Archive for category 複雑な幼稚性

Date: 7月 11th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その6)

フルトヴェングラーの「音楽ノート」のなかにある。
     *
 生きた作品は、思想や理論によって破壊されることがない。かといって、その生命が思想や理論によって守られるということもありえない。肝要なのは、火花が飛び移り、生きた音楽が生きた聴衆を見出すということである。そこでは、自己の過剰の知性による固定観念のなかに忌まわしく捕えられた現代に見られる、あの即座に準備され、いつでもすぐ仕上がる知ったかぶりなどは、まったく無視されるのである。
     *
私がどう解釈したかを、ここで書くつもりはない。
理解への実感に関係することだと感じたから、引用している。

そして、ここでのタイトルにも関係している。

Date: 7月 10th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その40)

その39)を読んで、オーディオ業界の事情通を自称している人のなかには、
菅野先生がそんな表情をするはずがない、と思う人がいるに違いない。

菅野沖彦が朝沼予史宏の才能を嫉んでつぶそうとした──、
いいかたは微妙に違っていても、
そんなことを言ったりインターネット上に書いたりしている人がいた。

そのことについて菅野先生は何も語られていない。
だから誤解が誤解のまま、一時期拡がっていた。

それは誤解だよ、と何度か書こうと思った。
けれど思いとどまって書かずに、十数年が経った。
まだ誤解は残っているようだ。

ほんとうに朝沼さんをつぶそうとしていた人が、
2002年12月8日に、あんな表情をするはずがない。

朝沼予史宏さんは、
Stereo Sound Grand Prixの前のComponents of the yearの選考委員の一人だった。
けれど降ろされていた。

オーディオ業界の自称事情通の人らは、
菅野沖彦が朝沼予史宏を降ろした、と吹聴していた。

確かにそれは事実だ。
このことが誤解につながっている。
だが理由がある。
朝沼予史宏さんをつぶそうとしてでは断じてない。

その逆だった。

Date: 7月 10th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その5)

編集者は読者が読みたがっている記事を提供する──、
そんなふうに考えている編集者がいるのかどうかはわからないし、
ステレオサウンド編集部がそうなのかも知らない。

仮に、ステレオサウンド編集部がそう考えて編集という仕事をやっていたとしたら、
お門違いとしかいいようがない。

読者が読みたがっている記事──、
そんなものは幻想だし、ありはしない。

読者のほとんどはおもしろい記事、ワクワクするような記事を読みたがっていても、
具体的にそれがどういう記事なのか、
そんなことは多くの読者は考えていないし、そういうものである。

そのことを嘆いたりはしない。

編集者は、読者が読みたがっている記事、
そんな幻想ではなく、読者に読ませたくなる記事をつくっていけばいい。
ただ、それだけだ。

Date: 7月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その39)

2002年12月8日の午前中、私は菅野先生のお宅に伺っていた。
ドアのチャイムを押すと、菅野先生がドアを開けてくださった。
その時の菅野先生の顔は、いつも違っていた。

体調を崩されたのか、と最初思ったけど、そんな感じではなかった。
沈痛な面持ちとは、このときの菅野先生の表情をいうのだと、思った。
そういう表情だった。

靴を脱ごうとしているときに、菅野先生がいわれた。
「朝沼さんを知っているか」と聞かれた。

私がステレオサウンドでいたころ、朝沼予史宏氏は、
このペンネームで活躍をし始めたころだった。
本格的にステレオサウンドに朝沼予史宏の名で書かれるようになったのは、
私が辞めてからだった。

なので「沼田さん(本名)は知っています」と答えた。
「そうか……」とぼそりといわれた、と記憶している。

そして「朝沼くんが亡くなったんだよ」と続けられた。

ステレオサウンドにいたころ、沼田さんからいわれたことがある。
「(自分と体形が似ているら)甲状腺には気をつけた方がいいよ」と。
沼田さんは以前甲状腺の手術をされたことを、そのとき知った。

沼田さんは細かった。
そのころの私もかなり細かった。
健康に気をつかっている人なんだ、と勝手に思っていた。
その後、結婚されたことも知っていたから、
独身のころよりも健康には注意されている──、
これも勝手にそう思っていた。

それに数ヵ月前のインターナショナルオーディオショウで、
短い時間ではあったが話もしていた。元気そうに感じていた。

リスニングルームのソファに腰掛けてから、菅野先生が話された。

Date: 7月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性
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「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その38)

編集者としては、すば抜けていた、才能があったジュニアさんではあったが、
だからといって、あのままステレオサウンドにいたとして編集長になれたかというと、
おそらくなれなかっただろうし、本人も編集長には向いていないと辞退したようにもおもう。

別項「オーディオにおけるジャーナリズム(リーダーとマネージャー)」で触れているように、
いまのオーディオ雑誌の編集部には、
編集長という名のマネージャー(管理者)はいても、
編集長たるリーダー(統率者、指揮者)はいない。

ジュニアさんがマネージャー?
無理だと思う。
マネージャーよりもリーダーに向いていても、
ひとりで黙々とこなしていく、いわば独奏者だと私は思っているから、
協奏曲はピアニスト(ヴァイオリニスト)としてはよくても、指揮者は無理なような気もする。
でも、このへんは年齢をかさねることによって変化していったかもしれない。

私がステレオサウンドで働くようになる少し前から、
ステレオサウンドでは「スピーカーユニット研究」という連載が始まっていた。
園田隆史という人が担当していた企画である。

この園田隆史は、ジュニアさんのペンネームだった。
もっとも最初の数回は別の人(とあるメーカーの人)が園田隆史で書いていて、
ジュニアさんが引き継ぐかっこうになった。

だからもしジュニアさんが、ずっとオーディオの世界で仕事をしていたら、
編集長にはならず、オーディオ評論家(ジャズの熱狂的な聴き手としての)になっていた、とおもう。
もっとも本人は、評論家と呼ばれるのをイヤがっただろうが。

そうなっていたら、いまのように、こんなにぬるいオーディオジャーナリズムではなかったはずだ。
仮に編集長になっていたとしても、
小野寺弘滋氏のように、そしておそらく染谷一氏もそうであろうが、
編集長時代にStereo Sound Grand Prixの選考委員になって、
編集長を辞めるとともにオーディオ評論家になる、という、
敷かれたレール(それもステレオサウンドによって)に乗っかって、ということは、
絶対にしなかった、と、これは言い切れる。

そんな音楽の聴き方をしてこなかった人、
そんなオーディオの取り組みをしてこなかった人だからだ。

Date: 7月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その37)

1984年に、増刊としてサウンドスタイルが出ている。
ジュニアさんが最後に、ひとりで手がけた本である。

サウンドスタイルというムックを知っている人は少ない。
そのころステレオサウンドを読んでいた人でも、知らない人が意外にいる。
売行きはよくなかった、はずだ。

だから、つまんない本だった、といいたいわけではなく、むしろ逆である。
この本のときのジュニアさんの仕事の仕方は、確かに問題があった。
完全に朝と夜とを逆転させていた。

会社員として、それはまずい。
そんなことはみんなわかっていることだ。
ジュニアさんもわかっていたばずだ。

わかっていたけれど……、
……のところは本人だけにしか書けないところだし、
そこについて書くつもりはない。

結局、そのためにジュニアさんはステレオサウンドを去ることになる。
問題社員といえばそうである。

問題社員は会社には要らない。
才能は関係ない。
私は違う意味での問題社員だったから、
ジュニアさんの約四年後にそうなった。

いまおもう。
ジュニアさんが去ったときに、いまのステレオサウンドへいたる道が始まった、と。
こんなことは、いまの編集部の人たちに、どうでもいいことなのだろうが。

Date: 7月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その36)

編集部の新人が最初に担当するページは、巻末にあったBestBetsだった。
いまのステレオサウンドでは、SS Informationがそれにあたる。
イベント、キャンペーンや価格改定などを伝えるページである。

ペーペーの新人が特集に携わることは、すぐにはやってこない。
それでも、意外に早くその機会がやってきた。

63号のベストバイである。
そのころのベストバイは、筆者原稿と編集部原稿とがあった。

筆者原稿は、各機種のコメントの最後に括弧つきで名前がある。
それがないのは編集部原稿である。

ジュニアさんは、スピーカーシステムの編集部原稿を担当されていた。
その中のひとつ、ヴァイタヴォックスのCN191について、
「少年、書いてみな」といって私に振ってくれた。

18で入った私は少年と呼ばれていた。
ジュニアに少年、この編集部は学校か、と笑いながら、
そんな指摘をされたオーディオ評論家の方もいた。

文字数は少ない。
短いから楽なわけではない。
書けた。

原稿をジュニアさんにみてもらう。
ほとんど朱(アカ)は入らなかった。
そのまま載った。

編集部原稿だから、名前が載るわけではない。
特集のベストバイに登場する中のたった一機種。
それでも、ローコストの製品を振られたのではなく、
ヴァイタヴォックスのCN191を私に振ってくれたことが、ほんとうに嬉しかった。

そんなふうにして私の編集者としてのキャリアは始まった。
私は七年間いた。
ジュニアさんはもう少し短かったかもしれない。

けれどジュニアさんは、才能があった。
いまジュニアさんと肩を並べるだけの才能をもつ編集者は、
ステレオサウンドにはいない、と断言できるほどだ。

私だって、この歳になっても、かなわないところがあるな、と思う。

Date: 7月 9th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その35)

私がステレオサンウドに入るきっかけとなったのは、
編集部あてに、こんな企画をやってほしい、という手紙を何通も出していたことだ。

それで面白そうなヤツがいる、ということで「編集部に遊びに来ませんか」という連絡があった。
1982年1月のことだった。
そこでN(ジュニア)さんとIさんに会った。

編集部には私には関心がない人もいた。
それでもジュニアさんが鞠力に推してくれたことで、働くようになった。
そのことを知ったのはしばらく後のことである。

ジュニアさんの、そんな推しがなかったら、
どうなっていただろうか。
オーディオに関係する仕事をしていたかもしれないが、
編集には携わっていなかったであろう。

ジュニアさんは当時高円寺だった。
私は三鷹だった。帰り道は同じ。
よくジュニアさんのところに、仕事後に寄っていた。

そのころのジュニアさんのシステムは、
スピーカーがJBLの2220に2440+2397で、
パワーアンプはマッキントッシュのMC2300、
アナログプレーヤーは、EMTの927Dstだった。

この927Dstは、瀬川先生が使われていた927である。

スピーカーの構成からほかるように、ジュニアさんはジャズの熱心な聴き手だった。
明け方まで音を聴いていたことも何度かある。

もしステレオサウンドで働いていたとしても、
ジュニアさんがいなかったら、またずいぶん違っていたはずだ。

Date: 7月 8th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その34)

まだ書くのか、と思われようが、まだまだ書くことはある。
どこまで書くのかははっきりと決めているわけではない。

どのテーマでもそうなのだが、書いているうちに気づくことがある。
書くほどに出てくる。

気づくこと、思い出すことが出てくる。
書く、といっても、昔のように原稿用紙に筆記用具で書いているわけでなく、
キーボードを叩いているだけである。

その指の動きは、目の前の小さな何かを耕しているようにも思えることもある。
耕すことによって、気づくこと、思い出すことを発見しているのかもしれない。

書きは、ときどき誤変換として掻き、と出る。
書くも、掻く、と出る。

掻くには、犁などで田畑をすき返す、という意味もある。
他の意味もある。

長くなる。
書いていると、長くなってしまう。
その6)から、この件について書き始めて、
まだ書き続けている。

そうしながら思い出していた人がいる。
私がステレオサウンドで働くようになったのは、
この人のおかげ、といえるNさんのことを思い出していた。

いまも株式会社ステレオサウンドには、同姓のNさんがいるが違う人だ。
そのNさんよりも若く、私よりも七つ年上のNさんである。

当時、Nさんが二人いたため、若い方のNさんはジュニアと呼ばれていた。
私も、ジュニアさんと呼んでいた。その人のことである。

Date: 7月 5th, 2018
Cate: オーディスト, 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その33)

audist(オーディスト、聴覚障害者差別主義者)という言葉がある。
ステレオサウンドでも、誌面に登場している。
いまから七年前のことだ。
山口孝氏が、使われている。

おそらく山口孝氏は、スラングとしてのaudistに、こういう意味があるのを知らずに使われたのだろう。
このaudist(オーディスト、聴覚障害者差別主義者)については、
別項『「オーディスト」という言葉に対して』で、ある程度は書いている。
書きたいことすべてを書いたわけではない。

まだくすぶっているのを感じている。
そして、そこでまったく触れなかったことがある。

オーディオマニアの中には、
偏見といわれるのは承知のうえだが、ハイエンドオーディオと呼ばれる世界のオーディオマニアの中には、
このオーディストがいる、と感じている。

ただここでのオーディストは、聴覚障害者差別主義者とまではいえない。
聴覚に障碍のある人を差別していないオーディオマニアであっても、
耳が悪い人を、どこか小馬鹿にするところがあるのではないか。

ここでの「耳の悪い」は、聴覚障碍ではなく、
聴覚検査では問題はなく健常な聴覚の持主であっても、
オーディオマニアとして耳が悪いと呼ばれてしまう、
微妙な音の違いがあまりわからない人に対して使われる「耳の悪い」である。

ハイエンドオーディオの世界のマニアの中には、
自分こそが鋭敏で、最先端の感性の耳の持主とでも思い上がっている人がいない、といいきれるか。

別にハイエンドオーディオの世界のマニアだけでなく、
ある程度以上のキャリアの昔からのオーディオマニアの中にもいよう。

それでもハイエンドオーディオを指向しているオーディオマニアの方に、
そんなオーディストが多いと感じていることこそが偏見なのだとわかっていても、
今回のavcat氏の一連のツイートに、
柳沢功力氏の試聴記に対しての反論というより、
柳沢功力氏に向けたかのように読めるツイートに、
そんなオーディストの澱のようなものを感じとれる。

そんなふうに読むのは、私ぐらいかもしれない──、
それもわかったうえで書いている。

Date: 7月 4th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その32)

染谷一氏は、ステレオサウンドの編集長である。
編集長にいきなりなったわけではなく、その前は編集者であった。

私は編集者だけの経験しかないが、
それでも編集者と編集長の違いは、雑誌のあり方を含めてのことであることは感じている。

ステレオサウンドも雑誌のひとつである。
雑誌の編集長とは、将棋の棋士のようにも思う。

将棋の駒は、すべてが同じ動き(力)をもっているわけではない。
歩もいれば飛車、角行もいて、八種類。

これらの駒をどう活かしていくのかが、良き棋士なのではないか(将棋は素人なのだが)。
こう書いてしまうと、編集長の下にいる編集者がそれぞれの駒と受けとられるかもしれないが、
そうではなく、一冊の雑誌に掲載されるいくつもの記事こそが、それぞれの駒にあたる。

つまり編集長は棋士として、それぞれの駒(記事)を活かしていくことである。
ひとつの駒に力を一極集中してしまっては、勝負に勝てるわけがない。

いい記事をつくることは、いい編集者ならばできよう。
だからといって、編集者みなが、金将のような記事ばかりをつくっても、
いい雑誌になるとは限らない。

編集長がいるのは、そういう理由から、と考えることもできる。
編集長の仕事は、他にもあるのはわかっている。

ならば編集長(将棋の棋士)に求められるのは、先を読むこともそのひとつであろう。
行き当たりばったりに駒(記事)をいじっても、どうにもならない。

ステレオサウンド 207号は、特集としてスピーカーの試聴テストがあり、
ソナス・ファベールのパオロ・テッツォン氏による「三つの再生システムを聴く旅」もあり、
その他にも二本の導入記、新製品紹介などの記事がある。

編集長(棋士)としての、それぞれの記事(駒)の配置だとしたら、
なぜ、avcat氏に謝罪したのか──、と思うわけだ。

逆から考えれば、謝罪したことで、
染谷一氏の編集長(棋士)としての資質を疑っているわけでもある。

Date: 7月 4th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その4)

フルトヴェングラーの「音楽ノート」をひさしぶりに読み返していて、
ここをまた一度引用しておこう、とおもうところにであう。

これを引用するのは、これで三回目である。
     *
権力そのものではなく、権力の乱用が悪である。ビスマルクではなくして、ヒトラーが悪なのだ。思考する人間がつねに傾向や趨勢をのみを「思考する」だけで、平衡状態を考えることができないのは、まさに思考の悲劇である。平衡状態はただ感知されるだけである。言い換えれば、正しいものは──それはつねに平衡状態である──ただ感知され、体験されるだけであって、およそ認識され、思考されうるものではない。
     *
このフルトヴェングラーの言葉すら、
受けての「理解」によって、どうなっていくのだろうか。

Date: 7月 3rd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その3)

丸山健二氏の「新・作庭記」(文藝春秋刊)からの一節を引用するのは、これで四回目だ。
     *
ひとたび真の文化や芸術から離れてしまった心は、虚栄の空間を果てしなくさまようことになり、結実の方向へ突き進むことはけっしてなく、常にそれらしい雰囲気のみで集結し、作品に接する者たちの汚れきった魂を優しさを装って肯定してくれるという、その場限りの癒しの効果はあっても、明日を力強く、前向きに、おのれの力を頼みにして生きようと決意させてくれるために腐った性根をきれいに浄化し、本物のエネルギーを注入してくれるということは絶対にないのだ。
     *
この項で、引用の理由は書かなくていいだろう。

Date: 7月 3rd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その2)

「理解なんてものは概ね願望に基づくものだ」

願望に基づく理解しかできない人がアマチュアであり、
願望と切り離したところで理解できるのがプロフェッショナルであるのは、
オーディオの世界でもいえるはずだ。

Date: 7月 2nd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その32)

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」のマッキントッシュ号。
巻末に「マッキントッシュ対マランツ」という特別テストが載っている。

副題として、〈タイムトンネル〉もし20年前に「ステレオサウンド」誌があったら……、
とついている。

1976年から20年ほど遡って、
当時のマッキントッシュのアンプとマランツのアンプの比較試聴である。

マッキントッシュはC8S+MC30、
マランツはModel 1+Model 6+Model 2である。

この記事を懐古趣味と一蹴するのは、簡単だ。
1976年はすでに40年前、そこからさらに20年なのだから、60年前のアンプについての記事を、
ここで取り上げるのは、ここでの試聴結果が、今回の謝罪の件にも関係してくるからだ。

機会があれば、ぜひ読んでほしい。
ここでは、菅野先生の発言のひとつだけを取り上げる。
     *
菅野 ほんと、そういう感じですよね。この二つは全く違うアンプって感じですな。コルトーのミスタッチは気にならないが、ワイセンベルグのミスタッチは気になるみたいなところがある。
     *
岡先生は《うまい例えだな。これ、ひっくり返したら全然だめだからね》と返されている。
ほんとうにそうである。

クラシックをまったく聴かない人にはわからない例えだろうが、
言い得て妙とは、まさにこのことだ。

コルトーのところは、他のピアニストに変えることはできない。
ワイセンベルグは、ワイセンベルグに限らない。
この記事が1976年ということもあってのワイセンベルグである。

ここでコルトー的なアンプはマッキントッシュであり、
ワイセンベルグ的なのはマランツである。

そして、この例えをマッキントッシュ、マランツのアンプではなく、スピーカーに置き換えてみる。
ワイセンベルグ的(マランツ)をYGアコースティクスのHailey 1.2に、
コルトー的(マッキントッシュ)を、ステレオサウンド 207号で柳沢功氏が高く評価しているモノ、
フランコ・セルブリンのKtêmaにしてみよう。

私が染谷一編集長の立場だったら、avcat氏への説明に、この例えを使うかもしれない。
avcat氏がクラシックを聴かない人だったら、この例えは役に立たないが……。