなかった。
どれかをあきらめなければならなかった。

どれにするかを決めるのに、三日ほど書店に通っては悩んでいた。
そして選んだのがステレオサウンドであり、
「ステレオのすべて」はあきらめた。

こうやってステレオサウンドを読むようになっていった。

Date: 2月 4th, 2016
Cate: audio wednesday

第62回audio sharing例会のお知らせ(マッスルオーディオで聴くモノーラルCD)

3月のaudio sharing例会は、2日(水曜日)です。

3月のaudio sharing例会は、以前書いたことをやる予定だ。

私のところにあるJBLの2インチスロートのコンプレッションドライバー2441を持っていく。
ホーンはJBL唯一の木製の2397、
スロートアダプターに2329を使い、
2397一本に二発の2441を取りつける。

2441は一本あたり11.3kg、これが二本で22.6kg。
2397が4.4kgで、これに2329(重量は発表されていないが2kg弱か)が加わるから、
トータル重量は28kgをこえる。
これが片チャンネルの中高域を受け持つ。

これだけのモノを中高域にもってくるとなると、
低音域はもちろんダブルウーファーが必然となる。

両チャンネルをこの規模で揃えるのはたいへんだけど、
モノーラル(片チャンネル)だけなら、器材は揃っている。

それでモノーラルCDに限定することで、
ダブルウーファー、ダブルコンプレッションドライバーの音を聴く会をやる。

アンプは喫茶茶会記常備のマッキントッシュのMA2275を使う。
片チャンネルを低域用に、もう片チャンネルを高域用に使うことで、
バイアンプ駆動が可能になる。

デヴァイディングネットワークは抵抗とコンデンサーだけの、
パッシヴ型の12dB/oct.のモノを作っていく。
クロスオーバー周波数は600Hzを予定している。

これをCDプレーヤーとMA2275の間に挿入すれば、バイアンプシステムが整う。
このシステムを、ダブルウーファー、ダブルコンプレッションドライバーのシステムと呼んでもいいが、
長いので、マッスルオーディオと呼びたい。

ウーファーはアルテックの416-8Cなので、
JBL・アルテックの混成部隊となる。

こまかなことを気にする人には向かない音が出てくると思う。
それにくり返すがモノーラルCDしかかけられない。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 2月 3rd, 2016
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(トーキー映画以前)

トーキー映画の前は、サイレント映画である。
日本ではサイレント映画には活動弁士がいた。

同じ映画でも、上映する映画館によって活動弁士は違うことになる。
徳川夢声という人気弁士がいたというから、
弁士によって、同じ映画であっても印象が違ってきたはずだ。

うまい弁士もいればへたな弁士もいたはず。
よく話す弁士もいればそうでない弁士も、
それに弁士ひとりひとり声が違う。

徳川夢声の声は「カリガリ博士」にぴったり合っていた、とのこと。

東京においても、山の手の劇場と浅草の劇場とでは違っていたらしい。
山の手調と浅草調とがあったとのことで、浅草の劇場では弁士が歌うこともあり、
歌がうまいと観客も喜び掛け声をかけたりしていたそうだ。

けれど山の手の劇場、山の手調の弁士はぜんぜん違っていたらしい。
東京ですらこれだけ違うのだから、東京と関西とでは違う。
関西の弁士は東京の弁士よりも、よくしゃべる傾向にあった。

人気弁士は、地方の劇場を巡業していたから、
そういう弁士ならば、東京と関西でも同じになるかというと、そうでもないらしい。

徳川夢声はたいへんな飲んべえで、大阪に着くまでにえんえんと飲んでいて、
肝心なときに寝てしまっていた、というエピソードもある。

一本のサイレント映画を、どこで観るのか、どの弁士で観るのか。
そういう楽しみが、当時はあったわけだ。

それがトーキーになりスピーカーがスクリーン裏に設置され、音がついた。
音がついたことで映画の表現力は増し、そこでのトータルのクォリティは管理されることになる。
映画館の違い(弁士の違い)は、もうないわけだ。

サイレント映画における弁士の存在は、
オーディオとまったく関係ないこととは思えない。
なにかひっかかってくるところを感じている。

Date: 2月 2nd, 2016
Cate: 所有と存在, 欲する

「芋粥」再読(その1)

別冊 暮しの設計 No.20「オーディオ〜ヴィジュアルへの誘い」には、
安岡章太郎氏の「ビデオの時代」が載っている。

そこに、こう書かれている。
     *
 七十歳をこえた小生ぐらいの年になると、中学生の頃から見てきた数かずの映画の大部分を忘れてしまっているので、これをビデオで繰り返し見ているだけでも、余生を娯しむには十二分のものがある。いや、昔見たものだけではない、見落したものや、全く知らなかったものまでがビデオになっているので、こういうものを全部入れると、もう残り少ない自分の人生を総てビデオ鑑賞のために費やしても、足りないことになるかもしれない。
 先日、岡俊雄氏からキング・ヴィドゥアの名作『ザ・ビッグ・パレード』のビデオを拝借したとき、岡さんは現在、エア・チェックその他の方法で見たい映画、気になる映画のビデオを殆ど蒐集してしまったが、そうなると却って、もうビデオを見る気がせず、録画ずみのカセットの山をときどき呆然となって眺めておられる由、伺った。
「われながら奇現象ですな、これは」
 と、岡さんは苦笑されるのだが、私は芥川龍之介の『芋粥』の主人公を思い出した。実際、充足ゆえの満腹感が一種の無常観をさそうことは、現代日本の何処にでも見られることだろう。
 考えてみれば、庶民に夢をあたえてくれるものが映画であり、だからこそ映画撮影所は「夢の工場」などと呼ばれたわけだろう。そして庶民の夢は、つねに多分に物質的なものであるから、一旦夢がかなえられると直ちに飽和点に達して、夢見る能力自体が消えてしまうわけだ。
     *
芥川龍之介の短篇「芋粥」は、学生のときに読んでいる。
いまでは青空文庫で、インターネットにつながるのであれば、すぐに読める。

手元に「芋粥」がおさめられている文庫本がないから、
青空文庫からダウンロードしてiPhoneで読みなおした。

長くはないから、すぐに読み終えるし、
インターネットで検索すればあらすじもすぐに読める。
それに、昔読んでいる、という人のほうが多数だろう。

主人公である五位にとっての芋粥は、現代の私たちオーディオマニアにとっては、何にあたるのだろうか。
レコードがまず浮ぶ。

LP、CD、その他の方法で入手できる録音の数々。
ずっとずっと昔にくらべれば、レコードの価格は相対的に低くなっている。
それだけでなく、ここ十年以上、各レコード会社から発売されるCDボックスの枚数と、その安さ。
同時に、購入もインターネットを通じて簡単にできるし、すぐに配達される。

このブログを読まれている方のなかには、
リスニングルームに未開封のCDボックスがあるという人もいると思う。
それもひとつやふたつではないかもしれない。

2ちゃんねるのクラシック板には、
《未聴のCDの山を見て人生の残りを考える》というスレッドがあり、かなり続いている。

Date: 2月 1st, 2016
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(終のリスニングルームなのだろうか・その6)

岡先生がAKGのK1000について書かれた文章をさがしていた。
とりあえず見つかったのは、
別冊 暮しの設計 No.20「オーディオ〜ヴィジュアルへの誘い」にあった記事だ。

このムックは中央公論社から1992年に出ている。
岡先生と菅野先生が監修されている。

すこし長くなるが引用しておこう。
     *
 それ以上に優れているのは音のよいことである。今まで音のよいヘッドフォンといえば、ソニーのMDR−R10が抜群であり、スタックスのΛ(ラムダ)Σ(シグマ)シリーズの上級機も定評があったが、K1000はダイナミック型のもつ力強さとコンデンサー型の繊細さや透明度を持ち、歪み感のすくないことでも注目されるものであった。本機はパワーアンプの出力をそのまま入力すればよいようになっている。インピーダンスが120オームなので、ふつうのスピーカーを聴くときに上げるアンプのヴォリュームの位置と大差はないところで、ほどよい音量が得られる。
 K1000が発表されたのは1990年だが、1991年にこのヘッドフォンのための専用アンプ(K1000アンプリファイアー)が発売された。純粋A級アンプで、ヘッドフォン専用アンプとして作られただけに、このアンプを通したときの音がもっともよい。
 入出力ともXLR(キャノン端子)コネクター用によっており、入力は3端子のバランス専用、出力はLR共用の4端子が1対装備されているので、K1000を2本つなぐことができる。
 このアンプが現われたので、バランス出力のあるCDプレイヤーやDATあるいはカセットデッキなどを直接モニターすることができる。音量調整も出力端子のすぐそばにヴォリュームがあるので、容易に好みのレベルに設定できる。
 K1000はたしかにヘッドフォンにちがいないが、聴感覚的にはヘッドフォンを使っているという感じをまったく与えないのは、ヘッドバンドの構造とユニットの支持法が実によく考えられているのと、完全オープン・タイプであるために、長時間使用していても違和感や疲労感がまったく生じないためである。
 また、プレイヤーの出力をダイレクトに専用アンプを経由させるだけで、余計な回路を通っていないので、プログラムのクォリティ・チェックにもひじょうに有用である。
 筆者は、仕事の必要上新譜のテストを数日間聴きっぱなしということがある。スピーカーから出る音との音場感の差などを常時チェックしたりするけれど、大部分、K1000だけで試聴して何の不都合も感じない。ひじょうにありがたいのは夜遅く聴かなければならないときに、あまり大音量を出すことは考えものなので、机上の両サイドに置いている小型モニター・スピーカーで接近試聴という不便なことになってしまうが、K1000では、ドアを開けてレコードを大音量(?)で聴いても、隣りの部屋での睡眠の何の邪魔にもならず、昼間と同じ再生レベルで聴くことができる。
 このまったく新しいヘッドフォンを使用中にひとつ新しい発見があった。聴いている音楽を同時にスピーカーからも音を出してみる。それも音量感からいえば、ヘッドフォンを耳で聴いているレベルの数分の1から10分の1ぐらいでよいのだが、このスピーカーの音によって、音場感がひじょうに広くなりパースペクティヴも感じられる。レベル差がひじょうに大きいので定位感はヘッドフォンの音で決まってしまうので、スピーカーに対するリスニング・ポジションを気にすることも必要ではない。今までサテライト・スピーカーを使ったり、いろいろな音場再生を行なってみたことはあるが、ソースのクォリティを損なわず音場感を得られるということは実におもしろい経験でもあった。
 筆者にいわせれば、ミニ・ハイファイ・システムのひとつの極点が、こんなところにあるのではないかと思った次第である。ただし、K1000が17万5千円、専用アンプが22万5千円だから、合せて40万円になる。これを高いと思うか安いと思うかはその人次第だが、いまの高級コンポーネントが、100万から数百万までのがざらにあることを考えれば、筆者はこれは安いと思う。
     *
岡先生はK1000を「新しいヘッドフォン」と書かれている。
そうだと思う。
そういう「新しいヘッドフォン」の真価を、
知人は見抜けなかったから、K1000のことを酷評したともいえる。

ちなみに知人は、私よりは年上だが岡先生よりもずっと若い。

Date: 2月 1st, 2016
Cate: audio wednesday

第61回audio sharing例会のお知らせ(聴感上のS/N比)

今月のaudio sharing例会は、3日(水曜日)です。

真空管には高信頼管というモノがある。
電圧増幅管としてポピュラーなモノには高信頼管はある。

通常管と高信頼管。
名前の印象だけで判断すれば、後者のほうが優秀な真空管のように思える。
オーディオマニアにとって、優秀とは音がいい、ということでもあるわけだが、
通常管と高信頼管、どちらが音がいいのかについては、人によって違ってくる。

高信頼管がいいという人もいれば、
高信頼管の音には音楽性がない、
通常管のほうが音楽性があるからいい、という人もいる。

もっともいまでは高信頼管とは名ばかりの真空管も出廻っているようだから、
そういういかがわしい高信頼管のことではない。

真空管全盛時代につくられた高信頼管であっても、
聴く人によって、通常管との音の違いは評価がわかれる。

私がどちらがいいと思っているのかは書かないが、
ノイズと音の関係性を考えれば、納得のいくことだ。

真空管の違いは直接的なS/N比にも関係してくるが、
聴感上のS/N比にも関係してくる。

どこまでいってもノイズを完全に排除することはできないだろう。
どこかでノイズとの折り合いをつけていくのがオーディオである。

場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 31st, 2016
Cate: 老い

老いとオーディオ(若さとは・その2)

むき出しの才能、
むき出しの情熱、
むき出しの感情、
これらをひとつにしたむき出しの勢いを、
持っていただろうか……、とふりかえる。