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Date: 4月 26th, 2011
Cate: イコライザー

私的イコライザー考(その13)

グラフィックイコライザーはスライド式のツマミが横にいくつも並ぶ、というのが通常のスタイルだ。
ある周波数のツマミを上げたり下げたりして、複数のツマミがカーヴを描く。
そこから、グラフィックイコライザーという名前がきているわけだが、
ここまで述べてきたように、ツマミを動かすことで変化するのは、振幅特性と位相特性であって、
ツマミが表わしているのは、振幅特性のみ、となる。

これでは片手落ちの「グラフィック」である。
その12)に書いたように、
周波数特性は振幅項と位相項をそれぞれ自乗して加算した値の平方根であるからだ。

そしてもうひとつ。再生側でグラフィックイコライザーを使用する際は、
おもにスピーカーシステムの特性をふくめて、リスニングルームの音響特性を補整する。
たとえば中域を抑えたいと思い、グラフィックイコライザーでそのへんの帯域のツマミのいくつかをまとめてさげる。

グラフィックイコライザーのツマミの並びは、中域のレベルを下がった状態を示している。
けれど目指している音は、基本的にはフラットな音であって、そのために中域を下げたわけである。

つまりスピーカーシステムの特性、部屋の特性を補整するために使い、
ツマミの並び方は、その補整カーヴであって、
いま出ている音のおおまかな傾向を表しているわけではない、ということだ。
ようするに補正後の特性(つまりスピーカーシステムから出てくる音の特性)を表示しているわけではない。

このふたつの理由から、私は、グラフィックイコライザーのデザインは、
再検討されるべきものだと考える。

Date: 4月 26th, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その11)

丸いコーン型ウーファーの開口部を四角にすることのメリット・デメリットは、
音量によって、そのバランスが変化してくる。

このごろはどうなのか知らないが、1970年代ではイギリスから来日したオーディオ関係者が、
日本で耳にした音量の大きさに「われわれの耳を試しているのか」と驚いたという話があったし、
ヨーロッパでのレコーディング時のモニターの音量は、アメリカ、日本の感覚すると、
こんどはアメリカ人、日本人が驚くほど小さい、といわれていた。

事実、ヨーロッパでは、QUADのESLがモニタースピーカーとして使われていた、という話もある。

そういうひっそりとした音量では、開口部を四角にして、ウーファーの一部を隠すようなかたちになっても、
このことによるデメリットよりも、メリットのほうに傾くだろう。
反対に音量レベルをあげていくにしたがって、徐々にデメリットのほうに傾いていくだろうし、
あるレベルの音量を超えたら、メリットよりもデメリットのほうが大きくなることだろう。

だから、四角の開口部は、いかなる場合にでもすすめられる手法ではないけれど、
それほど音量をあげないのであれば、しかもあまり帯域分割をしないマルチウェイのスピーカーにおいては、
いまでも有効な手法だと、捉えている。

そして、このことは、瀬川先生がなぜ4ウェイ構成を考えられていたのか、
KEFのLS5/1Aを高く評価されていることとも関係してくる。

瀬川先生の音量は、ひっそりしたものだった。

Date: 4月 26th, 2011
Cate: 素朴

素朴な音、素朴な組合せ(その16)

カラヤンは、1973年に「オテロ」を再録音している。
再録音に積極的だったカラヤンにしても、12年での再録音は早い。
しかも交響曲ではなく、演奏者の数も多く予算もそれだけ多くを必要とするオペラの再録音で、
12年というのは、最短記録かもしれない。

ほかのオペラでは、EMIに録音したモーツァルトの「フィガロの結婚」と「魔笛」はどちらも1950年。
「フィガロの結婚」はデッカで、「魔笛」はドイツ・グラモフォンで、
前者は28年、後者は30年後の再録音である。
いうまでもないことだが、EMI録音はモノーラルである。
なのに30年ものあいだ、再録音してこなかったのにくらべ、
「オテロ」は旧録音もステレオであるのに、再録音までは12年である。

1961年の「オテロ」は、デッカでの録音で、オーケストラはウィーン・フィル、
1973年の「オテロ」は、EMI録音で、オーケストラはベルリン・フィル。

デッカの「オテロ」に使われた録音器材は、すべて真空管だったはず。
EMIの「オテロ」に使われたのは、すべてか、ほとんどの器材はトランジスターに移り変っていたはず。

これは黒田先生が指摘されていることだが、カラヤンがこんなに早く「オテロ」を録り直したのは、
デッカの「オテロ」の出来に満足していなかったためではなかろうか。

カラヤンが満足していなかったと仮定して、何に満足できなかったのは、勝手に推測していくしかない。
まず考えられるのは、歌手がある。
デッカの「オテロ」では、オテロをマリオ・デル・モナコ、イヤーゴをアルド・プロッティが歌っている。
ドイツ・グラモフォン盤では、オテロはジョン・ヴィッカース、イヤーゴはピーター・グロソップになっている。

デッカの「オテロ」とほぼ同時期に出たセラフィン指揮でも、ヴィッカースはオテロを歌っている。

デル・モナコとヴィッカースは、声の明るさにおいて正反対なところがある。
デル・モナコの明るいテノール似対して、ヴィッカースの暗い声のテノール。
プロッティとグロソップも、やはり違う。プロッティは暗い声のバリトンで、グロソップは明るい声のバリトン。

ヴェルディは、オテロは暗い声のテノール、イヤーゴは暗い声のバリトン、という指示をしている、ときく。
つまりデッカの「オテロ」では、歌手の扱いに対して失敗といえるところがあったようにもいえる。

だからといって、このことだけが理由で、再録音までの期間が12年と短かったわけではないと思う。

Date: 4月 26th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その53)

18Hz〜22kHzとあっても、それがどのレベル差の範囲でおさまっているのかは、
エソテリックが出しているカタログには載っていない。

タンノイのサイトで調べると、18Hz – 22kHz -6dB、とある。
同じく15インチの同軸型をバスレフ・エンクロージュアに収めたカンタベリー/SEの周波数特性は、
28Hz – 22kHz -6dBとなっている。
カンタベリーのエンクロージュア・サイズはW680×H1100×D480mm、内容積は235ℓ。
容積的にはウェストミンスターの、ほぼ半分程度だ。

どちらも同じ-6dBということだから、
カタログ上ではウェストミンスター・ロイヤル/SEのほうが低域が下まで延びていることになる。

ウェストミンスターは1982年に登場した。
ステレオサウンドの試聴室で何度となく聴く機会があった。
翌日の取材の準備を終えた後、夕方、試聴室でひとりで聴いたこともあった。

そのときの印象から言えば、ウェストミンスターの低域は、カタログ・スペックほど延びてはいない。
もっと高い周波数までという感じがする。
菅野先生は、(たしか)60Hz以下の低音は諦めている設計だと言われていたのを思い出す。

中低域から、この周波数あたりまでは、独特のプレゼンスをもつ量感の豊かさがあって、
低音「感」に不足を感じるどころか、
堂々たる風格で響いてきたアバド/ブレンデルによるブラームスのピアノ協奏曲は、いまも思い出せるほどだ。

その響きに不足は感じない。
けれど、カタログ・スペック通り18Hzという非常に低いところまで十分なレスポンスが感じられたかというと、
決して、そうとはいえない。

でも、だからといってよく出来たブックシェルフ型スピーカーシステムのほうが、
レスポンス的にはウェストミンスターよりも、もう少し下の帯域まで延びている印象はあるが、
そのことが音の風格につながっているか、となると、また別問題だ。

Date: 4月 25th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その52)

言葉のうえでは、オートグラフとウェストミンスターは、
どちらも15インチの同軸型ユニットを使用、
エンクロージュアはフロントショートホーンとバックロードホーンの複合型、と同じだ。

ウェストミンスターを最初にみたとき、ランカスター、ヨークにコーナー型とレクタンギュラー型が、
バックロードホーン型のGRFにもレクタンギュラー型があったように、
ついにオートグラフにもレクタンギュラー型が登場した、というふうに受けとられたかもしれない。

オートグラフを手に入れたくても、理想的なコーナーをそのために用意することがかなわない。
それであきらめていた人にとっては、
レクタンギュラー・オートグラフは、待ちに待ったスピーカーシステムだったもかもしれない。

しかし、ウェストミンスターは、レクタンギュラー・オートグラフではない。
ウェストミンスターは、あくまてもウェストミンスターであって、オートグラフではない。

オートグラフはコーナー型ゆえに、エンクロージュア後部は90°の角をもつ。
ウェストミンスターの後部は、通常のエンクロージュア同様、フラットになっている。
コーナー・エフェクトによる低音の増強を嫌ってのことである。

ウェストミンスターは、その後、ウェストミンスター/R、ウェストミンスター・ロイヤル、
ウェストミンスター・ロイヤル/HEと改良されていくときに、
エンクロージュアの寸法も多少変更されている。
カタログ上では初代ウェストミンスターはW1030×H1300×D631mmだったのが、
ロイヤルからW982×H1400×D561mm、ロイヤル/HEはW980×H1395×D560mmとなっている。
内容積もそれにともない521ℓから545ℓ、530ℓとなっている。

細かい差はあるけれど、ウェストミンスターとほぼ同じ500ℓをこえるエンクロージュアを、
バスレフ型、もしくは密閉型で作れば、かなり自然に低域を伸ばすことができる。

そのためか、ウェストミンスターの大きさだけから判断して、
うまく鳴らせばかなり低いところまで再生できる思われる方がおられるようだ。

菅野先生は、ウェストミンスターよりも、
よくできたブックシェルフ型のほうが周波数特性的には低域が延びている、と言ったり書かれたりされているし、
実際に何人かのオーディオマニアの方から、あんなに大きいの、なぜ低音が出ないんですか」
と相談を受けたことがあると話されていた。

エソテリックによるタンノイのカタログには、現在のウェストミンスター・ロイヤル/SEの周波数特性は、
18Hz〜22kHzとなっている。

Date: 4月 25th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その51)

とはいうものの、五味先生がオートグラフを存在を知り、
その高価さに、半信半疑で新潮社のS氏にされ、そこで返ってきた
「英国でミスプリントは考えられない。百六十五ポンドに間違いないと思う。そんなに効果ならよほどいいものに違いない。取ってみたらどうだ。かんぺきなタンノイの音を日本でまだ誰も聴いた者はないんじゃないか」
という言葉に、「怏怏たる思いをタンノイなら救ってくれるかも」と思い、
オートグラフを取り寄せるきっかけとなったHiFi year bookは、1963年度版だから、当然ステレオになっている。
その時代に、オートグラフは、スタジオ・モニター用として、と明記されていたわけだ。

正直、オートグラフがモニター用スピーカーシステムとして使われた実例があるのか、
なぜHiFi year bookはスタジオ・モニターとしたのか、
はっきりとしたことは──以前からずっと疑問に思ってきたことだが──、あいからわずなにひとつない。

ひとついえることは、オートグラフが登場した1953年においても、
五味先生のもとにオートグラフが届いた1964年においても、
ワイドレンジを志向したスピーカーシステムであることだ。

五味先生が書かれている。
     *
S氏にすすめられ、半信半疑でとったこのタンノイの Guy R. Fountain Autograph ではじめて、英国的教養とアメリカ式レンジの広さの結婚──その調和のまったきステレオ音響というものをわたくしは聴いたと思う。
     *
オートグラフのコーナー・エフェクトを利用したバックロードホーン形式をどう捉えるかは、
人によって多少異なる面があるけれど、私は、ウェストミンスターとのはっきりとした違いがここにあり、
開発当時で、できるかぎりのワイドレンジを狙ったものだと私は思っている。

Date: 4月 24th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その50)

HiFi year bookにスタジオ・モニター用と明記されていても、
それはタンノイがいっていることをそのまま載せたのか、それとも編集者がそう判断したのか、
それとも実際に使用例があるのかを確認してなのか、そのへんのことははっきりしない。

それにタンノイ・オートグラフが、
実際にスタジオでモニタースピーカーとして使われた例があるのかどうかはわからない。

ただ一部の人が、コーナー型スピーカーををスタジオモニターとして使うわけはない、ということはない。
いまの感覚からすれば、たしかにスタジオモニター用としてコーナー型スピーカーシステムを採用することは、
ないと断言してもいい。

けれどオートグラフは1953年に登場したスピーカーシステムである。
この時代、スタジオではどんなふうにスピーカーを設置していたかというと、
BBCモニターのLSU/10(LS5/1以前のスピーカー)がおかれている写真をみたことがあるが、
ミキシングコンソール(というよりも調整卓といったほうがぴったりくる)の横、
部屋のコーナー近辺に1台設置してある。

モノーラル用だからモニタースピーカーは1台。その1台をミキサーにとって真正面におくと、
録音ブースとのあいだをしきるガラス面をふさぐかっこうになり、まずい。
だからというわけでもないだろうが、比較的に邪魔になりにくいコーナー近辺に置かれたのだろうか。

この時代のスタジオの写真が他にもあれば、当時のスピーカーの設置状況がもうすこしはっきりとしてくるのだが、
少なくともミキサーの正面に置かれることはなかったといえよう。

そしてこの時代は調整卓の幅も狭い。スタジオのコーナーは自由に使えたのかもしれない。
となると、コーナー型のモニタースピーカーというのが、実際にあっても不思議ではない。

スタジオモニターにコーナー型はありえない、というのは、あくまでもいまの感覚にすぎない。

Date: 4月 24th, 2011
Cate: 素朴

素朴な音、素朴な組合せ(その15)

テラークは、1978年にチャイコフスキーの「1812年」を出している。
前年ダイレクトカッティングのレーベルとして誕生したテラークにとって、
「1812年」ははじめてのデジタル録音であり、実際に大砲の音を録音し、しかもハイレベルでカッティングした。
テラークがダイレクトカッティング専門にこだわっていたら、おそらく本物の大砲を使うことはなかっただろう。

一発勝負のダイレクトカッティングにおいて、大砲の音はカッティングレベルの調整が非常に困難なはずだし、
なによりオーケストラはホールで演奏しているわけだから、まさか大砲をホールに持ち込むわけにはいかない。
大砲は、どこか野外の広い場所でなければならない。

同時録音は無理なわけだから、デジタル録音に移行するにあたって、
じつにぴったりの曲をテラークを選択したといえる。

事実、この録音(レコード)で、少なくともオーディオマニアのあいだではテラークの名は一躍知れ渡る。
しかも大砲の音の部分は、オルトフォンによるとオーバーカッティングだったそうで、
問題なくトレースできるカートリッジはごく少数だった。
カートリッジのトラッキング・アビリティのチェックには、これ以上のレコードはない、ともいえる。

このころから、トラッカビリティという言葉も広まっていったが、
これはシュアーの造語で、トラッキング・アビリティを短縮したものだ。

大砲を使った録音は、じつはテラークの「1812年」が最初ではない。
私の知る限りでは、デッカが1961年に録音したカラヤン指揮のヴェルディの「オテロ」がある。

通常は、大太鼓かティンパニーを使うところを、この「オテロ」のプロデューサーだったカルショウは、
実際の大砲の音を使っている。

Date: 4月 23rd, 2011
Cate: 素朴

素朴な音、素朴な組合せ(その14)

ワンポイント録音といえば、デッカから出ているエーリッヒ・クライバーの「フィガロの結婚」も、たしかそうだ。

1955年のステレオ録音である、この「フィガロの結婚」は、その3年後の録音、
カルショウによるショルティの「ラインの黄金」と比較すれば、
「フィガロの結婚」に感じられる素朴な良さは、「ラインの黄金」では、ほとんど感じられない、といっていい。

この3年間に、デッカは──というよりもカルショウというべきだろうが──、
ソニック・ステージという考え方をうち出している。

当時、驚きをもって評価された、このソニック・ステージは、
きわどいところも内包しており、音だけの世界であるレコード、それもオペラには、ときに効果的でもあるし、
ここまでやる必要があるのだろうか、と感じさせるところもある。
このところが、カルショウが携わった録音を、いまの時代、くり返し聴くと、
部分的にも全体的にも、古い録音と思わせるところと関係している。
もちろん録音として非常に興味深いものではあるし、
聴くことの面白さとはなにかについて考えさせられるものではある。

「フィガロの結婚」のほうはというと、こちらはQUADのESLのように、まわりがよくなっていくことによって、
真価が徐々に発揮されてきて、つねに新鮮なスピーカーシステムとして評価されてきたことと似ているところがあり、
再生側のクォリティの向上によって、新鮮さを失わない、ではなくて、いま聴く方が、むしろ新鮮といえるだろう。

「フィガロの結婚」と「ラインの黄金」、
2011年のいまからみれば、どちらもデッカの同じ時代の録音とみなされるにもかかわらず、
このふたつの録音の違いこそ、素朴な音とはいったいどういうものなのかについて考えていくうえで、
恰好の材料だと思う。

Date: 4月 23rd, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その10)

実測グラフは、水平方向の周波数特性、つまり0°、30°、60°の出力音圧レベルを表示している。

LS5/5のグラフは、ほぼ全帯域にわたり0°と30°の線は一致している。
10kHz以上で2つのカーブは差を生じるが、そこまでは見事である。
これほどの帯域の広さで0°と30°の特性が一致しているのは、
「スピーカシステム」に掲載されている5機種のなかにはない。

比較的良好なのが、アルテックのA7-500で、数kHz以上から30°の高域特性がかなり下降ぎみで、
0°との特性のあいだに差がでてくる。
ただ0°の周波数特性のフラットさも考慮すると、LS5/5の特性は見事である。

さすがに60°の特性は30°の特性ほどではないけれど、
それでも大きな乱れもなく、やはり良好といえる。

LS5/5の20cm口径のスコーカーの開口部の横幅は10cmである。
写真をみるかぎり、ウーファーの開口部も、同じ寸法のようだ。

コーン型ユニットの開口部を四角にして、横幅を狭くすることによる指向特性の改善は、
LS5/5の実測データからはっきりと確認できる。

ただ指向特性は改善できるけれど、
スピーカーユニットの前にバッフル板が部分的に張り出しているわけだ。
この部分とコーン紙とのあいだには空間が生じる。密閉された空間ではないものの、
通常のスピーカーシステムでは生じない空間であることにはかわりない。

とうぜん、この部分でのデメリットも生じているわけで、これは誰しも考えることだ。
そう、誰しも考えることだから、BBCの技術者の当然そのことには気づいていたはず。
得られるものもあれば、失われるものもある。
それでも、彼らは、メリットとデメリットを天秤にかけて、四角い開口部を採用してきた。
1978年に登場したLS5/8まで、この手法は採用されてきた。

Date: 4月 22nd, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その9)

引用した岡先生によるショーターの論文の要約を見て気づくのは、
指向特性のことが、周波数特性、位相特性そのほかの項目よりも先に書いてあること。

ここでの順番については、ショーターの論文そのものをみなければはっきりしたことはいえないし、
それにショーターの論文どおりの並び方だとしても、
ショーター自身がそこに意味を持たせていたのかどうかもはっきりはしない。

牽強付会といわれそうだが、どちらかというと、こういとときの並び方では最後にきそうな指向特性が、
最初に記述してあることは見逃せない、と思う。

それからナマの音楽との比較試聴のところの記述では、
マイクロフォンの位置とその指向性についても考慮が必要とある。

LS5/1の開発において、音楽による試聴は1950年代半ばにもかかわらず、
すでにステレオの音源が使われていたように、上に挙げたことから推測できる、そんな気がする。

実際にLS5/1の指向特性がどうなのか知りたいところだが、
残念ながら実測データを見つけることはできなかった。

ただLS5/5の実測データは、
ラジオ技術社から1977年に出版された「スピーカシステム」(山本武夫編著)の下巻に載っている。

LS5/5は、30cm口径のベクストレン・コーンのウーファー、20cm口径のベクストレン・コーンのスコーカー、
トゥイーターはセレッションのドーム型HF1400(HF1300のマグネットを強化したもの)による3ウェイ構成で、
トゥイーターはウーファーとスコーカーのあいだにはさまれる形で、3つのユニットはインライン配置されている。

LS5/5でも、ウーファー、スコーカー、2つのコーン型ユニットは、フロントバッフルの裏側から取りつけられ、
開口部は円ではなく縦に長い四角なのはLS5/1と同じだ。

「スピーカシステム」には、LS5/5以外のモニタースピーカーの出力音圧指向周波数特性のグラフが載っている。
アルテックのA7-500、612A、JBLの4320、タンノイのレクタンギュラー・ヨーク、
ダイヤトーンのR305(2S305)などだ。

これらのどれと比較しても、LS5/5のグラフは見事だ。

Date: 4月 21st, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その8)

ステレオLPが登場したのは1958年(実際には前年暮にフライング発売したレーベルはある)。

デッカは1955年にはステレオ録音を行なっている。
実験的な録音ではなく、実際にLPとして発売されているし、CDにもなっている。
エーリッヒ・クライバー指揮のモーツァルト「フィガロの結婚」である。

BBCに関する詳しい資料をもっていないため推測で書くことになるが、
BBCもデッカと同じころか、
もしくはその前からステレオ録音・再生システムについて研究・実験をしていた可能性は充分に考えられる。

1981年春にステレオサウンド別冊として出た「ブリティッシュサウンド」号に、
岡先生が、BBCのモニタースピーカーに関する開発者ショーターの論文の要点をまとめられている。
     *
スピーカーの性能基準を客観的に定めるのはむずかしいことだが、リファレンスとなり得るスピーカーは、指向特性、帯域の広さ、位相特性、リニアリティ、高調波および混変調歪のそれぞれにおいて、すぐれていないければならないとする。
それらの諸特性の測定とあわせて、最終的にはヒアリングテストで判断されなければならない。ヒアリングテストは、主観的な性格をもつものだが、ノイズ(ランダムのイズ)、スピーチ、音楽の種々のソースによって、多角的に行なわなければならないとする。ノイズテストは、二種類のスピーカーをきりかえながら、ノイズのスペクトルを判断するのが有効な方法であり、スピーチは男声がとくにこの目的にふさわしいといっている。
音楽のソースのテストは、スタジオに隣接したリスニングルームで、たとえば音楽のリハーサル中に、スタジオとリスニングルームを自由に出入りして、ナマと再生音を自由に聴き比べる条件をもったところであることが望ましいが、奏法の遮音が充分なされている必要があり、超低域においては少なくとも35dBはとれている必要が或る。
さらに、マイクロフォン(の位置とその指向性)やミキシング・バランスがいかになされているかという考慮も念頭におくべきだとする。スピーチテストでも、話し手とマイクの間隔は不自然なバランスにならない位置にとられていなければならない。
     *
このショーターの論文が発表されたのは、1958年である。
すでにLS5/1の最初のモデルは完成していた。

BBCモニターのLSナンバーの区分については、BBC engineering のサイトのページを参照されたし。

このページをめくっていくと気がつかれるはすだが、LSS/1とかLSS/2という型番がでてくる。
これはLS5/1、LS5/2のことである。
どうもこれらのページは、印刷物をスキャンしてOCRソフトでテキスト化したもののようで、
校正が不十分で、5がSと誤認識されたまま公開されている。

Date: 4月 21st, 2011
Cate: 素朴

素朴な音、素朴な組合せ(その13)

日本人と欧米人とでは体臭の違いから、同じ銘柄の香水をつけても、
香ってくる匂いはかなり異ってくる、といわれる。
街を歩いてすれ違う人から香りから判断するしかないのだが、
たしかに同じ香水かなと思われる匂いでも、日本人では、その香水の匂いがわりとストレートに、
欧米の人の場合には、体臭が濃いせいなのか、匂いの密度そのものがずいぶん濃くなっているように感じる。

そんな感じを、シャルランのCDにも感じる。
ふたつのスピーカーの周囲に漂っている空気の密度が濃くなっている。
それは、シャルランの録音に収められているアンドレ・シャルランの「体臭」がそこに加味されているからなのか。

同じワンポイント録音でも、デンオンはもうあきらかに日本人の「体臭」(音)である。
どちらが録音テクニックとして優れているかということよりも、
とにかくまず「体臭」の濃さが醸し出す響きが、シャルランにはあり、デンオンには感じられない。

聴く人によっては、シャルランのこの濃さを拒否してしまう人もいるかもしれない。
なかには強烈と感じる人もいるだろう。

だけどここでいう体臭は、匂いであって、決して臭いではない。
それに、何かを誤魔化そうとして香水をたっぷりつけた結果という性質のものでもない。

アンドレ・シャルランという人物が何を望んでいるのか、それをストレートに伝えてくれる匂い、
というよりも香りであり、この香りこそが、じつのところ、シャルランの響きのように感じられた。
しかも、実は素朴な響きであり、スポイルすることなく表現してくれる音もまた装飾のない音なのだろう。

Date: 4月 20th, 2011
Cate: サイズ, 冗長性

サイズ考(その70)

以前、冗長性について書いた。

冗長性とは、
言語による伝達の際,ある情報が必要最小限よりも数多く表現されること。
冗長性があれば雑音などで伝達を妨げられても情報伝達に成功することがある。余剰性。
と辞書(大辞林)にはある。

オーディオ機器のサイズを考えていく上で、冗長性と切り離すことはできないのではないか。

オープンリールデッキのテープ速度も、トーンアームのロングサイズも、
アナログプレーヤーのターンテーブルの慣性モーメントを増していったことも、
パワーアンプにおけるA級動作など、これらはすべて冗長性といえよう。

Date: 4月 19th, 2011
Cate: TANNOY

タンノイとハーマンインターナショナルのこと

タンノイは1974年にハーマンインターナショナルの傘下に入っている。
この年から、アーデン、バークレイ、チェビオット、デボン、イートンなどの、
いわゆるアルファベット・シリーズを発表し、
これらの価格は、従来のランカスター、レクタンギュラー・ヨークなどよりも低く抑えられていた。

しかもこの年、創業者のガイ・R・ファウンテン引退、3年後の77年、77歳で逝去。

1981年、タンノイと日本の輸入元のティアックが協力して、ハーマンインターナショナルから下部を買い戻し、
GRFメモリーを発表する。
往年のタンノイ・ファンにとって、やっと満足できるタンノイの久方ぶりの登場でもあった。
翌82年にはウェストミンスターとエジンバラ、83年にはスターリングと、
現在のプレスティージ・シリーズにつながっていくスピーカーシステムを続けて発売し、
タンノイの名声は回復していった──、
そんなふうに受け止められていることだろう。

1974年から81年までを、人によっては、タンノイの暗黒時代、とまでいう。
もしあのままハーマンインターナショナルの傘下だったら……、
いまのタンノイとはまったく異るタンノイに成り果てていただろう、ともいう人もいる。

GRFメモリーが最初に見たときは、私も、タンノイの復活だ、と思っていたし、
ハーマンインターナショナル傘下から離れたからこそ出てきたスピーカーシステムだとも思っていた。

でも、いまは違う見方をしている。

1974年は、火災によってコーン・アッセンブリー工場を失っている。
それにアルファベット・シリーズのつくりの合理化についてあれこれいう人がいるが、
すでにその前から、タンノイのスピーカーシステムのつくりには変化が生じていて、
タンノイという会社の経営が順調ではないことを感じさせてもいた。

もしハーマンインターナショナルがこのときタンノイを傘下に収めていなかったら、
もしかしたらタンノイという会社はなくなっていたかもしれない。

タンノイに歴史にふれた文章を読むと、ハーマンインターナショナルという固有名詞を、
あえて出さずに、この時代のことにふれているのがある。
ハーマンインターナショナルに遠慮してのことだろうが、
むしろそういう変な気の使いかたをするくらいなら、
もう少し違う視点から、このことを捉えてみることのほうが大事なはず。

私は、結果としてハーマンインターナショナルはタンノイに救いの手を差し延べた、と思っている。