ジュリーニのバッハ(その2)
(その1)を読まれた方(Fさん)から、「バッハに何を求めますか」というメールが届いた。
こうやってあらためて問われて、すぐに出てきた答は「美しい」かどうかだった。
薄っぺらな「美しい」では、もちろんない。昨晩書いたことと重なるが、こちらの齢とともに美しくなっていく「美しい」である。
ジュリーニのロ短調ミサも、私にとってはヨッフムのマタイ受難曲も、そうだ。
そうそう頻繁に聴くわけではない。一年に一度だったり、時にはもっとあいたりするが、聴くたびに「美しい」と思える。より「美しい」と思える。
結局、それは何かと考えると、何度も引用している五味先生の「神を視ている」につながっていくことであり、
二年前に別項で書いている《自分自身の神性の創造》となる。