Archive for category テーマ

Date: 2月 4th, 2022
Cate: ショウ雑感

2022年ショウ雑感(その2)

オーディオフェスタ・イン・ナゴヤだけでなく、ヘッドフォン祭も中止になった。
それだけでなく、ラジオ技術のツイートに、
2月発売の3月号が休刊になり、3月発売の4月号との合併号になる、とあった。

2020年ショウ雑感(その12)」で触れているように、
ラジオ技術は2020年にも、7月号が6月号との合併号として発売になったことがある。
もちろん新型コロナの影響のせいである。

ラジオ技術は終ってほしくないオーディオ雑誌である。
けれど規模の小さな出版社で、編集部に若い人が入ってこないのであれば、
編集者は高齢化していくばかりになる。

そうなっていくと、コロナ禍ではそれゆえの弱さが生じてしまう。

今回のようなことはラジオ技術だけのことだよ、と笑う人がいてもおかしくない。
五年後、十年後……、ほんとうに笑っていられるのだろうか。

Date: 2月 4th, 2022
Cate: ディスク/ブック
1 msg

内田光子のディアベリ変奏曲(その1)

4月8日に、内田光子の「ディアベリ変奏曲」が発売になる、というニュース。
六年ぶりのアルバムである。

個人的には、内田光子のバッハを聴きたいのだが、
内田光子の新たな演奏、
しかも70を超えてからの最初の演奏(録音)が聴けるのは、やはり嬉しい。

日本盤はMQA-CDなのも、嬉しいかぎりだ。

Date: 2月 4th, 2022
Cate: ディスク/ブック

THE BERLIN CONCERT(その2)

二匹目のドジョウといえる“THE BERLIN CONCERT”。
今回ジョン・ウィリアムズは、
ウィーン・フィルハーモニーではなくベルリン・フィルハーモニーを振っている。

スター・ウォーズの「帝国のマーチ」も、今回の“THE BERLIN CONCERT”にもある。
ウィーンもベルリンも、どちらも素晴らしい演奏といえるけれど、
スター・ウォーズを一作目から映画館で観てきた世代の私にとって、
今回のベルリンとの「帝国のマーチ」のほうをとる。

演奏のうまさが上とかではなく、
ダース・ベイダーが登場してきそうな感じが、ベルリンとのほうが濃い。

スター・ウォーズという作品に、なんの思い入れのない人ならば、
ウィーンとのほうがいい、というかもしれない。

けれど私はそうじゃないし、友人のAさんもそうじゃない。
Aさんも、私と同じ感想だとのこと。

ちなみに私はTIDALで聴いている。
MQA(192kHz)で聴いている。

Date: 2月 3rd, 2022
Cate: サイズ

サイズ考(その73)

抵抗器は、その種類によって温度係数が違うだけでなく、
同じ種類の、同じメーカーの抵抗器であっても、
W(ワット)数によっても温度係数は違ってくる。

同じメーカーの同じ品種(シリーズ)の抵抗であれば、
W数の大きい方が温度係数は優れている。

この温度係数は、温度変化による抵抗値の変化の具合をあらわす。
温度係数悪い抵抗は、温度変化による抵抗値の変化幅が大きく、
温度係数が優れている抵抗は、温度変化に変化による変化幅が小さい。

もちろん理想は、温度変化に関係なく、常に抵抗値が一定である、ということ。
けれど、そんな理想の抵抗は、世の中には存在しない。
多かれ少なかれ、温度係数が、すべての抵抗に存在する。

とはいっても温度変化による抵抗値の変化は、わずかといえばわずかである。
しかも温度が一定ならば、変化しないわけなのだから、
何が問題なのか? と思われる人もいよう。

アンプ内部に使われている抵抗のほとんどは、音楽信号が通る。
音楽信号はつねに変動している。
その変動する信号が抵抗を通過することによって、
抵抗内部の温度が、わずかながら変化する。

この変化が、音質に影響するのではないか──、という推測である。

レベルの小さな信号が流れているときと、
大きな信号が、それも連続して流れる時とでは、
抵抗内部の温度が変化することは用意に考えられることだ。

けれど、その変化幅はごくわずかのはずだ。
そのごくわずかな変化幅が、どれだけに音に影響するのか。
ほんとうのところは、誰にもはっきりと測定し証明することは、
そうとうに難しいことだろう。

それでも抵抗のW数の大きいモノを使っていくことで得られる音の変化は、
温度係数と深く関係しているのではないか。

そういったことを富田嘉和氏がラジオ技術に発表されていた、と記憶している。
それに、世の中で音がよいと評判の抵抗は、温度係数の優れたモノが多い。

Date: 2月 2nd, 2022
Cate: Glenn Gould, ディスク/ブック

Gould 90(その1)

今年は2022年。
グレン・グールドの生誕90年で、没後40年。

ソニー・クラシカルは、なにか出してくるのだろうか。
それとも2032年の生誕100年、没後50年までおあずけとなるのだろうか。

何も出てこないような気もするけれど、
それでもまぁいいや、と思えるのは、TIDALでMQA Studioで聴けるようになったからだ。

そのTIDALだが、第一四半期に日本でのサービス開始となる、らしい。

Date: 2月 2nd, 2022
Cate: 新製品

新製品(Chord Mojo 2・その1)

ようやくChordのMojo 2が発表になった。

Mojoの登場は2015年だった。
2020年には新型(Mojo 2)が出るのでは、と予想していたけれど、
ようやく今年になっての登場。

詳細はリンク先を読んでいただきたいが、
買い替える人はけっこういるのではないか、と思える変更がなされている。

私にとっては、Mojo 2になってもMQA対応していないので、
いま使っているMojoでしばらくは満足できる。

Polyも、しばらくしたらPoly 2になるのか。
Poly 2でMQA対応となるのか。
それともしないのか。

Chord独自のD/A変換方式で、MQAの音がどうなるのか。
その音が聴ける日は、いつになるのだろうか。

Date: 2月 1st, 2022
Cate: ジャーナリズム, 組合せ

組合せという試聴(その13)

ここでもまたくり返すが、
アンプやスピーカーの試聴が受動的試聴に対し、
組合せの試聴は能動的試聴であり、その組合せをつくる人の思考の可視化なのだが、
残念なことに、いまのオーディオ雑誌に掲載される組合せの記事で、
能動的試聴の結果、と感じられることは、もうなくなってしまった。

組合せの試聴においても、
受動的試聴で聴いていると感じることばかりになっている。
オーディオ評論家を名乗っている人たちは、
能動的試聴と受動的試聴の違いに気づいていないのか。

ここまでは、これまで書いてきたことのくり返し(まとめ)なのだが、
耳に近い(遠い)、心に近い(遠い)という観点からいえば、
受動的試聴は、耳に近い(遠い)の聴き方であって、
能動的試聴は、心に近い(遠い)の聴き方である。

Date: 1月 30th, 2022
Cate: 欲する

新月に出逢う(その9)

今年も、2月6日(日)から12日(土)まで、
有楽町の交通会館の地下一階ゴールドサロンで、
クラフトアート創作人形展が開催される。

2021年2月12日に、たまたま交通会館の地階にいて、
偶然、Enという人形作家のEleanorという人形と出逢った。

ちょうど新月の日だった。
今年2月の新月は1日だから、会期中に新月はこない。
とはいえ、今年のクラフトアート創作人形展にも、
En氏の作品は展示される。

一週間後が待ち遠しい。

Date: 1月 28th, 2022
Cate: Pablo Casals, ディスク/ブック

カザルスのモーツァルト(その8)

カザルスの演奏は、ソニー・クラシカルからも出ているおかげで、
TIDALでMQA Studioで聴ける。
といっても、これまで発売されたすべての録音が聴けるわけではない。

モーツァルトの交響曲がない。
CD(アメリカ盤)は持っているし、リッピングしているから聴けるのだが、
やはりMQA Studioで聴いてみたい。どうしても聴きたい。

TIDALでMQA Studioで聴けるようになるのかどうかは、
いまのところわからない。

カザルスによる剛毅な音楽は、
太い血管を血がたっぷりと、そして勢いよく通っているからなのだろう。
そんな感じを受ける。

そんな演奏を毛嫌いする人がいるのは知っている。
優美さに欠ける──、そんなことをいう人もいる。
野暮とすらいう人もいる。

それはそれでいいけれど、剛毅な音楽だからこその音楽の優しさを、
そういう人は知らないのか。

Date: 1月 27th, 2022
Cate: 「オーディオ」考

オーディオにおける「かっこいい」とは(その4)

毎日書くということ(続々・モチベーションの維持)」へのfacebookでのコメントに、
オーディオがカッコいい、とは思っていない、
オーディオ機器にはそのような側面は重要な要素としてあるかもしれないが──、
そんな趣旨のことが書いてあった。

私は、というと、オーディオ機器にもかっこいいモノがあるし、
かっこいいと感じる要素もある、
それにオーディオに真剣に取り組んでいる人もかっこいい、と感じている。
そう感じている人は、極端に少ないけれどもだ。

そして、オーディオそのもの、オーディオの世界がかっこいいと思っている。

ふりかえって、「五味オーディオ教室」に、
かっこいい何かをすでに感じとっていた、と思う。

そういえばaudio wednesdayがaudio sharing例会といっていたころ、
タンノイのオートグラフやJBLの4343、
それらは優れたスピーカーであったからこそであって、
五味康祐氏や瀬川冬樹氏が鳴らしていたから、特別なスピーカーなわけではない──、
そんなことをいわれたことがある。

そう思っている人が多数派なのか。
だとしたら、私がおもしろいと感じているオーディオとは、
少々違うオーディオだな、と受けとっていた。

私にとっては、オートグラフは五味先生が、
4343は瀬川先生が鳴らされていたからこそ、特別なスピーカーである。

この二つのスピーカーだけではない。
他のスピーカーに関しても、まったく同じことがいえる。

Date: 1月 27th, 2022
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(facebookにて・その15)

facebookページの「岩崎千明/ジャズ・オーディオ」。

去年の夏以降、「いいね!」の数が増えてきている。
更新もさっぱりやっていないので、それ以前は、
新たな「いいね!」がつくことは、まずなかった。

夏以降、更新を再開したわけでもない。
なのに「いいね!」が数件ある日もあれば、
数日続いての「いいね!」があったりする。

理由はわからないけど、いいことではある。

Date: 1月 27th, 2022
Cate: 映画

HOUSE OF GUCCI

「ハウス・オブ・グッチ」を観てきた。
TOHOシネマズ日比谷のスクリーン1での上映だった。

映画の内容や感想について書きたいのではなく、
いくつかのシーンで、時計の秒針の音がはっきりと聞こえてくる。
ちょっと意外でもあった。

TOHOシネマズ日比谷で観ることが多い。
IMAXやドルビー・アトモスでの上映だと、スクリーン1ではなく、
スクリーン4やスクリーン5である。

スクリーン1での映画は、そういえばひさしぶりかも……、と思いながら、
本編上映前に流れる、毎回同じの鑑賞マナーや盗撮禁止の短い動画。

これらの音の印象が、スクリーン4、スクリーン5とはちょっと違う。
音の定位がいいのだ。

そういえば2020年の終りごろに、
サウンドシステムのチューニングを行ったというニュースがあったのを思い出す。

それがどのスクリーンなのかはわからなかったが、スクリーン1がそうなのは間違いないだろう。
そのことがあって、「ハウス・オブ・グッチ」での時計の秒針の音だったのか。

他の映画館では、そのあたりどうなんだろうか。

Date: 1月 26th, 2022
Cate: 書く

毎日書くということ(続々・モチベーションの維持)

ここ数日は、「老いとオーディオ(若さとは)」をおもに書いている。
その少し前も、オーディオのブランドや型番をあまり出すことのないことを書いていた。

アクセスログを見なくとも、
こういう内容を続けて書いていると、アクセス数は少し減る傾向にある。

なにかのオーディオ機器の型番をタイトルにつけて続けて書いたりすると、
アクセス数は増える傾向にある。

必ずしもそうなるとはいえないけれど、
全体の傾向として、そういえなくもない。

ブログを始めたころは、アクセス数がすごく気になっていた。
それからしばらくは気になっていたが、もうそれほど気にしなくなった。
割と安定している、ということもある。

ここ半年ほどは、アクセス数をチェックすらしなくなっていた。
なんとなく、このぐらいの数だろう、と予測がつくし、
たいていはそのくらいの数である。

アクセス数を稼ぎたければ、そういう書き方をしていけばいいわけで、
でもだからといって、アクセス数が増えることが、
モチベーションにつながっていくかといえば、そんなことはない。

この項で以前書いているように、毎日書くためにモチベーションから切り離している。
とはいえ、別項「老いとオーディオ(若さとは)」に、コメントが続いていると、
やはり嬉しいものである。

今日も、Tadanoさんが、「老いとオーディオ(若さとは・その15)」にコメントをくださった。

そこに、こう書いてあった。
     *
 私の場合ですと、まず、オーディオばかりにお金を割けない事情があります。しかしながら、「なにやらオーディオというのは奥が深く面白そうだ。なんだかカッコよくて、素敵な世界に見える。この世界の深遠を少し覗いてみたいなあ。しかし、専門用語があまりにも多すぎてついていけない。だけど、他の多くのビギナー向けのサイトは何かどこかうそ臭い。だから、ものすごく難しいのだけれどこれを読んでみよう」という感じです。
     *
そう、オーディオは奥が深く面白い。
しかもカッコよくて、素敵な世界である。

Date: 1月 25th, 2022
Cate: 老い
1 msg

老いとオーディオ(若さとは・その15)

老成ぶる、ということは、
自らの心を粉飾する、ということだと考えている。

《粉飾した心のみが粉飾に動かされる》と、
小林秀雄が「様々な意匠」のなかで語っている。

Date: 1月 25th, 2022
Cate: 老い

老いとオーディオ(若さとは・その14)

その12)にもコメントがあった。
寂夜さんという方からのコメントである。

このブログへのコメントは、少ない。
facebookでもコメントは少ない。

なのに、今回「老成ぶっている」ということに関しては、コメントがある。
少しも短めのコメントではなく、書き手としては、少々驚いている。

ここでの書いていることにコメントがあるとは、当初はまったく思っていなかった。
なのに、書いてくださる方がいる。

ありがたいと思うだけでなく、なぜだろう、とも思う。

寂夜さんのコメントに、
《これは「老成ぶって」しまっていると言う事なのでしょうか?》とある。

老成ぶっているとは、まったく思っていない。

私が感じている老成ぶることについて、
具体的なことを書くのがわかりやすいかもしれないと思いつつも、
ある程度具体的なことを書いてしまうと、
「あっ、私のことだ」と思ってしまう人がいるはずだ。

老成ぶっていると感じている人は、一人ではないので、
うまくぼかして書くこともできないわけではないだろうが、
それでも個人攻撃になるような感じなので、それはやりたくない。

老成ぶっている人は、老成している人ではないことだけは、まずいっておきたい。
そして、ここで書いている老成とはオーディオに関しての老成である。

ことオーディオに関して、若くして老成していた人はどれだけいるのだろうか。
かなり少ないのではないのではないだろうか。

自分より年齢が上の家族が、そうとうなオーディオマニアであれば、
それもかなり恵まれた環境にいたのであれば、
本人に資質があれば、若くして老成していた人もいよう。

四十年前の1月から、ステレオサウンドで働くようになった。
菅野先生、長島先生、山中先生は1932年9月生れなので、このときはまだ49歳、
井上先生がちょうど50歳だった。

井上先生の若いころを知っているわけではない。
それでも試聴の合間に、若いころの話をしてくださった。

それを聞いていて、井上先生は若くして老成されていたのかも、と思うようになった。
私の勝手な想像でしかないが、
井上先生の若いころと、私が老成ぶっていると感じている人たちは、
いうまでもなくまるで違う。

知識も経験も、ノウハウも感性も、みんな大きく違う。