Date: 3月 29th, 2021
Cate: 四季
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さくら餅(その4)

人形町の三はし堂が二度目の閉店から久しく経つ。
もう十年ほどか。

その十年で、新しく知りあった親しい人たちに、
三はし堂のさくら餅を食べてほしかったな、と思うのだけれど、
それはもうかなわないことだから、「こういうさくら餅があってね……」という話もしない。

三はし堂のさくら餅が食べられているころは、ほとんど意識しなかったことがある。
若いころ見ていたドラマで、死期が迫っている人に「桜の季節までがんばりましょう」、
そんなことをいって励ますシーンがあった。
わりとあったように記憶している。

そのころは、そんなものか、というぐらいの感情しかなかった。
桜が咲く日まで──、
そういうことで生きる気力が多少なりとも湧いてくるのか。
まるで実感がなく、そんなドラマ(セリフ)を見て(聞いて)いた。

東京は、桜が少し散り始めているが、
私が住んでいるところは都心から離れていることもあって、
まだまだ見頃(多少散ってはいるけれど)。

毎日、駅までの往復、桜並木のところを歩く。
三はし堂のさくら餅はもう食べることはできないけれど、
桜が咲く日まで──、ここにこめられたおもいが、少しは実感できるようになってきた。

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