オーディオと「ネットワーク」(facebook)
2月にアカウントをつくったまま、ほとんどほったらかしにしていたfacebook。
思うことあって、使い始めました。
まだどう使っていくかを探っているところで、あれこれやっていくつもりです。
今日は、瀬川先生が描かれたアンプのデザイン画を数点公開しました。
2月にアカウントをつくったまま、ほとんどほったらかしにしていたfacebook。
思うことあって、使い始めました。
まだどう使っていくかを探っているところで、あれこれやっていくつもりです。
今日は、瀬川先生が描かれたアンプのデザイン画を数点公開しました。
Twitterを始める理由は、ここに書いている。
自発的に始めたわけではなかった。
始める前は、どこがおもしろいんだろう、とやりもせずにそんなふうに思っていたのに、
1ヵ月、2ヵ月と続けていくうちに、変っていく。
Twitterはアカウントを作られなくとも、読むだけだったらできる。
そうしている人も、けっこういると聞いている。
読むだけでも面白いけれど、やはりアカウントを作ってみなければ、と思う。
Twitterをやっていくうちに思い出したのは、黒田先生が、モーストリークラシックに書かれた最後の文章だ。
ここで書いていることのくり返しになるが、
情報と情報擬きについて、書かれた文章だ。
Twitter、ブログ、掲示板、それに企業、団体、個人のウェブサイト、
これらに表示される言葉の量は、印刷物の言葉の量を超えているかもしれない。
それでもネットから得られるものに対して、いまだ懐疑的な人がいる。
きちんとした会社や団体のウェブサイトならまだしも、
誰がやっているのかはっきりしない個人サイトやブログ、匿名の掲示板、
それにTwitterなどに書かれていることなんて……見方をしている人は、
黒田先生の「情報と情報擬き」について書かれた文章を、ぜひ一度読むべきである。
モーストリークラシックの2009年7月号に載っている。
たしかにそこ(インターネット)に溢れている言葉は、玉石混交だ。
情報擬きもずいぶんと多い。
けれど「情報」が増えてきていることも確かである。
2004年にmixiが登場し話題になりつつあることは、Mac関係の雑誌で知ってはいた。
やってみたらおもしろいかも……、とは思っていても、当時は完全に招待制で、
私のまわりにmixiをやっている人はいなかった。
2005年の夏だったと記憶しているが、mixiからのメールが届いた。
すでにmixiをやられている方の招待によるもの、とあった。
見知らぬ方だったが、オーディオのお好きな方からの招待だった。
最初のうちは面白そうに思えたmixiだったけど、次第に日記も書かなくなってきた。
オーディオ関係のコミュニティがいくつかあって、のぞいてみたけれど参加することはなかった。
どうもmixiの招待制というが、肌に合わなかったようで、どうしても閉鎖性を感じてしまう。
その閉鎖性が、私がmixiに求めていたものを、どこかに追いやろうとしていたからだろうか。
結局、mixiで日記を書いていくんだったら、ブログをやったほうが、少なくとも私の性にはあっている、
そう思い、2008年にmixiを退会してブログを始める。
最初は、無料のブログ・サービスを利用して始めた。
audio identity (designing) というタイトルも書いていったことも、いまここでやっていることも同じ。
試運転として数週間やってみて、自分のサイトにMovable Typeをインストールしたのが2008年の9月のことだった。
書いたものに対するコメントは、mixiの日記のころのほうが比率としては高かった。
いわゆるマイミクの方々が、なにかしらコメントをつけてくれるのに対して、
自分で始めたブログには、そういうことはない。
でもmixiでは書いていくのが億劫になっていたのに、ブログでは書き続けている。
2010年に、Twitterを始める。
五味先生の著書のエキスパンドブックづくり、
audio sharingというサイトの制作をやっていきながら、
編集という作業は、何かと何かのあいだに橋をかけることだ、と思うようになっていた。
ステレオサウンドにいたころは、そしてサウンドステージの編集をわずかの期間やっていたころは、
「編集」をこう捉えることはなかった。
編集をやってお金を稼ぐことからけっこうな年月離れてみたことによって、
それにMacが関係してきて、さらにインターネットの登場によって、
編集に対する考えに大きな変化があった。
何かと何かのあいだに橋をかけることは、
まず人と人のあいだに橋をかけることであり、これはなにも作り手側と受け手側だけにとどまらない。
受け手側(読み手側)同士のあいだにも橋をかけることがふくれまれているし、
作り手側に関しても、筆者と筆者、筆者と編集者、筆者とメーカー、輸入商社の人たち、
メーカー、輸入商社の人たちと人たち……など、いくつもの「あいだ」が存在している。
2003年から始めたメーリングリストをやっていくことで、その感を強くしていった。
少なくとも、私がステレオサウンド、サウンドステージでやってきたことを、
ほんとうに「編集」と呼んでよかったのか、と振り返ってもみた。
「編集」は、紙の本をつくる作業だけにとどまらない。
橋をかける──、といっても、ウェブサイトをつくり、メーリングリストをやっていくだけでは、
そこにまどろっこしさがあるのを感じてしまう。
インターネットを始めたかった理由は、実はオーディオではなく、
自転車、とくにロードレースの情報を少しでも早く、少しでも多く知りたかったためだった。
いまでこそ自転車はブームを迎え、東京ではロードバイクを見かけない日はなくなった。
どこにいっても必ず目にするようになった。
でも1996、7年頃はスポーツ新聞でもレース結果が載ることは、
ツール・ド・フランスと世界選手権ぐらいだった。
ツール・ド・フランスもただ結果のみ、というスポーツ新聞のほうが多かった。
自転車関係の情報を得るには、自転車雑誌とインターネットしかなかったから、
最初のころは自転車関係のサイトを探しまくっていた。
始めてみるとウェブサイトを見るばかりではなく、
メールを利用したメーリングリストというサービスがあることをる。
Mac関係のメーリングリストにはいくつか登録していた。
仕事から帰ってくると、これらのメーリングリストからメールが驚くほど届いている。
この活発さに刺激されて、オーディオ関係のメーリングリストをつくれないか、と当時思っていた。
メーリングリストを始めるだけなら、既存のサービスを利用すればとくに難しいことはない。
Macのメーリングリストほど活発にはならないけれど、
そこに人が集まりいろいろな意見が交わされるようになったら、オーディオ関係のウェブサイトをつくろう、
と1999年の夏ごろまでは、そう思っていたのに、
ウェブサイト(audio sharing)の方を先につくることになってしまった。
audio sharingをつくろうと思い立ったのが1999年の暮で、2000年8月に公開した。
そして2002年暮にメーリングリストをやろうと思い、翌年に始めた。
エキスパンドブックをCDに喩えはしたが、まだまだこのころのエキスパンドブック、
というよりも電子書籍はCDのフォーマットには追いついていない段階でもあった。
CDの16ビット、44.1kHzというフォーマットからすると、
このころの電子書籍は10ビット、20kHz(これらの数字はあくまでも感覚的なもの)くらいに感じていた。
それでもCDと同じように、受け手のところにデジタル化したものをデジタルのまま届けられる。
電子書籍にとってのビット数、サンプリング周波数にあたるものが向上していくには、
パソコンの処理速度の向上をまつことでもある。
五味先生のエキスパンドブックをつくった1996年にはPower Macが登場した。
CPUがそれまでの68000シリーズから、PowerPCに切り換って2年。
でも私はSE/30にメモリーをふやしてハードディスクを換装して、アクセラレーターの搭載。
さらにビデオカードも追加して、という状況だった。
このころMac関係の雑誌に急速に増えてきたのがインターネット関連の記事だった。
それまでぽつぽつと掲載されていて、インターネット関連の記事は気になっていたし、目は通していた。
インターネットに必要なソフトウェアのウェブブラウザーにいくつかあって、
Mosaicというブラウザーが登場して、はじめてそれまでの他のブラウザーがテキストのみ表示から、
画像表示も可能になった、という記事は、わりとよく憶えている。
そうか、Mosaicというブラウザーを使うんだな、というふうに思っていた。
ブラウザーの変遷に詳しい方には不要だが、このMosaicがNetscape Navigatorになり、
Mosaicのコードを元にマイクロソフトのInternet Explorerが開発されていく。
私がインターネットを始めた1997年にもMosaicはNetscapeになっていたため、
Mosaicを使うことはなかった。
サウンドステージでの仕事は正味一年足らずだった。
そのあいだにMacがClassic IIからQuadra950になってもキーボードは親指シフトのままだった。
まだPowerMacが出る直前のことだから、Quadra950が最も速いMacだったが、
それでも縦書きの文章中に出てくる二桁の数字や単位、たとえば18dBとかだが、
これらは時計方向に90度横向きになって、当時DTPソフトとして使っていたQuarkXPressでは表示される。
これを縦方向にすると一箇所直すたびに全画面を再描画する。
見開きにいくつもこれらがあると、その処理だけでもけっこうな時間がかかっていた。
たいへんなこともあったが、オーディオ関係の雑誌ではサウンドステージが、DTPの導入は最も早かったはずだ。
サウンドステージの仕事をやめて、自分で購入したMacは、中古のSE/30。
これを使っているとき、Expand Book Tool Kitという、電子書籍をつくるソフトが登場した。
このソフトがヴァージョンIIになったとき、五味先生の著書のエキスパンドブック化を、
仕事の後、毎晩こつこつ作業していた。1995年ごろのことだ。
この作業も、時間がかかった。
SE/30は、Expand Book Tool Kit IIの推奨環境を満たしていなかった。
だからどうにか動いてくれる、という感じでも、縦書きができルビもふれるし、カーニング(字詰め)も可能だった。
翌96年には、五味先生の著書「五味オーディオ教室」「オーディオ巡礼」「西方の音」「天の聲」の四冊を、
エキスパンドブックにし終えた。
五味先生の「五味オーディオ教室」を読んで20年が経っていた。
サウンドステージでのDTP、そして個人的につくったエキスパンドブック、
このふたつの作業をやって感じていたのは、
デジタル録音したものをアナログディスク(LP)にするのか、CDにするのか、に似た差違があるということだった。
私がステレオサウンドにいたあいだに、MacのSEが編集作業に使われることはなかった。
そのとき、Macで本をつくれるようになるなんて、夢想だにしなかった。
小さな録音スタジオでミキサーをやっていた友人から、
Macを買いなよ、と会うたびにいわれるようになってきたのは、1990年のおわりから91年にかけてのことだったか。
面白いぞ、楽しいぞ、と言われても、親指シフトキーボードは使えないんだろう、と返していた。
ある日、友人が一冊のムックの、あるページを開いて手渡した。
それのムックは、アスキーが発行していたMacPowerの1年間の総集編といえる内容で、
その年に出たハードウェア、ソフトウェアの新製品の記事をメインにまとめなおしたものだった。
そこに、Macで使える親指シフトキーボードの記事があった。
当時アスキーが発売していたキーボードだった。
親指シフト入力が可能なんだ、とわかっても、Macは高価だった。
すぐに購入できるものではなかった。
それでもMac関係の雑誌は買っていた。
MacPowerはその一冊であり、このMacPowerを買っていたおかげで、川崎先生の存在を知ることができた。
DTP(Desktop Publishing)ができることもわかってくる。
それからしばらくして、サウンドステージ(創刊当時はListen View)の編集に加わらないか、という話がきた。
そこで、MacによるDTPによる本づくりをやってみたら、と話したことから、
私のところにMacがきた。
Classic IIだった。モノクロ9インチのディスプレイの一体型のMac。
CPUは68030の16MHzで、メモリーは4M、ハードディスクは40MBだったと記憶している。
OSは漢字Talk6だった。漢字Talk7は遅れていた。
1992年のいまごろの季節だった、と思う、
借り物ではあったが、専用のMacでとうぜん親指シフトキーボードがつけてもらった。
ステレオサウンドは、1983年にワープロ専用機の富士通のオアシス100Fを導入した。
MacによるDTPが当り前のことになってしまったいまからみれば、古臭い言葉になってしまったが、
電算写植を導入するため、だった。
このオアシス100Fが、私にとってキーボードによる日本語入力の最初だった。
そのおかげといおうか、そのせいとでもいおうか、最初のキーボードが親指シフトキーだったため、
いまでもMacには親指シフトキーボードをつけている。
JISキーボードによるかな入力は指一本の入力になってしまうし、ローマ字入力も遅い。
オアシス100Fで書いた最初の原稿ははっきりと憶えている。
いきなりキーボード入力で原稿を書くのは無理と判断して、
手書で原稿用紙に書いて赤を入れて(手直しをして)、
それを見ながらキートップの文字をひとつひとつ見つけながら入力していった。
手書きにくらべて、どれだけの時間がかかったことだろう。
そんなふうにしてキーボードとのつき合いがはじまった。
そのころは意識したことはなかったけれど、これが編集作業の、いわばデジタル化のはじまりのひとつだった。
Macの導入ではなくて、購入もステレオサウンドは早かった。
私が最初に触れたMacは、そのときのSEである。
まだ漢字Talk6は登場しておらず、英語のみで、アプリケーションの購入はなかったので、
付属のソフトだけで起動してファイルをつくって、ゴミ箱にいれて空にして、とそんな程度のことしか遊んでいた。
それにこのMacは、編集部にではなく総務部に置いてあった。
私がインターネットをはじめたのは1997年。
そのころ個人サイトを見てまわって、まず感じたのは編集者の不在、ということだった。
だから2000年に、自分のサイトを公開したときに気をつけたのは、このことであり、
編集者が不在にならないようにすることだった。
自分のウェブサイトをもてば、一人で書きそれをすぐさま公開することができる。
一人でやっていれば負担は大きくなるけれど、それだけ自由にできるといえなくもない。
だからこそ、書き手という意識とともに編集者という意識も要求される。
そうしばらくは思いつづけていた。
いまは少し考えが変ってきた。
同時に編集に対する考えにも変化がある。
それまでぼんやりとは感じていたものが、昨年からはじめた電子書籍づくりをやっていくうちに、
はっきりしてきたからである。
(その5)でスピーカーシステムを例えとしたが、
そのスピーカーシステムにもたいていのものには、ネットワークは存在する。
オーディオマニアにとってのネットワークは、スピーカーシステムのためのものであり、
それは信号を分割するものというイメージが強いはず。
スピーカーシステム内のものについて、ついネットワークと略して言ってしまうが、
正しくはデヴァイディングネットワーク(Dividing Network)、分割するネットワークである。
パワーアンプから送り込まれた信号を、ウーファーにはウーファーが受け持つ帯域だけを、
スコーカー、トゥイーターには、それぞれのユニットが受け持つ帯域だけを、
言いかえれば、必要な帯域以外は通過させないフィルターから構成されている。
不要な帯域をカットされたされた信号が、それぞれのスピーカーユニットに送り込まれ振動板が動き、音が出る。
3ウェイなら3つのスピーカーユニットから、4ウェイなら4つのスピーカーユニットから音が出る。
いうまでもなく多少クロスしている帯域はあるもののは、
ウーファーから出る音と、トゥイーターから出る音は違う。
出来の悪いスピーカーシステムなら、複数のユニットからの音がバラバラということもあるけれど、
まともなスピーカーシステムならば、きちんと鳴らされているスピーカーシステムであるならば、
そんなことを音楽を聴くときに意識することはない。
ということはデヴァイディングネットワークで分割された信号が、
どこかでまたひとつになっているから、ということになる。
オーディオの再生系をネットワークしてとらえるなら、分割したならばどこかで統合しなければならない。
どこで統合されるのか、は、スピーカーシステムと聴き手のあいだにある空間ということになり、
この空間こそ統合ネットワーク(Combining Network)ということになる。
Twitterには、140文字という制約がある。
でも、1バイト文字でも2バイト文字でも同じ140文字なので、
英語よりも日本語のほうがしっかりと書ける分量である。
ちなみに140文字は、ステレオサウンド 43号のベストバイの、
各機種へのコメントがほぼ140文字である(特選機種のみ200文字)。
どうでもいいことをただ書き連ねていくと、すぐに文字数がなくなってしまうけれど、
しっかり書きこまれた文章だと、140文字は決して少ない文字数ではないことが伝わってくる。
瀬川先生の「本」に、43号の文章をおさめてあるので読んでみていただきたい。
それにしても、この43号のベストバイは、読みごたえがあった。
そこに掲載されている機種には、かならずコメントがついていた。
瀬川先生は、43号では188機種について書かれている。
他の筆者の方は多少少ない機種数だが、全体としての分量はかなりのもので、
ここ20年以上のステレオサウンドのベストバイとはずいぶん印象が異る。
とにかく140文字でも、真剣に書いてゆけば、かなりのことが表現できる。
もっともすべてのTwitterへの書込みを、そんなふうにしているわけではないし、
140文字という制約は、小さくはない。
このブログで書いていることを、Twitterで代用することはできない。
ちょうど10年前にaudio sharingをはじめて、2年前にこのブログ、
そして今年になってTwitterをやってきて、
それぞれにウーファー、スコーカー、トゥイーターという感じがしてくる。
私にとってはaudio sharingというウェブサイトが基本となるものだけに、
そしてネットワークの帯域幅も、広いものを要求する。だからウーファー、もしくはフルレンジという印象。
そのうえにスコーカー(ブログ)がのっていて、さらにトゥイーター(Twitter)がある。
ウェブサイト(フルレンジ)だけでもスピーカーは作れる。
けれどさらに発展させようとしたときに、帯域を分割してスピーカーユニットの数を増やしてゆくことになる。
インターネットも、すくなくとも私が個人でやっていることは、
いま3ウェイの形になって先に進めたように思うし、ひとつの形になってきたようにも思っている。
公開する前に、ちょっと読み返せば、変換ミス、入力ミスはたいていはなくせるとわかっていても、
つい書き終わると、そのまま公開してしまう。
ブログだと、後日、気がついたときに訂正できても、Twitter では無理。ミスのあるつぶやきを削除して、
新たに、訂正したものをつぶやくしかない。
よほどひどいミスを、わりとすぐに気がついたときは、そうしている。
でも、2月19日のつぶやきのときは、まったく気がつかずに、そのまま公開してしまった。
小一時間して、そのつぶやきに対して、川崎先生からの返信があった。
「オーディオ解の方がオーディオ界より、似合っています。」
これは、うれしかった。このうれしさは、ブログでは得にくい。
140文字という制約があって、フォローというシステムがあって、このレスポンスが生れている。
Twitter をはじめて、1ヵ月ちょっと経っていたから、おもしろさは感じつつあったなかでの、
川崎先生からの、この返信は Twitter のもつ魅力をはっきりと示してくれた。
このブログを書くに当って、思いついたことをメモしているわけではない。
だから、Twitter の、毎日のつぶやきのいくつかは、思いついたことをメモ代りにしよう、と考えていた。
そうすれば、このブログとともに、毎日なにがしかは書いていける。
それに、最初のうち、しばらくは私をフォローしてくれている人は、川崎先生ひとりだけだったこともあり、
Twitter がもつ面白さをわかっていなかった。
ただ、つぶやいていくだけでは、このブログの縮小版にとどまってしまう。
Twitter をミニブログと紹介しているところもある。
そういう面はある。けれど、ミニブログと言ってしまったら、
やっていない人に Twitter の楽しさは伝えられない。
私も、最初のうちは、ミニブログ的なものとして捉えていたところもある。
でも、とにかく毎日書いていくうちに、川崎先生以外は、私が Twitter をやっていることを知らないはずなのに、
まったく面識のない方がフォローしてくれた。
それを機に、このブログで Twitter を始めた、と書いた。ぽつぽつとフォローされていく。
そうやっていくうちに、私のつぶやきに対して、返信を書いてくださる方が現れた。
こちらからもフォローしていく。
そうなっていくと、Twitter はおもしろい。ミニブログという言葉では伝え切れないおもしろさがある。
このブログでもそうだけど、ときどき変換ミス、入力ミスをやらかす。
余談だが、私の入力ミスは、親指シフトキー・ユーザーなので、
ローマ字入力やJISキーボードでのかな入力とは、ちょっと違う種類のミスになる。
いちど「オーディオ界」とするところを「オーディオ解」と変換ミスしたことがある。
オーディオに関して、書きたいことは、このブログに書いている。
だから、何を書こう? Twitterにアクセスすると、ページ上部に「いまどうしてる?」という、
140文字が入力できるテキストフィールドがある。
ここに「つぶやき」を書いていけばいい、というものの、パソコンに向ってつぶやく習慣はないし、
「いまどうしてる?」に正直に答えれば、Macに向っている、になる。
もしくは小学校のときに流行っていた「いま何してる?」、「いま息していた」、
こんなことを書いてもなぁ、と思いながら、とにかく書くしかない。
何も書かずに、川崎先生のツイートを読んでいるだけだったら、
フォローを切られるのはまちがいないことなのだから。
「いまどうしてる?」よりも「今日は何していた?」のほうがつぶやきやすいから、
これで、とにかく毎日一回はつぶやこう、と。それもオーディオ、音楽に関することをメインにして。