Date: 7月 11th, 2012
Cate: the Reviewの入力
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the Review (in the past)を入力していて……(続×五・作業しながら思っていること)

何度か取り上げている「音楽 オーディオ人びと」(トリオの創業者・中野英男氏の著書)のなかに、
次のようなことが書かれている。
     *
 自社のことでまことに申し訳ないが、一時代を劃したアンプKA−7300が発売され、その響きの透明感と定位感の見事さが評判になったとき、
「トリオはどうしてあんなアンプを作ったのか。ブラームスやブルックナーのような音楽を、7300で聴けというのか。私はKA−7500の鳴らす後期ロマン派の音楽を最高と考える。トリオは堕落して精神性の深味を失ったのではないのか」
 と酷評を加えた有力ディーラーが少なくとも二軒はあった。私が云々するまでもなく、その後の経過と世評はこのディーラー氏の意見の逆になった。しかし、私はこの人々の意見を全て間違ったもの、と言い切ることはできない。確かにアンプの特性という見地から見る限り、値段の安さにも拘わらず、KA−7300の性能は兄貴分のKA−7500をかなり上廻っていた。7500のユーザーには申し訳ないが、音も良かったと言わざるをえないだろう。だが、ブラームスの交響曲を鳴らしたとき、KA−7500の音がKA−7300にまさるという感想は、或いは正しかったのかもしれないのである。
 KA−7500の設計に携わり、その音質を追求していた男は、当時恋に悩んでいた。ことは個人の問題にかかわるので、いかに私は創業者・会長であるといっても、その全てを語るわけには参らず、またその表裏のすべてを知っているわけでもない。確かなのは、その男が粘り強さをもって自他共に許す青年であり、しかもその恋愛がその辺にザラに見られるような甘酸っぱいものではなくて、「暗鬱」ないし「凄絶」とも称しうべき重苦しさを湛えたものであったこと、更には、その頃この青年が、かねて好きだったピンク・フロイドに加えてブラームスの四つの交響曲と三つのヴァイオリン奏鳴曲にのめり込んでいたことである。KA−7300を批判したディーラーのひとりは、東北の方であった。私はその方がこのアンプの音を聴いて、製作者の心の深淵を探りあてた能力に櫟然とした。もとよりKA−7500は彼ひとりによって作られたものではない。しかし、彼はこのアンプの「音質」の担当責任者であった。
 そのあと、確かKA−9300を出した時だったと記憶するが、評論家の長岡鉄男氏が『電波科学』に「トリオのアンプは、300番シリーズと500番シリーズとでは明らかに音が違う。設計者のチームが違うのではないか」という趣旨のことを書かれたことがあった。私は言葉が出なかった。7500と5500は同じ彼が担当責任者であり、7300、9300の責任者とは別人であった。電源の供給方式が異なり、開発時点が異なり、更には設計・開発の人間が異なる以上、差が出るのは当然でもあろうが、かくも鮮やかに本質を指摘されてはメーカーとしては脱帽せざるをえない。それにしても、〇・〇何%というオーダーの歪率を問題にするアンプで、これだけの差が出るということ、しかも、製作に携わる男の性格から心理状態まで反映することの恐ろしさは如何なものであろうか。ちなみに、300番台のアンプの音質を担当し、大当りをとったエンジニアは新婚ホヤホヤの青年であった。
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このころのトリオのプリメインアンプには、KA7300D、KA9300の300番シリーズ、
KA7100D、KA8100の100番シリーズ、KA7500、KA5500の500番シリーズがあった。

私が聴く機会があったのはKA7300DとKA9300の300番シリーズだけである。
「音楽 オーディオ 人びと」を読めば、
300番シリーズだけでなく、100番シリーズ、500番シリーズとまとめて聴いてみたい、と思う。
なかでもKA7300DとKA7500だけでもいいから、
このふたつを、もちろんコンディションのいいものを比較してみたい、と思う。

恋に悩み、ブラームスの交響曲にのめり込んでいた開発・設計担当者による500番シリーズ、
新婚ほやほやの開発・設計担当者による300シリーズ、
「音楽 オーディオ 人びと」には出てこないが100番シリーズの開発・設計担当者は、
クラシックよりもポップスを愛する人だったかもしれない。

ステレオサウンド 43号(ベストバイの特集号)のなかで、瀬川先生はKA7100Dについて書かれている。
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型番のうしろ三桁に300のつくシリーズが最もオーソドックスなのに対して、100番のつくのは若いポップス愛好家向きで、メーターつきはメカマニア向きというような作り分けをしているのではないか、というのは私の勝手なかんぐりだが、ともかく7100Dは、調味料をかなり利かせたメリハリの強い、5万円台の製品の中で独特の個性を聴かせる。
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こういう話を読んでいると、オーディオはほんとうにおもしろい、と感じてしまう。
開発・設計担当者の精神状態(音楽の嗜好・のめり込み・聴き方)が音に現れてきている。

トリオが、いわゆるガレージメーカーならば、そういったことが音にはっきりと出るのは容易に想像できるが、
トリオくらいの規模の会社がつくり出す製品であっても、
こういうことが音に出てくるところが、オーディオなんだ、と思ってしまう。

こういうおもしろさ(興味深い)ことが、トリオのセパレートアンプには、ないように私は感じている。
だから、私にとってトリオといえば、プリメインアンプがまず頭に浮ぶわけだし、
プリメインアンプに積極的であったメーカーであったわけだ。

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