オーディオへの献身(その4)
音への感情を共有すること──は可能なのだろうか。
ある音を聴いている二人が、同じ言葉で音を表現したとしても、だからといって、そこでの音への感情が一致しているとは、当の二人にもはっきりとは言えないことのはず。
いいや、同じだ、と言われる人もいるだろうが、同じ人と一回だけでなく、何度も一緒に同じ音を聴いて、という経験を持っている人ならば、音への感情のずれ、不一致を少なからず感じている、と私は思っている。
大きくは一致していても、細かいところではそうではないこともあるし、大きく違うこともある。
人は、私も誰もが、そこで鳴っている音の全てを聴いているわけではない。私一人に限っても、常に同じように聴いているわけでもない。
全てを聴いている、と自信を持って言っている人がいたら、その人の言うことは信じなくていい。
音は広く、深い。