ハイ・フィデリティ再考(続×二十・原音→げんおん→減音)
傅さんから聞いた話だと記憶しているが、
ネルソン・パスは1970年代の終りごろに、スピーカーの開発を行っていた。
コーン型ユニットを使ったモノでもなく、コンデンサー型やリボン型でもなく、
金属線を張り、そのまま振動させて音を出す、というものだったらしい。
つまりリボン型スピーカーのリボンを金属線にしたようなものだろう。
信号は、この金属線を流れる。
いわゆる振動板のない構造の、このスピーカーはどう考えても能率の低いものだろう。
かなりのパワーを必要とすることは容易に想像できる。
そしてパワーを入れれば入れるほど金属線の温度は増していく。
温度が増していけば、金属は膨張し弛んでいくことになる。
弛めば音は変化していく。
だからパスは金属線の温度が上昇しないようにヘリウムガスで冷却するという手段をとったらしい。
大掛かりなスピーカーだ、と思う。
かなり以前に聞いた話だから記憶違いもあると思うが、
パスはこのスピーカーの実験のために1kWの出力のパワーアンプまでつくったそうだ。
それでも、満足すべき音量は得られなかった、らしい。
私の勝手な想像だけれども、おそらく能率は80dBよりもっと低かったのだろう。
70dB/W/mにも達していなかったのかもしれない。蚊の鳴くような音量しか得られなかったのか……。
パスは、この金属線スピーカーの開発にどのくらいの期間、とりくんでいたのだろうか。
ヘリウムガスまでもちこんで、
アンプも当時としては、どのメーカーも実現していなかった1kWの出力のモノまでつくっているのだから、
なんらかの可能性を感じていたはず、パスが求める音の片鱗を聴かせていたはず……、と思う。
結局、この金属線スピーカーは実用まで到らなかったのか。
パスがマーチンローガンのコンデンサー型スピーカーを使っていたのは、
この流れからすると自然なことであり、だからこそアルテックのA5へと切り替えたパスをみていると、
日本のベテランのオーディオマニアが遍歴のすえに、
高能率のスピーカー(ラッパ)を直熱三極管のシングルアンプで鳴らす境地に辿り着くのと、
共通するなにかを感じてしまう。
ALEPHのアンプ、それに現在のファーストワットのSIT1は、
どこか直熱三極管のシングルアンプ的でもあるからだ。
SIT1は、どこか、どころか、はっきりと直熱三極管のシングルアンプ的である。