Archive for category テーマ

Date: 7月 4th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるエリカ・ケート

エリカ・ケートについては、これまで何度も書いてきている。
瀬川先生の文章の熱心な読み手であれば、
エリカ・ケートを、瀬川先生はどういう音で聴かれていたのかを知りたいところである。

同時に、MQAの音の良さに惚れ込んでいる私としては、
MQAでエリカ・ケートを聴きたい、と思っている。

e-onkyoでエリカ・ケートを検索しても、ヒットしない。
ないものだとばかり思っていたが、実はあった。

フリッツ・リーガー指揮ミュンヘン・フィルハーモニーによるモーツァルトの「魔的」である。
1964年7月26日のライヴ録音で、
エリカ・ケートは夜の女王を歌っている。

e-onkyoの当該ページをみても、エリカ・ケートの名前はない。
Fritz Rieger & Münchner Philharmoniker[MainArtist]、
Various Artistsとの表記があるだけだ。

エリカ・ケートが夜の女王を歌っていることに気づいたのは、偶然が重なってことである。
MQA Studioで、96kHz、24ビットで配信されている。

小さな宝ものを見つけたようで、とにかく嬉しい。

Date: 7月 4th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その3)

1977当時、G.R.F.は420,000円(一本)だった。
HPD385Aが搭載されたコーナー型のバックロードホーンである。

当時、タンノイはG.R.F.の製造は、オートグラフとともにやめていた。
エンクロージュアは、タンノイの承認のもと輸入元のティアック製だった。

この点もコーネッタに近い。
この時代、コーネッタが完成品のスピーカーシステムとして登場していたら、
300,000円前後になっていただろう。

ユニットの口径は小さいし、
ホーン型エンクロージュアとはいえ、フロントショートホーンとバックロードホーンとでは、
製作の手間が違う。

それでもコーネッタが、意外にも高くなると予想するのは、エンクロージュアの材質の関係だ。
コーネッタでは、バスレフポートや補棧にはラワンが使われているが、
エンクロージュアの大半には桜合板が使用されている。

この時代の300,000円前後の海外のスピーカーシステムといえば、
アルテックのModel 15(289,000円、一本の価格)、612C(296,000円)、
A7-8(326,000円)、アコースティックリサーチのLST(290,000円)、
JBLのL45-81B(289,000円)、L45-001B(299,000円)、L45-84B(324,000円)、
K+HのOY Monitor(300,000円、アンプ内蔵)、クリプシュのC-WO-15 Cornwall(320,000円)、
ラウザーのCorner Reproducer TP1 TypeD(295,000円)といったところである。

これらのスピーカーシステムの、現在の中古市場での価格をすべて把握しているわけではないが、
このなかで、一本四万円程度で買えるものがあるだろうか。

とにかく、中古オーディオ機器の購入は、運任せのところが多分に強い。
欲しい、と思った時に、あらわれてくれるとはかぎらない。

オーディオマニアのなかには、
ほぼ毎日のように中古を扱うオーディオ店を覗く人もいる、ときいている。
出合いを運任せにはしたくない──、そういう人は、そうであろう。

Date: 7月 3rd, 2020
Cate: audio wednesday

第114回audio wednesdayのお知らせ(再びTANNOY Cornetta)

「MQAで聴けるバックハウスのベートーヴェン(その3)」を公開した約12時間後に、
バックハウスの30番、31番、32番のMQAでの配信が始まった。

タイミングがいいというのだろうか、悪いというのだろうか。
とにかく8月のaudio wednesdayでは、五味先生がお好きだったケンプとバックハウスで、
ベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタを、MQAでコーネッタでかけることができる。

8月のaudio wednesdayで最後にかける曲は、ケンプとバックハウスになる。

Date: 7月 3rd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その2)

当時HPD295Aを搭載していたタンノイのスピーカーシステムEatonの値段は、80,000円だった。
Eatonは、Arden、CheviotとともにLegacyシリーズとして復刻されている。
現在の価格は400,000円だ。

いまタンノイはユニットの単売を行っていない。
Eaton搭載の10インチ口径の同軸型ユニットが、どのくらいするのかはわからない。

なので単純にEatonの値段だけで考えると、
1977年の五倍になっている。

HPD295Aが五倍で300,000円。
SSL1が五倍で440,000円。
合計で740,000円となる。

しかもくり返すが、SSL1は組み立てが必要なエンクロージュア・キットである。
これが完成品として発売されるとなると、組み立てにかかる費用、
梱包材もしっかりと大きなものとなるし、ここにかかるコストもけっして低くはない。

輸送の費用も、保管して置くための倉庫の費用なども、
キットの場合以上にかかる。

それにSSL1のフロントショートホーンの加工をながめていると、
いまこれだけの木工を依頼するとなると、当時よりもずっと高い費用がかかるではないだろうか。

そうなってくると、コーネッタ(完成品)の価格は、
80万円、90万円ほどになっても不思議ではない。
しかも、これはペアの価格ではなく一本の価格でしかない。

あくまでも単純に考えての予想価格でしかない。
現実にはもう少し安くなるのかもしれないし、高くなるのかもしれない。
どちらにしても、安い価格のスピーカーシステムではないことだけは、はっきりといえる。

7月1日のaudio wednesdayでのコーネッタの音をきいた人たちは、
ペアで八万円ちょっとスピーカーシステムだとは思わなかった。

Date: 7月 3rd, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・その1)

いまコーネッタのことを続けて書いているところである。
四十年ほど前のスピーカーシステムを、八万円ちょっとで入手できた。
ペアで、この値段である。

いま一本四万円ほとのスピーカーシステムにどんなモノがあるのか、
すぐには思い出せない──、というよりもほぼ知らない。

コーネッタは中古である。
中古は当り外れがある。大外れもある。
もし、そんな大外れにであってしまったら、金をドブに捨てるようなもの。
運任せのところがある。

なので、誰にでも中古を買うことをすすめるようなことはしない。
それでも、実際にオーディオ機器を購入する場合、
中古の購入をまったく考えない人は、どのくらいいるのだろうか。

予算に限りがある。
そのなかで、少しでもいい音を出してくれる可能性の高いモノが欲しい。

昔は、中古を探そうとしても、地元のオーディオ店、
オーディオ雑誌の売ります買いますコーナー、
オーディオ雑誌掲載の販売店の広告ぐらいしかなかった。

いまはインターネットがあり、
海外からも購入することができるようになっている。
今回のコーネッタも、インターネットがなければであえなかったかもしれない。

コーネッタは、いまいくらなのだろうか。
中古相場ではなく、コーネッタというスピーカーが新製品として登場したとしよう、
いったいいくらになるのだろうか。

ユニットのHPD295Aは、60,000円(一本、1977年)、
エンクロージュアのSSL1は、88,000円(一本)である。
トータルで148,000円だが、エンクロージュアはキットである。

購入者が自ら組み立てる必要がある。
ここで考えたいのは、完成品としてのコーネッタは、いまいくらになるのかである。

Date: 7月 2nd, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴けるバックハウスのベートーヴェン(その3)

バックハウスのベートーヴェンのピアノ・ソナタのMQAでの配信を、待っていた。
6月26日までに28番までが配信されている。

のこりの30番、31番、32番が、ぎりぎり7月1日に配信されれば、
当日のaudio wednesdayでかけることができる。

これまでの配信の間隔からいって間に合わないだろうな、と思っていた。
実際、まだである。

けれど8月のaudio wednesdayまでには、ほぼ確実に配信されるはずである。
8月のaudio wednesdayでも、コーネッタを鳴らすことはすでに書いている。

その理由のひとつは、バックハウスの30番、31番、32番を、
MQAで、コーネッタで聴きたいのと、聴いてもらいたいからである。

Date: 7月 2nd, 2020
Cate: audio wednesday

第114回audio wednesdayのお知らせ(再びTANNOY Cornetta)

8月のaudio wednesdayは、5日。
コーネッタを再度鳴らすことにした。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

19時開始です。

Date: 7月 1st, 2020
Cate: audio wednesday

第113回audio wednesdayのお知らせ(いつかは……、というおもいを)

一週間前にコーネッタを喫茶茶会記に搬入。
今日やっと初めての音出しである。
待ち遠しかったけれど、どんな音で鳴ってくれるのか。

コーネッタのコンディションを含めて、なんともいえないところがある。
メインテナンスをする時間はとれなかった。
今日は満足のいく音が出せない可能性もあるわけだが、
これからは自分のモノとして、タンノイを鳴らしていくことができる。

そうすることで確認できるのではないか、と考えていることがある。
別項「カラヤンと4343と日本人」にも関係することだ。

五味先生と瀬川先生の音楽の聴き方は、かなり近いところがあると以前から感じていた。
それでもアンチ・カラヤンの五味先生、積極的にカラヤンを聴かれていた瀬川先生、
なぜなのだろう、とずっとひっかかったままである。

答は永久にわからないであろう。
それでも、五味先生はタンノイを鳴らされていた。
タンノイで音楽を聴かれていた。

このこととカラヤン、それからポリーニへの酷評は決して無関係ではない、とも思っている。

アンチJBLの五味先生、4343(4341、4345、自作の3ウェイを含めて)を鳴らされていた瀬川先生、
そうい:ったことを含めて、自分でタンノイを鳴らしていくことで、
納得できる何かがえられるのかもしれない。

とにかく、今夜からタンノイとのそういった時間が始まる。

Date: 6月 30th, 2020
Cate: 価値・付加価値

オーディオ機器の付加価値(その9)

高校二年の時に、サンスイのAU-D907 Limitedを買った。
修学旅行に行かずに、その積立金と新聞配達のアルバイトで貯めたのとをあわせて、
なんとか、この限定販売のプリメインアンプが買えた。

高校生にとって、175,000円のアンプはそうとうに大きな買物だった。
しかも、くり返すが限定のアンプである。

この限定という言葉に、弱い。
私だけでなく、マニアならば多くの人がそうであろう。

もしAU-D907 Limitedが、
AU-D907IIといった型番で登場し、限定でなかったとしたら……。
もちろん中身はまったく同じだとして、あの時、手に入れた喜びに変りはないのか──、と思う。

ここでのLimited(限定)ということは、付加価値だったのか。

それだけでなくAU-D907 Limitedは、ステレオサウンド 53号で、
「第2回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント17機種の紹介」に登場している。
菅野先生が書かれている。

実をいうと、この53号の菅野先生の文章を読んだことで、
ますますAU-D907 Limitedが欲しくなっていた。

第2回ステート・オブ・ジ・アート賞に選ばれているプリメインアンプ。
49号の一回目で、プリメインアンプは何も選ばれていない。

AU-D907 Limitedが、プリメインアンプとして初めて選ばれたわけである。
当時の私は、このことがすごく嬉しかったというよりも、なんだか誇らしかった。

そういうプリメインアンプを自分は使っている、ということ。
しかも限定であるから、そんなに多くの人が使っているわけでもない。
まして高校生で、ということになると、ほんとうに少なかったはずだ。

そのことがなんとか誇らしく感じていたわけだ。
いまふり返ってこうやって書いていると、バカだなぁ、と思うけれど、
高校二年の私は、本格的なオーディオ機器を手にした、自分のモノにした、ということが、
嬉しくて嬉しくて、ノートにAU-D907 Limitedのスケッチ(落書き)をよくしていた。

賞に選ばれたプリメインアンプ。
そのことは、当時の私にとって大事な付加価値だったのかもしれない。

Date: 6月 29th, 2020
Cate: audio wednesday

第113回audio wednesdayのお知らせ(いつかは……、というおもいを)

二日後には、いよいよコーネッタを鳴らす。
コーネッタの音をひさしぶりに聴くことになる。

タンノイの音は、ステレオサウンドの試聴室で、
それからティアックの試聴室でも、聴いている。
かなりの回数聴いている。

個人宅でも、それほど多くはないが聴いている。
決していい音ではないが、オーディオショウでの音も何度か聴いている。

ステレオサウンドの試聴室ではセッティングをして鳴らした音を聴いている。
それでも、いざ自分のモノとなったタンノイを鳴らすのは、初めてのことだ。

ずっと以前、まだぎりぎり20代だったころ、タンノイを手に入れる機会があった。
知人のお父さんがArdenを鳴らしていて、いまでは倉庫に眠ったままになっている、ということだった。
よかったら鳴らしませんか、という申し出があった。

けっこうな期間鳴らしていないとはいえ、きちんと保管されていて、状態はよかった。
それでも、そのころは若さゆえか、Ardenをいまさら……、という気持が、
いつかはタンノイを鳴らしてみたい、という気持よりも強かった。

即答で「いや、いいです」とことわった。
ことわったことを後悔はしていないが、
30前後の私は、どんな音でタンノイを鳴らしたのだろうか、という興味が、いまはある。

それから約三十年、タンノイを鳴らす。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

19時開始です。

Date: 6月 29th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その4)

自分のシステムの音を録音する──、
かなり以前からやっている人はいた。

新潮文庫の「音楽巡礼」の解説は、南口重治氏である。
そこに、こんなことが出てくる。
     *
 五味先生も多忙、私も仕事に忙殺されている時には録音テープが送られてくる。ヴェルディの「椿姫」、スタインバーク指揮ピッツバーグ響によるラフマニノフの第二シンフォニーであったりするのだが、それには必ず肉声の解説がつく。「ただ今のカートリッジはシュワーのV15でございます。今度はEMTのカートリッジに取り替えて録音します。……そちらの鳴り具合はいかがですか」といった調子だ。
     *
録音テープは、カセットテープではなくオープンリールテープだろう。
どんなマイクロフォンを使われていたのだろうか。

いまから四十年以上の前の話だ。
こういうところは、オーディオマニアは変っていないのかもしれない。

「音楽巡礼」を読んだ1981年、
18歳だった私は、五味先生もこんなことをやられるんだ、と思っていた。
けれど、いまになると、この録音テープは、かなり貴重である、と思っている。

この録音テープ、一本も残っていないのだろうか。

五味先生のシステムは、練馬区で保管され、試聴会が行われている。
私も一度行ったことはある。
その音を聴いているが、その音をもってして、五味先生の音とはまったく思っていない。

五味先生が鳴らされていたシステムが、いまも鳴っている。
その音を聴いただけ、という感想でしかない。

けれど、五味先生が南口氏に送られていた録音テープがまだ残っているのであれば、
五味先生が鳴らされていたシステムで、ぜひとも聴いてみたい。

Date: 6月 29th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その3)

その1)へのfacebookでのコメントで、
自分のシステムの音を一度録音して、そのシステムで再生すると、
音の癖が二倍に強調される、というのがあった。

おもしろい、と思った。
やったことはなかった。

いわれてみて、たしかにそうかも、と思った。

もちろん録音した時点で失われている音があって、
それを再生する時点でも同じである。

とにかく何かが失われた音を聴いて、なにがわかるのか、判断できるのか。
けれど失われたものによって浮び上ってくるものもあるはずだ。

あるからこそ、自分のシステムの音の癖が二倍になって聴けるわけなのだろう。

さきほど公開した「夜の質感(バーンスタインのマーラー第五・続コメントを読んで)」で、
五味先生の文章を二本引用している。

テレビのスピーカー、テレビのアンプ程度であっても、わかる音の違いがある。
むしろピアノのブランドによる音の違いが、曖昧にしか出てこないオーディオの音も、
現実にはある。

ブランド不明のピアノの音というのは、意外に多かったりするどころか、
そのことに無頓着な人もいるから驚くこともある。

おもしろいことに、そういう人は、自分の音を日本一、といってたりする。
冗談でいっているのだろうと思ってきいていると、
本人はいたって本気でそういっているのだ。

そんな人のシステムの音を録音して、
そのシステムで再生することで、その人の音の癖は二倍になるのかもしれない。

けれど、その人は、そんなふうには受けとらない可能性のほうが高いように思う。
癖ではなく、よいところが二倍になったと受け止めるかもしれない。

ならば、その人のシステムの音を、別の人のシステムで、
何人かのシステムの音を録音したものと比較しながら聴かせたらどんな反応をするだろうか。

Date: 6月 29th, 2020
Cate: 表現する

夜の質感(バーンスタインのマーラー第五・続コメントを読んで)

テレビの音。
オーディオマニア的には褒め言葉ではない。
それでも、テレビの音とは、ひどいのかといえば、そうではない、と、
ブラウン管時代のテレビで育った世代のなかに、そう思う人もいよう。

五味先生の書かれたものから、テレビの音に関するところを引用しておく。
     *
 だが、重ねて私は言うが、たとえばテレビのピアノ・リサイタルを視聴して、演奏がわからなかったと諸君はいうだろうか? テレビが出す音域などたかが知れている。少なくとも本誌を購読する程の諸君なら、テレビの音響部品よりは高忠実度の装置で聴いているだろう。むろんテレビはスピーカーも小型だし、ステレオのようにボリュームをあげる必要もない。却ってだから聴きやすい、という利点はある。しかし私の経験で言うが、テレビの音からでさえ弾かれているピアノが、スタンウェイかヤマハかはピアノが画面に映らなくったって分る。耳がいいからだと言ってくれた人がいるが、そうではない。ヤマハとスタンウェイでは低音のひびき方がまったく違う。音の深さが違う。馴れれば容易にきき分けられる。じつは、それほどヤマハの低音はまだまだだと言えるが、問題にしているのは再生音だ。つまりテレビ程度のスピーカーやアンプでさえ、ピアノの違いは出るのである。
(「芥川賞の時計」より)

 いまから七年前、ミュンヘン・オリンピックが開催されたとき、その実況が宇宙中継によりNHKテレビで放送された。その時のテレビから聴こえる音声、とりわけオリンピック・スタジアムの拡声器から流れるアナウンサーの声の明瞭度の良さに舌を巻いた記憶がある。このことは当時われわれオーディオ仲間のあいだで話題となったが、それ以後のオリンピックの実況放送では、ついぞ聴くことのできぬすぐれた音質だった。
 ドイツの音響機器が優秀なのは、ミュンヘン・オリンピック・スタジアムに限らない。ドイツの各地を私が旅行したおり、どんな田舎でもパブリックな場所での音響設備のゆき届いた配慮には驚いたものである。日本国内での公共施設に見られる拡声装置の音質の悪さとは雲泥の差だ。パブリック・アドレスの音質の良否は、つまりはその国の文化水準を計る尺度になるという恐さを、我々は知っておかねばならない。
(「続オーディオ巡礼(二)」より)
     *
五味先生がどんなテレビで視聴されていたのかはしらないが、
「続オーディオ巡礼(二)は、1979年の話だ。

たぶんそのテレビについていたのは、フルレンジのスピーカーだろう。
そんなスピーカーでも、わかることがあるわけだ。

印象というのは、常に上書きされていってしまう面があるから、
この時代のテレビの音を聴いていた世代であっても、
テレビの音の印象は、そのあとに聴いたテレビの音によって上書きされていても当然だろう。

Date: 6月 27th, 2020
Cate: アナログディスク再生

トーンアームに関するいくつかのこと(その8)

片持ちは、オーディオ機器のいたるところにある。
たとえばスピーカーシステムであれば、バスレフポートがそうである。
とうぜんポート長がながくなればなるほど、片持ちの影響は大きく音にあらわれることになる。

それにスピーカーユニットそのものも片持ちといえば、そういえる。
特に奥行きの長いユニットほど、片持ちの影響は、ここでもはっきりとあらわれてる。

ホーン型のユニットは、コンプレッションドライバーの重量のため、
後側が重たくなっている。

JBLの4343の中高域ユニットは2420。
フロントバッフルにホーンの一端が固定され、反対側に2420という重量物がくる。
重量バランスはかなり悪い。

その重たい後部が、いわばフリーの状態である。
4343の後継機の4344では、ホーンの後部(ドライバー側)に金属板をとりつけ、
この金属板がエンクロージュアの天板に固定されることで、片持ちの影響を抑えている。

それから同軸型ユニットも片持ち的といえるユニットである。
同口径のコーン型ユニットよりも、中高域がホーン型の同軸型ユニットは、
奥行きの長いユニットになってしまう。

アルテックの604もそうだし、タンノイの一連の同軸型ユニットがそうだ。
これらのユニットをきちんと鳴らそうと考えるのであれば、
ユニット後部をどう支えるかも考えていくことになる。

こまかいことをいえば、ここで注意をはらう必要があるのは、
上記の二例の場合、フロントバッフルでも固定されている、ということである。

エンクロージュアという箱が、完全な無共振・無振動であれば問題はないのだが、
現実にはそんなことは無理である。

さまざまなことろが共振し振動している。
その振動の位相が各部同じであることはまずない。

フロントバッフルと後部とを固定した場合、
二つの固定点の位相はどういう関係にあるのか。

Date: 6月 27th, 2020
Cate: オーディオマニア

オーディオは男の趣味であるからこそ(その15)

タンノイ・コーネッタを手に入れた。
購入したリサイクルショップへは、
仕事関係の知人といっしょに引き取りに行った。

別項「2017年ショウ雑感(会場で見かけた輩)」で書いているように、
ある事故(事件といってもいいと個人的には思っている)によって、
ヤマト運輸がオーディオ機器の運搬をとりやめ、その後も再開しないため、直接引き取りに行くしかない。

道すがら、そういえば五味先生もそうだったな、と思い出していた。
     *
 さて中間小説の剣豪ものをぼつぼつ書くようになって、六吋半からスピーカーはグッドマンにかわった。アンプも高城さん製のS氏のお古をもらうことが出来たが、そうなると、欲が出る。私のほしいのはその頃タンノイのモニター15であった。昭和三十一年当時、米価で百七〇ドルだったと思う。そのころは、オーディオ部品をあちらから入手するには、航空運賃、手数料、税金、業者のマージンなどを含め一ドル千円が相場だった。つまりタンノイが十七万円見当になる。それを或るアメリカ人がキャビネットごと七万円で譲ってくれると聞いた時は天にものぼる心地がした。私達の生活に七万円は当時まだ大金だったので、妻同伴で私は目黒のその親日家の邸を訪ねた。キャビネットごとだから運搬用にオート三輪を雇っていった。米人は『ハイ・フィデリティ誌』をバック・ナンバーで揃えているほどの音キチで、ワガ友ヨ、とばかりに私を迎え、タンノイがどれほど優れたスピーカーであるかを〝ハイ・フィデリティ誌〟に試聴記の載ったページをひらいて、くどくど説明する。ジーンクルーパーのドラムと、アームストロングのトランペットを斯く程生々しく再生したスピーカーはついぞないものである、てなことの書かれた記事を巻き舌で読みあげるわけだ。そんなことは私にはどうでもいいのだ。目の前に奇妙な──クリプッシュ・ホーンであると米人は力説していた──側面のがらんどうのキャビネットに紛れもなくタンノイが装填されているのを見て、もう一ときも早く運び出したくてウズウズしているのに、「汝ハ今イカナル再生装置ヲ所持スルヤ?」などと訊く。挙句には、めしを喰ってゆけと、あまり美人ではない夫人にその支度をさせる。そうしてこの音を汝はどう思うかと鳴らしたのは、日本風な行灯に見せかけた今でいうブックシェルフ・タイプである。今なら珍しくもないだろうが昭和三十一年に、ブックシェルフで彼は聴いていたのだから確かに天っ晴れな音キチというべきだろう。小型のわりには良く鳴るので、スピーカーは何だと訊くとEMIだという。へえそんなスピーカーがあるんですか、こちらはその程度の関心でしか答えず、本当に一刻も早くわが家へタンノイを運びたかった。さいわい戸外で待っている運送屋が、早くしてくれと文句を言ったのでようやく私は米人の歓待をのがれることができ、皆でキャビネットをオート三輪に乗せた。
 私は揺れぬようオート三輪の荷台に突っ立ち、妻は助手席で、師走の風の肌をさす黄昏を目黒から大泉の自宅まで帰ったのだが、後で妻は、米人宅で出された白葡萄酒を絶讚して、あんなおいしいワインは飲んだことありません、さすがは外人ね、と言った。そんなものいつ飲んだか私には記憶にない、いや、のんだのは覚えているが味など上の空だった。ああ、いかにも妻は音キチの私に理解を示して来ているが、亭主がタンノイをまさに入手せんとしてワクワクしている時に、ワインの味に舌なめずり出来るとは何という神経であるか。遂に女房どもには、ぼくらの音の美への執念や愛着、その切なさなど分っちゃいない。女はまことに浅間しいものである、という確信をこの時私は深めた。今もってこの確信はかわることがない。オーディオ・マニアが圧倒的に男性で占められるのも故なしとしないわけである。
(「フランク《前奏曲 フーガと変奏曲》」より)
     *
やっぱり「オーディオは男の趣味」である。