80年の隔たり(その5)
1977年になると、アメリカのサウンドストリーム社がデータレコーダーを利用して、
PCM録音器の試作品を、AESで発表している。
翌78年には、3M社が、32トラックのデジタル録音器と編集機を発表、
国内メーカーも、この時期、さまざまな試作機を発表して、盛観を呈していた。
意外に思われるだろうが、五味先生も、PCM録音の音の良さは認められていたようだ。
読売新聞社から出た「いい音いい音楽」に所収の「ルクセンブルクで聴いたフォーレ」で、こう書かれている。
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いうまでもなくPCMはNHKの要請で日本コロムビアが開発した世界に誇る最新録音方式である。そのSN比、ダイナミック・レンジは従来の録音システムでは到底のぞめぬ高い数値を出し、音の素晴らしいのに音キチは驚嘆したものだ。ただ惜しむらくは、せっかくの新方式も発売されるレコードに(とくにクラシックに)いい演奏家の盤を見いだせない。わずかにジャン・ジャック・カントロフのヴァイオリンに私など注目し、その名演を楽しむ程度だった。
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デジタル(PCM)録音といっても、
CDやSACDで、聴き手の手もとに届けられる現在とは異り、
とうぜん聴き手はアナログディスクで聴くわけだから、
カッティングを含めて録音・再生のアナログ系の一部にデジタル機器がまぎれこんだようなもので、
デジタル録音に対する印象も、CDで聴くのとでは異る面も多々あるだろうが、
その可能性は聴きとっておられたと思う。
デジタル録音を、アナログディスクで聴くことの技術的なメリットは、
録音と再生に使われるデジタル機器が同じだということ。
デジタル録音の理屈からいって、
A/Dコンバーターの前にあるアナログフィルターとD/Aコンバーターの後にあるアナログフィルターは、
同じものであることが、ひとつの基本のはずだ。
この基本が、このころは、あたりまえだが守られていた(はずだ)。
これがCDの登場によって、くずれてしまった。