Archive for 6月, 2026

Date: 6月 1st, 2026
Cate: ディスク/ブック

ジュリーニのバッハ(その3)

ジュリーニのバッハは、私にとって大切な録音なのだが、クラシックを聴く全ての人が、ジュリーニのバッハを素晴らしいと感じているわけではないことは、承知している。

私にとっては、バッハのロ短調ミサだけでなく、ジュリーニが残してくれた録音の多くが大切な存在であるけれど、これとて全くどうでもいい存在とうけとめているクラシック音楽の聴き手もいる。

反対のことだっていえることもわかっている。誰かにとって、私にとってのジュリーニのように大切な存在が、私にはどうでもいい存在だったりする。

昔は、若かったころは、どうして、この人は、この演奏(録音)の素晴らしさがわからないのか。ならば説得しようとおもったことは、結構ある。
私だけではないはず。自分にとって大切な音楽(録音)の良さを知ってほしい、わかってほしい、と思う人はいる。

そういう人たちは、どうしているんだろうか。若いこらは私同様、良さを理解してもらおうと言葉を尽くしたもしれない。
いまも続けている人もいるだろうし、わからない人に対して、どれだけ情熱と時間を費やしても、無駄と諦めてしまった人もいる──と私は思っている。

同じように音楽を長いこと聴いてきたとしても、聴いてきた世界が全く違うのではないのか──、そんなことを一度も感じたことがない人はいない、と思っている。

人は見ている世界、聴いている世界の全てを受け止めているわけではない。勝手に取捨選択している。これは想像以上に人によって違っている、と二十年ほど前から思うようになってきた。

その感はますます強くなってきている。