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Date: 3月 29th, 2014
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その6)

これを読まれた方のなかには、それでも実際の読者を使わなかったことに納得がいかない人もいることだろう。
なぜ、架空の読者なんて、安易な手段をとるのか、と。

だが「コンポーネントステレオの世界」の実際の編集作業を、
編集部側にたって考えてみれば、実際の読者を呼び取材を行った方が、手間はかからない。

架空の読者の方が、手間も時間もかかる。
まずどういう読者をつくりあげるのか。
どういう音楽を聴いてきて、どういう環境で聴いているのか。
そのうえで、なぜステレオサウンド編集部に手紙をよこしてまで相談するのか。

まずこれが重要となる。
そのあとに、架空の読者像の年齢、職業、名前、イラストの雰囲気など、
細かなことも決めていかなければならない。

ここで手を抜いてしまうと、すべて嘘っぽくなってしまう。

ステレオサウンドが、架空の読者を登場させるスタイルを二冊でやめてしまったのは、
どういう読者像をつくりあげるかということの大変さがあったのだと思う。

そして架空の読者ででなければ、できあがらない組合せもある。
そのひとつが、井上先生のJBLのK151、2440、2355を使った組合せである。

井上先生は、この組合せの中で、次のことを語られている。
     *
こういったキャラクターの音はいわゆるオーディオとは無関係だという方が、現在は一般的だと思いますが、ぼくはそう考えません。これもまた立派なオーディオのはずです。
     *
この組合せだけではない。
「コンポーネントステレオの世界 ’79」では、
アルテックの604-8Gを平面バッフルに取り付けた組合せをつくられている。

Date: 3月 27th, 2014
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その5)

そう言われてみると、「コンポーネントステレオの世界」’77年度版に試聴風景の写真があるが、
そこには読者は写っていない。

読者の手紙を見開きで紹介しているわけだが、
そこには名前と年齢と職業、それにイラストがあるだけだ。

「読者はいないんだよ」といわれてみて、
たしかに読者が存在していないことは、
見る人がみれば、もしかすると……とわかることだったのかもしれない。

でも当時の私はそんなことはまったく想像していなかった。
そんな私が「読者はいなかったんだよ」をきいて思ったのは、
騙されていた、ではなかった。すごいな、だった。

実在の読者ではなく架空の読者だったことを知った上で読み返してみても、
「コンポーネントステレオの世界」の’77年度版と’78年度版は、
いいスタイルの本に仕上っている、と感じた。

ここに書いたことを読み実在の読者ではなかったことを知り、
騙された、と思う人は、見事に騙されたことに、
騙し方のうまさと、そのために編集部がどれだけのことを考え用意したのかについて考えてもらいたい。

実在の読者が登場して、つまらない記事になるよりも、
架空の読者が登場しておもしろい記事になることを、私だったら望む。

架空の読者を登場されることは、読者を欺いたことにならないのか。
ならない、と私は考える。

実在の読者か架空の読者かといったことは私にとっては、この場合はさほど重要ではない。
重要なのは、架空の読者を登場させてそこでつくられた組合せそのものが、
読者を欺いていないかということだ。

Date: 3月 26th, 2014
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その4)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」は1977年12月にでたステレオサウンドの別冊である。
つまりはこの別冊の取材は9月下旬ごろから10月にかけて行われていたはずだ。

岩崎先生が亡くなられて半年ほど経った時期にあたる。

ああ、だから井上先生はコントロールアンプにクワドエイトのLM6200Rを選ばれたんだな、とやっと気がついた。

これから書くことはずっと黙っておくか、
書くとしてもずいぶん先にするつもりでいた。
けれど、ここで書きたいことのためには、書かざるを得ない。
なので書く。

「コンポーネントステレオの世界」は’77年度版と’78年度版が、
読者からの手紙をまず紹介して、読者本人にステレオサウンド試聴室まで来てもらい、
組合せがつくられていく過程を聴いてもらう、というスタイルをとっている。

いまでも、このスタイルはいいと思う。

「コンポーネントステレオの世界 ’77」は41号とともにはじめて買ったステレオサウンドでもあったし、
この企画にいつの日か出てみたい、とも思いながらくり返し読んでいた。

’79年度版以降、このスタイルはなくなった。
ステレオサウンドで働くようになって、いくつものことを編集部の先輩にきいた。
そのうちのひとつが、このことだった。

なぜ、読者が登場するスタイルをやめたんですか。
返ってきた答には、正直びっくりした。
そうだったのか、と思った。

「読者はいないんだよ」だったからだ。

Date: 3月 25th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その4)

グレン・グールドはゴールドベルグ変奏曲の録音でデビューしている。
テンポのはやい、反復を省略したゴールドベルグ変奏曲だった。

グールドはゴールドベルグ変奏曲を1981年にふたたび録音している。
テンポはゆったりとなっている。

1981年のゴールドベルグ変奏曲が、グールドの最後の録音ではないけれど、
最晩年の録音のひとつである。

つまりはグールドの録音は、ゴールドベルグ変奏曲のアリアからはじまり、
1981年のゴールドベルグ変奏曲のアリアが終りをつげている、といえなくもない。

ゴールドベルグ変奏曲のアリアは、録音では始まりのアリアの録音をそのまま終りのアリアに使うこともできる。
こんなことは演奏会ではできない、録音だけが可能にしていることであるわけだが、
聴けばすぐにわかることだが、グールドはそういうことはしていない。

最初のアリアは最後のアリアは、まったく同じではない。
これは1981年の録音でもそうである。

グールドの最初のゴールドベルグ変奏曲のはじまりのアリアと、
1981年録音のゴールドベルグ変奏曲の終りのアリアが、瀬川先生の書かれたものと重なってくる。

ステレオサウンド 3号でのアンプの試聴記が最初のゴールドベルグ変奏曲のアリアと、
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」での「いま、いい音のアンプがほしい」が、
1981年録音のゴールドベルグ変奏曲の終りのアリアと。

Date: 3月 25th, 2014
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その3)

このブログであれこれ書いているわけだが、
どのテーマにしても最初にプロットを書いて……、ということはまったくやっていない。

テーマとタイトルだけを考えて、場合によっては最終的な結論を見つけていることに関しては、
ただひたすらそこに向って書いていくだけの作業であり、
結論を見つけるために書いていることもある。

とにかくプロットはまったくないのだから、
ある程度の時間をかけて書いていくうちに、
それに他のテーマを書いているうちに気づくことがある。

今回も、ひとつ気づいたことがあった。

ステレオサウンドが1977年12月に出した「コンポーネントステレオの世界 ’78」での、
井上先生によるある組合せのことについて、である。

この組合せはJBLの楽器用18インチ・ウーファーK151を二発、
中高域はJBLの2440と2355ホーンの組合せ。

キズだらけの大型エンクロージュアにK151が、やや離れてマウントされている姿は、
同じダブルウーファーでも4350のように二発のウーファー近接してマウントされているのを見慣れていると、
やや間が抜けたような感じも受けないわけではないが、
18インチのウーファーが小さく感じられる、その大きさはじんわりと迫力を感じる。

「コンポーネントステレオの世界 ’78」が出た時の感想は、凄いなぁ、だった。
それから30年以上が経って、感じ方もずいぶん変ってきたし、今回気づいたこともある。
そして思い出したこともある。

Date: 3月 24th, 2014
Cate: 岩崎千明

想像つかないこともある、ということ(その2)

岩崎先生の音の大きさについて、黛さんから先日非常に興味深いことをきけた。
こういうことだった。

ベイシーの菅原さんのところも音は大きい。
けれど、それはどこか抑制されたところも感じさせるけど、
岩崎先生の音の大きさには、そういったものがいっさいない。

私はベイシーの音は聴いたことがないから、
ベイシーの音の大きさについて具体的に知っているわけではない。
それでも、あれだけのシステムで、ベイシーに行ったことのある人、
それも何度も行っている人の話をきけば、そこでの音の大きさの凄さは伝わってくる。

にも関わらず黛さんは、岩崎先生の音の大きさは……、ということをいわれた。
岩崎先生の音を聴いたことがなければ、そういう発言は出てこない、と思う。
でも、一度でも岩崎先生の音を聴いたことがあるからこそ、そう感じるのではないのか。

それはもう、つき抜けている、としか表現しようのない音の大きさなのかもしれない。
おそらく音の大きさ、つまり音圧レベルだけなら、
岩崎先生よりも高いレベルで聴いている人もいるだろうし、
自宅ではそういう大きな音で聴けなくとも、コンサート会場やクラブにおいて、
岩崎先生のよりも高いレベルの音圧を体験している人もいると思う。

岩崎先生が生きていた時代よりも、パワーアンプの出力はそうとうに大きくなっている。
1kWを超えるパワーアンプもあるのだから、大きな音ということに関してなら、
いまのほうがたやすく大きな音は出せる。

けれど、そういう大きな音では、つき抜けることはできないように思えてならない。

以前も書いているが、菅野先生は岩崎先生の音を聴いた時に、
「目から火花が出たんだ」といわれている。

岩崎先生の音の大きさは、そういう大きさなのである。
だから想像つかずにいる。

Date: 3月 21st, 2014
Cate: 岩崎千明

3月24日

昨年の3月24日は、いい天候に恵まれていたし、日曜日だった。
桜も咲いていた。

一昨年の3月24日はでかけるときは曇り空の土曜日だった。
電車を降りたら雨が降り出していた。

今年の3月24日は月曜日だから、たぶん行けないであろうから、
21日から23日のどこかで行こうかな、と思っていたところに、
「父の墓参りに行きませんか」というメッセージがあった。岩崎先生の娘さんの綾さんからだった。

昨年も一昨年もひとりで行っていた。
今年はそうではなく、綾さんの他に、元サンスイの西川さん、元ビクターの西松さん、元パイオニアの片桐さん、
レコパルの編集をやられていた五十嵐さん、ステレオサウンドの筆者の黛さんといっしょに、
岩崎先生の墓参に行ってきた。

ひとりで行こうが数人で行こうが、墓参りそのものが大きく違ってくるわけではない。
目をとじ手を合せてきた。

それでも岩崎先生と仕事をされてきた人たちと一緒に行くのは、やはり違うところがある。

37年前の3月24日といえば、私はまだ中学二年だった。
そのころ、今日いっしょに墓参に行った方たちは、すでにオーディオの世界で仕事をされていた。

その方たちの話を聞くことができる。
これが実に楽しい。

こう書くと、懐古趣味だとかいつまでも過去を引きずっているとかいう人がいるのはわかっている。
だが、過去のことを過去の視点で考え・捉えるのこそが懐古趣味ではないだろうか。

実のところ、懐古趣味と批判する人たちこそが、過去のことを過去の視点で考え・捉えている。
私が楽しい、というのは、いまの視点で考え・捉えてのことである。

私も50をすぎているけど、今日あつまった中ではまだ若造である。
とはいえ、やはり50を過ぎているわけだから、私の下にはもっと若い世代がいる。
でも、彼らの誰かひとりでもいいから、この場にいるわけではない。

もったいないことだとも感じるし、ここで途切れるのか、とも思う。

Date: 3月 20th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その3)

ステレオサウンド 3号でのJBLのSG520とSE400Sの瀬川先生の試聴記には、こう書いてある。
     *
マッキントッシュにJBLの透明な分解能が加われば、あるいはJBLにマッキントッシュの豊潤さがあれば申し分ないアンプになる。JBLのすばらしい低域特性は、スピーカーの低域が1オクターブも伸びたような錯覚を起させる。JBLとマッキントッシュの両方の良さを兼ね備えたアンプを、私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする。
     *
この試聴記はステレオサウンドで働きはじめたころに読んでいた、はずだった。
読んだ記憶はたしかにある。
けれど、その時には気づかなかったことを、いま気づいている。

《JBLとマッキントッシュの両方の良さを兼ね備えたアンプを、私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする。》
とある。

当時、この箇所は読んでいた。
瀬川先生は、このころまではアンプの自作をまだやられるつもりだったのか……、
そのくらいのことしか読みとれなかった。

いまは、この《私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする》が、
一気に「いま、いい音のアンプがほしい」にまで飛び、そこと結びつく。

そしておもったのが、私は瀬川冬樹という変奏曲を読んできたのだ、ということだった。
さらにおもったのが、私にとって変奏曲といえば、まず浮ぶのはグールドのゴールドベルグ変奏曲であり、
ゴールドベルグ変奏曲はアリアではじまり、30の変奏曲をはさみ、最後もまたアリアである。

瀬川先生の残されたものを読んでいくと、
アリアではじまりアリアで終るながい変奏曲のようにみえてくる。

こじつけといわれようが、いまの私には、そうみえている。

Date: 3月 16th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その2)

ステレオサウンド 3号の特集「内外アンプ65機種─総試聴記と選び方 使い方」に登場するアンプには、
いまではメーカーが存在していないモノもある。

こんなメーカーがあったのか、と思うメーカー製のアンプも載っていれば、
いまも名器として評価されているマッキントッシュのC22とMC275、JBLのSG520とSE400S、SA600、
QUADの22とIIなども載っていて、時代の流れによって何が淘汰され、何が語り継がれていくのかを、
時代を遡って実感できた。

マッキントッシュのC22とMC275の瀬川先生の試聴記には、こうある。
     *
こういう音になると、もはや表現の言葉につまってしまう。たとえば、池田圭氏がよく使われる「その音は澄んでいて柔らかく、迫力があって深い」という表現は、一旦このアンプの音を聴いたあとでは至言ともいえるが、しかしまだ言い足りないもどかしさがある。充実して緻密。豊潤かつ精緻である。この豊かで深い味わいは、他の63機種からは得られなかった。
     *
瀬川先生はしばしば透明を澄明と書かれることがある。
ステレオサウンド 3号の、この試聴記を読むと、マッキントッシュの、このペアの音を聴かれたからこそ、
あえて澄明と書かれるのか、と私などはおもってしまう。

池田圭氏の「その音は澄んでいて柔らかく、迫力があって深い」という表現と、
マッキントッシュのC22とMC275の音がもしなかったなら、透明感と書かれていったのかもしれない。

Date: 3月 10th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その1)

1981年夏にでたステレオサウンド別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」は、
瀬川先生の「いま、いい音のアンプがほしい」ではじまる。

「いま、いい音のアンプがほしい」の最後は、こう結ばれている。
《レヴィンソンのいまの音を、もう少し色っぽく艶っぽく、そしてほんのわずか豊かにしたような、そんな音のアンプを、果して今後いつになったら聴くことができるのだろうか。》

この文章を読んだ時は、ステレオサウンドの古いバックナンバーを読んだことはなかった。
41号から買いはじめた私にとって、創刊号から10号あたりまでのバックナンバーは、
いつの日か読む機会が訪れるかもしれないけれど、いったいそれはいつになるのだろうか、と思っていた。

その機会は、1982年1月からステレオサウンドで働くようになったので、拍子抜けするほどあっさりと訪れた。

ステレオサウンドが3号において、国内外のアンプをそろえ、いわゆる総テストを行っていたことは、
ステレオサウンド 50号その他の号を読んで知っていた。
ここでの総テストが、その後のステレオサウンドの特集におけるスタンスの基になっていったことも知っていた。
それだけでなく、このアンプテストは瀬川先生の自宅で行われて、
そこでマッキントッシュのC22とMC275と出逢われている。

エリカ・ケートのモーツァルトの歌曲のために、このアンプを欲しい、とさえ思ったものだ、と、
「いま、いい音のアンプのほしい」の中で書かれている。

そういう3号だから、バックナンバーの中でもっとも読みたい一冊であった。

Date: 1月 8th, 2014
Cate: オーディオ評論, 瀬川冬樹

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(300Bのこと・補足)

ステレオサウンド 8号に掲載されている瀬川先生のステレオギャラリーQの300B/Iの記事、
読みたいという希望をありましたので、the Review (in the past)で公開しました。

ステレオサウンド 8号には、池田圭氏による「300A物語」も掲載されている。

Date: 12月 31st, 2013
Cate: 1年の終りに……, 岩崎千明, 瀬川冬樹

2013年の最後に

今年は12月31日のブログに、
個人的なオーディオの10大ニュースを選んで書こう、と思っていたけれど、
結局、10も選ぶことができなかった。

ならば書くのをやめようかと思ったけれど、ひとつだけはどうしても書いておきたかった。

オーディオに関することで個人的なトップは、
ステレオサウンドから岩崎先生と瀬川先生の著作集が出たことだ。

ステレオサウンドが、なぜ30年以上も経ってから復刻・出版した、その理由はなんなのか。
私は部外者であるからはっきりとしたことはわからない。
私が考えている理由とはまったく違う理由によるのかもしれない。

理由は、でもどうでもいい。
本が出た、ということ。
出たことで生れてきた意味、
これをどう捉えるか、のほうが大事だからだ。

結果として、岩崎先生の「オーディオ彷徨」の復刻、瀬川先生の著作集は、
いまオーディオ評論家と呼ばれている人たちに、つきつけている。

つきつけられている──、
そう感じていない人のほうが、実のところ多いのかもしれない。

感じていない人は、何をつきつけられているのか、も、わからないままだ。

Date: 11月 24th, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(続々・岡俊雄氏のこと)

やわらかい音が出れば、アシュケナージの、このときのピアノの音が再現できるというものではない。
マシュマロのような、といっても、それはあきらかにピアノから立ちのぼってくるやわらかい音なのである。

アシュケナージのレコードは、それほど多くはないけれど、
このコンサートの後に聴いてきた。
ふり返ってみると、ほんとうに数えるほどの枚数である。

あのコンサートでのアシュケナージのピアノの音は、
アシュケナージ本来の音なのであろうか、という疑問もある。

アシュケナージというピアニスト、
当日演奏に使われたピアノ、
コンサートホールの音響特性、
それに私がいた二階席。
こういった要素が偶然うまく絡みあっての、あのときの音になっていた可能性だって排除できない。

それはわかっていても、一度でも聴いて、はっとさせられた音は忘れられるものではないし、
アシュケナージのレコードを聴けば、どうしても、あの音を思い出すし、
それはスピーカーから出る音としては、いまのところ無理なのかもしれない。

そんなことがあったからアシュケナージのレコードは、いつのまにか遠ざけるようになったのかもしれない。

Date: 11月 23rd, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(続・岡俊雄氏のこと)

アシュケナージ以前にも、ピアノのコンサートには数えるほどではあったが、行ってはいた。
アシュケナージの後にも、もっと多くのピアノのコンサートには行っている。

こと音に関してだけでいえば、アシュケナージの、このときのコンサートほど印象に残っているものはない。

アシュケナージの演奏を聴きながら、
ピアノの音に驚いていた。
ピアノから、こういう音が鳴ってくるのか、
こういう音をなんと表現したらいいのだろうか。

もうこうなるとアシュケナージの演奏を聴いている、というよりも、
アシュケナージの弾くピアノの音を聴いていた、というべきだろう。

しばらく考えていた。
浮んできたのは、マシュマロをおもわせる音、だった。
まるくやわらかく、ふわっとしている。
一音一音が、すべてそんな感じでピアノから上に向って、音が浮んでくる。
そんな感じだった。

マシュマロのような音だ、と思った次の瞬間におもっていたのは、
こういう音は、スピーカーからは出せないだろう、
どこまで技術が進歩したらスピーカーから、このときのアシュケナージのピアノの音が再現できるようになるのか、
そんなことをぼんやり考えていた。

Date: 11月 23rd, 2013
Cate: 岡俊雄

アシュケナージのピアノの音(岡俊雄氏のこと)

岡先生のことを書いていると、
やはりアシュケナージのことが頭に浮んでくる。

岡先生のステレオサウンドの連載、クラシック・ベスト・レコードを読まれてきた人ならば、
岡先生がショルティ、アシュケナージを高く評価されていることは気づかれている。

クラシック・ベスト・レコードは私が担当していた。
見出しにショルティ、アシュケナージの名を書いたこともある。

当時私は20代前半。
ショルティもアシュケナージも、岡先生がいわれるほど素晴らしい演奏をするとは感じられなかった。

ショルティに関しては、30代後半ごろから、
なかなかいい指揮者なんだ、と思うようになり、
40もこえると、個人的にショルティ再評価ということになっている。

アシュケナージは、というと、ほとんど、というより、まったく聴いていない。
聴かなければ再評価もできないわけで、
怠慢な聴き手の謗りを甘んじて受けようとも、なぜかアシュケナージを聴こう、
まして聴きたい、とは思えない。

そんな私でも1981年ごろだったか、
アシュケナージのコンサートに行っている。
後にも先にもアシュケナージのコンサートに行ったのは、この時だけである。

ホールがどこだったのかも忘れてしまった。
ただ二階席で聴いていたことだけは、はっきりと憶えている。
そして、そのときのアシュケナージのピアノの音は、もっとはっきりと憶えている。