Date: 6月 27th, 2020
Cate: オーディオマニア
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オーディオは男の趣味であるからこそ(その15)

タンノイ・コーネッタを手に入れた。
購入したリサイクルショップへは、
仕事関係の知人といっしょに引き取りに行った。

別項「2017年ショウ雑感(会場で見かけた輩)」で書いているように、
ある事故(事件といってもいいと個人的には思っている)によって、
ヤマト運輸がオーディオ機器の運搬をとりやめ、その後も再開しないため、直接引き取りに行くしかない。

道すがら、そういえば五味先生もそうだったな、と思い出していた。
     *
 さて中間小説の剣豪ものをぼつぼつ書くようになって、六吋半からスピーカーはグッドマンにかわった。アンプも高城さん製のS氏のお古をもらうことが出来たが、そうなると、欲が出る。私のほしいのはその頃タンノイのモニター15であった。昭和三十一年当時、米価で百七〇ドルだったと思う。そのころは、オーディオ部品をあちらから入手するには、航空運賃、手数料、税金、業者のマージンなどを含め一ドル千円が相場だった。つまりタンノイが十七万円見当になる。それを或るアメリカ人がキャビネットごと七万円で譲ってくれると聞いた時は天にものぼる心地がした。私達の生活に七万円は当時まだ大金だったので、妻同伴で私は目黒のその親日家の邸を訪ねた。キャビネットごとだから運搬用にオート三輪を雇っていった。米人は『ハイ・フィデリティ誌』をバック・ナンバーで揃えているほどの音キチで、ワガ友ヨ、とばかりに私を迎え、タンノイがどれほど優れたスピーカーであるかを〝ハイ・フィデリティ誌〟に試聴記の載ったページをひらいて、くどくど説明する。ジーンクルーパーのドラムと、アームストロングのトランペットを斯く程生々しく再生したスピーカーはついぞないものである、てなことの書かれた記事を巻き舌で読みあげるわけだ。そんなことは私にはどうでもいいのだ。目の前に奇妙な──クリプッシュ・ホーンであると米人は力説していた──側面のがらんどうのキャビネットに紛れもなくタンノイが装填されているのを見て、もう一ときも早く運び出したくてウズウズしているのに、「汝ハ今イカナル再生装置ヲ所持スルヤ?」などと訊く。挙句には、めしを喰ってゆけと、あまり美人ではない夫人にその支度をさせる。そうしてこの音を汝はどう思うかと鳴らしたのは、日本風な行灯に見せかけた今でいうブックシェルフ・タイプである。今なら珍しくもないだろうが昭和三十一年に、ブックシェルフで彼は聴いていたのだから確かに天っ晴れな音キチというべきだろう。小型のわりには良く鳴るので、スピーカーは何だと訊くとEMIだという。へえそんなスピーカーがあるんですか、こちらはその程度の関心でしか答えず、本当に一刻も早くわが家へタンノイを運びたかった。さいわい戸外で待っている運送屋が、早くしてくれと文句を言ったのでようやく私は米人の歓待をのがれることができ、皆でキャビネットをオート三輪に乗せた。
 私は揺れぬようオート三輪の荷台に突っ立ち、妻は助手席で、師走の風の肌をさす黄昏を目黒から大泉の自宅まで帰ったのだが、後で妻は、米人宅で出された白葡萄酒を絶讚して、あんなおいしいワインは飲んだことありません、さすがは外人ね、と言った。そんなものいつ飲んだか私には記憶にない、いや、のんだのは覚えているが味など上の空だった。ああ、いかにも妻は音キチの私に理解を示して来ているが、亭主がタンノイをまさに入手せんとしてワクワクしている時に、ワインの味に舌なめずり出来るとは何という神経であるか。遂に女房どもには、ぼくらの音の美への執念や愛着、その切なさなど分っちゃいない。女はまことに浅間しいものである、という確信をこの時私は深めた。今もってこの確信はかわることがない。オーディオ・マニアが圧倒的に男性で占められるのも故なしとしないわけである。
(「フランク《前奏曲 フーガと変奏曲》」より)
     *
やっぱり「オーディオは男の趣味」である。

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