所有と存在(その24)
何度も書いているように、私は音楽も音も所有できないと考えて、オーディオと取り組んでいる。
このことが、私の裡では《自分自身の神性の創造》につながっている。
何度も書いているように、私は音楽も音も所有できないと考えて、オーディオと取り組んでいる。
このことが、私の裡では《自分自身の神性の創造》につながっている。
少し前に、渋谷のハンズの閉店のニュースがあった。
東京には大型書店があることは、田舎に住んでいても知っていたけれど、東急ハンズのことはまったく知らなかったから、
初めて訪れた時は、東京って、凄いな、と驚いたことを思い出す。
あの頃の東急ハンズは、店内に活気があった。平日の昼間に行っても、客がけっこういたと記憶している。
東急ハンズからハンズになり、渋谷店の閉店。一ヵ月ほど前にも渋谷店に行っているが、閑散としているな、
あの頃の活気は、もうないのか、と感じていたところに閉店のニュースだったから、驚きはあったものの、悲しいという感情はわいてこない。
「熱っぽく」が、なんとなく薄まってきているような気もする。
6月3日の集まりは、先約があるので──、という連絡が二件ありましたので、6月中旬ごろの週末に行う予定です。
別項で書いているアルテックのA4は、ウーファー後方の裏板を外した状態で鳴らしていた。
5月の上旬に裏板を取り付けてみようということになった。直列型ネットワークを採用しているため、裏板を取り付けるだけといっても、一人では無理。
二人だと大変な作業ではないけれど、それでも脚立がここでも必要となる。
裏板があることで、音はかなり変る。いいところもある。でも、裏板なしの音も捨てがたいとも感じていた。
数日、裏板ありでの音を聴かれていて、結局外すことになった。そうだろうな、と思っていた。
フロントショートホーン型エンクロージュアのA4で、裏板なしだとホーンバッフルといってもいい。
2m×2mの平面バッフルに取り付けるのが原則といえるシーメンスのオイロダインも、ウーファー後方の音はそのままである。
つまりウーファー帯域に関してはダイポール型となる。裏板なしのA4も、ウーファー帯域はダイポール型となる。
ながいことオーディオをやっているのに、行きつけのオーディオ店がないことを、どう捉えるかは人それぞれだろうが、
いまの時代、オーディオ店を介さなくてもオーディオ機器を購入できるわけで、
そうなると、なぜオーディオ店に行くのか、となる。
もちろん第一の目的はオーディオ機器の購入だし、そのための試聴をするため。
人によっては、オーディオ店の店員から使いこなしのノウハウを学ぶためとか、オーディオの仲間と知り合うためも、目的となったりする。
さらに人によっては、ウワサの仕入れどころとなるのがオーディオ店だったりする。
ステレオサウンドで働いていたからも、辞めてからずいぶん経つけれど、「あのウワサはほんとうなんですか」的なことをきかれたりする。
ウワサ話が好きなんだな、と思うだけならいいのだが、そうやって聞かされるウワサ話は、たいていがかなり歪められている。
どこでどう歪められるのか。ウワサ話とは、そういうものと割り切っていても、ちょっとひどすぎる歪められ方だ。
「あなたはオーディオマニアでしょ、こんな歪んだことを信じるのか」と言いたくなることもある。
ウワサ話の収集に熱心な人も見ている。二十代、三十代のころは、そういった業界のウラ話的なことに詳しくなることで、一人前として認められる──、そんなふうに思っていたのかもしれない。
そんなことに精通したところで、どうなるというのか。自身の音を良くしていくことになんら関係ないどころか、そういうことにとらわれることで、「音は人なり」なのだから自身の音を汚くしていくだけになるかもしれない。
世代に関係なくウワサ話が好きな人、熱心な人を見ていると、菅野先生が言われたことを思い出す。
「オーディオ界を悪くしているのは、オーディオ店だ」と。
そんなひどいオーディオ店ばかりではないのはわかった上での菅野先生のことばだし、それをきいている私もわかった上でのことではあるが、
菅野先生はステレオサウンドのベストオーディオファイルで全国のオーディオ店に行かれている。それがあってということを忘れてはならない。
ここ数年、いくつかのオーディオ機器がやって来ている。今年になってからでも、フッターマンのOTL2、マランツのModel 9kがやって来た。
でも、こうやってやって来たオーディオ機器は、オーディオ店で購入したモノではない。
熊本にいたころはオーディオ店で購入していた。
東京で暮らすようになってから、何をオーディオ店で買ったのか、とふり返ってみると、
東京に来てからすぐのSMEの3012Rがある。
それからJBLのSG520、SUMOのThe Goldを買っているが、新品で購入したのは3012Rぐらいである。
SG520もThe Goldも中古での購入。
3012R以外にも新品で購入したオーディオ機器はあるが、ステレオサウンドで働いていたおかげでオーディオ店を介していない。
つまり行きつけのオーディオ店が、私にはない。それでもオーディオは楽しめるわけなのだが、もしステレオサウンドで働いていなかったら、私はどこでオーディオを買っていただろうか、
どこを行きつけのオーディオ店としていただろうか。
(その1)を読まれた方(Fさん)から、「バッハに何を求めますか」というメールが届いた。
こうやってあらためて問われて、すぐに出てきた答は「美しい」かどうかだった。
薄っぺらな「美しい」では、もちろんない。昨晩書いたことと重なるが、こちらの齢とともに美しくなっていく「美しい」である。
ジュリーニのロ短調ミサも、私にとってはヨッフムのマタイ受難曲も、そうだ。
そうそう頻繁に聴くわけではない。一年に一度だったり、時にはもっとあいたりするが、聴くたびに「美しい」と思える。より「美しい」と思える。
結局、それは何かと考えると、何度も引用している五味先生の「神を視ている」につながっていくことであり、
二年前に別項で書いている《自分自身の神性の創造》となる。
カルロ・マリア・ジュリーニのバッハは、ロ短調ミサだ。
1994年の録音だから、CDの発売は1995年ごろか。
発売されてすぐに買っているから、聴いたのは三十年ほど前となる。
三十代前半のころ聴いているわけだが、最初から強い感動があったわけではない。
ジュリーニらしい演奏だと思ったし、素晴らしい演奏とは思いつつも、愛聴盤となったわけではなかった。
それでも聴くのをやめたわけではなかったが、頻繁に聴いてきたわけでもなかった。
何年かに一度聴く感じで三十年が過ぎた。
聴くたびに、ジュリーニの、このバッハが素晴らしく感じられるようになってきている。
ジュリーニのロ短調ミサの評価はどうだったのか。あまり知らないが、話題になることもなかったような気がする。
バッハのロ短調ミサならばリヒター盤だろう、という声が一般的なのはわかっているし、リヒター盤とジュリーニ盤のどちらが素晴らしいかは私にはどうでもいいことで、
ジュリーニ盤が私にとっては、聴くたびに愛聴盤になりつつあるということが大事なことだ。
そのジュリーニのロ短調ミサは、なぜかTIDALにもQobuzでも配信されていなかった。
ようやく昨日(5月25日)に、Qobuzで配信されるようになった。
美しいバッハだ。
聴くたびに美しく感じられるようになってきた。
だからといって、頻繁に聴くようになるわけではない。
あと何回聴く(聴ける)だろうか。
指折り数えるほどかもしれないが、ジュリーニ盤は私にとって、すでに愛聴盤となっている。
二年ほど前に別項で、
アクティヴな聴き手がパッシヴなスピーカーを選択、
アクティヴな聴き手がアクティヴなスピーカーを選択、
パッシヴな聴き手がアクティヴなスピーカーを選択、
パッシヴな聴き手がパッシヴなスピーカーを選択、
と書いた。
一年ほど前に(その3)で、
Model 7を触っていて、TA-ER1のことを思い出していたのは事実だ、
とも書いた。
日本のオーディオマニアは、マランツのModel 7を名器とする人は大勢いる。
ソニーのTA-ER1を名器とする人は、どのくらいいるか。かなり少ないと思う。
ここで考えてほしいのは、アクティヴなコントロールアンプか、パッシヴなコントロールアンプかということ。
そして自身が、アクティヴな聴き手なのか、パッシヴな聴き手なのか、ということ。
パッシヴな聴き手にとってTA-ER1は、名器ということにはならないだろう。
ここ数年、あの世はあるのか、と思うことがはっきりと増えた。
あの世があるならば、あの世のオーディオ界はすごいことになっているだろうし、楽しいだろうなぁ、盛り上がってもいるんどろうなぁ──、そんなことを妄想している。
あるのかどうかは、わからない。
あるような気がすることもあるし、ないと思うこともある。
あってほしいな、と思いつつも、そこにすぐさま行きたいわけではない。まだまだ、こっち側でやってからだ。
その時が来たら──、そんなことも妄想していると、老けたのか、と考える。
菅野先生が「みんないなくなった」と言われて時の表情も、ふと思い出したりもする。
6月3日のaudio wednesdayは、一つ前の投稿に書いている事情から中止です。
しばらく休止になります。
代わりに6月3日は、水岡さんの行きつけの店(渋谷)で集まろうと考えています。
参加希望の方は、私宛に連絡ください。
今朝(5月23日)、起床して一番のメールチェック。知らない方からのメールが届いていた。
件名を見て、すぐに悪い予感が当たってしまった、と思う。
水岡正宏さんが亡くなられたことを伝えるメールだった。
このブログで、たびたび「大阪のMさん」としているのが、水岡さん。
本人いわく、フリーのホームシアターのインストーラーとのこと。
水岡さんとはaudio wednesdayを四谷三丁目でやっていた時から。その頃は毎回というわけではなかったけれど、大阪から何度か来られていた。
狛江に移ってからの2024年は一度も来られなかったが、2025年はほぼ毎回来てくれていた。
2025年12月から、水岡さんのおかげでぴあ分室でaudio wednesdayが行えるようになった。
5月のaudio wednesdayのとき、坐骨神経痛がひどくて、と言われた。
その一週間ほど前に動脈瘤がある場合の痛みに関する記事を読んでいた。だから水岡さんに、動脈瘤かも、ですよ、と冗談まじりで言った。
病院に行って、CTかMRI検査を受けた方がはっきりと痛みの原因がわかるはず、とも言った。
18日に、ある件で水岡さんにメールしている。いつもならすぐに返信があるのに、この時は一日経ってもなかった。
19日に亡くなられた、と聞いている。
私に水岡さんのことを伝えてくれた方によると、病院で検査を受けるという連絡が最後になった、と。
詳しいことは何もわかっていない。亡くなられたということだけがわかっている。
オーディオ業界の方との付き合いも多かった人だ。インターナショナルオーディオショウ、ハイエンドオーディオショウでのオーディオ機器の搬入搬出の仕事もやられていた人だった。
享年57。
(その9)で、SMEの3012 S/IIがやって来たこと、パーツがいくつか欠品していること、それらを揃えてもすぐには使う予定はないと書いたのは、ほぼ一年前。
それがここに来て心変りしている。
やはりターンテーブルを用意したいと思うようになってきた。
ガラードの301、401、トーレンスのTD124あたりか、と頭に浮かんだけれど、違うモノにしたいともすぐに思うようになった。
あまり高価なモノではなく、あまり大きなモノにもしたくない。何があるだろうか。
製造中止になっているせいひ、現行製品で、何があるのか。
そんなことをぼんやり考えながらAliExpressを眺めていたら、フォノモーターを見つけた。ターンテーブルプラッターを用意すればいい。
こういう選択肢もあり、だなとすぐに思った。
以前別項で書いたようにロングアームには、40cmクラスのターンテーブルプラッターがよく似合う。
ターンテーブルプラッターもAliExpressで見つかるようになるかもしれない。40cmクラスのモノは無理でも30cmクラスならば、いずれ登場するであろう。
材質も金属あり、アクリルありとなると勝手に期待している。
フランコ・セルブリンがオルゴールを手掛けたとしたら──。
今日、聴いたスイスのオルゴールメーカー、リュージュ(REUGE)。
父の一周忌で熊本について、市内をぶらぶら。鶴屋(デパート)に久しぶりに入ってみた。
エスカレーターで上の階に行く途中に、八階でオルゴール展をやっている、との告知。
リュージュというオルゴールメーカーは知らないけれど、なんだか良さそうな感じがしたので、ちょっと寄ってみる。
かなりの台数のオルゴールが展示されている。スタッフの方が声をかけてくれて、いくつかを聴くことができた。
一番高価なオルゴールは四百万円超。金属、木、カーボンという素材を組み合わせたそれは、いままでのオルゴールのイメージからは、遠く離れた姿をしている。
他にも、ぱっと見オルゴールとは思えないモデルもいくつかある。
もちろん箱型のオルゴールもある。
その中の一つ、スタッフの方が、これを聴いてほしい、というモデルがあった。
価格は百五十万円ほど。三百万円超、四百万円超がいくつかある中では、地味な存在に思えるのだが、
その音、というよりも響きは、圧倒的に素晴らしかった。
美しく朗々と響く。
聞くと、シリンダー型のムーヴメントはリュージュ製なのだが、箱(外装)は、日本の家具職人の手によるもの。
音に対して、とてもこだわりのある人とのことで、ムーヴメントの響きをうまく筐体全体に伝え、増幅している感を受ける。
ムーヴメントが同じでも、オルゴールとして、どう仕上げるか(まとめるか)によって、音(響き)は、ずいぶんと違ってくる。
同じスピーカーユニットを使っても、エンクロージュア、ネットワークなどが違えば、別物のように響いたり響かなかったりするのと同じことだ。
フランコ・セルブリンがオルゴールを手掛けていたら、今日、聴くことができた、まさしく一品もののオルゴールのようになるはず。
そう思える音を、今日、聴くことができた。
1981年春、東京に来てまず行きたかったところの一つは三省堂書店だった。
あの規模は東京だなぁ、と感じたものだった。
三省堂書店の他にも大型の書店がいくつかあった。書店の規模とその数の多さが、あの頃の私にとっては、東京という街のスケールを身近に感じさせてくれていた。
私が住んでいた田舎町には、個人経営の書店がけっこうあった。いまの感覚からすると、そんなにあって経営が成り立つの? となるだろうが、当時はそうではなかった。
これらの書店のおかげで、私は「五味オーディオ教室」と出逢えたわけだが、オーディオへの関心が強くなっていくと、
バスに一時間ほど乗って、熊本市内の書店をまわる。
上通りに長崎書店がある。私の記憶の中では熊本市内でもっとも大きな書店である。
この書店でオーディオの本、音楽の本を探していた。
明日(5月21日)、一年ぶり帰省する。父の一周忌だ。
Google Mapsを眺めていたら、いまも長崎書店はある。当時のままのようだ。
一年前は、あまり時間がなくて熊本市内をぶらぶらすることができなかったが、今回は少し余裕がある。
長崎書店に行く。