「聴こえるものの彼方へ」(続 黒田恭一氏のこと)
「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回(ステレオサウンド 64号)に、こう書かれている──、
テーマについて白紙委任されたのをいいことに、オーディオにかかわりはじめた音楽好きの気持を、正直に、そしてできることなら未知なる友人に手紙を書くような気分で、書いてみようと思った。これが出発点であった。
59号の「ML7についてのM君への手紙」からはじまった、
ときおりステレオサウンドに掲載された、黒田先生のオーディオ機器の導入記・顚末記のほぼすべては、
59号のタイトルが示すように、M君(のちにM1になっている)への手紙、というかたちで書かれている。
131号の「ようこそ、イゾルデ姫!」だけが、そうではない。
黒田先生の著書のなかで、私が好きなのは、「音楽への礼状」。
これも礼状という言葉が示しているように、手紙である。
「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回には
「さらに聴きとるものとの対話をつづけるために」とつけられている。
対話をしていくために、対話をつづけていくための「手紙」だということに気づく。
「さらにききとるものとの対話をつづけていくために」の最後のほうに、こう書かれている──、
もし音楽をきくという作業がヒューマニスティックなおこないだといえるとしたら、オーディオもまた、ヒューマニズムに立脚せざるをえないであろう。人間を忘れてものにつきすぎたところで考えられたオーディオは、音楽から離れ、限りなく骨董屋やデパートの特選売場に近づく。
だから「対話」なのだと思う。
[追補]
5月29日に公開した「聴こえるものの彼方へ」は、さきほど校正をやりなおしたものを再度アップしました。
できれば、再度ダウンロードお願いいたします。