Author Archive

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と103(その1)

JBLの4343とKEFの103の共通点は、どちらも横置き、縦置きでも使えるように
フロントバッフルを向きを変えられるところである。

103は、鋼板のフロントバッフルには20cm口径のベクストレン・ウーファーB200と、
5cm口径のドーム型トゥイーターT52が取りつけられている。
4343は、フロントバッフルが2分割されており、ミッドバスより上の帯域、
3つのユニットとレベルコントロール・パネルが取りつけられているフロントバッフルが
取り外し可能で、向きを変えられるようになっている。

4341と4343の違いのひとつがこれであり、そのため4341にあった台座はなくなり、
4343では底板も化粧仕上げとなっている。

この構成のためもあってか、4341と4343はユニットの配置が異るし、
4343ではミッドバス、ミッドレンジ、トゥイーターの3つのユニットがぎゅっと近接している。
かわりに、ウーファーとの距離は、縦置きの場合、レベルコントロール・パネルが間にあるため
4341のときよりも離れているし、
ウーファー用のバッフルと上3つのユニット用のバッフルの間にはスリットがある。
細いスリットだが、これが4343の印象をずいぶん引き締めたものにしている。

Date: 11月 16th, 2008
Cate: 録音

80年の隔たり(その7)

アナログ録音、アナログディスクで奏でられるヴァイオリンの音──、
それも真空管採用の録音器で録られたもの、
さらにいえばステレオよりもモノーラル録音のヴァイオリンの音は、
ヴァイオリンという弦楽器が鳴っているというよりも、
たとえば、人が歌っているような感じが印象として加わったような、
もしくは木管楽器の響きに通じるような、情感ただよう感じが増幅されて出てくる面があると思う。

そういう良さを拒否した、ある意味ドライなのかもしれないが、
かといって決して無機質になることのない、別の良さ、魅力が、
優れたデジタル録音のヴァイオリンの音にある。
純粋器楽的な音と言っていいのかもしれない。

もっともデジタル技術の進歩だけでなく、
マイクロフォンが、以前よりも指向性の広いものが使われていることも大きな要素だと思っている。

Date: 11月 16th, 2008
Cate: 録音

80年の隔たり(その6)

アナログフィルターの一致に関しては、CDプレーヤーの登場によってくずれてしまったが、
特にそのことを批判する気は全くない。
この基本原則にとらわれていては、録音側も再生側も、いまのような進歩は望めなかっただろうから。

1980年ごろから、クラシックに関してはデジタル録音が増えてきた。
それにともない、録音テクニックも変わってきた。

82年10月にCDが登場して、しばらくは「ヴァイオリンの音はひどい、聴くに堪えない」、
と書かれたり言われたりしてきた。
ほんとうにそうだったのだろうか。

録音、再生ともに、デジタル技術の進歩、使いこなしがこなれてくるとともに、
実はデジタルになって良くなったのは、ヴァイオリンの音だと、すこしずつ確信できるようになった。

直接聴くヴァイオリンの音に近い再生が可能なのは、デジタルの方である。

たしかにアナログ録音のLPをうまく再生したときの音は、味わいぶかいものがあるし、
ときに妖しい響きを奏でてくれる。
そういう音が出たときの喜びは大きいものだし、苦労が多ければ、
当人にとってはかけがえのない大切な響きなことはわかる。

けれど、どちらがヴァイオリンの再生として優れているかではなく、
どちらがよりヴァイオリンそのものの音に近いかといえば、
優れたデジタル録音だと、私は言う。

Date: 11月 16th, 2008
Cate: 録音

80年の隔たり(その5)

1977年になると、アメリカのサウンドストリーム社がデータレコーダーを利用して、
PCM録音器の試作品を、AESで発表している。
翌78年には、3M社が、32トラックのデジタル録音器と編集機を発表、
国内メーカーも、この時期、さまざまな試作機を発表して、盛観を呈していた。

意外に思われるだろうが、五味先生も、PCM録音の音の良さは認められていたようだ。
読売新聞社から出た「いい音いい音楽」に所収の「ルクセンブルクで聴いたフォーレ」で、こう書かれている。
     ※
いうまでもなくPCMはNHKの要請で日本コロムビアが開発した世界に誇る最新録音方式である。そのSN比、ダイナミック・レンジは従来の録音システムでは到底のぞめぬ高い数値を出し、音の素晴らしいのに音キチは驚嘆したものだ。ただ惜しむらくは、せっかくの新方式も発売されるレコードに(とくにクラシックに)いい演奏家の盤を見いだせない。わずかにジャン・ジャック・カントロフのヴァイオリンに私など注目し、その名演を楽しむ程度だった。
     ※
デジタル(PCM)録音といっても、
CDやSACDで、聴き手の手もとに届けられる現在とは異り、
とうぜん聴き手はアナログディスクで聴くわけだから、
カッティングを含めて録音・再生のアナログ系の一部にデジタル機器がまぎれこんだようなもので、
デジタル録音に対する印象も、CDで聴くのとでは異る面も多々あるだろうが、
その可能性は聴きとっておられたと思う。

デジタル録音を、アナログディスクで聴くことの技術的なメリットは、
録音と再生に使われるデジタル機器が同じだということ。
デジタル録音の理屈からいって、
A/Dコンバーターの前にあるアナログフィルターとD/Aコンバーターの後にあるアナログフィルターは、
同じものであることが、ひとつの基本のはずだ。

この基本が、このころは、あたりまえだが守られていた(はずだ)。
これがCDの登場によって、くずれてしまった。

Date: 11月 16th, 2008
Cate: 録音

80年の隔たり(その4)

岡俊雄氏の著書「マイクログルーヴからデジタルへ」(刊行:ラジオ技術社、現・アイエー出版)によると、
デジタル録音による最初のLPは、
1971年4月25日に発売された「打!──ツトム・ヤマシタの世界」(NC8004) とある。
日本コロムビアから発売された。

このPCM録音(当時はデジタルではなくPCMという言葉が使われていた)は、
NHK技研による実験試作機で、コロムビアが自社開発したPCM録音機は、72年に登場している。
いまのデジタルの基準からすると、その機械の大きさは、想像できない人もいるかもしれない。
当時の写真には、傍らに女性が写っているが、機械の高さは、その女性の身長とほぼ同じ、
横幅は身長よりもはるかに大きい。
ビデオテープ・レコーダーを使用したもので、メカ部の他に、信号処理部、
ディスプレイ付きのコントロール部の3つの大きな筐体から構成されている。
おそらく3つの機械の総重量は、400kgを越えているだろう。
スペックは、サンプリング周波数が47.25kHz、13ビットである。

2年後には、テープ幅が約1/2の2号機が完成し、ヨーロッパでの録音を実現している。
3号機では1/4になり、4号機でUマチック・ビデオを使うようになり、
可搬性の向上とともに、ビット数も増えていく。

デジタル録音の歴史も、40年近くになろうとしている。

Date: 11月 16th, 2008
Cate: サイズ, 川崎和男

サイズ考(その28)

オーディオ誌が、小型スピーカーを取りあげるとき、スモールスピーカーと言ったり、
コンパクトスピーカーといったりするが、小型・イコール・スモールはいいとして、
小型(スモール)・イコール・コンパクトではないと言っておきたい。

コンパクト(compact)は、本来は数学用語のようだが、その定義について書こうとは思っていない。
それよりも、川崎先生が、AXIS誌で連載されている「デザインのことば」で、
コンパクトについて書かれているのを読んでほしい。
「デザインのことば」は、川崎先生のサイト「Kazuo KAWASAKI」で、いつでも読むことができる。
ありがたいことだ。
下部左端の information をクリックすると、「デザインのことば」にアクセスできる。
全文はアクセスして読んでいただくとして、一部引用しておく。
     ※
COM=共に、PACT=堅く締めるという原始的な意味がより明確になってくる。
つまり、より狭く閉塞された空間の中で、密集する要素や、
ぎっしりと詰め込んだ状態を表現する言葉になっていることが理解できる。
そこで、一般的には、体積的により小さく、
その空間に凝縮された中身が詰っていることになる。
     ※
つまり、見た目が小型だから、コンパクトではない。
現行スピーカーの中で、コンパクト・スピーカーは何かといえば、
B&OのBeoLab5であり、JBLのDD66000である。

コンパクトであることが、これからの現代スピーカーの条件だと、私は考えている。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 川崎和男

川崎和男氏のこと(その3)

その日の午後は、草月ホールにいた。

時間が来た。川崎先生がステージが登場され、
スクリーンには、カウントダウンの数字が映し出される。ここからして、カッコいい。

東芝時代の話から始まった。
ずっと心にあったこと」でも書いているが、SZ1000が映し出されたとき、
「この人だったのか」と思っていた。

話は続いていく。途中で、Mac特有のSadMacがスクリーンに出た。
Macを使っている人はすぐにわかると思うが、使用中に爆弾マークは出ても、SadMacが出ることはない。
SadMacが出るのは、起動中のトラブルにおいてのみだから、
すぐに川崎先生のジョークであるとわかった人は多かったはず。

話を聞いていて、「Design Talk」を読んで感じてたよりも、さらにすごい人だ、
でも「遠い、すごい遠い。この人に会える日が来るんだろうか……」と、そんなことを思っていた。

午前中に「プラトンのオルゴール」展のことがあったから、よけいにそうだったのかもしれない。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 川崎和男

川崎和男氏のこと(その2)

ドリームデザイナーと書いてあっても、川崎和男という人がどんな人なのかは、まったく知らなかった。
とにかく読んでいこう、この人の書くものは、すべて読んでいきたい、と思いながら、
毎月18日のMacPowerの発売日には、必ず書店に寄り買っていた。

読んでいくうちに、すこしずつわかってくる。
川崎先生についても、Macのこと、コンピューターのことについても。

連載1回目から読んでいたわけではない。
だから単行本になるのを待っていた。1994年に「デジタルなパサージュ」が出た。

そして、乃木坂にあるギャラリー間で、個展を開催されると、「Design Talk」に書いてあった。
しかも、草月ホールで、講演会も行なわれる。

ギャラリー間と草月ホールのあいだは歩いて移動できるので、
講演会のある日の午前中、「プラトンのオルゴール」展に行った。

ギャラリーのあるビルに着くと、ビルの大きさからしてそれほどスペースは広くないことがわかる。

エレベーターを降りて、ギャラリーの入口の前で、立ち止まってしまったことを、
いまでもはっきりと憶えている。
そのスペースに入るのに、覚悟が要るというのも、変な言い方に聞こえるだろうが、
そう思った。引き返そうかとも思っていた。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その20)

スピーカーユニットに、+(プラス)の信号が加わると、
振動板が前に動こうとすると、フレームがその反発を受けとめる。

大砲から弾が発射されるとき、砲身が後ろに下がるのと同じで、
振動板が前に動く(作用)には、かならず反作用が発生する。
その反作用はフレームを振動させ、振動板が前に動き出して音を放出するよりも先に、
振動板まわりのフレームから音を出している。
その振動は、エンクロージュアにも伝わり、側板、リアバッフル、天板、底板を鳴らす。

フレームから先に音が出ることは、1980年代に、ダイヤトーンが測定で捉えている。

その反作用は、振動板のマスに比例する。
ドーム型やコーン型のダイレクトラジエーターよりも、
コンプレッションドライバーのほうが大きいだろう。

平面型のスピーカーユニットでも、日本とアメリカでは異ることを書いた。

薄いフィルム状の振動板だと、日本のメーカーが採用したハニカム振動板よりも、
磁気回路、フレームに与える反作用が相当に小さいのは、容易に想像がつく。

トランジェント特性のよさを追求していても、コンプレッションドライバーとでは、
もちろん、フィルム状振動板の方が圧倒的に小さいだろう。

フレームが受ける反作用が小さければ、
フレームを介してエンクロージュアに伝わる振動も比例して減っていく。

このことは、スピーカーシステムとしてまとめられたときに、
大きな違いとして形態に現われてくる。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その19)

実は、一度、ある真空管アンプの輸入商社の担当の方に訊いたことがある。
「ノイズの多さを、設計者は気にしないのか」と。
返ってきた答えは、予想していたとおりのもので、
「彼らが使っているスピーカーは能率が低いですから、気にならないんです」と。

ひとつことわっておくが、この時代、CDはまだ登場していなくて、
アナログディスクが、メインのプログラムソースだったため、
ここで言うノイズは、フォノイコライザーアンプとラインアンプのノイズの加算されたものである。

その答えも理解できなくはない。
ノイズが質や出方が同じで、SN比だけが異る(そんなことはありえないが)のならば、
スピーカーの能率次第で、気にならなくなるだろう。
しかし、前述したように、楽音に粒子の小さな砂が混じっているようなノイズの出方では、
スピーカーの能率の高低で、気にならなくなるということはない。

当時は、それ以上、訊かなかったし、自分なりの結論を出すこともできなかったが、
いまは、スピーカーの能率よりも、スピーカーの形態そのものの違いによるものだと思っている。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その18)

現在のコントロールアンプだと、S/N比向上にともない、
聴感上のノイズが気になることはあまりないのかもしれない。

アメリカから新興ブランドの真空管アンプが登場したころは、トランジスターアンプでも、
能率の高いスピーカーや近接距離での試聴では、ノイズの出方に注意が行く。

レコードに針を降ろしてボリュームをあげ、音が出るまでのわずかな時間のノイズ、
音楽がピアニシモになったときのノイズの出方はさまざまで、
サーッとワイドレンジで、ホワイトノイズのように広い帯域に分布しているものもあれば、
比較的に耳につきやすい中高域にシフトしているもの、ザーッという感じのもの、
へんな言い方だが、ノイズが左右にきれいに広がり、
バックグラウンドノイズと言いたくなるものもあれば、
ふたつのスピーカーのセンター付近に定位するものもある。

測定上のSN比とは別に聴感上のSN比がいいものは、音楽が鳴り出すと、
ノイズは、楽音と混じりあわない。
けれど、なかには砂をまぶしたように、楽音に絡みつく類のノイズを出すアンプがある。

測定上は同じ値のSN比でも、後者のアンプは、ノイズが耳についてしまう。

砂をまぶしたようなノイズも、砂の粒子がいろいろで、
やはり粒子が小さくなり、しかも乾いてさらさらしているならば、
粒子が大きく湿ってジャリジャリした感じのものよりも、ずいぶんいい。

粒子が小さくて、乾いてさらさらしている感じのノイズを、
新興ブランドの真空管のコントロールアンプに共通してあるように感じていた。

Date: 11月 15th, 2008
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その17)

アメリカでも、オーディオリサーチ、ダイナコが真空管アンプをつくり続けていた。
とはいえ、アメリカの新興ブランドの真空管アンプと、
真空管アンプ全盛時代のマランツ、マッキントッシュ、QUAD、リークといったブランドのそれらとは、
あきらかに技術の断絶がある、と言いたい。

トランジスターは小信号用も含めて、基本的には電流増幅素子である。
一方、真空管は、出力管もそうだが、電圧増幅素子と考えたほうが良い。
つまり回路全体のインピーダンスが大きく異る。

それから真空管にはヒーター(フィラメント)が必要不可欠で、熱も出す。
機械的な電極から構成され、外側を被っているのは、金属もあるが、大半はガラスだ。
サイズも、トランジスターと比較するとそうとうに大きい。

回路構成も重要だが、真空管の取りつけ方法、それから向き、配線の引き回しなど、
コンストラクションに関して、トランジスターとは、また違う注意が必要になるのに、
技術の断絶からか、トランジスターと同じように扱っているという印象を、
個人的に、新興ブランドの真空管アンプに対して持っている。

もっとも、従来の真空管の使い方にとらわれないから、
従来の真空管アンプとは異る、
そして最新のトランジスターアンプとも違う魅力を持っているのは、確かにそうである。

Date: 11月 14th, 2008
Cate: 提言

いま、そしてこれから語るべきこと(その7)

ステレオサウンドで連載されている菅野先生の「レコード演奏家訪問」、
この企画の前身にあたる「ベストオーディオファイル」の対談のまとめを担当していたときがある。
どの号に載っているのかは忘れてしまったが、交通事故に遭われた方との菅野先生の対談は、
いまオーディオの効能性を考えるにあたって、私の中では継がっている。

その方はひどい交通事故に遭われて、医者からも「そんなに長くない」と言われ、
実際、後遺症がひどくて、風で髪の毛がなびいただけでも、全身に強い痛みが走り、
ものすごい強い痛み止めの薬を(医者からは一日の量が決められていたにもかかわらず)、
家中、それこそトイレの中にまで痛み止めの薬を置いて、
制限量などまったく無視して服用しなければ、がまんできないほどの痛みに悩まされていた。

そういう日々をおくっていたら、ある日、
ある医者に「最近はCDという便利なものが出ていて、比較的簡単にいい音がきけるから」と
オーディオをすすめられて、毎日毎日モーツァルトのオペラを中心に、
CDプレーヤーのリピート機能を使って、一日中聴く生活をはじめられた。

モーツァルトを聴き続けているうちに、知らず知らずのうちに薬を飲む量が減ってきて、
菅野先生が訪問されたときには、ほとんど服用しなくてもいいくらいに回復されていた。

ステレオサウンドの80号前後に載っているはず。
手元にその号をお持ちなら、ぜひ読みなおしていただきたい。

オーディオの持つ効能性だと、私は思っている。

Date: 11月 14th, 2008
Cate: 提言

いま、そしてこれから語るべきこと(その6)

2000年ごろの資生堂発行の「花椿」に、
資生堂の研究所が、肌に心地よい刺戟を与えると、免疫力が活発になることを発見した、
という短い記事が載っていたのをしっかりと憶えている。

肌に心地よい刺戟……。
いろいろあると思う。
肌の触れ合いやマッサージもそうだろうし、それこそ男女の営みもそう。
もちろん、いい音楽をいい音で聴くという行為(ヘッドフォンではなく、スピーカーで)も、
肌への心地よい刺戟となっているはずだ。

菅野先生が、ジャーマン・フィジックスのトロヴァドールを導入されたときの音、
何度も菅野先生の音を聴かせてもらっているが、それまでの音といちばん異っていたのは、
皮膚感覚に訴えてかけてくる感触だった。音を浴びているといってもいいかもしれない。

その日は、5月にしてはかなり暑い日で、たまたま半袖姿だったので、
肌が露出している両腕、顔が受けている刺激は、いままで体験したことのない心地よいものだった。

菅野先生の肌艶がいいのもうなずける。

音楽療養師という仕事がある。
実際に見たことがあるが、その仕事は、患者が歌をうたったり、楽器を演奏することでリハビリを行なうもの。

脳血管障碍の合併症としての、
失語症(自分の考えている言葉がスムーズに出てこない、もしくは思っている言葉と違う言葉が出てしまう)でも、
話す言葉の中枢と歌うときの中枢は異るようで、
流暢にカラオケで歌うことができ、その表情は生き生きとし、
話せないことによるストレスが、歌うことで解消されると聞いている。

またリハビリの時、痛さを少しでも紛らわせるために、BGMとして、
クラシックに関心のない人でも、耳にしたことのある曲を流しているところもある。

ただ、どちらも積極的に音楽を聴くことによる療養ではない。
病院というシステムの中で、音楽を聴かせるためだけのスペースを確保し、
そのための装置を用意して、しかも調整して……、ということは、まだまだ望めないことだろう。

けれど、いつかそういう日が来てほしいし、そうあってほしい。
そう思うのには理由がある。

Date: 11月 14th, 2008
Cate: 提言

いま、そしてこれから語るべきこと(その5)

個々のオーディオ機器が持つ効能性、オーディオそのものが持つ効能性がある。

オーディオ機器の効能性といっても、なかなか定義し難い。
ひとつ言えるのは、効能性を語るには、機能性、性能性について語っておくべきだということ。
機能性、性能性を把握したうえで、何ができるようになったのか、ではないだろうか。

どれだけよくなったとか、これだけ素晴らしい音がするといったことから一歩踏み込んでところでの、
どんなことが可能になり、どんなことをもたらしてくれるのか。

これから先、ハードウェア、ソフトウェアとも、
デジタル技術がますます導入されるのは間違いないこと。
プログラムソースの形態も変りつつある。
コントロールアンプの形態も、必然的に変っていく。

これから機能性を語ることが重要視されるだろうし、
効能性への言及も求められると思っていいだろう。
というよりも、求められなくとも、自ら語っていくべきだと思っている。

ただ、すべてのオーディオ機器について、効能性を語れるかというと、そうでないものもある。