いい音、よい音(その8)
2020年12月、「Erinnerung:思い出〜マーラー歌曲集」が出ている。
クリスティアーネ・カルクのアルバムである。
ピアノはマルコム・マティヌーが、19曲中17曲を受け持っている。
のこりの2曲は、グスタフ・マーラーである。
自動ピアノ(ヴェルテピアノ)との協演で、
クリスティアーネ・カルクは、マーラーの曲をマーラーの伴奏で歌っている。
18曲目では、「若き日の歌」より「私は緑の森を楽しく歩いた」を、
19曲目では、交響曲第四番の「天上の光」を歌っている。
クリスティアーネ・カルクは、
ヤニック・ネゼ=セガン指揮ベルリン・フィルハーモニーによる四番でも、
「天上の光」を歌っている。
オーケストラ伴奏と自動ピアノ伴奏、
クリスティアーネ・カルクの二つの「天上の光」を聴き比べできるし、
マルコム・マティヌーの伴奏とグスタフ・マーラーの伴奏とも比較できる。
マルコム・マティヌーのピアノの音と、
自動ピアノでのマーラーのピアノの音は、ずいぶん違う。
マルコム・マティヌーは、そこにいたわけだ。
クリスティアーネ・カルクと同じ場所に、同じ時間にいたからこそ、
「Erinnerung:思い出〜マーラー歌曲集」の録音が生れた。
演奏の場に、二人の人間がいた。
マーラーの伴奏は、となると、やや不思議な感じを受けた。
ピアノの音ががらっと変ってしまったからではなく、
そこには一人(クリスティアーネ・カルク)しかいないのに──、
ということからの印象なのかもしれない。
なんといったらいいのだろうか。
こじつけのようにも受け止められるだろうが、
マーラー伴奏の二曲では、一人の息づかいしか感じられない。