audio wednesday (next decade) –第二十九夜
5月で休止しているaudio wednesdayですが、定期的に集まる場として続けてほしいという声がありましたので、8月12日にやります。
音を鳴らせるわけではないので、どこかに集まって食事をしながら、オーディオ、音、音楽について話せる場としてのaudio wednesdayです。
参加希望の方は、8月10日までに私宛に連絡ください。
5月で休止しているaudio wednesdayですが、定期的に集まる場として続けてほしいという声がありましたので、8月12日にやります。
音を鳴らせるわけではないので、どこかに集まって食事をしながら、オーディオ、音、音楽について話せる場としてのaudio wednesdayです。
参加希望の方は、8月10日までに私宛に連絡ください。
テレフンケンのMagnetophon10の再生アンプは、V87という。録音アンプがV86で、どちらもモノーラル構成。
V87が、郵便でスウェーデンから届いた。梱包された状態を見て、こんなに大きいのか、とまず思った。V87のことは、その時までほとんど知らなかったこともあって、ここで最初の驚き。
梱包をとく。ここでモノーラル構成だということを知る。もちろん二台入っていた。
大きさはW52×H10×D27cmくらいで、重量は約10kg。もちろん一台のサイズだ。
この規模と造りならば、EMTの927Dstのイコライザーアンプとしてふさわしい、と納得した。
私が手に入れた頃は、こういうモノはあまり注目されていなかったのか、数万円ぐらいだった。
大きくて邪魔になるから、捨てるよりも誰かが欲しいというのなら──、そんな感覚の処分だったのだろう。
往年のEMTのアナログプレーヤーは、カートリッジ、トーンアーム、ターンテーブル、そしてイコライザーアンプを含めてのプレーヤーシステムだった。
管球時代は、モノーラルの139、ステレオの139st、トランジスター時代になって155st、OPアンプの153stが搭載されていた。
930stも927Dstもイコライザーアンプは同じである。
高さこそあるものの、業務用のプレーヤーシステムとして比較的コンパクトにまとめられている930stも、はるか大きな927Dstも、155stであることに特に不満はなかったものの、それでも──、というおもいは、時として頭をもたげる。
155stを含めての927Dstであり、その音はすごい。それでも927Dstに見合った規模のイコライザーアンプだったら、いったいどんな音がするのか──。
927Dstを手に入れてからは、それを想像してしまう。そんな時に、テレフンケンのMagnetophon10の再生アンプがある、という話が来た。どんなモノなのかは詳細は、その時点ではほとんど知らなかった。管球式で、けっこう大きいぐらい程度の知識しかなかったが、価格は安い。
これならば買ってみよう、と決めた。
これを買って、927Dst用の再生イコライザーアンプにしよう、と決めたからだ。
7月は、ツール・ド・フランス。
一週間後が最終ステージとなるが、今年の総合優勝(マイヨ・ジョーヌ)は、もう決まったといえる。
私がツール・ド・フランスのテレビ放送を見たのは、1993年が初めてだった。フジテレビが深夜にダイジェスト版をやっていた。
自転車雑誌を買うようになったのは、1994年夏からだった。ツール・ド・フランスの特集号だった。
初めて手にする雑誌は、知らないことの方が多い。記事だけでなく広告も隅々まで読んでいた。
いまも憶えているのは、フランスのメーカー、LOOKの広告だった。KG196という、カーボンモノコックのフレームのカラー広告で、そのカッコよさの衝撃は大きすぎた。
いまでもKG196のことを思い出しては検索して、このくらいで買えるのか(もちろん中古)とあれこれ妄想するほど大きかった。
KG196はその後、KG296、KG396と改良されていったけれど、私にとってはやはりKG196が、いまでも一番カッコよく見えてしまう。
自転車としての性能は、いまのカーボンフレームの方がずっと軽量だし、乗って速いはず。
KG196は、完成車重量はフレームのサイズにもよるが、9kg台後半で、今どきの軽量ロードバイクよりも3kgほど重い。
それにカーボンのグレードも違うのだから、競技用のフレームとしては、三十年前のモノということになってしまうのはわかった上で、やっぱりKG196はいいなぁ、と思う。
二日前に書いた『「音は人なり」を、いまいちど考える(その30)』は、「オーディオへの献身」を考えてのことだと、さっき気づいた。
来年(2027年)は、マリア・カラス没後五十年。
マリア・カラスは日本でも高く評価されていたし、人気も高かったのに……、と思ってしまうのは、2020年に予定されていた“Callas in Concert – The Hologram Tour”が、コロナ禍で、延期ではなく中止になってしまったことが一つ。
それから2024年に公開された映画「Maria」が、日本では公開されないどころか、Netflixでも配信されていない。
アンジェリーナ・ジョリーが七ヵ月に及ぶ声楽のトレーニングを受けてマリア・カラスを演じた作品は、日本でも話題になっていた。
なのに、何も伝わってこなくなっている。映画館での公開はもう期待できないと思っているが、なぜNetflixは日本で配信しないのか。その理由も伝わってこない。
来年に期待できるのか。
五年前に、別項で書いたことを思い出している。
2008年だったか。
菅野先生が「痴呆症になった時の音に興味がある」といわれた。
老人性痴呆症になったときに、自分はどういう音を出すのか。それにいちばん興味がある、ということを話された。
痴呆症になってしまったら、音の判断もできなくなるだろうから、実際には無理な話だからこそ、この時の菅野先生の話は、いまも思い出しては、考えてしまう。
「音は人なり」という。
何度も、私自身、そのことについて書いてきている。「音は人なり」は、いろんな面を持っている。
時に「音は人なり」は、押しつけになってしまわないだろうか。
オーディオの勉強をして、いろんな音を聴いて、いろんな工夫をして音を出していく。
お金の工面もして、高価なオーディオ機器も手に入れたりする。
そういう行為を、何十年も重ねていけば、
経験が、知識が、ノウハウが、その人のなかに積み上っていくし、オーディオ機器もより良いモノへとなっていく。
でも、それは極まった、といえるのだろうか。
極まった時、「音は人なり」という押しつけは消えていくのではないだろうか。
五年前に、実のところ、そういったものすべてを捨て去って、つまり空っぽになって出てくる音こそが、ほんとうの「音は人なり」なのではないか、と書いた。
空(カラ)になった音──。
そこでの「音は人なり」もあるのではないか。
押しつけは消え、無私の境地となった音。
そんな音が聴ける日がくるのか、と考え目指すことが、すでにそこから外れていってしまうのかもしれないと思いつつも、
無私こそ「音は人なり」とも思えてしまう。
facebookに、1970年代の生録ブーム、その時の熱狂ぶりを伝える写真が公開されていた。
無線と実験編集部による投稿で、ティアック主催の生録会のようだ。ステージ上には数えるのが面倒なほどのマイクロフォンとスタンドがあり、客席側には、こちらも数えるのがイヤになるほどのオープンリールデッキが並んでいる。
モノクロの不鮮明な写真であっても、東京や大阪といった大都市では、こういう生録の機会があって、そこには多くのオーディオマニアが参加していたことの熱気というか、熱狂ぶり(といいたくなる)があった、と感じる。
オープンリールデッキで録音するのは、こういった生録、それからライヴ録音、もしくはライヴの生中継のFM放送のエアチェックがそうなのだろうが、あえて番外として書いているのは、ルボックスのA700のことがあるからだ。
HI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を見ていて当時気づいて、少しばかり驚いたのは、A700にはフォノ入力端子があることだった。
A700は、A77(315,000円)、HS77(365,000円)の上級機であり、1981年登場のPR99(650,000円)まではフラッグシップモデルでもあった。
そのA700には、マイクロフォン入力、ライン入力だけでなく、A77やHS77にはないフォノ入力がある。
普及クラスのオープンリールデッキにフォノ入力があるのはわからないでもないが、なぜA700にあるのか。
いまHI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を読み返しても、フォノ入力を持つオープンリールデッキはなさそうだ(見落としがあるかもしれない)。
A700を持っている人ならば、同等クラスのコントロールアンプかプリメインアンプは持っているはず。だからフォノ入力は要らないと思う。
A700に直接アナログプレーヤーを接続してダビングする人がいたのか、それをルボックスは考慮して付けているのか。
A700の回路図を見ると、フォノイコライザーアンプ部には、再生アンプ、録音アンプと同じOPアンプが使われている。
A700に使われているのは、TBA931という14ピンのデュアルOPアンプで、すでに製造中止でかなり入手困難なモノ。
1970年代後半、スチューダーのオープンリールデッキのフラッグシップモデルは、A80MK II(3,300,000円)になっていた(2トラック2チャンネルモデルに絞ってのこと)。
A80と同等の他社のフラッグシップモデルは、アンペックスのAG440CS-2C(2,560,000円)、ATR102(4,000,000円)、スカリーの280B(2,430,000円)、テレフンケンのMagnetophon15Aなどがあった。
A80MK IIが3,300,000円だったころ、Magnetophon15Aは輸入されたばかりで価格未定だった。A80MK IIが3,990,000円になったころ、Magnetophon15Aは5,990,000円に、さらに約二年後には6,240,000円になっていた。
スチューダーかテレフンケンか。どちらもすごいのだろうが、モノクロのさほど大きくない写真で見比べると、Magnetophon15Aは、スチューダーのC37とは少し違う武骨さを感じる。
A80もMagnetophon15Aも、時代的にソリッドステートだ。1970年代後半、アンプでは管球式が少ないながらも残っていたが、テープデッキに管球式はなかった。
このころは、まだオープンリールデッキの、以前のモデルの知識はあまりなかった。それでも数年経つと、いろいろと知ってくるようになる。
テレフンケンの管球式オープンリールデッキとして、Magnetophon10があったことを知る。
この時点で、C37のライバルモデルとしてMagnetophon10が、私の中では浮上してきた。
C37もすごいのだろうが、きっと同じくらいにMagnetophon10もすごいはず。写真と断片的なことしか知らなかったけれど、そう思うようになっていった。
だからといってMagnetophon10を、五味先生がC37を手に入れられたように、憧れとか欲しいという気持は湧いてこなかった。
それから数年、EMTの927Dstを手に入れてすぐくらいに、Magnetophon10の再生アンプを手に入れた。
なんのためというと、927Dst用のイコライザーアンプとして、である。
スチューダーのC37はすごい、どんなオープンリールデッキなのだろか、と、その写真をすぐにでも見たかったけれど、当時はインターネットという便利なものはなかったし、ステレオサウンド 55号まで待つしかなかった。
55号のスーパーマニアは、それまでとは違い、五味先生の追悼記事でもあった。五味先生のリスニングルーム、そして愛用のオーディオ機器。そこにC37が、当然のことながらあった。
大きいだろうことは、なんとなく想像していた。同じスチューダーの現行モデルのA80のことは写真とスペックは知っていたから、管球式のC37はA80のようにスマートにまとめられてはいないだろう、ぐらいの想像はしていた。
その想像よりも大きかった。武骨な感じすら受けた。これがC37なのか。EMTでいえば927Dstだな、とも感じていた。
C37の音は聴いたことがない。それでもC37で録音されたものは、知らず知らずのうちに聴いている。そのくらい、C37が現行機種だったころは、多くの録音スタジオで使われていた。
一度は、C37で録音したテープをC37で再生した音は聴いてみたい。そんな機会はもうやってこないだろうが、C37の存在の大きさは、20代のころの私にとって、アナログディスク再生への非常に大きな刺戟となっていった。
五味先生がステレオサウンド 50号掲載の「五味オーディオ巡礼」で書かれている。
*
もうひとつ業務用パーツとホーム用パーツをつなぐときこわいのは、インピーダンスの合わぬことで、以前、ノイマンの業務用パワーアンプを拙宅でつないだときもそうだった。最近プロ機のスチューダーC37を入手して、欣喜雀躍、こころを躍らせ継いでみたら、まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音で呆っ気にとられたことがある。理由は、C37は業務用だからマイクロホンの接続コードをどれ程長くしてもINPUTの音質に支障のないよう、インピーダンスをかなり低くとってあるため、ホームユースの拙宅のマランツ#7とではマッチしないと知ったのだ。かんじなことなので言っておきたいが、プリアンプとのインピーダンスが合わないと、単にテープの再生音がわるいのではなく、C37に接続したというだけでレコードやFMの音まで鼻づまりの歪んだ感じになってしまった。愕いてC37を譲られた録音スタジオから技術者にきてもらい、ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている。
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ルボックスのA700は1977年において688,000円、テレフンケンのM28はM28Cになっていて、こちらは1,3000,000円だった。
どちらも当時のオープンリールデッキとしては高級機である。けれどスチューダーのC37の前では、《ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている》ということになってしまっている。
どれだけすごいんだろうか、C37は、と思ったし、同時に、五味先生がC37で聴かれたのは、A700やM28Aで録音したテープも多かったはず。
つまりテープ再生器としてもC37はとびきりの性能を持つ。ならば録音器として、C37で録音・再生する、その音はどんなだろうか、と、もうこのへんになると、当時高校生だった私にはなかなか想像できなかった。
中学生のころ思い描いていた将来のままになっていたら、オープンリールデッキで何を録音していたか。
中学校の理科の先生ななりたいと思っていたから、学校の部活動の録音をやっていたかもしれない。
録音を何度もやることで上達して、前回よりも今回、今回よりも次回と、いい音で録れるようになるんだろうな、とやってもいないことをあれこれ想像していた中学生だった。
録音器としてテープデッキを捉えるのだから、そうなるのだが、スチューダーのC37は私にとっては、最初から別格の存在だった。
スチューダーのC37のことは、「五味オーディオ教室」もほんのわずかだが書かれていた。
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いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
家庭で名曲を楽しむのをレコード音楽本来のあり方とわきまえるなら、音キチになるほど愚の骨頂はない、と今では思っている。
*
C37。どんなオープンリールデッキなのか。全く他の情報はなかった。すでに製造中止になっているようだとは、五味先生の文章から伝わってきた。
別項でも触れているが、C37について次に知ったのはステレオサウンド 50号での「オーディオ巡礼」であったし、C37がどんな姿をしているのか、写真を初めて見たのはステレオサウンド 55号の「スーパーマニア」だった。
生成AIとオーディオについて会話している人はいるし、増えていると思う。
どの生成AIをどう使うかは、ここでのテーマである「感覚の逸脱のブレーキ」として作用するだろうが、同時に使い手次第、使い方次第ではアクセルになるのかもしれない。
ピーター・ガブリエルの“Don’t Give Up”は、いまもときおり聴いている。
でも(その3)で書いているように、何ももううまくいかなかった時期に聴いても、心に響くことはなかった。
ふり返っておもうのは、その時の音は耳に近い音を求めていた結果だったのか、心に近い音を求めていた結果だったのか。
と考えながらも、どちらの音であっても、どこか虚しく聴こえたのではないだろうか、と思う。
これから先、もっとどうにもならない時期が訪れるのかもしれない。その時、私はどういう音でピーター・ガブリエルの“Don’t Give Up”(というよりもケイト・ブッシュの歌)を聴いているのか、どう感じるのか。
オーディオに興味を持ち始めたのは中学二年の秋だった。このころの私は、中学の先生になることを考えていた。
父が英語の教師だったことも関係しているし、長男だから家を継ぐことも考えてのことだった。
それに喘息持ちということも東京に出て行こうとは、全く考えていなかった。小学生のころに観た映画「ゴジラ対ヘドラ」は衝撃だったし、東京に住んだら喘息はひどくなるだけじゃないか──、そんなこともあって、ずっと熊本で暮らしていくんだろうな、とぼんやり思っていた。
そんな将来で、オープンリールデッキを持って、何を録音するのか、と考える。
マーク・レヴィンソンの考えは賛同できる。日本では高城重躬氏、金田明彦氏が同じ考え、近い考えをもっての実践者といえる。
金田明彦氏は、マイクロフォンアンプからテープデッキのアンプを含めて、再生系全てのアンプをDC化された。
高城重躬氏は、自身のリスニングルームにスタインウェイのグランドピアノを置かれ、そこでの演奏を録音して再生することでの原音再生の一つを試みられていた。
高城重躬氏の場合、そこで得られたことで、ゴトうんユニットの改良へとつながっていた。
高城重躬氏のやり方は、正しいように思う人も多いようだが、録音時にリスニングルームにスタインウェイのピアノがあることは、わかる。
けれど再生時にも、そこにあるということは、スピーカーからの音とスタインウェイのピアノとが常に共鳴しているわけで、同一空間での録音再生で、原音再生を追求していくのであれば、再生時にはスタインウェイのピアノはリスニングルーム外に出しての音で判断すべきである。