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Date: 6月 5th, 2011
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その45)

セレッションのSL600の音に特にこれといった不満があったわけではなかった。
けれど、ステレオサウンドの試聴室で、
ロングセラースピーカーを聴く、という企画で聴いたQUADのESLにまいってしまう。

SL600のふたつ前に鳴らしていたロジャースのPM510のことも、頭に浮んだ。
そしてESLに変えてしまう。

このときは、「朦朧体」という言葉も知らなかったし、
音の輪郭線についての考えが確立していたわけでもなかったから、
実のところ、ESLやPM510に惹かれるのは、音色に関して、だと思っていた。

そうでないことに自分で気がつくのは、もうすこし先のこと。
そして気づいてみると、PM510をウェスターン・エレクトリックの349Aのアンプで鳴らそうと考えたのか、
なぜ突然SUMOのThe Goldを欲しいと思うようになり手に入れたのか、等々、
それらの行為に納得が行くようになった。

憧れていたものと追い求めていたものが違うことに気づく。

Date: 6月 5th, 2011
Cate: モノ

モノと「モノ」(その2)

黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」のなかの
「ききたいレコードはやまほどあるが、一度にきけるのは一枚のレコード」に、
フィリップス・インターナショナルの副社長の話がでてくる。
     *
ディスク、つまり円盤になっているレコードの将来についてどう思いますか? とたずねたところ、彼はこたえて、こういった──そのようなことは考えたこともない、なぜならわが社は音楽を売る会社で、ディスクという物を売る会社ではないからだ。なるほどなあ、と思った。そのなるほどなあには、さまざまなおもいがこめられていたのだが、いわれてみればもっともなことだ。
     *
「ききたいレコードはやまほどあるが、一度にきけるのは一枚のレコード」は1972年の文章、
ほぼ40年前に、フィリップス・インターナショナルの副社長は、
いまの時代のレコード会社の責任ある地位にいる者としての発言をおこなっていた、といえる。

黒田先生が「なるほどなあ」と思われたように、
さまざまな思いをこめて「なるほどなあ」とつぶやきたくなる。

CDの売上げが落ちている、とよく云われる。
なにも日本だけのことではなくて、どこの国でもCDの売上げは落ちている、らしい。

音楽CDをだしている会社を「レコード会社」と呼んでいる。
この言葉のイメージするところからすれば、以前だったらLP、いまならばCD、
これらレコードの売上げが落ちることは会社の存続に直接関わってくることになるわけだが、
フィリップス・インターナショナルの副社長のいうように、
「ディスクという物を売る会社ではない」ならば、「音楽を売る会社」としての在り方を、
「レコード会社」ははっきりと示してほしい、と思う。

「レコード」は、いまの若い人たちは、アナログディスクのことだけを示す単語として使われているから、
「レコード会社」ではなく「ディスク会社」(もっと正しくいえば「ミュージックディスク会社」か)が、
違う呼称となる日は、もう来ている。
というよりも1972年の時点で、すでに来ていた、ともいえる。

Date: 6月 4th, 2011
Cate: 朦朧体

ボンジョルノのこと、ジャーマン・フィジックスのこと(その44)

セレッションのSL600で聴いていたときの話。

それまでにも何度か、私の音を聴きにきていた知人がいた。
1986年の暑い盛りをすぎたころだったと記憶しているが、彼がふらっと聴きにきた。
そのとき、彼は特別、なにも音について語りはしなかったが、
あとで別の知人から、その彼が、その時の私の音をひどくけなしていたと耳にした。

伝聞だから、その知人が語っていたことがどこまで正確に私に伝わってきたのかはなんともいえないけれども、
その知人の性格、音の好みからして、わりと脚色なしに伝わってきたように思う。

実は、その知人が聴きにきた数ヶ月前にSL600に手を加えていた。
私は、その知人にSL600に手を加えたことは、あえて言わなかった。

彼がけなした音は、つまり私が手を加えて、私自身は、以前の音よりも良くなったと判断した音である。
彼は、以前、私が鳴らしていたSL600の音は気に入っていたようなことは言っていた。

このことは知人と私の音の捉え方の相異である。
このときはまだはっきりと意識していなかったものの、
私は音の輪郭線ををできるだけ消していきたいと思いはじめていた。
だからSL600に手を加えて、できるだけ音の輪郭線を消す方向にもっていこう、としていた。
ただ、いまならば、そうはっきりといえることでも、
あの当時はまだ自分ではそれほど確信してやっていたわけもない。

手を加える前と加えた後では、どう聴いても、私にとっては望む方向にもっていっていた。
それははっきりといえる。
ただ、その望む方向を、あのころはまだ「朦朧体」というふうには意識していなかった。模索していたわけだ。

一方、知人は、音の輪郭線をとても大事にする聴き方をする男だ。
だから、彼が最後に聴いた私のSL600の音を認めなくて、以前の音を評価するのも理解できる。

彼も、その後、SL600を鳴らしていた。
知人が組み合わせていたアンプは、私だったら選択しないものではあるけれど、
輪郭線を、それも繊細な輪郭線を求める彼にしてみれば、最上の組合せともいえる。

Date: 6月 3rd, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その69)

UREIの813BxとタンノイのFSMは、見た目、よく似ている。

どちらもユニット構成は15インチの同軸型で、同口径のサブウーファーを追加した3ウェイということ。
同軸型ユニットの横に、どちらもレベルコントロール用のパネルがあり、
エンクロージュアの寸法も、813BxがW711×H908×D533mm、FSMがW716×H1112×D541mmで、
FSMが少し背が高いくらいで、しかもどちらも袴(台輪)つき。
重量も813Bxは85kg、FSMは83kg。

だからといって後に出たタンノイのFSMが813Bxを真似たわけでもなく、
たまたま偶然似た仕様になっただけのことだろう。
FSMは、1990年ごろ、MKIIに改良されている。

けれど813BxもFSMも、あまり注目はされていなかった印象がある。
私自身、同軸型ユニットを中心とした4ウェイ構成を頭のなかでは思い描きながらも、
3ウェイとはいえ、同軸型ユニットをベースとした、これらのスピーカーシステムにあまり関心をもてなかった。

トゥイーターがなくて、3ウェイだったから──、そんな単純な理由からではない。
結局、聴き手のこちらの心をとらえる音が、そこから得られなかったからだ。

優れた同軸型ユニットの存在がなければ、同軸型ユニットを中心にしたシステムは、当然だが成り立たない。
その同軸型ユニットは、他のウーファーやトゥイーターにくらべて、構造が複雑化するためもあって、
このころは種類もごく限られていた。
1980年代に新たに登場した同軸型ユニットとなると、ガウスのものしか思い浮ばない。

いつしか私の中で、同軸型ユニットを中心とした4ウェイ構成は薄れていってしまった。

Date: 6月 3rd, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その68)

アルテックの604ユニットを中心に、スピーカーユニットを追加したシステムは6041の他に、
UREIの813が先に出ていた。

813にはトゥイーターの追加はなく3ウェイ構成。
813はその後、813Aになり、JBLに吸収されてからは813Bへとモデルチェンジしている。

813BではJBLの傘下ということもあってアルテックの604ではなく、
JBLのコンプレッションドライバー2425HとPAS社のウーファーを組み合わせた、
新たに開発された同軸型ユニットを採用している。

813Bは、さらにコンシューマー用スピーカーシステムとして813Bxというバリエーションももつ。
813Bxではエンクロージュアのプロポーションが縦にのび、
それにともない従来までの同軸型ユニットが下側、その上にサブウーファーというユニットを配置を、
通常のスピーカーシステムと同じ、下側にサブウーファー、その上に同軸型ユニットというふうに変更。
さらにサブウーファーも813Bではエミネンス社製のストレートコーン15インチ口径のものから、
JBLのコルゲーション入りの2234Hに変っている。

最初の813が日本にはいってきたのは1977年から78年にかけてのこと。813Bxが出たのは85年。
スピーカーユニットすべて変更されたというものの、設計コンセプトはほぼそのまま継承されている。

この813Bxがアルテックの6041よりも完成度が高い、といえば、低くはない、とはいえても、
高い、とはなかなかいえないところも感じる。
私としては813Bのほうはまとまりもよく、システムとしての完成度も高いと感じていたけれど、
813Bxには、期待していただけに、すこしがっかりしたところもあった。

この813Bxと同じ構成をとるシステムを、タンノイがほぼ1年後に出している。
FSM(Fine Studio Monitor)だ。

ワイドレンジ考(その64・補足)

6041のトゥイーターには、6041STという型番がついている。
3000Hはあったものの、本格的なトゥイーターとしては、アルテック初のものといえるけれど、
残念ながらアルテックによるトゥイーターではない。

作っていたのは日本のあるメーカーである。
それでも、この6041STが優れたトゥイーターであれば、OEMであったことは特に問題とすることではない。
でもお世辞にも、6041のトゥイーターは優秀なものとはいいにくい、と感じていた人はけっこういる。

たとえば瀬川先生は、ステレオサウンド53号で、
《♯6041用の新開発といわれるスーパートゥーイーターも、たとえばJBL♯2405などと比較すると、多少聴き劣りするように、私には思える。これのかわりに♯2405をつけてみたらどうなるか。これもひとつの興味である。》
と書かれていて、6041のトゥイーターがOEMだと知った後で読むと、意味深な書き方だと思ってしまう。

当時の、この文章を読んだときは、アルテックの604にJBLの2405なんて、悪い冗談のようにも感じていた。
瀬川先生が、こんなことを冗談で書かれるわけはないから、ほんとうにそう思われているんだろう、と思いながらも、
それでもアルテックにJBLの2405を組み合わせて、果してうまくいくのだろうか、と疑問だった。

1997年に、ステレオサウンドから「トゥイーター/サブウーファー徹底研究」が出た。
井上先生監修の本だ。
この本で、トゥイーターの試聴には使われたスピーカーシステムはアルテックのMilestone 604だ。
トゥイーター17機種のなかに、JBLの2405Hが含まれている。

2405Hの試聴記を引用しよう。
     *
このトゥイーターを加えると、マイルストーン604の音が、大きく変りました。まず、全体の鳴り方が、表情ゆたかに、生き生きとした感じになります。604システムそのものが、「604って、こんないい音がしていたかな?」というような変り方なんです。
(中略)TADのET703の場合には、もう少し精密工作の産物という感じの精妙さがあり、システム全体の音に少し厳しさが感じられるようになり、アルテックらしさというよりは、昔のイメージのJBLというか、現代的な音の傾向にもっていく。
ところが、2405Hでは、アルテックらしいところを残しながら、一段と広帯域型になり、音色も明るく、すっきりと、ヌケのよい音になり、表現力もナチュラルな感じです。
(中略)全体として、アルテックの良さを保ちながら、細部の質感や音場感、空間の広がりなどの情報量を大幅に向上させる、非常にレベルの高いトゥイーターです。
     *
6041に2405をつけてみたら、好結果が得られた可能性は高かったようだ。

Date: 6月 2nd, 2011
Cate: 6041, ALTEC, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その67)

アルテックの6041は完成度を高めていくことなく消えてしまった。
これはほんとうに残念なことだと思う。

6041につづいてアルテックが発表していったスピーカーシステム──、
たとえば6041のトゥイーターをそのままつけ加えただけのA7-XS、
A7を、ヴァイタヴォックスのバイトーンメイジャーのようにして、3ウェイにした9861、
30cm口径のミッドバスをもつ4ウェイの9862、
これらは、どれも大型フロアー型であるにも関わらず、ごく短期間にアルテックは開発していった。

開発、という言葉をあえて使ったが、ほんとうに開発なんのだろうか、という疑問はある。
なにか資金繰りのための自転車操業という印象さえ受ける。

当時は、なぜアルテックが、こういうことをやっているのかは理解できなかった。
2006年秋にステレオサウンドから出たJBLの別冊の210ページを読むと、なぜだったか、がはっきりとする。
アルテックは、1959年に、リング・テムコ・ヴォートというコングロマリットに買収され、
この会社が、1972年に親会社本体の収支決算の改善のためにアルテックに大きな負債を負わせた、とある。
それによりアルテックは財政的な縛りを受け、十分な製品開発・市場開拓ができなかった、と。

それならばそれで、あれこれスピーカーシステムを乱発せずに、
可能性をもっていた6041をじっくりと改良していって欲しかった。
6041の中心となっている604が、そうやってきて長い歴史を持つユニットであっただけに、
よけいにそう思ってしまう。

6041は消えてしまう。

Date: 6月 1st, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(続 黒田恭一氏のこと)

「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回(ステレオサウンド 64号)に、こう書かれている──、

テーマについて白紙委任されたのをいいことに、オーディオにかかわりはじめた音楽好きの気持を、正直に、そしてできることなら未知なる友人に手紙を書くような気分で、書いてみようと思った。これが出発点であった。

59号の「ML7についてのM君への手紙」からはじまった、
ときおりステレオサウンドに掲載された、黒田先生のオーディオ機器の導入記・顚末記のほぼすべては、
59号のタイトルが示すように、M君(のちにM1になっている)への手紙、というかたちで書かれている。
131号の「ようこそ、イゾルデ姫!」だけが、そうではない。

黒田先生の著書のなかで、私が好きなのは、「音楽への礼状」。
これも礼状という言葉が示しているように、手紙である。

「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回には
「さらに聴きとるものとの対話をつづけるために」とつけられている。

対話をしていくために、対話をつづけていくための「手紙」だということに気づく。

「さらにききとるものとの対話をつづけていくために」の最後のほうに、こう書かれている──、

もし音楽をきくという作業がヒューマニスティックなおこないだといえるとしたら、オーディオもまた、ヒューマニズムに立脚せざるをえないであろう。人間を忘れてものにつきすぎたところで考えられたオーディオは、音楽から離れ、限りなく骨董屋やデパートの特選売場に近づく。

だから「対話」なのだと思う。

[追補]
5月29日に公開した「聴こえるものの彼方へ」は、さきほど校正をやりなおしたものを再度アップしました。
できれば、再度ダウンロードお願いいたします。

Date: 5月 31st, 2011
Cate: よもやま

スピーカーとしての「顔」

気が向いたら、ネットをふらふらしている。
ふらふらしながら、昨年出会ったのが、
ここにも書いたギャラリー白線のano(アノ)というスピーカーシステムだった。

今日、ふらふらして見つけたのが、sonihouse(ソニハウス)の、
小さなスピーカーシステム」だった。

ギャラリー白線のスピーカーシステム、ソニハウスのスピーカーシステム、
どちらも国内の大手メーカーのつくるスピーカーシステムとは違う、
また海外の非常に高価で凝ったスピーカーシステムにはない「雰囲気」をもっている。

ギャラリー白線のモノは、これまでにはなかった形をしている、
ソニハウスのモノは、四角い箱のバスレフ型だから、
このふたつにおよそ共通点は見当たらないように受けとられるかもしれないが、
私は、どちらも「顔」をもっている、と感じた。

スピーカーシステムのデザイン、というよりも「顔」といいたくなってしまうところに、
ギャラリー白線とソニハウスの、ふたつのスピーカーシステムに共通するなにかを感じてしまう。

どちらのスピーカーシステムも、顔(ツラ)がまえがいい。

Date: 5月 31st, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その66)

アルテックが6041の開発にどれだけの時間をかけたのかはわからない。
でもそれまでのアルテックのスピーカーシステムのつくりのコンセプトからして、
4343の成功に刺激を受けてもものであることは間違いない、と言っていいはずのことだ。

同時に、アルテック自身がほんとうにつくりたかったシステムなのか、という疑問もある。
6041は日本側──つまり輸入元からの要望──によって企画されたもの、という話はきいている。
おそらく、そうだと思う。
6041に続いて登場してきたアルテックのマルチウェイのスピーカーシステムは、
どこかちぐはぐなところを感じさせ、まとまりのよさが失われていった、と私は受けとめている。

アルテックは2ウェイでなければならない、なんてことはいわない。
むしろ6041は、ある意味、期待していたスピーカーシステムの登場であったけれど、
やはり急拵えすぎるところを残しすぎている。

これでいいんだろうか……、と6041が登場してきたときにも思った。
いまふりかえってみても、いろいろ思うところは多くある。

だから、6041は、私の中では、言い古された表現はあるけれど「未完の大器」である。
4343がいきなりぽっと登場したきたわけでないのだから、
6041もあと2ステップほど改良を重ねていってくれていたら、どうなっていただろう。

6041はII型になってはいるが、これは改良というよりは、マグネットのフェライト化によるものだ。
6041は、そこで終ってしまった。
期待していたスピーカーシステムが、中途半端に消えていってしまった……そんな感じを受けた。

私がタンノイのバッキンガム、アルテックの6041に、
あのころ強い関心をもっていたのは、ワイドレンジ実現のために、
3ウェイ、4ウェイとマルチウェイをすすめていくうえで解決しなければならない問題点に対して、
同軸型ユニットの採用は、ひとつの解答だ、と思っていたからで、これはいまも基本的には同じ考えだ。

いうまでもないことだが、同軸型だけが解答といっているわけでなはなく、
あくまでも解答のひとつ、ではあるが、有効な解答だと思っている。

Date: 5月 30th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その65)

JBLの4343は、日本では、文字通り「驚く」ほど売れた。
ペアで100万円を超える、しかも大きさも小さなものではないスピーカーシステムが、
他の人気のあったスピーカーシステムの売れゆきとは、ほんとうに桁が違っていた。
圧倒的に売れていた、といえるオーディオ機器はアンプやプレーヤーなどを含めても、
後にも先にも4343だけのはずだ。

4343があれだけ売れるのなら……と、あまい考えで4ウェイのシステムを手がけたところはいくつもある。
アルテックも、そのうちの一社である。

4343に匹敵するものをつくれば、売れる──、そう思うのは、いい。
ほんとうに匹敵するレベルに仕上げたうえで出してくれれば、よかった……。

アルテックの6041は、どう贔屓目に見ても、4343と同じ完成度には達していない。
もちろん4343も完璧なスピーカーシステムではない。欠点もいくつかあったし、
現代の視点からみれば、欠点はさらに指摘できる。

けれど、4343は1970年代後半を代表するスピーカーシステムであり、
それにふさわしいだけの内容をそなえていた、と私は思っている。

その4343は、バイアンプ駆動の4350がまず誕生し、
その4350をスケールダウンした4340(これもバイアンプ仕様)、
さらにネットワーク仕様の4341が登場し、
4341と4340を合わせて洗練したのが4343である。

4350が1973年、4340、4341が1974年、4343が1976年。
このあいだの3年をを短いと捉えるか充分な期間と捉えるのか。

JBLはアルテックの何倍もの数のスピーカーユニットを持っていた。
それまで開発してきたスピーカーシステムの数も多い。
そのJBLが4350から4343まで3年かかっている。
4350の開発にどれだけの期間がかかったのはわからない。
そこまでふくめた時間と、アルテックが6041にかけた時間の差について、つい思いがいってしまう。

Date: 5月 30th, 2011
Cate: audio wednesday

第5回公開対談のお知らせ

毎月第1水曜日に行っています公開対談ですが、
6月は予定を変更しまして、22日(水曜日)に行います。

今回は対談のテーマを決め、
6月13日に発売されるステレオサウンド179号について、
イルンゴオーディオの楠本さん、私が、それぞれどう読んだかについて個別に話した後で、
対談を行う形式で行うためです。

時間、場所は変更ありません。
夜7時からで、四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースを借りて行います。

Date: 5月 29th, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(黒田恭一氏のこと・余談)

CDプレーヤーが登場して間もないころ。
何の試聴だったのかもう忘れてしまったが、黒田先生とふたりだけのことがあった。
試聴が終って、雑談していたときに、これも何がきっかけだったのか忘れてしまったが、
CDプレーヤーの使いこなし、というよりも、その置き方を試してみることになった。

実は黒田先生の試聴のすこし前に私なりにいろいろやって、当時としては、
そしてステレオサウンドの試聴において、という条件はつくものの、うまくいったことがあった。

それを、黒田先生に聴いてもらう、と思ったわけだ。
うまくいったときと同じに、少なくとも同じようにセッティングしたつもりだった。
ただ、このときはまた使いこなしも、いまのレベルとは違い、けっこう未熟だったため、
同じ音を再現できなかった。

何をしなかったときと較べるといいけれども、すこし前に聴いたときの変化とは、その変化量が違っていた。
いまだったら、その理由はわかるものの、そのときはどうしてもわからず、
さらにあれこれやって多少は、そのときの音に近づいたものの、私としては満足できず、
自信満々で、黒田先生に聴いてもらおうと思っていた手前、気恥ずかしくもあった。

それでも黒田先生はしっかり聴いてくださっていた。

このとき、いいわけがましく、いいわけめいたことをいった。
前回、うまくいったときには、こんな感じで鳴ったと話したことを、
すごくわかりやすい表現だといってくださった。

それからまたしばらくして、FMfanの臨時増刊として「カートリッジとレコードとプレーヤーの本」が出た。
これに、NECのCD803について、黒田先生が書かれている文章を読んで苦笑いした。

こう書かれていた。
     *
今はNECのCD−803というCDプレーヤーをつかっている。恥をさらすようであるが、そのCD−803をいかなるセッティングでつかっているかというと、なにかのご参考になればと思い、書いておこう。ぼくの部屋に訪ねてきた友人たちは、そのCDプレーヤーのセッティングのし方をみて誰もが、いわくいいがたい表情をして笑う。もう笑われるのにはなれたが、それでもやはり恥ずかしいことにかわりない。
 ではどうなっているか。ちょっとぐらい押した程度ではびくともしない頑丈な台の上にブックシェルフ型スピーカー用のインシュレーターであるラスクをおき、その上にダイヤトーンのアクースティックキューブをおき、その上にCDプレーヤーをのせている。しかも、である。ああ、恥ずかしい。まだ、先が。
 CDプレーヤーの上に放熱のさまたげにならない場所に、ラスクのさらに小型のものを縦におき、さらにその上に鉛の板をのせている。
     *
私が、あのときやったのも、これに近い。
ラックの上にダイヤトーンのアクースティックキューブDK5000を置いて、その上にCDプレーヤー、
たしかソニーのCDP701ESをそこにのせた。
さらにCDP701ESのうえに、またスピーカーの置き台に使っていた角材をのせた。
CDP701ESはCD803と違い放熱の心配はないから、角材の乗せ方に制約はなかった。

黒田先生の部屋を訪ねられた友人の方たちが、いわくいいがたい表情をされるのは、よくわかる。
自分で、そのセッティングをしながら、オーディオに関心のない人からすれば、
頭のおかしい人と思われてもしかたのないようなことをやっているんだ、と思っていた。

DK5000の上にCDP701ES、さらにその上に角材だから、
ラックの上に、なにかができ上がっているような感じで、これでいい音にならなかったら、
ただただ恥ずかしいかぎりの置き方だ。

黒田先生のときには、成功とはいえなかったけれど、
それでも、あの時の音の変化、音楽の表情の変化を聴いていてくださっていたのだとわかり、
苦笑いしながらも、嬉しくなっていた。

Date: 5月 29th, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(黒田恭一氏のこと)

黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」のEPUBを公開した。

「さらに聴きとるものとの対話を」と題名を変え、
ステレオサウンド 43号から64号まで連載されたものすべてのほかに、
47号、59号、62号、63号、69号、78号、87号、92号、96号、100号、110号、118号、131号、
これらに書かれた、アクースタットのスピーカーのこと、アポジーのこと、CDプレーヤーのこと、
チェロのパフォーマンスについてのこと、そしてリンのCD12のことなどについての文章も含まれている。

昨年の11月7日と今年の1月10日に瀬川先生の「」を、
3月24日には岩崎先生の「オーディオ彷徨」を公開した。

作業としては、ひたすらキーボードで入力して、Sigilというアプリケーションで、
電子書籍(ePUB)にして、余分なタグを削除したり、校正して、ということでは、
3冊の「本」ともまったく変わりない。

それでも、黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」の作業をしているときの心境、とでもいおうか、
そういうものが、瀬川先生、岩崎先生のときとは微妙に違っていた。

瀬川先生とは、熊本のオーディオ店でお会いすることが何度かあり、こちらのことも憶えてくださっていた。
でも、私がステレオサウンドで働くようになったときには、もうおられなかった。
岩崎先生もそうだ。岩崎先生にはお会いすることもできなかった。
瀬川先生、岩崎先生と、仕事をする機会はなかった。

黒田先生とはステレオサウンドで仕事ができた。
リスニングルームで音を聴くことでもできた。
だから作業しながら、想いだすことがいくつもあった、ということが、違っていた。

Date: 5月 28th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その64)

2ウェイという「枠」のなかでワイドレンジ化をはかっていたアルテックだが、
同じ西海岸の、そしてライバル視され、
比較されることの多いJBLが積極的にワイドレンジにとりくんでいたことと比較すると、
604シリーズや802ドライバーと組み合わせて使えるトゥイーターの不在は、
いつ出てくるのだろうか、という想いでみていた。

3000Hというマルチセルラホーンがついたトゥイーターはあったものの、
マイクロフォンユニットを元にして開発された、このトゥイーターは、
ほかのアルテックのスピーカーユニットの中にあっては、毛色の異るものだった。

無理にワイドレンジ化しないのがアルテックのよさ、といわれればそれまでだが、
私としては、アルテックが本気を出せば、どこまでワイドレンジ化を実現できるのかをみたかったし、
聴いてみたい、と強く思っていた。

けれどJBLと違い、スピーカーユニットの数も種類も少ない。
新規ユニットが開発されることはなさそう、となんとなく思っていたところに、
いきなり6041があらわれた。

アルテックがやってくれた! と思いながらも、
そこかしこに急拵え的にシステムとしてまとめた、という印象もあった。