Archive for category オリジナル

Date: 10月 26th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×十一・チャートウェルのLS3/5A)

マランツのModel 7は、私がオーディオに興味をもちはじめた1976年には、
製造中止になって10年以上が経過していたし、すでにコントロールアンプの名器として扱われてもいた。
Model 7を聴いたのは、数年後である。

だからなのかもしれない、
私がいまModel 7を手に入れて、コンデンサーを交換するのであれば、
Black Beautyではなく、TRW(現ASC)のコンデンサーにする。

そんなことをしたら、Black Beautyの音色が変ってしまう。
つまりはオリジナルではなくなる、という意見がある。
それもわからないわけではない。

でもBlack Beautyを使ったからといって、他の部品は製造ロットによって多少変更されている。
そういうModel 7の、どれをオリジナルとするのか。
ごく初期のModel 7を、オリジナルということにしよう。

そのごく初期のModel 7に使われている部品と同じものを集めてきて、
手に入れたModel 7をごく初期のModel 7とまったく同じ仕様にした、としよう。
それは、たしかにごく初期のModel 7と同じModel 7といえるかもしれない。

そういうModel 7に高い価値を見いだす人もいるけれど、
私はそうではない。

私がModel 7が、いまも欲しい、と思うのは、
コントロールアンプのとしての完成度の高さと、
基本性能の高さ(物理特性的ではなく、音楽を再生する上での性能)から、である。

ごく初期のModel 7の音色をそのまま手に入れたいわけではない。
だからBlack Beautyを使う気はさらさらない。

シドニー・スミスの頭の中にあった、
シドニー・スミスが世に出したかったModel 7こそが、私の欲しいModel 7であって、
実際に市場に出たModel 7の音色ではない。

そして、ここでいう、Model 7の音色とは、オーディオ的音色のことである。

Date: 10月 26th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×十・チャートウェルのLS3/5A)

1980年代から1990年代にかけて、シドニー・スミスがマランツのModel 7の、
メインテナンスと改良を行っていた、と聞いたことがある。
シドニー・スミスの手によるModel 7の実物を見たことがないので、
その詳細についてははっきりしないけれど、コンデンサーをすべて別の銘柄に交換している、らしい。

Model 7の信号系に使われているのは、
アンプの部品にさほど関心のない人でも、名前だけは聞いたことがある、というBlack Beautyである。
これが高温多湿の日本では、ことごとくダメになってしまう。
どんなに大切に使われてきたModel 7でも、それが日本で、ということならば、
Black Beautyは全交換ということになることが多い。

そのダメになったBlack Beautyを、何と交換するのか。
Black Beautyの未使用の新品を何としてでも入手して交換するのか、
それとももっと信頼性の高いコンデンサーにしてしまうのか。

人によって、考え方によって、異ってくる。
シドニー・スミスはBlack Beautyは選ばずに、当時のTRWのコンデンサーに置き換えた、そうだ。
TRWのコンデンサーは現在のASCのコンデンサーである。
TRWになる前はGoodAllという銘柄のコンデンサーだった。

シドニー・スミスに直接確かめることはもうできないので真偽のほどはっきりしないものの、
Model 7にもGoodAllのコンデンサーが使われる予定だったのだが、
コストの面でBlack Beautyになってしまった、とのことである。

だから本来使われるはずであったコンデンサー、
つまりシドニー・スミスがメインテナンスを行っていた時期のTRWのコンデンサーへと置き換えている。

この変更をオリジナルの改変、さらにはオリジナルの冒瀆と捉える人もいれば、
逆に、TRWのコンデンサーへの換装こそが、
Model 7の設計者であるシドニー・スミスの頭の中にあった「オリジナル」の実現、という受けとめる人もいる。

これは、どちらが正しいか、ということではなく、何をオリジナルとするかの違いによって生じることである。

Date: 10月 25th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×九・チャートウェルのLS3/5A)

ここからは、例を変えてみよう。
マランツのModel 7にしてみる。

Model 7は、いまも名器として取り扱われている。
Model 7を、いまも欲しいと思っている人は少なからずいる、と思う。
私だって、欲しいという気持は持っている。
持っているけれど、Model 7のシリアルナンバーをチェックして、
初期のModel 7でなければ絶対に認めない、という欲しさではない。

Model 7にこだわっている人にいわせると、
あれはModel 7じゃない、といわれている日本マランツが復刻したModel 7の方が、
オリジナルと呼ばれているけれど、もう中身はボロボロで自分で手直しをしなければならないModel 7よりも、
私は、ずっといいと思っている。

もちろん初期のModel 7の、非常に程度のいいモノが、良心的な価格であるのならば、
こんな私でも、それを選ぶけれど、実際にはそうじゃない。

こんなModel 7が存在していたら、かなりの値がついている。
かなりの値がついていても、中身がしっかりしていれば、それは良心的ともいえるのだが、
外観だけはしっかりしていても中身は……というModel 7にも、かなりの値がついて出廻っているのが現状だ。

そういうModel 7よりは、1990年代のおわりに復刻されたModel 7の出来は非常に良いから、
私は製造国には、それほどこだわらなくなる。

それにModel 7のオリジナルとは、いったいどういうものか、とも考える。
アメリカでつくられたModel 7にしても、
ソウル・B・マランツが自らの手でつくっていたわけではない。

すでにアメリカでは著名なオーディオメーカーとして知られていたマランツだから、
工場をもち、そこで働く多くの人達の手によってつくられていたわけだ。
マランツのModel 7も、工業製品である。

工業製品とは、プロトタイプの精密な大量のコピーなのだから。

Date: 10月 25th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×八・チャートウェルのLS3/5A)

ロジャースのStudio Oneの、1981年当時の価格は148000円(1本)だった。
同価格帯には、スペンドールのBCII(138000円)、KEFの104aB(129000円)、JBL4311B(135000円)、
ヤマハNS1000M(108000円)、パイオニアS933(118000円)、BOSE901 IV(149000円)などがあった。

これらのスピーカーシステムのなかでは、Studio OneとBCIIの音は近い、といえる。
ほかのスピーカーシステムとStudio Oneとの音の違いは、BCIIとの差よりもずっと大きい。
同じイギリス製の104aBでも、Studio Oneとの差はBCIIよりも大きく、
さらに国が違うヤマハ、パイオニア、JBL、BOSEとなると、まったく別の魅力をもつスピーカーということになる。

Studio OneとNS1000M、Studio Oneと4311Bを比較試聴した後に、
Studio OneとBCIIを比較すれば、同じじゃないか、と判断する人がいても不思議ではない。

Studio OneとBCIIは似ている。
同じところも持っている。なのに、私の耳には、BCIIには魅力を感じてもStudio Oneには魅力を感じない。
PM510に魅力を感じてもPM510SIIには魅力を感じない。

なぜ、そう感じてしまうのか。
これは、私以外の誰にでもあることではないだろうか。

私にとっては、Studio OneとBCII、PM510とPM510SIIがそういうことになるが、
ほかの人にはほかの人なりの、こういう例があるはず。

ほかの人からしてみれば、同じじゃないか、といわれる差が、どうしてもがまんできない、
受け入れ難いものとして存在している。
しかも、この「差」は、オーディオ機器(スピーカーシステム)としての能力の差とは関係ない。

Studio OneとBCIIの間にも、PM510とPM510SIIとの間にも、
変換器としての能力の差は、それほど大きなものではなくとも存在している。
とはいえ、ここで関係しているのは、オーディオ的音色ということになる。

Date: 10月 23rd, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×七・チャートウェルのLS3/5A)

ロジャースのStudio Oneを、高く評価している人がいるのは知っている。
私はなにもStudio Oneが悪いスピーカーといいたいのではなく、
あくまでもBBCモニターの音に惹かれてきた私にとって、
Studio Oneは、その系列の中には含まれない、と感じた、ということである。

このStudio Oneに感じた、同じことをPM510SIIを聴いてたときにも感じていた。

Studio OneはスペンドールBCIIとほほ同じスピーカーユニット構成、
PM510SIIはPM510とほぼ同じスピーカーユニット構成、
Studio OneもPM510SIIも、BCII、PM510とエンクロージュアの構成もほぼ同じであるにもかかわらず、
私の耳には、Studio OneとPM510SII、
このふたつのスピーカーシステムがBBCモニター系列の音とは感じられなかった。

Studio OneとPM510SIIには、ひとつ共通するところがある。
エンクロージュアの材質にファイバーレジンを採用している。
ロジャースのLS7にも、このファイバーレジンは使われている。

BBCモニタースピーカーは、ウーファーの振動板に、ベクストレン、ポリプロピレンなど、
紙からの脱却が早かった。
だからエンクロージュアの材質においても、
同じように自然素材(それだけにバラツキが生じやすい)から
ファイバーレジンのような人工素材へ移行を行なうのは理解できる。

とはいうものの音を聴くと、私はどうしても、このファイバーレジンを使ったスピーカーはダメである。
どこにも魅力を感じられない。
中途半端なBBCモニターという感じがしてしまい、
これならばいっそのことまったく別のスピーカーのほうが魅力的に感じられてしまう。

BBCモニタースピーカーのオーディオ的音色に惚れ込んでいたから、
こういう感じ方になってしまう……。

Date: 10月 22nd, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×六・チャートウェルのLS3/5A)

ロジャースのPM510とPM510SIIの違いは、
このスピーカーシステムに関心のない人にとっては、さほど大きな違いではないのかもしれない。
そういう人の多くは、きっとSIIのほうがいい、特に低音がまともになっていると評価になるんだろうが、
PM510のというスピーカーシステムの魅力に関しては、
このスピーカーシステムに惚れ込んでいる人とそうでない人とのあいだには大きな違いがある。

ロジャースはPM510の発売1年後にStudio Oneという、
3ウェイのブックシェルフ型を出している。

ベクストレン振動板の20cm口径のコーン型ウーファー、
セレッションのHF1300トゥイーターにKEFのスーパートゥイーターからなる、このStudio Oneは、
ユニット構成もエンクロージュアのサイズもバスレフポートの位置も、
スペンドールのBCIIとそっくりのスピーカーシステムであり、
このことはStudio OneはBBCモニターのLS3/6のロジャース版ともいえるものである。

ウーファーはBCIIと外観的によく似ているものの、ボイスコイルボビンにカプトンを採用することで、
耐入力を一気に改善している。
パワーに弱いといわれるBCIIなだけに、Studio Oneは後から登場しただけに、
よく似てはいても現代的なスピーカーシステムとしての基本性能をもつようになっていた。

BCIIも好きだった私は、Studio Oneには期待していた。
BCIIの良さそのままで、ぐんと良くなっている(そんなことはありえないのだが)、と期待していた、のだ。

どこで聴いたのか、いつ聴いたのか、そんなことをすでに忘れてしまったほど、
Studio Oneの音にはがっかりした。
BCIIに感じていた魅力が、Studio Oneにはまったくといっていいほど感じられない。
ユニット構成はほぼ同じだし、こんなに似ているのになぜ? と思ったのだけははっきりと憶えている。

そのときの試聴条件があまりよくなくて、そういう試聴結果になったのだろう、と
これを読まれた方はそう思われるかもしれない。

おまえも、少し間に「聴くことの怖さ」ということで書いているだろう、と。

けれどStudio Oneはステレオサウンドの試聴室でも、その後聴く機会があった。
だから、私にとってStudio OneはBCII、PM510のように魅力的なスピーカーではなかった。

Date: 10月 18th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続×五・チャートウェルのLS3/5A)

LS3/5AはBBCモニタースピーカーであり、
ロジャースはBBCからのライセンスを受け製造・販売していた。

BBCのライセンスを受けることができればロジャース以外のメーカーでもLS3/5Aは作れる。
なにもLS3/5Aだけではない。他のBBCモニタースピーカーを作っていける。
実際LS3/5Aはいくつものメーカーから登場することになり、
LS3/5Aに関心のあるマニアにとっては、
どこのLS3/5Aこそが優れているのか、ということが高い関心へとなっていく。

数としてはロジャース製がもっとも出ているのだろう。
もっとも数が少ないのがチャートウェル製であることは間違いない。

LS3/5AはBBCライセンスのもと、厳格な規格で作られているスピーカーシステムである。
つまりスピーカーシステムとしての性能においては、
どこのメーカーのLS3/5Aであろうと、違いがあってはならないわけだ。

なのに、なぜLS3/5Aのマニアは、夢中になるのか。
何に夢中になっているのか。
それは、音色、ということになる。

この音色は、オーディオ的音色である。

LS3/5Aに使われているユニットは、
ウーファーもトゥイーターも KEF製で、B110とT27である。
どこのメーカーのLS3/5Aも、このKEF製のユニットを使わなければならない。

ネットワークの回路もライセンス通りに作らなければならない。

にも関わらず、各社のLS3/5Aには、関心のない人にはわずかな違いしかないとしか思えるのものが、
LS3/5Aに高い関心をもつ人にとっては、決してわずかではない違いになる。

この違いは、他社製の、まったく異るスピーカーシステムとの音の違いに比べれば、
事実、ほんのわずかな違いではある。
ロジャース製のLS3/5Aとロジャース製の他のスピーカーシステムの差よりも小さい。
けれど、各社のLS3/5Aを比較して聴くような人にとっては、
その差はわずかでも、その差がもつ意味は大きい。

Date: 10月 16th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続々続々・チャートウェルのLS3/5A)

PM510SIIの外観は、PM510とほとんど見分けがつかない。
トゥイーターのパンチングメタルがメッシュに変更されたことぐらいである。
もっとも裏側にまわれば入力端子がバイアンプ対応になったため、
そのための変更がなされているからすぐにPM510SIIと判断はつく。

PM510をバイアンプ駆動すれば、LS5/8とほほ同じにできる。
それが結果的に望ましい音が得られるかどうかは別として、
PM510のクォリティをさらに追求する手段が、ロジャースによって提供された、ともいえる、
SIIへの改良であった。

音を聴くまで、実を言うと、PM510の購入はもうすこし待てばよかったかも……、と思っていた。
でも、ステレオサウンドの試聴室で鳴ったPM510SIIの音を聴いて安心した。
PM510を買っておいて、良かった、とも思っていた。

PM510SIIはエンクロージュアの材質も変更されている。
そのこともあって、PM510の低音に不満をもっていた人にとっては、
ずいぶんとすっきりした低音になった、ということになるのだろうが、
PM510に惚れ込んでいた私の耳には、PM510に感じていた良さの大半が失われた、と感じた。

これは市場の要求に応えた改良ということになるのかもしれない。
実際に、PM510SIIの方がいい、という人がこのときも何人もいたのだから、そういうことになるのだろう。

でも、瀬川先生が健在だったら……、と思った。
PM510に惚れ込まれていた瀬川先生ならば、PM510SIIの音になんといわれるか。

PM510SIIを聴いて、もうひとつ思っていた。
私がロジャースのスピーカーの中で惚れ込んでいたのはPM510とLS3/5Aだけである。
このふたつのスピーカーシステムは、ロジャースが製造していることは間違いないけれど、
ロジャースが開発した、とはいえないスピーカーシステムであることを、思っていた。

Date: 10月 15th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続々続・チャートウェルのLS3/5A)

これから先はどうなるのかは自分でもわからないけれど、
すくなくともいまのところ、BBCモニタースピーカーのオーディオ的音色の世界から完全には抜け出きれていない。

片足の小指くらいではなくて、片足の膝下くらいまではまだまだ浸かっていることを意識させられる。

ロジャースのLS3/5AとPM510、スペンドールのBCII、BCIII、ハーベスのMonitor HL、
そしてKEFのLS5/1Aと、いまだ聴いたことはないけれどModel 5/1ACも気になってしょうがない。

ロジャース、スペンドール、ハーベス、KEF、
これらのメーカーはBBCとも深い関係をもつイギリスのスピーカーメーカーなのだが、
だからといって、これらのメーカーのすべてのスピーカーシステムに対して、
そのオーディオ的音色に惹かれているわけではない。

たとえばロジャースのPM510。
チャートウェルのPM450という原型をもつこのスピーカーシステムに、
20(ハタチ)になったばかりの私は、惚れ込んだ。

瀬川先生の影響だけではなくて、このPM510の音色にはほんとうにまいってしまった。
でも、このスピーカーシステムの世間的な評価はそれほど高くはない。

ステレオサウンドで働きはじめたばかりのころ、
先輩編集者のSさんに、「このぶかぶかの低音じゃ、ジャズのベースはまったく聴けない」といわれた。

いわれるように、ジャズのベースは、得意としていないスピーカーだった。
けれどアクースティックな楽器のもつ、心地よさに通じるブーミングに関しては、
うまいこと表現してくれる(つまりは騙してくれる)ところのあるスピーカーだ、と思っていたから、
Sさんの聴き方とは違う、熱心でないジャズの聴き手であった私にとっては、
PM510のベースの音も、そう悪くはない、と実は思っていた。

でも、やはり不満な人は世の中には実に多かったようで、
PM510は私が購入したあとにPM510SIIへとモデルチェンジした。

Date: 10月 13th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続々・チャートウェルのLS3/5A)

黒田先生の音楽の聴き方を少しでもみならっていこう、とある時期から思いはじめ、
オーディオ的音色の魅力から抜け出したうえでの音楽の聴き方をしていこう、と。

オーディオマニアならば、誰しも、ころっとまいってしまうオーディオ的音色がある、と思う。
そのオーディオ的音色の存在を意識しているか意識していないかの違いはあっても、
オーディオ的音色の魅力にまったく惹かれることのないオーディオマニアはいない、と思う。
そういう人は、いわせてもらえれば、どれほどオーディオにお金をかけていても、
いい音で鳴らしていようとも、オーディオマニアではないのではなかろうか。

強い聴き手でありたい──、
だから、できるかぎりオーディオ的音色の魅力から抜け出てきた、
そのつもりではあった。

でもチャートウェルのLS3/5Aの復刻記事を目にすると、
まだ抜け出方に不徹底なところがあるのを意識させられる。

そういえば、と思い出す記事がある。
ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 3、
トゥイーターを55機種集めて試聴を行った、この別冊の巻頭記事にJBL4343のトゥイーターを、
他社製品に置き換えた試聴を行っている。
そこで瀬川先生が述べられている。
     *
どちらにしても井上さんもぼくも、YL的世界にべったり浸っていた時期があって、抜け出てきた。この抜け出方は井上さんの方が徹底していて、ぼくなんか、どうも片足の小指くらいまだ抜けていない気がするんですね。
     *
この瀬川先生の発言の前に、井上先生は述べられている。
     *
そういう耽美的な音の世界というのも当然ありますね。これはこれで素晴らしい世界だとは思うんだけれど、ぼくはとらない。
     *
井上先生にも、黒田先生と同じところでの、強い聴き手の部分があったことを、
この発言、この記事からも感じとれるし、
ステレオサウンドで働くようになってからも、そう感じていた。

ただ、井上先生は強い聴き手であろう、と意識的にそうされていたとは思っていない。
しなやかな聴き手であった、とおもう。

Date: 10月 13th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(続・チャートウェルのLS3/5A)

LS3/5AもPM510も、ある時期使っていた。
どちらも好きなスピーカーでることは、いまでも変りはしない。

このふたつのイギリスのスピーカーシステムが、いまも優秀なスピーカーシステムであるかどうかは、
いまいちど自分で鳴らしてみて判断したいところだし、
このふたつのスピーカーシステムは、あくまでも、好きなスピーカー、
もっといえば私の好きな音色を出してくれたスピーカーシステムであった。

オーディオ機器には固有の音色が、どの製品にも、いつの時代の製品にもある。
技術が進めば、いわゆる癖と呼ばれる、分類される固有の音色は稀薄になってくるものの、
そう簡単にオーディオ機器から固有の音色が消えてなくなることはない。

この固有の音色は、オーディオ機器の欠点でもあるけれど、
欠点であるがゆえの魅力にもなっていて、
10代、20代の前半ぐらいまでは、この固有の音色の魅力に強く惹かれる傾向が、私にはあった。

オーディオ機器固有の音色は、オーディオ的音色にも連なっている。
楽器固有の特質となっている音色とはまた少し違った意味と魅力をもつ、
このオーディオ的音色の魅力から抜け出すのは、
もしくは捕らわれないようにするのは、難しいところがある、と感じている。

だから、黒田先生の音楽の聴き方を傍でみていると、
黒田先生は、そういう意味でも強い聴き手だな、と感じていた。

黒田先生は、そういうオーディオ的音色の魅力に、ころっと参ってしまう、ということがなかった。
だからこそ、1980年ごろ、ソニーのスピーカーシステムAPM8をシカゴ交響楽団とたとえられ、
高く評価されていたのは、そうだからだと思っている。

黒田先生も、そのへんはあとになって変化があったように私はおもっているけれど、
そのことについては、ここで書いていくと、話がそれてしまうので、いずれ別項にて書く予定だ。

Date: 10月 12th, 2012
Cate: PM510, Rogers, オリジナル

オリジナルとは(チャートウェルのLS3/5A)

昨年6月に、ロジャースのLS3/5Aが、創立65周年記念モデルとして復刻されたことは、
BBCモニター考(LS3/5Aのこと)のところでふれている。

輸入元のロジャースラボラトリージャパンで見ることのできる写真、
昨年、無線と実験7月号に掲載された写真を見るかぎり、
ひじょうに出来のよい復刻と判断できた。

この復刻LS3/5Aが中国製なのは、昨年も書いているし、
そのことが気にくわない、という人がいても不思議ではない。

まだ実物をみる機会はないけれど、この写真のままの出来で量産されているのならば、
見事な復刻だといいたくなる。

とにかく写真から伝わってくる雰囲気は、LS3/5Aそのものであるからだ。

にもかかわらず発売から1年以上経つのに、まだ聴いていないのは、ただ私の無精ゆえなのだが、
今月発売の無線と実験をみていたら、今度は、チャートウェル・ブランドのLS3/5Aが復刻され、
その紹介・試聴記事が掲載されていた。
輸入元はカインラボラトリージャパンとなっている。
今日現在、カインラボラトリーのサイトをみても、このチャートウェルについての情報はなにもない。

これもまたロジャースの65周年記念モデル同様、
あくまでもカラー写真で判断するかぎりなのだが、見事である。
これもまた、LS3/5Aの雰囲気をまとっている。
ここで紹介されているのが量産モデルなのか、どうかははっきりしないものの、
おそらくそうなのだろう、と思うし、思いたい。

この雰囲気のままのチャートウェル・ブランドのLS3/5Aは、
オリジナルのチャートウェルのLS3/5Aを聴く機会はなかっただけに、よけいに聴いてみたい。
そして、これがほんとうに写真から期待できるクォリティを有しているのであれば、
高く評価されてほしい、と思ったりする。

そう思う、というか、願うのは、
このチャートウェル・ブランドのLS3/5Aがそこそこにヒットすれば、
それに気を良くした会社は、LS3/5A以外のスピーカーシステムも復刻してくれるかもしれない、
というかすかな期待を、もうすでに私は抱いている。

PM450を、このLS3/5Aと同じレベル、もしくはそれ以上のレベルで復刻してほしい、と。

チャートウェルは経営難に陥りロジャース(スイストーン)に吸収され、
PM450はロジャース・ブランドのPM510に、
QUAD405を組み込んだマルチアンプ仕様のPM450EはLS5/8として、世に出た。

PM450はPM510の原型である。

Date: 8月 29th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(その27)

ダグラス・サックスへのインタヴュアーは、こんな質問もしている。
「ある人が莫大な資金をあなたに提供してレコード再生システムを改良するとしたら、どうやるか」と。

彼の答は、「レコード面に接触しないで再生する方法」である。
光学的に音溝をトレースして情報を読みとり電気信号とするもの。
この時点(1980年)では夢物語に近かった、この光学式プレーヤーも、いまや実現されている。
しかも登場したころ100万円をこえる、かなり高額だったものが価格的にも抑えられた機種も登場している。

ダグラス・サックスは、エルプの光学式プレーヤーをどう評価しているのか、知りたいところである。

なぜ彼は光学式だと答えているのか。
その理由については語られていないけれど、
従来の、ダイアモンドの針先で音溝を直接トレースして、
その振動を電気信号に変換して増幅・イコライジングという方法では、
再生機器の能力はカッティングレースの能力をこえることができないからだ。

だから彼は「ベターの段階でとどめておくべき」だと発言している。

機械式に音溝を読みとっていくかぎり、振動の問題から解放されることはない。
振動があれば共振の問題がある。
特にトーンアームの低域共振の問題は、トレース能力に大きく関係してくる。

もしカッティングでの限界である8Hzという低い周波数の音が大振幅でカッティングしてあったら、
どんなカートリッジ、どんなトーンアームをもってきても、まず完全なトレースは不可能であろう。

共振の問題からのがれるには光学式ということになる。
光学式はたしかに多くの技術的なメリットを持っている、と思う。
でも、心情的にはアナログディスクの再生は、
いままでどおりカートリッジでトレースして、の方式に惹かれるし、
アナログディスク再生の面白さは、こちらにあると感じている。

アナログプレーヤーの在り方について考えるのであれば、こういったレコードの事情を充分に考慮した上で、
アナログプレーヤーにおける「オリジナル」とは何か、について考えていく必要がある。

Date: 8月 27th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(その26)

アナログディスクの周波数レンジは、どうなのだろうか。
ダグラス・サックスによると、カッティングレースは8Hzまでフラットなカッティングが可能、とのこと。
高域に関してはノイマンのレースでは25kHzまで、だそうだ。

8Hzから25kHzまで、CDと数値の上だけで比較してみると、遜色ない。
CDはDC(0Hz)から可能だが、現実にはそこまで帯域が延びている必要性を感じることは、まずない。
高域は単純に比較するとアナログディスクのほうが延びていることになる。

左右チャンネルのセパレーションは、どうだろうか。
15kHzのセパレーションを光学的な方法で測定すると35dBは確保できている、らしい。
このセパレーションの値だけは、CDと比較して大きく劣ることになるものの、
アナログディスクのもつスペックは、あなどれないことがはっきりとしてくる。

これらの値は、ひじょうに注意深くつくられたアナログディスクにのみいえることで、
S/N比と密接な関係にあるダイナミックレンジは、ダグラス・サックスが語っているように、
それぞれのプロセスで劣化していくものでもある。

とはいえ、アナログディスクの器としてのイメージは、
一般に思われているよりもそうとうに大きい、といえるわけだが、
このスペックはあくまでも、LPというレコードの最大スペックであり、
再生側がこれらの特性をあますところなく発揮できるかというと、そうではない。

ダグラス・サックスによれば、
中域・低域に関しては、市販されているいかなるカートリッジのトラッキング能力もこえるだけのレベルの記録は、
いまのどんなカッティングシステムももっている、とのこと。

彼はこう言っている。
     *
再生能力をこえるようなレコードをつくることはむしろよくない。そういうものをベストというべきではなく、ベターの段階でとどめておくべきであり、よい再生というのはその限界を心得たよいシステムによって得られるといえるでしょう。
     *
時代ととともに再生側は進歩している。
だからその進歩に応じて、ベターの段階も、年々向上していくように、
レコードの制作者側は、レコードをつくり送り出していた。

いいかえれば、アナログディスクの場合、つねにレコードの送り手(制作側)の技術的限界は、
再生側の技術的限界よりも上にあった、ということだ。
この点が、CDとの大きな違いである。

Date: 8月 26th, 2012
Cate: オリジナル

オリジナルとは(その25)

ダグラス・サックスは、こう語っている。
     *
最近の大きなノイズ源の要素はマスターラッカー盤にあるといえます。いまのラッカー盤は五年まえにわれわれが使っていたものよりよくない。私はむかしラッカー盤のS/N比を測ったことがありますが、それは基準レベルにたいして、75dBもあった。以前RCAが行った実験で、ラッカーマスターで90dBのS/N比をもっていたと報じられていたものです。私の見るところでは、ラッカー盤はいまやますます品質がわるくなっている。事実、数年前に、ラッカー盤ではきこえなかったノイズが、いまのはきこえるのです。
     *
ラッカー盤の品質が悪くなっている──。
これは1980年の話であり、CDは登場していない、いわはアナログディスク全盛時代の話にもかかわらず、
アナログディスクの製造過程における最初の段階のラッカー盤のS/N比が悪くなっている、ということは、
当時の私には衝撃的だった。

ダグラス・サックスが言っている5年前(1975年)には75dBあったS/N比が、
1980年においてどれだけ劣化したのは、その値についてはふれられていない。
数年前のラッカー盤では聴こえなかったノイズがきこえるということは、
数dBの劣化ではなく、もしかすると10dB程度の劣化はあった、とみるべきかもしれない。

それにRCAの実験での90dBのS/N比は、いつのことなのだろうか。
これも詳細はふれられていないが、1975年よりも以前のことだろう。

おそらく、この90dBがラッカー盤のS/N比としては上限なのだろう。
そこから1975年の時点で15dBの劣化、1980年の時点でさらに劣化している。

そういえば、ステレオサウンドにいたころ長島先生からラッカー盤がどうやって造られるのか、聞いたことがある。
詳細は、なぜかほとんど記憶に残っていない。
自分でも不思議なほど憶えていない。けれど、職人技が要求されるものであることだけは憶えている。

型に材料を流し込んで出来上り、というようなものではない。

つまりラッカー盤のS/N比の劣化は、人の問題でもあるはず。
そうであるならば、いまのラッカー盤のS/N比は、いったいどれだけとれているのだろうか、と思う。
90dBは絶対にない、75dBもおそらくないはず。70dBを切っているとみていいだろう。
1980年の時点で、ダグラス・サックスが75dBよりも劣化している、といっているわけだから、
60dB程度ということもあり得るかもしれない。

残念ながら、技術とはそういう面ももっているのだから。