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Date: 7月 13th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十六・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パス主宰のパス・ラボラトリーズのパワーアンプの新作はXs300。
300Wの出力をもつAクラス動作モノーラル仕様、しかも電源部は別シャーシー。
つまり2チャンネル分で、W48.3×H29.7×D71.2cmという、そうとうに大型の筐体が4つ必要となる、
いかにもアメリカ的な規模を誇る。
重量はアンプ部が59kg、電源部が76.2kgと発表されている。

Xs300の規模はシャーシーの大きさと重量からも推測できるように、
内部に使われているパーツの数も、ファースト・ワットのSIT1とは、もう比較にならないほど大がかり、ともいえる。

輸入元のエレクトリの資料によると、出力段にはMOS-FETを18並列使用。
この出力段に対して、定電圧ソースを用意しており、ここにもMOS-FETが使われ、
アンプ内で使われているMOS-FETの数は72個と、STASIS1と思い出されるほどの多さである。
しかも電源部には定電流ソースのために40個のMOS-FETを使っているため、
アンプ部とトータルで112ものMOS-FETを使っていることになる。
これだけではXs300の回路は成り立たないから、電圧増幅段の半導体の数を含めると、
これまで市場に登場したアンプの中でも、もっともトランジスター、FETの使用数の多いアンプの筆頭格のはずだ。

ファースト・ワットのSIT1は、何度も書いているように、型番にもなっているSITをわずか1石のみ、である。

こんな両極端なパワーアンプを、ネルソン・パスはほぼ同時期に開発している。
ネルソン・パスが、どういうオーディオ観をもっているのかは知らない。
けれど、このふたつのアンプの存在からいえることは、
ネルソン・パスというひとりの男の中に、SIT1を生み出した、いわば諦観といえる考え、
Xs300を、現在のところ頂とする、いわば諦観なんていうものとまったく無縁の考え、
このふたつが二重螺旋のように存在している──、ということである。

この二重螺旋はネルソン・パスの中だけに存在するものではないはずだ。
私の中にも、はっきりとある。
おそらく、ほとんどすべてのオーディオマニアの中に、この二重螺旋はある、と私は信じている。

そして、この二重螺旋こそが、「減音」へとつながっていっている、と確信している。

Date: 7月 12th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×六・作業しながら思っていること)

トリオのKA7500はいつ登場したのか、ステレオサウンドのバックナンバーを手にとってみた。
35号のトリオの広告に出ている。だから1975年6月には市場に登場していたことになる。
ステレオサウンドの記事に出たのは36号の井上先生による新製品紹介のページにおいて、である。

KA7300は、というと、広告ではステレオサウンド 36号で登場し、
記事では37号の、やはりこちらも井上先生による新製品紹介のページに出ている。

ステレオサウンドの広告からだけでは、正確な発売日まではわからないものの、
KA7500登場の2、3ヵ月後にはKA7300が登場している。

35号、36号、37号は1975年発売のステレオサウンドである。

発売時期が近いためであろう、
KA7500とKA7300のパワーアンプ部はどちらもモジュール化されている。
KA7500に搭載されているモジュールの型番がTA100W、KA7300に搭載されているのがTA80Wで、
内部の回路構成と同等と思われ、型番の数字が表すようにパワーの違いだけとも思える。

つまりKA7500もKA7300もパワーアンプ部に関しては、まったくとはいわないものの、ほぼ同じである、といえる。
にも関わらず、このふたつのプリメインアンプの音楽表現は、異るわけだ。

こうなってくると、KA7500の開発・設計担当者が、
開発・音決めのときに、彼がのめり込んで聴いていたブラームスの交響曲とヴァイオリン・ソナタは、
誰の演奏によるものだったのか、と、やはり想像してしまう。

1975年に登場しているわけだから、
KA7500の担当者が恋に悩んでいたのは1974年、1973年ごろということになる。
このころ日本で手に入れることのできたブラームスの交響曲、ヴァイオリン・ソナタのレコードは、何があったか。

カラヤン/ベルリン・フィルハーモニーは1977年、78年だからまだ登場していない。
バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニーのレコードも、もちろんまだである。

ヴァイオリン・ソナタはどうだろう。
グリュミオー/シェベックのレコードも間に合っていない。
ズッカーマン/バレンボイムが1974年で、ぎりぎり間に合っているかどうかだ。

Date: 7月 11th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続×五・作業しながら思っていること)

何度か取り上げている「音楽 オーディオ人びと」(トリオの創業者・中野英男氏の著書)のなかに、
次のようなことが書かれている。
     *
 自社のことでまことに申し訳ないが、一時代を劃したアンプKA−7300が発売され、その響きの透明感と定位感の見事さが評判になったとき、
「トリオはどうしてあんなアンプを作ったのか。ブラームスやブルックナーのような音楽を、7300で聴けというのか。私はKA−7500の鳴らす後期ロマン派の音楽を最高と考える。トリオは堕落して精神性の深味を失ったのではないのか」
 と酷評を加えた有力ディーラーが少なくとも二軒はあった。私が云々するまでもなく、その後の経過と世評はこのディーラー氏の意見の逆になった。しかし、私はこの人々の意見を全て間違ったもの、と言い切ることはできない。確かにアンプの特性という見地から見る限り、値段の安さにも拘わらず、KA−7300の性能は兄貴分のKA−7500をかなり上廻っていた。7500のユーザーには申し訳ないが、音も良かったと言わざるをえないだろう。だが、ブラームスの交響曲を鳴らしたとき、KA−7500の音がKA−7300にまさるという感想は、或いは正しかったのかもしれないのである。
 KA−7500の設計に携わり、その音質を追求していた男は、当時恋に悩んでいた。ことは個人の問題にかかわるので、いかに私は創業者・会長であるといっても、その全てを語るわけには参らず、またその表裏のすべてを知っているわけでもない。確かなのは、その男が粘り強さをもって自他共に許す青年であり、しかもその恋愛がその辺にザラに見られるような甘酸っぱいものではなくて、「暗鬱」ないし「凄絶」とも称しうべき重苦しさを湛えたものであったこと、更には、その頃この青年が、かねて好きだったピンク・フロイドに加えてブラームスの四つの交響曲と三つのヴァイオリン奏鳴曲にのめり込んでいたことである。KA−7300を批判したディーラーのひとりは、東北の方であった。私はその方がこのアンプの音を聴いて、製作者の心の深淵を探りあてた能力に櫟然とした。もとよりKA−7500は彼ひとりによって作られたものではない。しかし、彼はこのアンプの「音質」の担当責任者であった。
 そのあと、確かKA−9300を出した時だったと記憶するが、評論家の長岡鉄男氏が『電波科学』に「トリオのアンプは、300番シリーズと500番シリーズとでは明らかに音が違う。設計者のチームが違うのではないか」という趣旨のことを書かれたことがあった。私は言葉が出なかった。7500と5500は同じ彼が担当責任者であり、7300、9300の責任者とは別人であった。電源の供給方式が異なり、開発時点が異なり、更には設計・開発の人間が異なる以上、差が出るのは当然でもあろうが、かくも鮮やかに本質を指摘されてはメーカーとしては脱帽せざるをえない。それにしても、〇・〇何%というオーダーの歪率を問題にするアンプで、これだけの差が出るということ、しかも、製作に携わる男の性格から心理状態まで反映することの恐ろしさは如何なものであろうか。ちなみに、300番台のアンプの音質を担当し、大当りをとったエンジニアは新婚ホヤホヤの青年であった。
     *
このころのトリオのプリメインアンプには、KA7300D、KA9300の300番シリーズ、
KA7100D、KA8100の100番シリーズ、KA7500、KA5500の500番シリーズがあった。

私が聴く機会があったのはKA7300DとKA9300の300番シリーズだけである。
「音楽 オーディオ 人びと」を読めば、
300番シリーズだけでなく、100番シリーズ、500番シリーズとまとめて聴いてみたい、と思う。
なかでもKA7300DとKA7500だけでもいいから、
このふたつを、もちろんコンディションのいいものを比較してみたい、と思う。

恋に悩み、ブラームスの交響曲にのめり込んでいた開発・設計担当者による500番シリーズ、
新婚ほやほやの開発・設計担当者による300シリーズ、
「音楽 オーディオ 人びと」には出てこないが100番シリーズの開発・設計担当者は、
クラシックよりもポップスを愛する人だったかもしれない。

ステレオサウンド 43号(ベストバイの特集号)のなかで、瀬川先生はKA7100Dについて書かれている。
     *
型番のうしろ三桁に300のつくシリーズが最もオーソドックスなのに対して、100番のつくのは若いポップス愛好家向きで、メーターつきはメカマニア向きというような作り分けをしているのではないか、というのは私の勝手なかんぐりだが、ともかく7100Dは、調味料をかなり利かせたメリハリの強い、5万円台の製品の中で独特の個性を聴かせる。
     *
こういう話を読んでいると、オーディオはほんとうにおもしろい、と感じてしまう。
開発・設計担当者の精神状態(音楽の嗜好・のめり込み・聴き方)が音に現れてきている。

トリオが、いわゆるガレージメーカーならば、そういったことが音にはっきりと出るのは容易に想像できるが、
トリオくらいの規模の会社がつくり出す製品であっても、
こういうことが音に出てくるところが、オーディオなんだ、と思ってしまう。

こういうおもしろさ(興味深い)ことが、トリオのセパレートアンプには、ないように私は感じている。
だから、私にとってトリオといえば、プリメインアンプがまず頭に浮ぶわけだし、
プリメインアンプに積極的であったメーカーであったわけだ。

Date: 7月 10th, 2012
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past)を入力していて……(続々続々・作業しながら思っていること)

すべてのものが変化していくわけだから、
オーディオのブランドもすべからく変化していく。

名門と世間ではいわれているブランドでさえ、創業当時から同じイメージを保ち続けているわけでもない。
時には失墜に近いところまでいくことすらあって、そのまま終ってしまうブランドもあれば、
復活してくれるブランドもある。

1976年からオーディオに関心をもちはじめてから今日まで、
まったくイメージの変化しなかったブランドは、ないんじゃないか、と思うほど、
変らなかったブランドをまったく思いつかない。

the Review (in the past)の入力をやっていると、
このブランドには、こういう時代があったんだなぁ、とか、いまとはずいぶんイメージが異るんなぁ、とか、
よけいにそんなことを思う。

私が知っているトリオは1976年からのトリオである。
トリオのプリメインアンプは、KA7300Dのあとは、がらっと変ってしまった。
シグマドライヴを搭載したことを、外観上でもはっきりと表すためなのか、
フロントパネルのデザインをすっかり変えてしまった。
KA1000、KA900、KA800といった一連のプリメインアンプのデザインは、
KA7300D、KA9300、KA7100D、KA7700Dといった路線のイメージはまったく感じられない。

どちらのデザインが優れているのか、ということではなくて、
KA1000、KA900のフロントパネルを見ていると、
しっとりした質感ある音が聴こえてくるとは、どうしても思えない。
KA7300Dに感じた良さが、デザインの変更とともにすべて払拭されたかのような印象を受けてしまう。

トリオは変ってしまった……、と思った。
でもケンウッド・ブランドでL01Aを出していた。L01Aになると、これはこれでいいかな、とも思っていた。

ケンウッド・ブランドが、この時まま、トリオの高級機のブランドとして続けていてくれてたら、
トリオの製品で、いまも手に入れたいモノはKA7300DかL01Aで迷ったところだが、
残念ながらケンウッド・ブランドも、また変化していった。

Date: 7月 9th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十五・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスはどうなのか。
──と、勝手に考えてみる。

いつごろからあるのかはっきりと憶えていないけれど、
1990年の終りごろにはあったように記憶しているのが、PASS DIYというサイトである。

サイト名からわかるように、ネルソン・パスによるオーディオのDIYのサイトである。
ここで取り扱われるもののメインは、やはりアンプ中心であるが、
以前はスピーカーに関する記事もいくつかあった。

このPASS DIYのサイトで目につくのは、Zen Amplifierである。
1994年から続いている。いくつかのヴァリエーションが存在する。
PDFがダウンロードできるので、興味のある方は英文の記事をお読みいただきたい。

このZen AmplifierのZenは、ほぼ間違いなく「禅」のはず。
Zen Amplifierは、どのヴァリエーションも、増幅素子の数は極端に少ない。
基本的にはFET1石による、ブリッジ構成のヴァリエーションもあるがSingle-Ended Class Aアンプである。

実際の回路は増幅部はFET1石だが、
定電流回路を構成するトランジスターとFETが1石ずつあり、
最初のZen Amplifierはチャンネルあたり3石が使われている。
この定電流回路をライト(電球)に置き換えたヴァージョンもある。

しかも±両電源ではなく+電源のみだから、
直流カットのため出力には大容量の電解コンデンサー(2200μFが2本並列)が入ることになる。
いまでは当り前になっているOCL(output condenser less)アンプでもないわけだ。

FETのドレインから出力を取り出している。
NFBはごくわずかにかけてある反転アンプである。
出力インピーダンスは1Ωを少し切る程度であり、2kHz以上ではやや上昇していく。
出力は10W。

最新の、高度な回路に物量を投入したアンプを見慣れた目には、
このZen Amplifierは、なんとも古めかしい、アンプ作りの腕の発揮しようのないアンプのように映るだろう。
そういうZen AmplifierからALEPHのパワーアンプが誕生し、
ファーストワットのSIT1とSIT2へと進化でもあり深化していった、といえるだろう。

Date: 7月 8th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十四・原音→げんおん→減音)

直熱三極管のシングルアンプの音として、
私は、いかにも日本的な音の世界というイメージが根底にある。

けれどアンプの歴史をふりかえってみると、最初のアンプはシングルアンプである。
アメリカでつくられている。
プッシュプルプが登場するのは、もう少し先のことである。
プッシュプルアンプが主流となって時代に、
ウェスターン・エレクトリックは91という300A(300B)のシングルアンプをつくっている。

何度も書くけれど、伊藤先生の300Bシングルアンプは、
このウェスターン・エレクトリックの91型アンプを範とされている。
だから、つまりシングルアンプ・イコール・日本的な音の世界、と捉えるのはおかしい、といえばそういえる。

けれど、ウェスターン・エレクトリックの25Bや91が登場した時代と、
現在とではオーディオの状況は様変りしている。

当時は大出力アンプといえども数10Wクラスがせいぜいだった。
そのかわりスピーカーの能率が、いまとは比較にならないほど高く、
91型アンプの8W程度の出力でも中程度の規模の映画館であれば充分な音量が得られていた、ときいている。

もちろん、このころのスピーカーの周波数レンジは狭い。
いまのスピーカーシステムのような周波数特性の広さのまま、
当時の高能率を両立させることはそうとうに困難なことであり、
スピーカーシステムの周波数レンジが広くなるとともに能率は低下し、
その低下分を補うかのごとくアンプの出力は増していく一方である。

いまでは500W以上の出力を安定して得られる時代になっている。

そういう時代に直熱三極管のシングルアンプを使うということは、
25Bや91といったアンプが登場した時代に使うのとは意味あいが違っていて当然である。

当時は当り前の数字であった数Wの出力は、いまではきわめて小さな出力である。
しかもプログラムソースのダイナミックレンジも、周波数レンジとともに拡大している。
そうなると、いま直熱三極管のシングルアンプと高能率スピーカーとの組合せは、
スピーカーシステムの規模が大きかろうと、ある種の諦観が聴き手に要求される。
これを、私は日本的な音の世界と捉えているのである。

Date: 7月 8th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十三・原音→げんおん→減音)

真空管アンプにおけるシングルとプッシュプル、
このふたつの回路構成の違いによる音の、本質的な違いはいったいどういうものなのか。

池田圭氏は、著書「盤塵集」でこう書かれている。
     *
油絵では日本の松は描けないという。確かに今までの僕の見てきた油絵の松は、まさしく松の木には見えるが、それを眺めていても松籟は聞こえてこなかったように思う。もっとも、自信をもっていえるわけではない。有名な松を描いたセザンヌの「ヴィクトリア山」の原画などは見たこともないし、フランスの松の木の下で休んだこともないからである。
3極管アンプも、松籟の聞こえるような気のするシングルから、P.P.(プッシュプル)のに変えると、何となく油絵の松を思い出す。タッチが太くて、東洋の絵のように細筆で松の葉の1本1本が見え、そのあいだを幽かに風の通う音が聞こえるような風情が感じられない。
     *
この池田氏の文章を、私は実際にいくつかの真空管アンプの音を聴く前に読んでいた。
松籟ということばも、このとき知った。
そして伊藤先生製作の300Bシングルアンプの写真が伝えてくれるイメージから、
私の中では、直熱三極管のシングルアンプのイメージはできあがっていった。

伊藤先生のシングルアンプのたたずまいは、一輪の花を生けて愛でるのに通じるものである。

松籟と一輪の花。
これらをつくり出すイメージこそが、私のなかで生れてきたシングルアンプの存在そのものである。

300Bなのか、Edなのか──、
それは一輪挿しに生ける花の違いである。さらにいえば一輪挿しの違いでもある。

Date: 7月 7th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十二・原音→げんおん→減音)

池田圭氏の単段アンプは、伊藤先生による真空管アンプをタブローとすれば、
エチュード的アンプともいえる。
だからといって、単段アンプに関心がないわけではなかった。
単段アンプの記事は、けっこう楽しく読んでいた。

単段アンプは池田圭氏のオリジナルのアイディアではない。
池田氏自身、記事に書かれていたはずだが、ウェスターン・エレクトリックの25B型アンプからの発想である。

25Bは205D出力管を2本使っている。
ただし1本は整流管として使っているため信号増幅部は205Dが1本のみで、
入力にトランスがあり205Dのスウィングに必要な電圧まで昇圧している。
これをプッシュプルにしたアンプが42Aである。
このアンプも入力トランスのすぐ後に205Dという構成である。

これらのアンプがいつの時代のアンプなのか、はっきりした年代を私は知らないけれど、
相当に古いものであることは確かである。
ウェスターン・エレクトリックがプッシュプル増幅を考案し特許を取得したのが1915年のことらしい。
1935年には300Aプッシュプルの86Cが登場しているし、300Aの登場は1933年。
だから1910年後半から20年のあいだに登場したのだろう。

いわばアンプの原型といえる単段アンプ。
それを池田圭氏は1980年代に実際に追試され、25Bの登場からほぼ100年後の今日、
最新の増幅素子を使った単段アンプ(SIT1)が登場している。

しかも型番にもなっているSITは、Static Induction Transistorの略で、
三極管に近い特性をもつトランジスターであることが、
SIT1は、25Bアンプの100年後の姿と、思わずいいたくなるところでもある。

205Dは、いうまでもなく直熱三極管だ。

Date: 7月 7th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十一・原音→げんおん→減音)

ファーストワットのSIT1、SIT2に関する資料を眺めていると、
つい1980年代のラジオ技術で一時期流行っていた(といっていいだろう)単段アンプを思い出す。

単段アンプとは池田圭氏が始められた、と記憶している。
文字通り増幅段が1段しかない真空管アンプのことである。
池田氏は6GA4を使われていたように記憶している。

6GA4は三極管であっても、300BやEdとは違い、スウィングに必要な電圧はそれほど高くなくてもよい。
五極管なみの入力電圧で定格出力が取り出せる。

少し話が脱線するが、よく出力段の前段の増幅管のことをドライバーと呼ぶ人がいる。

私は伊藤先生のシーメンスのEdのプッシュプルアンプの記事で真空管アンプの自作に強い関心をもった男だから、
その記事に書かれてあったことは、当時は完全には理解できなかったことでも、
とにかく書いてあることは、ほぼそのまま憶えようとしていた。

その記事には、こう書いてあった。
     *
余談になりますが、クラスA、或はABのパワー管の前段の増幅管はドライバーとは称しません。終段がクラスBの場合、つまり入力側のトランスの2次側に多量のグリッド電流が流れる構成の時、前段にクラスAの電力増幅管を使用した時にのみ、これをドライバーと呼ぶのです。終段がクラスAの場合の前段は電圧増幅です。電圧増幅の動作ではドライバーとはいいません。
     *
だから伊藤先生は出力管をドライブする、といった表現はもちろん使われない。
スウィングする、という表現を使われる。

話を戻そう。
6GA4はそういう真空管でも、たとえばCDプレーヤーの出力をそのまま入力しただけでは電圧不足になる。
だから池田氏は入力にトランスをいれて必要な電圧にまで昇圧したうえで出力管だけのアンプをつくられた。
池田氏だけでなく、ラジオ技術の他の筆者の方も追試されていた、と記憶している。

単段アンプは、これ以上簡略化できない構成である。
ファーストワットのSIT1の概略図をみると、このアンプの構成もまた、これ以上簡略化できないものとなっている。

Date: 7月 6th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×二十・原音→げんおん→減音)

傅さんから聞いた話だと記憶しているが、
ネルソン・パスは1970年代の終りごろに、スピーカーの開発を行っていた。
コーン型ユニットを使ったモノでもなく、コンデンサー型やリボン型でもなく、
金属線を張り、そのまま振動させて音を出す、というものだったらしい。

つまりリボン型スピーカーのリボンを金属線にしたようなものだろう。
信号は、この金属線を流れる。

いわゆる振動板のない構造の、このスピーカーはどう考えても能率の低いものだろう。
かなりのパワーを必要とすることは容易に想像できる。
そしてパワーを入れれば入れるほど金属線の温度は増していく。

温度が増していけば、金属は膨張し弛んでいくことになる。
弛めば音は変化していく。
だからパスは金属線の温度が上昇しないようにヘリウムガスで冷却するという手段をとったらしい。
大掛かりなスピーカーだ、と思う。

かなり以前に聞いた話だから記憶違いもあると思うが、
パスはこのスピーカーの実験のために1kWの出力のパワーアンプまでつくったそうだ。
それでも、満足すべき音量は得られなかった、らしい。
私の勝手な想像だけれども、おそらく能率は80dBよりもっと低かったのだろう。
70dB/W/mにも達していなかったのかもしれない。蚊の鳴くような音量しか得られなかったのか……。

パスは、この金属線スピーカーの開発にどのくらいの期間、とりくんでいたのだろうか。
ヘリウムガスまでもちこんで、
アンプも当時としては、どのメーカーも実現していなかった1kWの出力のモノまでつくっているのだから、
なんらかの可能性を感じていたはず、パスが求める音の片鱗を聴かせていたはず……、と思う。

結局、この金属線スピーカーは実用まで到らなかったのか。
パスがマーチンローガンのコンデンサー型スピーカーを使っていたのは、
この流れからすると自然なことであり、だからこそアルテックのA5へと切り替えたパスをみていると、
日本のベテランのオーディオマニアが遍歴のすえに、
高能率のスピーカー(ラッパ)を直熱三極管のシングルアンプで鳴らす境地に辿り着くのと、
共通するなにかを感じてしまう。

ALEPHのアンプ、それに現在のファーストワットのSIT1は、
どこか直熱三極管のシングルアンプ的でもあるからだ。
SIT1は、どこか、どころか、はっきりと直熱三極管のシングルアンプ的である。

Date: 7月 5th, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十九・原音→げんおん→減音)

ネルソン・パスによる、ふたつのアンプの動作。
ステイシス回路とALEPHの非対称回路。
どちらが、より理想的なのか、どちらが優れているのか、どちらが音が良いのかは、
決められるような性質のものではない。

ネルソン・パスはパス・ラボラトリーズではいまXシリーズ、XAシリーズを出している。
Xシリーズは、Super Symmetric回路を採用している。
この方式がどういう構成なのかははっきりしないが、
Symmetricとついているわけだから対称動作であることは間違いないはず。

いまパス・ラボラトリーズのラインナップにはALEPHはなくなってしまったが、
ネルソン・パスのもうひとつのブランド、ファーストワットのパワーアンプが、
そのかわり的な存在として、ある。

現在のパス・ラボラトリーズのラインナップは、いわばスレッショルド時代のラインナップ的ともいえよう。
ALEPHやファーストワットのアンプと比較の上でいえば、
アンプ単体での理想動作を追求している設計方針といっていいだろう。
アンプの規模も、以前のSTASIS1を超えるモノもラインナップされている。

パス自身、どちらかひとつに絞っているわけではない。
大きくみて、ふたつの方向から、アンプの理想を追求している、と私は感じている。

パワーアンプが鳴らすスピーカーシステムには、
アルテックのA5のような古典的な高能率のアンプもあれば、正反対の性格のスピーカーシステムもある。

スピーカーはからくりだ、と、よく井上先生はいわれていた。
その通りだ、と思う。
これまでにいくつものからくりのスピーカーが存在してきたし、存在している。
そのからくりが、一番なのかは、誰が決められようか。

結局、いまの自分にとって最適のからくりを選ぶしかない。
そして、そのからくりをうまく動かしてくれるパワーアンプを選ぶしかない、ともいえる。

Date: 7月 4th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(余談・300Bのアンプのこと)

300Bのシングルアンプの出力は、300Bをどう使うかにもよるけれど、
私の場合は、300Bシングルとは伊藤先生の300Bシングルであり、
それはウェスターン・エレクトリックの91型アンプということになるわけで、
そうなると出力は8Wということになる。

伊藤先生の300Bシングルアンプ3130Aはセルフバイアスでカソード抵抗は880Ω、負荷抵抗は2kΩだから、
おそらく出力は10W近く出ているはず。

300Bの定格表をみれば、シングルでももう少し出力を取り出せる。
300Bシングルをアンプを作っている人の中には、ごくごく少数なのだろうが、
20W以上の出力を取り出している──つまり300Bにそれだけ無理をさせている──例もあるときいている。

たしかにウェスターン・エレクトリックが発表している300Bの動作例の中に、17.8Wと数字がある。
ただしこれはMaximum Operating Conditionsとして発表されているもので、
プレート電圧450V、グリッドバイアス-97V、プレート電流80mA、負荷抵抗2kΩでの17.8Wである。

20Wの出力を300Bのシングルで実現するには、これ以上のプレート電圧、プレート電流をかけることである。
又聞きなので、そのアンプの詳細ははっきりしない。
話をしてくれた人も真空管アンプ、さらには300Bに対する深い知識は持ち合わせていない人だったこともある。
その人によると、その動作でも300Bはヘタらない、らしい。

実はいま市場に多く出回っているウェスターン・エレクトリックの300Bのほとんどは
驚くほどタフな真空管でもある。
なぜなのかは、その300Bがどういう用途で造られたのかを知れば納得のいくことだ。
直熱三極管ということで、繊細で無理な動作は絶対にできない球というイメージをもたれている方もいると思うが、
そういうイメージをくつがえすほどに300Bはそうとうにタフである。

ただし、ここに陥し穴があって、だからといってそうそう動作をさせているアンプに、
さらにいい音を求めようとして初期の300B、300Bの刻印のモノ、とか、300Aを挿したら、どうなるか。

その結果については、あえて書かない。
ウェスターン・エレクトリックが発表しているデータシートには、No.300-A & 300-B VACUUM TUBESとある。
これがどういう意味を持っているのかについて考えることが出来れば、
300Bのシングルアンプで20W前後の出力を取り出そうとは思わないはずだ。

300Bという真空管に特別な思いいれを持たずに、
数ある出力管のひとつ、さらにはトランジスターを含めて厖大な数の増幅素子のひとつとしてだけ捉え、
真空管は切れても交換が容易だから、そういう動作をさせて何が悪い、音が良ければいいだろう──。

けれど私は伊藤先生には及ばないものの、300Bには思いいれがある。
だから300Bを、そんな使い方はしない。

それに300Bを並列にして使うことはしたくない。
300Bでできるだけ出力を得たい。
でもプッシュプルにはしたくない、だから300Bを2本並列のシングル動作で出力をかせぐ。
そういう使い方をしている人、アンプがあるのは知っている。

でも私は300Bシングルで出力が足りなければ、プッシュプルにする。
これは考え方の違いだから、並列シングルに文句をつける気はないし、
市販されているアンプでそうしているものに対してとやかくいう気はない。

ただ私自身が300Bのアンプを作るとしたら、シングルかプッシュプルかであって、
並列のシングル、並列のプッシュプルには絶対にしない、ということだ。

トランジスターの並列使用には抵抗感はない。
真空管アンプでも市販品の並列使用のアンプにも特に抵抗感はない。
300Bを4本使い、並列のプッシュプルにすれば定格内の使い方であっても50Wの出力が得られる。
でも、それが自分で作るとなると違ってくる。

それに300Bを使用した市販アンプでまともなモノは、ひとつもない。
つまりは自分で作るしかないのだ。
(そう思うのは300Bへの思いいれがあるためなのはわかっている……)

Date: 7月 3rd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その82)

どういう音をもとめるかにもよるけれど、
実際にクロスオーバー周波数が100Hzのスピーカーシステムのコイルに空芯タイプを使うことはない。
もっと直流抵抗を低くする必要があるから、Jantzen audioのラインナップから選ぶとすれば、
鉄芯入りの5160ということになる。
5160の直流抵抗は0.83Ω。

0.83Ωという、それでもまだ高い直流抵抗と感じるけれど、
18mHというコイルの大きさからすれば、この直流抵抗はそうとうに低い値といえる。

このコイルがパワーアンプとウーファーのあいだに介在しているわけだ。

しかも18mHはあくまでも12dB/oct.の遮断特性での値であって、
18dB/oct.となるとコイルはさらにもうひとつ増える。これも直列に入る。
このとき19.1mHと6.4mHとなる。
24dB/oct.となると、コイルの値はさらに増す。24.08mHと12nmHである。

しかもネットワークはコイルだけでは成り立たない。
コンデンサーも必要となる。
クロスオーバー周波数が低いと、コンデンサーの容量もやはり大きくなってしまう。
12dB/oct.では141μF、18dB/oct.では265μF、24dB/oct.では316.25μFと69.63μFとなる。
コンデンサーはウーファーの場合(ローパスフィルター)は並列に入る。
そのため直列に入るコイルほどには音質に与える影響は少ないように感じられるが、
アンプの負荷としてネットワークを見た場合には、どうなるのか。

これだけ考えてもKingdomは、そうとうにパワーアンプにとっては厳しい負荷となるスピーカーシステムだろう。
公称インピーダンスは8Ωと、一般的な値であるし、
世の中にはもっと低いインピーダンスのスピーカーシステムは数多い。
けれど、100Hzというクロスオーバー周波数の低さは、
むしろインピーダンスは低くてもクロスオーバー周波数の高いスピーカーシステムよりも、
また違う意味でアンプを選ぶところがある、といっていいだろう。

Kingdomをいくつものアンプで鳴らした経験がないので断言こそできないものの、
私の感覚としては、300Bシングルアンプで鳴らすスピーカーシステムではないわけだ。

Date: 7月 3rd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その81)

スピーカーを自作した人、
自作していなくてもネットワークを定数を計算したことのある人なら、
クロスオーバー周波数が100Hzということが、
どれだけネットワークの製作(実際にはコイルの製作といっていい)が大変か理解されることだろう。

タンノイのKingdomのネットワークの回路がどうなっているのかわからないので、
一般的な値でいえば、クロスオーバー周波数100Hzで12dB/oct.の場合、
ウーファーに対して直列にはいるコイルの値は18mHとなる。
そうとうに大きな値となってしまう。

実際にどの程度大きなコイルになってしまうのか、を知るには、
スピーカーのネットワーク用のコイルを製造しているメーカー、
デンマークのJantzen audioコイルのカタログをダウンロードしてみれば、すぐにわかる。

Jantzen audioのコイルは0.01mHから700mHまで、実に幅広く、しかも細かく対応している。
インダクタンス値が小さいコイルでは空芯だが、値が大きいものでは空芯と鉄芯入りの両方が、
値がそうとうに大きいものではほとんど鉄芯入りとなっている。

このカタログで18mHのところをみると、6種類のコイルが用意されている。
空芯と鉄芯入れ、それにコイルの巻線の太さが異るからである。

100Hz用のネットワークで使うコイルを空芯でいこうとすると、1699と1717の2つがある。
この2つのコイルの違いは、巻線の太さで1699は0.7mm径、1717は1.2mm径。
重量は1699が440g、1717が1341gと大きな差がある。

巻線の太さ、重量の違いはコイルの直流抵抗の差となっても現れている。
1699の直流抵抗は5.76Ω、1717は2.4Ωで、
1699の5.76Ωは8Ωのウーファーのボイスコイルの直流抵抗値とほぼ同じ値である。

この直流抵抗はアンプの出力インピーダンスにプラスされるわけだから、
その分スピーカー(ウーファーユニット)から見たパワーアンプの出力インピーダンスはその分高くなる。

Date: 7月 2nd, 2012
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(続×十八・原音→げんおん→減音)

マーチンローガンのコンデンサー型スピーカーとアルテックのA5は、
見た目からしてずいぶん異るスピーカーシステムである。
それでも、このふたつは、アンプからの電気信号を音に変換する器械(スピーカー)である。
用途に多少の違いはあるものの、どちらもいい音を聴き手に届けるためにつくられた器械である。

より正確なピストニックモーション、もっといえば完璧なピストニックモーションこそスピーカーの理想である。
そう考えて、完璧なピストニックモーションを実現するために振動板を改良したり、
駆動源になる磁気回路の改良、その他さまざまなところを改良していくことで、
スピーカーの理想像を実現していく。

ピストニックモーションの追求は、
スピーカーとしての理想動作の実現がスピーカーの理想像を具現化する。
そういう考え方なんだろう。

当然、こうやって生れたスピーカーシステムを鳴らすアンプも、アンプとしての理想動作を追求することになる。
スレッショルドのステイシス回路は、
いわばアンプにおけるピストニックモーションの追求だ、というふうに私は受け止めている。

当時のスレッショルドの謳い文句には、
トランジスターを一定電圧、一定電流で動作させることで増幅素子のもつ非直線的なところを取り除き、
いかなる負荷に対しても安定した動作を保証する──、
そういったことだったと記憶している。

こういうステイシス回路とALEPHの回路を比較すると、
マーチンローガンのコンデンサー型スピーカーとアルテックのA5の比較と重なってくるところがある。

ネルソン・パスがALEPHで目指したアンプの理想像とは、
アンプ単体での理想動作ではなく、スピーカーを含めて、さらに部屋(その空気)、
そして人間の鼓膜(これもまた動作は非対称である)をひっくるめたものを俯瞰しての動作の追求にみえてくる。