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Date: 12月 8th, 2018
Cate: 書く

毎日書くということ(9000本をこえて感じていること)

8900本をこえたあたりから書くペースが落ちた。
年内には余裕で9000本目が書ける、という安心感から、そうなった。

予定では11月中に9000本目を書き終っているはずだったのに、
今日やっと9000本目(ひとつ前がそう)を書き終えた。

これが9001本目だから、あと999本で目標の10000本である。
約一年後には、書き終えている(はず)。

やっと目標が視界に入ってきた、と感じている。
2019年の5月には、audio wednesdayも100回になる。

ひとつ区切りがつくのだろうか。

Date: 12月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACで、マリア・カラスを聴いた(その3)

黒田先生が、「音楽への礼状」でマリア・カラスのことを書かれている。
     *
 日曜日の、しかも午前中のホテルのロビーは、まだねぼけまなこの女の顔のように、どことなく焦点のさだまらない気配をただよわせていました。ぼくは緊張と興奮のなかばした奇妙な気分で、ロビーのすみのソファーに腰かけていました。そういえば、あの朝のぼくの気分は、あれから十年ほどたってからみた映画「ディーバ」で郵便配達のジュールがフェルナンデス粉する憧れのディーヴァに会う前に味わったようなものかもしれませんでした。
 そのときのぼくは、初来日されたあなたへのインタビューを依頼され、もしかしたらおはなしをうかがえるかもしれないといわれ、あなたの宿泊されていたホテルのロビーにいました。しかし、ロビーのすみのソファーに腰かけ、あなたにお尋ねすることを書きつけたノートに目をとおしていたぼくは、招聘元のひとから、今日のインタビューを中止してほしい、というあなたの意向を伝えられました。さらに、招聘元のひとは、あなたが、今日は日曜日なので礼拝にいきたいので、といっていたとも、いいそえました。
 ぼくとしては、休みの日に、朝から、こうやってわざわざきているのに、約束を反故にするとはなにごとか、といきりたってもおかしくない状況でした。にもかかわらず、ぼくは、そうだろうな、と思い、そのほうがいいんだ、とも思って、自分でも不思議でしたが、いささかの無理もなくあなたの申し出に納得できました。ぼくは、それまでも、いろいろな雑誌の依頼をうけて、さまざまな機会に、外国からやってきた音楽家たちにインタビューしてきましたが、そのたびに、いつもきまって、うまくことばではいえないうしろめたさを感じつづけてきました。
 なぜ、ぼくがインタビューをするときにうしろめたさを感じつづけてきたか、と申しますと、ぼくには、どこの馬の骨とも知れぬ人間から根掘り葉掘り無遠慮に尋ねられることを喜ぶ人などいるはずがないと思えたからでした。それに、もうひとつ、ぼくは、音楽家は、ほんとうに大切なことであれば、彼の音楽で語るはずである、とも考えていました。そのように考えるぼくには、音楽家に彼の音楽についていろいろことばで語ってもらうことが、つらく感じられていました。それでもなお、さまざまな音楽家へのインタビューをつづけてきてしまったのは、尊敬したり敬愛したりする音楽家から直接はなしをきける魅力に負けたからでした。
 あなたへのインタビューを依頼されたときにも、ためらいと、あなたから直接おはなしをうかがえると思う喜びとが、いりまじりました。しかも、それまでのあなたの周囲でおきたさまざまな出来事から推測して、あなたがインタビューというジャーナリズムとつきあっていくうえでの手続きを嫌っておいでなのも理解できましたから、ぼくは、招聘元のひとから、あなたが今日のインタビューを中止してほしいといっている、ときかされたときにも、そうだろうな、と思い、そのほうがいいんだ、とも思えました。
 あなたは、第二次大戦後のオペラ界に咲いた、色も香りも一入(ひとしお)の、もっとも大きな花でした。困ったことに、華やかに咲いた大輪の花ほど、ひとはさわりたがります。マリア・カラスという大輪の花も、そのような理由で、いじくりまわされました。その点に関して、当時のぼくは、まだ、かならずしも充分には理解していませんでしたが、あなたがお亡くなりになって後にあらわれた、あなたについて書かれたいくつかの本を読んでみて、あなたが無神経なジャーナリズムによっていかに被害をうけたかを知りました。
 ぼくがあなたの録音された古いほうの「ノルマ」や「ルチア」のレコードをきいたのは、ぼくがまだ大学生のときでした。あなたの、あの独特の声に、はじめは馴染めず、なんでこんな奇妙な声のソプラノを外国の評論家たちはほめたりするのであろう、と思ったりしました。そう思いつつ、あなたのレコードをくりかえしきいているうちに、声がドラマを語りうる奇跡のあることを知るようになりました。その意味で、あなたは、ぼくにオペラをきくほんとうのスリルを教えて下さった先生でした。
 それから後、あなたの録音なさった、きけるかぎりのレコードをきいて、ぼくはオペラのなんたるかをぼくなりに理解していきました。しかし、あなたは、あなたの持って生まれた華やかさゆえというべきでしょうか、歌唱者としてのあなたの本質でより、むしろ、やれどこそこの歌劇場の支配人と喧嘩しただの、やれ誰某と恋をしただのといった、いわゆるゴシップで語られることが多くなりました。多くのひとは、大輪の花をいさぎよく愛でる道より、その花が大輪であることを妬む道を選びがちです。あなたも、不幸にして、妬まれるに値する大輪の花でした。
 予想したインタビューが不可能と知って、ぼくはロビーのソファーから立ち上がりました。そのとき、すこし先のエレベーターのドアが開いて、あなたが降りていらっしゃいました。ぼくは、失礼をもかえりみず、およそディーヴァらしからぬ、黒い、ごく地味な装いのあなたを、驚きの目でみました。これが、あのノルマを、あのように威厳をもって、しかも悲劇を感じさせつつうたうマリア・カラスか? と思ったりもしました。素顔のあなたは、思いのほか小柄でいらっしゃいました。しかし、そのひとは、まちがいなくあなたでした。
 もしかすると、ぼくは、かなりの時間、あなたにみとれていたのかもしれません。あるいは、招聘元のひとがそばにいたので、この男がインタビュアだったのか、と思われたのかもしれません。いずれにしろ、あなたは、ぼくのほうに、軽く会釈をされ、かすかに微笑まれました。あなたの微笑には、どことなく寂しげな影がありました。あれだけ華麗な人生を歩んでこられた方なのに、どうして、この方は、こんなに寂しげな風情をただよわせるのであろう、と不思議でした。
 ぼくは、どうしたらいいかわからず、女神につかえる僧侶の心境で頭をさげました。頭をあげたとき、すでにあなたの姿は、そこにありませんでした。
 あなたは、ノルマであるとか、トスカであるとか、表面的には強くみえる女をうたうことを得意にされました。しかしながら、あなたのうたわれたノルマやトスカがききてをうつのは、あなたが彼女たちの強さをきわだたせているからではなく、きっと、彼女たちの内面にひそむやさしさと、恋する女の脆さをあきらかにしているからです。
 ぼくは、あなたのうたわれるさまざまなオペラのヒロインをきいてきて、ただオペラをきく楽しみを深めただけではなく、女のひとの素晴らしさとこわさをも教えられたのかもしれませんでした。今でも、ぼくは、あなたのうたわれたオペラをきいていると、あのときのあなたの寂しげな微笑を思い出し、あの朝、あなたは神になにを祈られたのであろう、と思ったりします。
     *
マリア・カラスの声は、美しいのか。
一般的な意味での美声ではない。

私もマリア・カラスの歌を初めて聴いた時は、黒田先生と同じように感じた。
《あの独特の声に、はじめは馴染めず、なんでこんな奇妙な声のソプラノ》と思ったりした。

そして、これもまた黒田先生と同じように、
マリア・カラスのレコードをくり返し聴いているうちに、
美しい、と感じるようになってきた。

それでも……、というところは残っていた。
ULTRA DACでマリア・カラスを聴いて、
「それでも……」が完全に払拭された。

《色も香りも一入(ひとしお)の、もっとも大きな花》である。

Date: 12月 8th, 2018
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(韓国、中国は……・その4)

ここまで書いてきて、そうだ、と思い出したことがある。
なので、ちょっと脱線してしまう。

もう十年くらい前になるか、
Red Rose Musicのアンプのことが、ちょっと話題になっていた。
Red Rose Musicは、マーク・レヴィンソンが、マークレビンソン、チェロに続いて興した会社。

最初はオーディオプリズムの真空管アンプをベースに、
マーク・レヴィンソンがチューニングを施した製品だった。
その後、トランジスターアンプが、それからスピーカーシステムが登場した。

これらは、中国のメーカーによるモノだった。
アンプはDussun、スピーカーシステムはAurum Cantus製で、
しかも中国では、それぞれのブランドで安価に売られていた。

写真を見る限り、外観はRed Rose Musicブランドであっても、
Dussunブランド、Aurum Cantusブランドと同じである。

中は違っている、といわれていた。
マーク・レヴィンソンがチューニング(モデファイ)している、ということだった。

けれど、それもアヤシイといわていた。
どちらも内部を見たことはない。
そのウワサが事実なのかどうかはなんともいえないが、
少なくともマーク・レヴィンソンにとって、
Red Rose Musicの製品として売るだけの良さがあったのだろう。

もっといえば、どこか琴線にひっかかってくるものがあったのだろうか。
琴線と書こうとして、(きんせん)と入力したら金銭と出てしまい、
それもまたマーク・レヴィンソンらしい理由かも──、と思ってしまう。

金銭か琴線なのかは措くとして、
少なくともRed Rose Musicブランドとして恥ずかしくないクォリティを持っていると、
マーク・レヴィンソンは判断したはずだ。

それから十年ほどが経っている。

Date: 12月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACで、マリア・カラスを聴いた(その2)

こんな話を、帰りの電車のなかで、Hさんにした。
Hさんは11月のaudio wednesdayに初めて来てくれた。
豊田市から深夜バスで来て帰っていく若者。

どうも豊田市というと、東京の中央線の豊田駅周辺と勘違いしていた人がいたけれど、
豊田駅周辺は日野市であり、東京には豊田市はない(いうまでもなく愛知県の豊田市)。

深夜バスで帰るHさんと新宿まで一緒だった。
四谷三丁目の駅から新宿駅までは十分もかからない。
電車を待つあいだをいれても十分程度である。

なので(その1)でのことを、さらにおおまかなことに話した。
翌日、彼からのメールには、音楽に対する「想像と解釈」、とあった。

マリア・カラスの「カルメン」におけるULTRA DACのフィルターの選択は、
まさに、音楽に対する「想像と解釈」によって、三つのうちのどれを選ぶかが違ってくる。

想像だけでもない、解釈だけでもない。
想像と解釈によって決る。

Date: 12月 7th, 2018
Cate: ディスク/ブック

Pulse/Quartet by Steve Reich

ノンサッチから出ている“Pulse/Quartet by Steve Reich”。
ジャケットのどにもMQAとはない。
MQAのマークもない。

けれどMQA-CDである。
こういう隠れMQA-CDは、意外にあるのかもしれない。

Date: 12月 7th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(トランスポートとのこと・その1)

9月のaudio wednesdayでは、トランスポートにはメリディアンのCDプレーヤー508を使った。
今回はスチューダーのD731である。

D731のピックアップメカニズムは、フィリップスの最後のスイングアーム方式である。
デジタル出力はAES/EBUである。

508はコンシューマー用、D731はプロフェッショナル用という違いもある。
トランスポートして見ても、両者の違いは大きいし、多い。

それらの違いが、ULTRA DACと組み合わせたときにどう音に反映してくるのか。
それを確認したかった。

12月5日のaudio wednesdayでは、まずD731単体の音を聴いた。
それからULTRA DACと接続する。

ここで気づいた。
通常なら、ULTRA DACのディスプレイには、44kと表示されるはずなのに、
なぜか48kと出ている。

508との組合せでは、44kと表示されていたのに、
D731で48kとなる。

音は問題なく出る。
この状態で通常のCDをかけながら、
ULTRA DACの三種類のフィルターを聴き比べをした。

何枚かのCDを聴いて、いよいよMQA-CDをかける。
ここでD731のデジタル出力のサンプリング周波数は、
ULTRA DACのディスプレイの表示通りに48kHzなことがわかる。

D731は放送局用でもあるため、標準では48kHz出力になっているようだ。
この状態ではMQA-CDの再生はできない。

なので、ここで急遽、喫茶茶会記にある、以前使っていたCDプレーヤーをひっぱり出してきた。
最初にラックスのD38uを接続した。

現在の、マッキントッシュのMCD350の前まで使っていた機種だが、
この一年ほとんど使っていないことと、
もともとトレイの調子が悪くなっていたことが重なってか、
ディスクのTOCを読み込む前にトレイが出てきて、ディスクを排出してしまう。

強引にトレイを押し込めば、うまく行くこともあるが、
うまくいかないことの方が多い。

次にパイオニアのPD-D9にした。

Date: 12月 7th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(ピアノ)

ステレオサウンドのベストオーディオファイル、そしてレコード演奏家訪問。
菅野先生が全国のオーディオマニアを訪問された連載記事である。

菅野先生が来られるということで、多くの方が、菅野先生の録音、
おもにオーディオラボのディスクを再生される。

菅野先生によると、ひとつとして同じ音はなかった、とのこと。
菅野先生の録音の意図をはっきりと再生している音もあれば、
まったく意図しない音で鳴っていることもあった、ときいている。

ほんとうにさまざまな表情で、菅野先生の録音が鳴っている。
それでも、世の中にでは、菅野録音ということで、ある共通認識はできているようでもある。

何をもってして、菅野録音といえるのか。
これもまた人によって違うことなのだろう。

それでも、私はひとつだけいえることがある、と思っている。
ピアノの音である。

菅野先生の録音によるピアノの音をきいて、どう思うのか。
ほんとうに、菅野先生はピアノという楽器がお好きなんだなぁ、
そうおもえるかどうかである。

ピアノがいい音で鳴っている、と感じるだけでは不十分で、
菅野先生のピアノという楽器へのおもいが感じられなければ、
菅野録音はうまく鳴っていない、といえる。

Date: 12月 6th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACで、マリア・カラスを聴いた(その1)

別項「私は、マリア・カラス」で、ULTRA DACでマリア・カラスを聴きたい、と書いた。

昨晩のaudio wednesdayで、マリア・カラスの「カルメン」を聴いた。
通常のCDだから、ULTRA DACのフィルターを切り替えながら聴いた。

まずshortで聴いた。
それからlongにして、mediumにした。

どの音をとるのかは、人によって違うだろうし、
聴き方によっては、その日の気分によっても、どれを選択するかは変ってこよう。

マリア・カラスの声、そして歌い方に焦点を、そこだけにあわせて聴くのであれば、
圧倒的にshortがいい。

プロの歌手を目指している人であれば、shortの音をとるはずだ。
そう思えるほど、よくわかる。

よくわかるだけに、どうしても耳の焦点は、マリア・カラスのみにあわせてしまう。
マリア・カラスの独唱のみならば、これでもいい、と思う。

でも「カルメン」はいうまでもなくオペラである。
オペラという舞台を聴きたい、と思うのであれば、shortの音はマリア・カラスに近すぎる、と感じる。

もう少し引いて距離をとりたい、と思わなくもない。
longにすれば、その傾向になる。
けれど、shortを聴いたあとだけに、よけいにその距離がやや取りすぎたようにも感じる。

longの音だけ聴いていれば、これで満足しただろうに、なまじshortの音を聴いているだけに、
距離とディテールの再現が反比例するかのようにも受けとれる。

mediumの音が、昨晩の音では、「カルメン」というオペラが楽しめる音だった。
マリア・カラス一人だけのオペラではない。

ドン・ホセ役のニコライ・ゲッダ、エスカミーリョのロベール・マサール、
ミカエラのアンドレア・ギオーなどがいて、コーラスも加わる。

そういう舞台を楽しみたいのであれば、mediumの距離感が、私にはちょうどいい。

もちろん、これはあくまでも、
マリア・カラスの「カルメン」を、しかも喫茶茶会記のシステムで鳴らして、の話である。

他の録音、他のシステムでは、その選択も変ってこよう。

Date: 12月 6th, 2018
Cate: ディスク/ブック

JUSTICE LEAGUE (with ULTRA DAC)

JUSTICE LEAGUE(ジャスティス・リーグ)のサウンドトラックを、
今回もかけた。

9月、ULTRA DACをはじめて聴いたときにもかけた。
今回も、基本的にシステムは同じだ。

トランスポートがスチューダーのD731になったぐらいの変更である。
こまかなところはいくつか変更している。

別項で書いているように、アンプの脚を交換したし、
前回のaudio wednesdayから、アルテックのホーンにバッフルをつけている。
他にもこまかな変更点はいくつかある。

それにしても、昨晩はよく鳴ってくれた。
1曲目の“EVERYBODY KNOWS”もよかった。
それ以上に23曲目の“COME TOGETHER”はよかった。

やや大きめの音量での“COME TOGETHER”。
ビートルズではなく、歌っているのは、Gary Clark Jr. and Junkie XL。

これが、ほんとうにかっこいい。
いままでいろんな音を聴いてきた。

その他にもいろんな感想をもってきた。

けれど、昨晩初めて「かっこいい」と口に出してしまった。
私だけがそう感じていたのではなく、聴いていた人も「かっこいい」と感じていた。

ほんとうに、音がかっこいい、のだ。

Date: 12月 6th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(アンプの脚・その7)

11月のaudio wednesdayで、
マッキントッシュのMCD350とMA7900の脚に少しばかり細工したことはすでに書いているとおり。

昨晩のaudio wednesdayでは、脚そのものを交換した。
別に高価なアクセサリーとして売られてるモノにしたわけではない。
東急ハンズで売っているモノを使っている。

たったこれだけの変更なのだが、トータルでの音の変化はけっして小さくない。
昨晩のaudio wednesdayではメリディアンのULTRA DACを、
9月に続いて、再び聴くことができた。

入力側の機器がこれだけよくなると、
脚による音の変化はそれだけ大きくなる。

パッと見て、脚が変っていることには気づきにくい。
私が言う前に気づいた人はいなかったが、
音の違いは、ほぼ全員が感じていた。

アンプの脚を交換しただけで、
しかも費用は千円もかかっていない。
たったそれだけで、どれだけの音の変化か、と疑う人は疑っていればいいし、
オリジナルに手を加えるなんてけしからん、と思う人も、そのまま変らずにいてくれればいい。

井上先生がよくいわれていたように、
情報量が増えれば増えるほど、ささいなことで音は少なからぬ変化をする。

結局、そういうことである。

Date: 12月 6th, 2018
Cate: audio wednesday

第96回audio wednesdayのお知らせ(マリア・カラスとD731)

メリディアンのULTRA DACを再び聴けた昨晩のaudio wednesdayはよかった。
よかっただけに、翌月のテーマは考えてしまう。
9月に聴いたあともそうだった。

今回も何にしようかと悩んだけれど、
マリア・カラスを聴こう、と考えている。

いま喫茶茶会記にはトランスポートとして使ったスチューダーのD731が、来月まである。
このD731でマリア・カラスのCDをたっぷりと聴こう、と思う。

マリア・カラス以外はかけないつもりだ。
1月の第一水曜日は2日。
こんな日に来てくれる人はそういない。
少しわがままを通しての、マリア・カラスとD731である。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。

Date: 12月 5th, 2018
Cate: ロングラン(ロングライフ)

定番(その4)

昨年、(その3)でラックスのアンプのプロポーションについて書いた。
ずんぐりとしたプロポーション。

私には、こんなプロポーションにする理由がわからずにいた。

別項「2018年ショウ雑感(その25)に、facebookでコメントがあった。
そこには、ミニヴァンをかっこいいと思っている人たちが多いのは嘆かわしい、とあった。

ミニヴァンをかっこいい、と思う人がいるのか、と驚くとともに、
そうか、そういう感覚からすれば、
ラックスのいまどきのずんぐりプロポーションもかっこいいのか、とも思った。

ラックスのずんぐりプロポーション・アンプのデザイナーが、
どういうクルマをかっこいいと捕えているのかは知らない。
ミニヴァンをかっこいい、と捉えているのかどうかもわからない。

それでも、そこにつながっていく何かがあるような気はしている。

Date: 12月 5th, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その25)

オーディオはかっこいい、と思われること。
それが大事だと書いてから思ったのは、
いまの時代、かっこいいは、昔ほど、その輝きを失っているのか、とも考えてしまう。

スーパーカーと呼ばれるクルマが走っているのをみれば、
かっこいい、と感じる。

大阪ハイエンドオーディオショウの会場を出て、しばらく歩いていたら、
ランボルギーニのアヴェンタドール(黄色)が走っていった。

東京にいても、アヴェンタドールが走っているところは、なかなかお目にかかれない。
かっこいいな、と目で追っていた。

若者のクルマ離れがいわれている。
その理由について、あれこれいわれているようだ。

どうしてクルマ離れなのか、
別にクルマ離れに限らず、若者の○○離れは話題になっている。

それは、かっこいいの価値が薄れてきているのかも──、と私は思う。

Date: 12月 4th, 2018
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これまで(上原晋氏のこと・その5)

上原晋氏のリスニングルームは、ちょっと変形なため広さをややつかみにくいが、
20畳はあろう。

私だったら、これだけのスペースがあればためらうことなくSuper Red Monitor(SRM)を入れる。
もっと狭いスペースでも、SRMを鳴らしたいと思ったなら入れる。
たとえ六畳間であっても、SRMを設置できるのだから、SRM12Xを含めて、
SRMシリーズの他の機種はもう目に入らない、とでもいったほうがいい。

結局、欲しいと思えたスピーカーの大きさなんて、ほとんど気にしない。
もちろん物理的に部屋に入らないほどの大きなモノならば、あきらめるが、
部屋に入る以上は、そこを、それを目指す。

上原晋氏がSRM12Xを選ばれたのか、その理由はわからない。
リスニングルームの片隅には、いまは鳴らされていないQUADのESLがあった。

おそらくSRM12X導入前は、このESLを鳴らされていたのだろう。
リスニングルームの完成は前にも書いているように1978年だから、
SRM12Xもちょうどその頃からなのだろう。

となるとESLは以前のリスニングルームに鳴らされていたのか。
そのときの部屋の広さはどのくらいだったのだろうか。

狭くはなかったように勝手に思っている。
おそらく空間の広さに応じてのスピーカーの選択ということ、
つまりバランスを重視しての選択をされていたのではないのか。

私もESLを鳴らしていた。
六畳弱の狭い部屋で鳴らしていた。
しかも部屋は横長に使っていた(長辺側にスピーカーを置いていた)。
ESLと私との距離は、ごく短い。
手を伸ばせば、誇張でなくもう少しでESLに届くほどだった。

ESLと壁との距離も最低限しか確保できなかった。
アンプはSUMOのThe Goldだった。
そんな極端なアンバランスな環境のもとで、私はESLを鳴らしていた。

上原晋氏は、こんなことは決してやらない人なのだろう。

Date: 12月 3rd, 2018
Cate: audio wednesday

第95回audio wednesdayのお知らせ(再びULTRA DAC)

二日後のいまごろは、ULTRA DACの音を聴いている。
この時間(21時すぎ)になれば、システム全体の調子もあがってくる。

そんなことを、もう想像している。
多くの人にULTRA DACの音をじっくり聴いてもらいたい、という気持がある。
でも、喫茶茶会記のスペースは、そう広くはないからなぁ……、という気持もないわけではない。

12月5日のaudio wednesdayで、
もう一度メリディアンのULTRA DACを鳴らす。

D/Aコンバーターを鳴らす、と表現するのはおかしいかもしれないが、
そう表現したくなる気持がある。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。