Archive for category テーマ

Date: 10月 29th, 2020
Cate: audio wednesday

第117回audio wednesdayのお知らせ(Bird 100)

11月4日のaudio wednesdayのテーマは、
チャーリー・パーカー生誕100年だから、Bird 100である。

すでに何度か告知しているように、
チャーリー・パーカーを中心に、
ビリー・ホリディ、チェット・ベイカー、バド・パウエルなどもかける。

クラシックでは、サンソン・フランソワのショパンもかける。

どこか不健康な選曲になっていく。
だから、11月4日の最後にかける曲は、
チャーリー・パーカーとも、その他の人たちとも無関係の一曲をかけるつもりでいる。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

19時開始です。

Date: 10月 29th, 2020
Cate: 純度

オーディオマニアとしての「純度」(カザルスを聴いておもうこと)

今年は、コロナ禍が始まった春から、
カザルスの演奏をよく聴くようになった。

チェリストとしてのカザルスも聴いた。
指揮者としてのカザルスは、もっと聴いている。

カザルスのモーツァルトにしてもベートーヴェンの交響曲にしても、
燃焼するとは、こういうことなのか、と思わざるをえない。

燃焼こそ純度だ、と思いたくなる。

Date: 10月 28th, 2020
Cate: High Resolution

High Resolution to Higher Resolution(複雑化?・その2)

1982年10月に、CDとCDプレーヤーが登場した。
新しいプログラムソースの登場であった。

CDに興味を持った人もいれば、そうでなかった人もいる。
興味をもった人は、CDプレーヤーを買ってくれば、
それまでのシステムに導入できた。

デジタルだから、といって、小難しい設定に取り組む必要はなかった。
CDプレーヤーのライン出力を、
コントロールアンプ、プリメインアンプのライン入力に接続するだけで、
とにかくCDの音を聴くことができた。

その世代は、デジタルの導入の簡単さを実感したはずだ。
もちろんCDから、望む音を再生できるようになるには、
それだけですむわけがないのだが、それでも導入ということに関しては、
何も難しいことはなかった。

SACDが1999年に登場したときも、そのことに関しては同じだった。
SACD対応プレーヤーを買ってくれば、導入に関しては簡単だった。

いまハイレゾリューションがあたりまえのようになってきつつある。
そのための再生手段として、PCオーディオ、ネットワークオーディオなどについて、
オーディオ雑誌で記事が組まれている。

ハイレゾリューション再生も、いうまでもなくデジタルである。
けれど、CD、SACD登場のときのように、導入が簡単か、というと、
そうではないようだ、と感じている人はいる。

デジタルなのに……、というおもいがあるように感じている。
導入は簡単ですよ、という人もいるだろうが、
けっこう高いハードルと感じている人もいる。

それに選択肢が、いろいろありすぎる、と感じている人もいるはず。

私がMQAを高く評価し、MQAのエヴァンジェリストを自認するようになった理由は、
導入の簡単さが、まずあるからだ。

別項でメリディアンのULTRA DACを初めて聴いた時のことを書いている。
こんなに簡単に再生できるのか、と拍子抜けするほどであった。

Date: 10月 26th, 2020
Cate: ちいさな結論

ちいさな結論(44年を経て)

いまぐらいの季節になると、思い出すのは44年前のことだ。
「五味オーディオ教室」と出逢ったときのことだ。

書店で出逢ったわけではなかった。
田舎町のスーパーのなかに、小さな書籍コーナーがあった。
そこに「五味オーディオ教室」があった。

一冊だけあった。
手にして、パラパラとページをめくって、買っていた。
これだ! とおもった日のことだから、いまもはっきりと憶えている。

その日の記憶が鮮明のままだから、
44年が、つい最近のように感じられることもある。

けれど、44年は確実に経っている。
傍からみれば、道を踏み外したヤツ、ということになる。

そうだろうな、と自分でもおもうことはある。
母は、教師になってほしかった、といっていた。
父が中学で英語を教えていたから、
それまでは中学の理科の先生になりたい、とおもっていた。

「五味オーディオ教室」と出逢って、道を踏み外したのだろうか、
それとも、やっと途を見つけたのだろうか。
どちらなのかはわからないものだろう。

「五味オーディオ教室」からの44年。
いろいろあった。

「五味オーディオ教室」から得たものは、
オーディオの力を信じることだ。

オーディオの力を信じているから出せる音がある。

Date: 10月 24th, 2020
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(iPhone+218・その13)

いま使っているiPhoneは、8である。
なので三年近く使っている。

大きな不満はないし、ディスプレイも、まだ割ったことはない。
このままあと一年くらい使い続けようか、と思うのだが、
一つだけ不満というか、不安的なことがあって、
それはモバイルSuicaに関することである。

iPhoneにSuicaのアプリを入れている。
使う前に思っていた以上に便利である。
けれど、iPhoneのバッテリーが切れてしまうと、Suicaとしても使えなくなる。

二つ前のiPhoneから予備電力が装備され、メインのバッテリーが切れてしまっても、
Suicaは問題なく使える。

モバイルSuicaにしてから、これまで何度かバッテリー切れ寸前ということがあった。
モバイルバッテリーを持ち歩いていれば、そうなっても大丈夫なのだが、
極力モノを持って出掛けたくないので、モバイルバッテリーを持ち歩くことはしない。

なので、そのうちの何度かはそそくさと帰宅についたことがある。
予備電力装備のiPhoneであれば、そんな心配はなくなる。

そんな理由で、新しいiPhoneにしたかった。
それにiPhone 12 Proには、やっとブルーが登場した。
これも理由の一つである。

iPhone 5cにもブルー(水色)はあったけれど、
このときはTouch IDが使いたくてiPhone 5Sにした。

発表前からiPhone 12にするつもりだった。
けれど、発表内容をみて、少し考えることが出てきた。

新しく搭載されたMagSafe機能のために、
iPhone本体にリング状のマグネットが内蔵されるようになった。

これが音質的に、どう影響するのか。

Date: 10月 24th, 2020
Cate: デザイン

オーディオ・システムのデザインの中心(その31)

アキュフェーズのE800のずんぐりむっくりは、すんなり受け入れられているようである。
私がみた範囲で、E800のずんぐりむっくりしたプロポーションに、
否定的なことを書いているオーディオ評論家はいなかった。

そうだろうな、と思いつつも、
その一年後に、今度はテクニクスから、ずんぐりむっくりのプリメインアンプが登場した。
価格的にも、ずんぐりむっくり的にもE800のライバル機種といえる。

数年前までのラックスの、ずんぐりむっくりに対しても、
オーディオ評論家は、何も言わなかった。
擁護する発言をする人はいたけれど。

音さえよければ──、という考えが、そこにはあるのだろうか。
ガレージメーカーの製品であれば、
それもデビュー作であったりすれば、しかたないかも……、とまだおもう気持はあるが、
ずっとオーディオメーカーである会社が、
恥ずかしげもなく、ずんぐりむっくりのまま市場に出してくる。

誰も何もいわなければ、ずんぐりむっくりのまま市場に送り出す方がラクだ。
それでいて、デザインにも配慮した、みたいなことをいう。

デザインに関しては、音のためにすべて犠牲にしました──、
そんなことをいったりはしない。

そして、今回のテクニクスのプリメインアンプのずんぐりむっくりに、
何もいわないオーディオ評論家ばかりなのだろう。

Date: 10月 24th, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その63)

オーディオの想像力の欠如のままでいて、
「古人の求めたる所を求め」ることのできない人が、「老害」を口にする。

Date: 10月 23rd, 2020
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(情報量・その12)

インターネット以前は、あることに関する情報が、
どこにあるのかを知っているだけで、そのことの専門家とみられることがあった。

情報のありかはどうなのか。
インターネット以前は、そのことから調べなくてはならないことが多かった。

ここまでインターネットが普及しただけでなく、
SNS(ソーシャルメディア)の普及は、情報をありかを調べる(探す)ことは、
ほとんどなくなった、といっていい。

インターネット以前は、だから情報のありかを知っているだけの人が、
偉そうにしていたことすらあった。
ほかの世界ではどうだったのかは知らないが、オーディオの世界ではそうだった。

でも、情報のありかを知る人みながそうだったわけではない。
いとも簡単に教えてくれる人も、また多かった。

もったいぶるだけもったいぶって教えない、というのは問題外なのだが、
情報のありかをなかなか教えない、という人を、全面的に否定したいわけではない。

少なくとも、その人は調べる(探す)ことに、それなりの努力をしているわけだ。
いまでは、そうではなくなりつつある。

情報のありかを調べる(探す)能力を、
ほぼ失いつつある人が増えてくる(増えている)だろう。

情報のありかはすぐにわかるのだから、
そんな能力は、これから先は必要ではなくなる──、
ほんとうにそうなのだろうか。

そして、私が知識過剰だと感じる人は、
実のところ、情報のありかを自分で探し出すことができない人のような気がする。

Date: 10月 22nd, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その14)

ステレオサウンド 55号から、タンノイ研究が始まった。
菅野先生がずっと担当されていた。

51号からは4343研究が始まった。
こちらは瀬川先生が二回、柳沢功力氏が一回、
JBLのスタッフが一回だった。

タンノイ研究が菅野先生だけだったことに、特に不満はなかった。
それでも瀬川先生も登場してもいいのではないか、と何度か思いながら読んでいた。

そう思うのは、瀬川先生ならば、タンノイに、どのアンプを組み合わせられるか、
菅野先生とは趣向の違いがはっきりと出てくるだけに、
記事として、よりいっそう深みを増すのは、タンノイ研究にぴったりだからだ。

59号のベストバイの結果を見て、なんとなく瀬川先生が登場されない理由がわかった。
では、瀬川先生以外のほかの人となると、
菅野先生一人だけ、ということになってしまうのはわかる。

55号のタンノイ研究は、オートグラフだった。
55号には、五味先生の追悼記事も載っている。

五味先生は4月1日に亡くなられている。
タンノイ研究の企画は、いつ決ったのだろうか。

思うに4月1日以降なのではないだろうか。
そんな気がする。

私は、そうだろう、と確信している。
その理由は、ステレオサウンドで働くようになって、GRFメモリーについてのことをきいたからだった。
それがどんなことなのかは、まだとうぶん明かさないが、
そのことの準備期間まで含めると、非常に納得がいく。

納得いくことが、単なる偶然からきている可能性もあるだろう。
それでも、そのはずだ(はっきりと書かなくて申しわけない)。

Date: 10月 22nd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(若い世代とバックナンバー・その7)

オーディオ雑誌のバックナンバーを、十年分くらい揃える。
昔のオーディオ雑誌は、けっこう出ていた。
休刊(廃刊)になったオーディオ雑誌の数は、けっこうある。

それらを集めて、真剣に読むのであれば、
同時に、ステレオサウンドが年二回出していたHI-FI STEREO GUIDEも、
できるだけ手に入れてほしい。

あのころもそうだったけれど、
古書店でも、ステレオサウンドよりもHI-FI STEREO GUIDEのほうが高いことがけっこうある。

HI-FI STEREO GUIDEは、いわゆるカタログ誌だ。
だからこそ、オーディオ雑誌のバックナンバーとともに揃えたい。

HI-FI STEREO GUIDEには、その時代、市販されていたオーディオ機器が、
ほぼすべて掲載されている。
価格もスペックも載っている。
海外製品だと、どの国なのかも載っている。

その時代のオーディオを俯瞰したいときに、HI-FI STEREO GUIDEは役に立つ。

そんなこと、オーディオ雑誌を毎号買って読んでいれば、
HI-FI STEREO GUIDEなんて必要ないだろう、と思うかもしれないが、
私が中三のころ、はじめてHI-FI STEREO GUIDEを買って、
こんなにも多くの製品が市場に出ているのかと驚いた。

そしてHI-FI STEREO GUIDEが一冊ではなく、
二冊、三冊と増えてくると、
HI-FI STEREO GUIDEはオーディオの年表がわりでもあることに気づいた。

すべてを網羅するカタログ誌は、時間が経つことで、存在感を増してくる。

同じことはレコード関係の雑誌についてもいえる。
レコード関係の雑誌のバックナンバーを揃えるのであれば、
レコード・カタログ誌も集めて、いっしょに見ていくべきである。

Date: 10月 21st, 2020
Cate: plain sounding high thinking

plain sounding, high thinking(その13)

その12)で引用した黒田先生の文章に、
《鳴物入りで登場したニュースターの演奏をきいて、これはちょっとおかしいぞ、と思ったとき、ぼくは、いつでも、いわゆるスター性などという虚飾をとっくの昔に捨て、静かに音楽を紡ぎだすことにだけ専心しつづけているあなたがたの演奏に耳をすますことにしています》
とある。

ここでの「あなたがた」とは、ボザール・トリオのことだ。
オーディオにあてはめた場合、どうだろう。

以前のタンノイのスピーカーは、ボザール・トリオ的だった、といえる。
1976年に発表されたアーデン、バークレーなどのABCシリーズまでは、
スター性などという虚飾をとっくの昔に捨てていた。

GRFメモリーの登場を、タンノイの復活と評価することには、
素直に同意できない気持が、私のなかには残っている。

確かにタンノイは、GRFメモリー以降、息を吹き返した、といえる。
でも、JBLの4343の成功を横目でみながらのタンノイのようにも感じてしまうところがある。

捨てたはずのスター性を、タンノイは身につけようとしているようにも感じられるからだ。
捨てたはず、と書いてしまったが、
もともとタンノイのスピーカーはスター性とは無縁だった、と思っている。

売れるモノをつくっていかなければ、会社は成り立っていかない。
スター性をもつモノともたないモノとでは、持つモノのほうが売れる傾向にある。

ハーマンインターナショナル傘下時代のタンノイのスピーカー、
ABCシリーズの一連のスピーカーは、アメリカナイズされている、といった人もいる。

けれど、スター性を身につけようとしはじめたGRFメモリー以降に、
アメリカナイズされたところを、なんとなく感じとってしまう。

このへんのところは、受けとる側によって違ってくるところだろう。
堕落したタンノイといいたいわけではないし、ABCシリーズのタンノイが、
いまのタンノイのスピーカーよりも優れている、といいたいわけでもない。

ただタンノイは変った、といいたいだけである。
それをいい方向へと受けとるか、そうではないと受けとるかは、人それぞれである。

Date: 10月 21st, 2020
Cate: ヘッドフォン

AUSTRIAN AUDIO(続報)

一週間前に、AUSTRIAN AUDIOのヘッドフォンは、
いつになったら日本で発売が開始されるのだろうか、と書いた。

いつになるのかはまったく知らなかったのだが、
明日(10月22日)から、日本での販売が開始になる、ときいた。

輸入元のMI7のウェブサイトには、
まだヘッドフォンのページは公開されていないが、とにかく販売は開始される。

日本での価格も、良心的といえる。
中野のフジヤエービックで試聴ができる、とのこと。

Date: 10月 21st, 2020
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その62)

オーディオの想像力の欠如のままでは、
「古人の求めたる所を求め」ることはとうていできない。

Date: 10月 20th, 2020
Cate: 終のスピーカー

最後の晩餐に選ぶモノの意味(その7)

来年、五味先生の享年と同じになるのだが、
特に病気を患っているわけでもないし、健康状態はいい。
あとどれだけ生きられるのかはわからないけれど、まだまだ生きていられそうである。

二十年くらいは生きてそうだな、と思っている。
あと二十年として、その時77になっている。

身体は、そのころには、けっこうぼろぼろになっていよう。
ぼろぼろになっているから、くたばってしまうのだろう。

ここで書いているシーメンスのオイロダインも、そのころにはぼろぼろになっていることだろう。
劇場用スピーカーとして製造されたモノであっても、もとがかなり古いモノだけに、
二十年後に、よい状態のオイロダインは、世の中に一本も存在していないように思う。

そんなことがわかっているのに、音の最後の晩餐に、何を求めるのだろうか──、
そんなことを書いているのは、無意味でしかない、といえば、反論はしない。

非生産的なことに時間を費やす。
愚かなことであろう。

悔いがない人生を送ってきた──、とそのときになっていえる人生とはまったく思っていない。
最後の晩餐を前にして、悔いが押し寄せてくるのかもしれない、というより、
きっとそうなる。

最後の晩餐に食べたいものは、私にはないのかもしれない。
あったとしても、それを食べることよりも、一曲でいいから、
聴きたい(鳴らしたい)音で、それを聴ければいい。

でも、そこでも悔いることになる。
私がくたばるころには、まともなオイロダインはなくなっているのだから。
おそらく、これが最後の悔いになるだろう。

それまでのすべての悔いが吹き飛ぶくらいの悔いになるかもしれない。

フルトヴェングラーの音楽は、そのころも健在のはずだ。
オイロダインなんて、古くさいスピーカー(音)ではなくて、
そのころには、その時代を反映した音のスピーカーが登場してきているはずだ。

それで聴けばいいじゃないか、と思えるのであれば、こんなことを書いてはいない。
ただただオイロダインで、フルトヴェングラーを最後の晩餐として聴きたいだけなのだ。

Date: 10月 20th, 2020
Cate: audio wednesday

DJ:Mike Nogami & Rieko Akatsuka’s Playlist(追補)

10月7日、audio wednesday(music wednesday)でのDJ、赤塚りえ子さんが、
NHKラジオ第一「ラジオ深夜便 明日へのことば」に登場されています。

放送は、10月20日の4:05分なので、すでに放送は終っていますが、
ラジコなどの聞き逃し配信で、一週間は聴けます。