素朴な音、素朴な組合せ(その15)
テラークは、1978年にチャイコフスキーの「1812年」を出している。
前年ダイレクトカッティングのレーベルとして誕生したテラークにとって、
「1812年」ははじめてのデジタル録音であり、実際に大砲の音を録音し、しかもハイレベルでカッティングした。
テラークがダイレクトカッティング専門にこだわっていたら、おそらく本物の大砲を使うことはなかっただろう。
一発勝負のダイレクトカッティングにおいて、大砲の音はカッティングレベルの調整が非常に困難なはずだし、
なによりオーケストラはホールで演奏しているわけだから、まさか大砲をホールに持ち込むわけにはいかない。
大砲は、どこか野外の広い場所でなければならない。
同時録音は無理なわけだから、デジタル録音に移行するにあたって、
じつにぴったりの曲をテラークを選択したといえる。
事実、この録音(レコード)で、少なくともオーディオマニアのあいだではテラークの名は一躍知れ渡る。
しかも大砲の音の部分は、オルトフォンによるとオーバーカッティングだったそうで、
問題なくトレースできるカートリッジはごく少数だった。
カートリッジのトラッキング・アビリティのチェックには、これ以上のレコードはない、ともいえる。
このころから、トラッカビリティという言葉も広まっていったが、
これはシュアーの造語で、トラッキング・アビリティを短縮したものだ。
大砲を使った録音は、じつはテラークの「1812年」が最初ではない。
私の知る限りでは、デッカが1961年に録音したカラヤン指揮のヴェルディの「オテロ」がある。
通常は、大太鼓かティンパニーを使うところを、この「オテロ」のプロデューサーだったカルショウは、
実際の大砲の音を使っている。