第50回audio sharing例会のお知らせ
3月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。
テーマはまだ決めていません。
時間はこれまでと同じ、夜7時です。
場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
3月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。
テーマはまだ決めていません。
時間はこれまでと同じ、夜7時です。
場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
その人の書く字と音(演奏)との関係で思い出すのは、
黒田先生の、カルロ・マリア・ジュリーニについて書かれた文章がまずある。
マガジンハウスから出ていた「音楽への礼状」に、この文章はおさめられている。
ジュリーニが、マーラーの交響曲第九番をシカゴ交響楽団と録音した1977年から五年後の1982年に、
ジュリーニはロサンゼルス・フィルハーモニーとともに来日公演を行っている。
この時黒田先生はジュリーニにインタヴューされ、マーラーの九番のスコアにサインをもらわれている。
*
あのとき、マーラーの第九交響曲のスコアとともに、ぼくは、一本の万年筆をたずさえていきました。書くことを仕事にしている男にとって、自分に馴染んだ万年筆は、他人にさわられたくないものです。そのような万年筆のうちの一本に、AURORAというイタリアの万年筆がありました。その万年筆は、ずいぶん前に、ミラノの、あなたもご存知でしょう、サン・バビラ広場の角にある筆記用具だけ売っている店で買ったものでした。そのAURORAは、当時、ようやく馴染みかけて使いやすくなっているところでした。でも、あなたはイタリアの方ですから、それでぼくはAURORAでサインをしていただこうと、思いました。
おそらく、お名前と、それに、せいぜい、その日の日づけ程度を書いて下さるのであろう、と漠然と考えていました。ところが、あなたは、ぼくの名前から書きはじめ、お心のこもったことばまでそえて下さいました。しかし、それにしても、あなたは、字を、なんとゆっくりお書きになるのでしょう。ぼくはあなたが字をお書きになるときのあまりの遅さにも驚きましたが、あなたの力をこめた書きぶりにも驚かないではいられませんでした。スコアの表紙ですから、それなりに薄くはない紙であるにもかかわらず、あなたがあまり力をこめてお書きになったために、反対側からでも字が読めるほどです。
時間をたっぷりかけ、一字一字力をこめてサインをして下さっているあなたを目のあたりにしながら、ぼくは、ああ、こういう方ならではの、あのような演奏なんだ、と思いました。
*
ジュリーニが、ゆっくりと書くのは、さもありなんと、ジュリーニの演奏を聴いたことのある人ならば思うだろう。
黒田先生の文章で興味深いのは、力をこめた書きぶりである。
スコアの表紙の裏側からでも字が読めるほどの力のこめぐあいである。
ゆっくりと、力をこめる。
こういう音でジュリーニの演奏は聴くべきである。
カートリッジにはトーンアームという相棒がいる。
ゼロバランスさえとれれば、どんなトーンアームとどんなカートリッジの組合せでも、音は出る。
とはいっても、そのカートリッジの本来の性能をできるだけ発揮したければ、
トーンアームの選択も重要になってくる。
軽針圧カートリッジに最適なトーンアームは、重針圧カートリッジには向かないし、
重針圧のトーンアームで、軽針圧カートリッジは使いたくない。
それぞれのカートリッジに適したトーンアームをできるだけ使いたい。
ステレオサウンドがヘッドフォンの別冊を出した1978年と現在の違いは、
ヘッドフォンアンプがいくつも登場してきていることである。
ヘッドフォンアンプはカートリッジにとってのトーンアームのような存在である。
カートリッジとトーンアームの関係のように適さない、ということはほとんどないけれど、
ヘッドフォンにとってヘッドフォンアンプの登場は、良き相棒の登場ともいえよう。
瀬川先生は「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」での試聴で、
トリオのプリメインアンプKA7300Dを使われている。
その理由を書かれている。
*
ヘッドフォンのテストというのは初体験であるだけに、テストの方法や使用機材をどうするか、最初のうちはかなり迷って、時間をかけてあれこれ試してみた。アンプその他の性能の限界でヘッドフォンそのものの能力を制限してはいけないと考えて、はじめはプリアンプにマーク・レヴィンソンのLNP2Lを、そしてパワーアンプには国産の100Wクラスでパネル面にヘッドフォン端子のついたのを用意してみたが、このパワーアンプのヘッドフォン端子というのがレヴェルを落しすぎで、もう少し音量を上げたいと思っても音がつぶれてしまう。そんなことから、改めて、ヘッドフォンの鳴らす音というもの、あるいはそのあり方について、メーカー側も相当に不勉強であることを思った。
結局のところ、なまじの〝高級〟アンプを使うよりも、ごく標準的なプリメインアンプがよさそうだということになり、数機種を比較試聴してみたところ、トリオのKA7300Dのヘッドフォン端子が、最も出力がとり出せて音質も良いことがわかった。ヘッドフォン端子での出力と音質というは、どうやらいま盲点といえそうだ。改めてそうした観点からアンプテストをしてみたいくらいの心境だ。
*
このころの瀬川先生は、いまのヘッドフォンとヘッドフォンアンプの状況は歓迎されたように思う。
1978年当時はヘッドフォンのみだった。
いまは優秀なイヤフォンもある。
メーカーの数も増えた。
そこにヘッドフォンアンプが加わるわけだから、きっとハマられたのではないだろうか。
1989年か1990年だったと記憶している。
ヴィクトリア・ムローヴァが来日した。
津田塾ホールでのコンサートがある。
ムローヴァをかぶりつきで聴きたかった(見たかった)私は、
当時津田塾ホールの仕事をされていたKさんにチケットの手配をお願いした。
ムローヴァにいちばん近い席で聴きたい、という勝手な要望をつけて。
当日ホールについてチケットを受けとると、
いちばん前の席ではあるものの、中央の席ではなかった。
いちばん近い席という要望はかなえられなかったかぁ……、とすこしがっかりしていた。
コンサートが始る。
ムローヴァがステージに現れた。
なぜかムローヴァはステージの中央ではなく、私が坐っている席の真正面に立って演奏を始めた。
ムローヴァがステージのどの位置で演奏をするのか知った上で用意してくれたのどうかはわからなかったが、
私の要望は最高のかたちでかなえられた。
いまでは信じられないだろうが、当日津田塾ホールは満員ではなかった。
私の両隣はほとんど空席だった。
私の後には多くの人がいても、彼らは私の視界にははいらない。
私の視界にいるのはヴィクトリア・ムローヴァだけだった。
こういう距離感で音楽を聴けるのは、クラシックのコンサートではあまりない。
1978年にステレオサウンドは別冊として「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」を出している。
国内外47機種のヘッドフォンの試聴を行っている。
この別冊の筆者は岡原勝氏、菅野先生、瀬川先生。
この面子からして、ヘッドフォンの別冊だから……、といったところは微塵もない。
いま思えば、よくこの時機に、これだけの内容のヘッドフォンの別冊を出していたな、と感心する。
1978年当時のヘッドフォンの扱いは、ぞんざいだったといえなくもない。
ステレオサウンド本誌でヘッドフォンがきちんと取り上げられることはほとんどなかった。
そこにヘッドフォンだけの別冊、
しかもステレオサウンドのメイン筆者である菅野先生と瀬川先生が試聴に参加されている。
瀬川先生は、自ら立候補して試聴に参加されている。なぜか。
*
ヘッドフォンで聴くレコードの音というものを、私は必ずしも全面的に「好き」とはいえない。が、5年ほど前から住みついたいまの家が、発泡性のPCコンクリートによるいわゆる「マンション」の3階で、遮音さえ別にすれば住み心地は悪くないのだが、音屋にとって遮音が悪いというのは全く致命的でまして夜が更けるほど目が冴えてきて、真夜中に音楽を聴くのが好きな私のような人間にとっては、もう命を半分失ったみたいな気分。いまはもう、一日も早くここを逃げ出して、思う存分音を出せる部屋が欲しいという心境になっているが、そんな次第で、最近の私にとって、ヘッドフォンは、好むと好まざると、もはや必要不可欠の重要な存在になってきている。
それでもはじめのうちは、何となく入手したいくつかのヘッドフォンを、決して満足できる音質ではなかったが、ヘッドフォンなんて、まあこんなものなのだろうと、なかばあきらめて、適当に取りかえながら聴いていた。そのうちどうにも我慢ができなくなってきて、友人の持っている国産のコンデンサー型を借りてみたりしたが、なまじ期待が大きかったせいか、よけい満足できない。
だいたいヘッドフォンというは、ローコストの製品はおマケのような安ものだし、高級機になると販売店等でも実際の比較試聴がなかなかできない。そんな折に、ほとんど偶然のような形でAKGのK240を耳にして、ヘッドフォンでもこんなにみずみずしく、豊かでひろがりのある音が得られるのかとびっくりして、しばらくのあいだこればかり聴く日が続いた。これの少し前は、KOSSのHV/1LCをわりあい長く聴いていた。国産のヘッドフォンのいくつかを試してみても、音楽のバランスのおかしいものが多く、とうてい満足できなかった。とはいうものの、AKGやKOSSにも、十分に充たされていたわけではない。
(中略)
試聴はかなり長時間にわたったが、テストをしている最中にも、いくつかの良いヘッドフォンを発見するたびに、私は早速、今回の編集担当のS君に頼んでは、気に入った製品をすぐに手配してもらった。こうして試聴の終ったいま、イエクリン・フロート、ゼンハイザーHD400、ベイヤーDT440を買いこんでしまった。AKGは140も240もすでに持っているし、KOSSは前述のようにHV/1LCと、それに私の目的ではめったに使わないがPRO/4AAを前から持っている。これだけあれば私は十分に満足だ。
*
この文章から、瀬川先生は六本のヘッドフォンを、この時点で所有されていることがわかる。
ステレオサウンド 47号、巻頭。
瀬川先生が「オーディオ・コンポーネントにおけるベストバイの意味あいをさぐる」を書かれている。
その冒頭に、こうある。
*
たしか昭和30年代のはじめ頃、イリノイ工大でデザインを講義するアメリカの工業デザイン界の権威、ジェイ・ダブリン教授を、日本の工業デザイン教育のために通産省が招へいしたことがあった。そのセミナーの模様は、当時の「工芸ニュース」誌に詳細に掲載されたが、その中で私自身最も印象深かった言葉がある。
ダブリン教授の公開セミナーには、専門の工業デザイナーや学生その他関係者がおおぜい参加して、デザインの実習としてスケッチやモデルを提出した。それら生徒──といっても日本では多くはすでに専門家で通用する人たち──の作品を評したダブリン教授の言葉の中に
「日本にはグッドデザインはあるが、エクセレント・デザインがない」
というひと言があった。
20年を経たこんにちでも、この言葉はそのままくりかえす必要がありそうだ。いまや「グッド」デザインは日本じゅうに溢れている。だが「エクセレント」デザイン──単に外観のそればかりでなく、「エクセレントな」品物──は、日本製品の中には非常に少ない。この問題は、アメリカを始めとする欧米諸国の、ことに工業製品を分析する際に、忘れてはならない重要な鍵ではないか。
*
47号が出たのは1978年6月。
ちょうどこのころ、ヤマハのオーディオ機器をGKインダストリアルデザイン研究所が手がけていることを知った。
知った、といっても、ただそれだけのことで、それ以上のことはわからなかったのだから、
知らないと同じようなものだ。
「日本にはグッドデザインはあるが、エクセレント・デザインがない」
ここで私が思い浮べていたのは、ヤマハのオーディオ機器のことだった。
1978年、ヤマハのスピーカーシステムはNS1000Mがあった。NS690IIもあった。
プリメインアンプは、CA2000、A1があり、コントロールアンプはC2、C4、
パワーアンプはB3、B4、チューナーはCT7000、T1、T2などがあった。
どれもグッドデザインだと思っていた。
でもエクセレント・デザインかというと、当時高校生だった私には、そうは思えなかった。
GKインダストリアルデザイン研究所が、ヤマハのオーディオ機器のすべてを手がけていたのかどうかも知らない。
けれどヤマハの代表的なオーディオ機器は、GKインダストリアルデザイン研究所によるものだろう。
GKインダストリアルデザイン研究所が手がけたであろうヤマハのオーディオ機器のいくつかは、
いまでも欲しいと思うモノがある。
それでもエクセレント・デザインとは不思議と思えない。
それは瀬川先生が書かれているように、
「エクセレント」デザイン──単に外観のそればかりでなく、
「エクセレントな」品物──は、日本製品の中には非常に少ないからなのだろうか。
そうかもしれない。
私にとってはヤマハのオーディオ機器は「エクセレントな」品物ではなかった。
上品ではあった。
でもそのことが「エクセレントな」になることを阻礙していたのかも……、とも思える。
榮久庵憲司氏が亡くなられたことを知り、
最初に思ったのが、このことだった。
ヤマハのオーディオ機器のデザインについては、
瀬川先生の語られたある言葉も思い出すし、いつかまた書くことになると思う。
マークレビンソンのLNP2は、JC2(後のML1)の価格の約二倍していた。
日本ではJC2よりもLNP2の方が売れているような印象すらある。
日本におけるマークレビンソンの名声はLNP2によって築かれたともいえる。
けれど、LNP2が同時代の日本のコントロールアンプにどれだけの影響を与えただろうか。
アメリカでは比較広告が認められているため、
マークレビンソンのアンプと比較して……、と自社のアンプのスペックの優秀性を誇る広告が、
けっこうあったときいている。
マークレビンソンの成功は、多くの人を刺戟していた。
それでもLNP2をマネたようなコントロールアンプは登場していない。
それが日本になると少し事情が違ってくる。
日本では当時は比較広告は認められていなかった。
だから、日本の各オーディオメーカーがどの程度マークレビンソンを意識していたのかは、
広告からはわからない。
けれどJC2の登場以降、日本では薄型コントロールアンプがいくつも登場してきた。
つまり影響の大きさでいえば、JC2の方がはるかに大きい。
ラックスでさえ、CL32という真空管アンプながら厚さ7.7cmの薄型を出してきた。
そして機能を省略したアンプも増えてきた。
この流れは、はっきりとJC2の影響だといえる。
ならばJBLの4343、SMEの3012と同じ意味で、JC2も「原器」といえるのかというと、
私はそうは思えない。
なぜそう思えないのか。ここに「原器」とは何かをさぐる鍵があるような気がする。
二年ほど前、別項「あったもの、なくなったもの」で、
昔のステレオサウンドにはあって、いまのステレオサウンド(編集部)にはなくなったものがあると書いた。
何がなくなったのかについては、あえて書かなかった。
それは「理想」である。
なぜその「理想」がなくなったのかについては書かない。
(その15)の最後に、理想の有無だと書いた。
私にとってオーディオ評論家と呼べる人、仕事としているけれどそう呼べない人との根本的な違いとして、
理想の有無だとした。
私にとってオーディオ評論家と呼べる人には理想があった、と思う。
オーディオ評論を仕事としているようだけど、とうていオーディオ評論家と呼べない人には理想がない、
少なくとも私にはそう感じられる。
ここでの理想は、いい音を追求していくことではない。
こういう音を求めている、という意味での理想とは違う意味での「理想」である。
もしかすると、私がないと感じている人にも実のところあるのかもしれない。
けれど、その人が書いている文章からは、そのことが感じられない。
だから、理想がない、と書いた。
このことは、オーディオ評論家だけに限ったことではない。
オーディオ雑誌の編集者にもいえることである。
4343を「原器」とするならば、
トーンアームの「原器」は、やはりSMEの3012ということになる。
少なくとも日本では、そうだといえる。
オルトフォンのSPUを使うために開発されたSMEの3012に採用されたのが、
その後日本では標準規格といえるほど普及してしまったプラグインコネクターである。
このコネクターの採用だけでも、SMEの日本のトーンアームにおける影響の大きさがわかる。
このコネクターの採用があったからこそ、
日本ではカートリッジの交換を、多くの人があたりまえのように行えるようになった。
アナログプレーヤー関連のアクセサリーがあれだけ充実したのも、
プラグインコネクターの普及のおかげもある。
ヘッドシェル、リード線、取付けネジなどのアクセサリーは、
プラグインコネクターの採用があったからこそのモノともいえる。
SMEの3012の影響はそれだけではない。
ある時期の日本のトーンアームは、3012のコピー(部分的なコピーを含めて)といえるモノがいくつもあった。
SMEの3012も、4343と同じ意味で「原器」であったといえよう。
では同じようにマークレビンソンのLNP2も「原器」といえるだろうか。
「LNP2と同時代のコントロールアンプ」とテーマで書け、といわれれば、いくらでも書いていける。
けれど、冷静にみればわかることなのだが、LNP2は4343、3012のような影響を、
同ジャンルの日本のオーディオ機器に与えただろうか。
影響の大きさだけでみれば、LNP2よりもJC2の方が大きい。
スピーカーの変換効率は、相当に低い。
93dB/W/mで1%の変換効率である。
30数年前は93dB/W/mは高能率ではなかった。
標準的もしくはフロアー型で、この値ならばやや低めの値という認識だった。
それがいまでは90dB/W/mでも能率が高いようにいわれるくらいに、
スピーカーの変換効率は低くなっている。
低くなっている、ということは、悪くなっている、ということである。
確実に悪くなっている。
けれど、そのことを問題とする人はあまりいないように見受けられる。
パワーアンプの出力が十分にあるのだから、
スピーカーの変換効率は低くてもかまわない、ということのようだ。
だがスピーカーに入力された信号の多くは、音にならずにどこへ行くのか。
93dB/W/mで1%なのだから、99%の信号はどうなるのか。
93dBより低いスピーカーならば、99%以上の信号が熱になってしまう。
その熱を発するのはボイスコイルであり、
ボイスコイルはエンクロージュアによって隠されているし、
さらに磁気回路によって覆われているから、直接見ることはないしさわることもない。
ゆえにボイスコイルの熱を使い手が認識することはほとんどない。
けれど低能率のスピーカーてあればあるほど、ボイスコイルが発する熱量は多くなる。
ボイスコイルの温度が上昇する。
思いつくまま挙げていけば……、
EMTのTSD15、オルトフォンのSPU-A/E、デッカMark V/ee、エンパイアの4000D/III、エラックのSTS455E、
テクニクスのEPC100C、スタントン881S、ピカリング、XUV/4500Q、サテンのM18BX、デンオンDL103D、
AKGのP8ESなど。
これらのカートリッジを高校生だったころ、欲しいと思い眺めていた。
最初に、この中から手にしたのはエラックのSTS455Eだ。29900円だった。
いまの時代に、そのころの私がいたとしたら、同じように欲しいと思い眺めるのは、
カートリッジではなくヘッドフォンとイヤフォンかもしれない。
1970年代の終りからの数年間、カートリッジのヴァリエーションは実に豊富だった。
手軽に購入できる価格のモノから、そうとうに高価(20万円近い)モノまであった。
価格だけではない、発電方式もそうだし、針圧に関しても軽針圧から重針圧のモノまで揃っていた。
カンチレバーの素材に関しても、金属だけでなくサファイアやダイアモンドといったモノもあった。
もう、そういう時代はやってこないことだけは確かだ。
それだけにヘッドフォン、イヤフォンのヴァリエーションの豊富さは、
そのころのカートリッジとダブってみえる(みてしまう)。
あのころのオーディオマニアは、カートリッジは平均何本所有していたのか。
10本以上所有している人も珍しくなかったはずだ。
そのころのそういう人たちは、きっと奥さまから、
一度に聴けるレコードは一枚なのに、なぜこんなにカートリッジが必要なの?
とイヤミをいわれていたことと思う。
ヘッドフォン、イヤフォンも、そのころのカートリッジのように何本も持つ人も珍しくない。
きっと、耳は左右にひとつずつしかないのに……、といわれてしまうかもしれない。
ウラディミール・ホロヴィッツは、
「頭はコントロールしなければならないが、人には心が必要である。感情に自由を与えなさい」
といっている。
スピーカーに比べてヘッドフォン、イヤフォンは手軽に購入できるし、
置き場所に苦労することもない。
ならば、まわりからなんといわれようと、あれこれ買ってしまうのは、
自分自身の感情に自由を与えているんだ、と思えばいいではないか。
カートリッジは音の入口、ヘッドフォン、イヤフォンは音の出口という違いはあるが、
どちらも変換器(トランスデューサー)である。
このことが、アンプをいくつも所有するのとは意味合いが少し違ってくるところでもある。
ブログを始めたばかりのころ「4343と国産4ウェイ・スピーカー」というタイトルで書いていた。
4343の登場が1976年。
このころ国産スピーカーに4ウェイのモノはほとんどなかった。
それが数年後、各社から4ウェイのシステムが登場してきた。
4343と同じフロアー型もあればブックシェルフ型の4ウェイもあった。
これは明らかにJBLの4343の成功(爆発的な売行き)があったからこその現象といえる。
ダイヤトーンのDS5000は4343と同サイズである。
このことが何を物語っているのか。
国産メーカーだけでなくアルテックからも6041という4ウェイ・システムが登場した。
6041は後で知るのだが、輸入元による日本発の企画であったらしい。
それにしても、と思う。
これは日本のオーディオだけに限定された現象なのかもしれない。
けれど、そのころの日本はオーディオ大国であった。
非常に大きなマーケットであった。
そこに4343は、ひとつのはっきりとした流れをつくった、といえる。
だからこそ、4343と同時代のスピーカーというテーマが成り立つ。
これだけの影響を与えたオーディオ機器となると、他にどんなモノがあるだろうか。
話題になったオーディオ機器は他にもいくつかある。
どれだけ話題になっても、ひとつの趨勢となるのかは別のことである。
4343の影響は大きくはっきりとしていただけに、
4343はある一時代における「原器」であったはずだ。
オーディオ機器の中で、まだ30年ちょっという歴史しかもたないCDプレーヤーは、
簡単に原器といえる候補を挙げられそうに思える。
私が最初に聴いたCDプレーヤーは、マランツのCD63だった。
試作品のCD63だったこともあり、後に市販されたCD63とは比較にならない音の良さを持っていた。
以前書いているように、
ステレオサウンドにそのころリファレンスプレーヤーとしてあったパイオニアのExclusive P3との比較で、
小沢征爾指揮の「ツァラトゥストラ」を聴いた。
Exclusive P3からみればちっぽけな筐体のCDプレーヤーが、抜群の安定感をもって、
冒頭の、あの有名なフレーズを試聴室に響き渡らせた。
すべての点でCDが優れていたわけではなかったけれど、
すごい可能性をもったメディアが登場したことを、試聴室にいたすべての者に強く印象づけた。
CDのオリジネーターでもあるフィリップスによるCD63だから、これがCDプレーヤーの原器といってもいい──、
そう思いつつも、フィリップスのLHH2000の初期モデルの音こそが原器と呼べるかもしれない、と思ってしまう。
CDのオリジネーターはフィリップスだけではない。ソニーもである。
だからソニーのCDP101も原器といえるのか。
トレイ式のCDプレーヤーとしては原器といえる。
だが肝心の音に関しては、次のモデルのCDP701ESのほうが印象に残っている。
ここで少し考えを変えてみたい。
実は別のテーマで書こうと考えていたことに、
LNP2と同時代のコントロールアンプ、4343と同時代のスピーカーシステム、というのがある。
この「○○と同時代の……」における○○も、原器のようなモノなのかもしれない、と思えてきたのだ。
それぞれのジャンルの原器について考えてみる。
パワーアンプの原器といえるモノには何があるのか。
まずいえるのは真空管アンプだということ。
けれど、そこから先のこととなると、意外に難しい。
マッキントッシュ、マランツの真空管パワーアンプを挙げるのに、なぜか抵抗を感じる。
そしてメーカーの特定の機種ということよりも、
オルソン型アンプなのかウィリアムソン型アンプなのか。
どちらが原器といえるのかについて考えている。
トランジスターのパワーアンプとなると、さらに悩む。
真空管アンプの回路をトランジスターに置き換えたQUADの50Eというアンプがある。
これを原器といえるのか。
トランジスターアンプならではの回路を採用したアンプが、原器となるのか。
そうなるとJBLのトランジスターアンプなのか。
スピーカーの原器とは、といえば、フルレンジということになるのか。
ライス&ケロッグによるユニットが文字通り世界初のコーン型フルレンジユニットなのだから、
原器といえばそういえる。
だが、ここで挙げている原器とはニュアンスが違う。
そうなるとウェスターン・エレクトリックのスピーカーユニットということになるのか。
技術的にはそういえのはわかっていても、
ウェスターン・エレクトリックのスピーカーといえば、どうしてもスピーカーユニットの印象が強すぎる。
スピーカーシステムとしてのウェスターン・エレクトリックが、
家庭用スピーカーシステムの原器とは到底いえない。
スピーカーもまた難しい。
スピーカーユニットとしての原器、スピーカーシステムとしての原器があるからだ。