Date: 5月 27th, 2024
Cate: きく

野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会(その17)

昨晩(5月26日)の野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会で、
私がかけたディスクをあげておく。

フィッシャー・ディスカウとムーアによるシューベルトの「音楽に寄せて」。
これは日本盤。

クナッパーツブッシュの1951年のバイロイト祝祭劇場での「パルジファル」。
イギリス盤で、オリジナル盤のはず。

ケンプのシューベルトのピアノ・ソナタ第二十一番(日本盤)。

フルトヴェングラー/フィルハーモニーによるベートーヴェンの第九。
1954年の録音で、プライヴェート盤。

グレン・グールドによるブラームスの間奏曲集(日本盤)。

シュヴァルツコップとエドウィン・フィッシャーによるシューベルトの「音楽に寄せて」。
イギリス盤で、オリジナル盤のはず。

クナッパーツブッシュの「パルジファル」では途中でボリュウムを絞った。
ケンプのシューベルトもかける前はそうしようかと思っていたけれど、
第一楽章を最後までかけた。

フルトヴェングラーの第九は四楽章を最後まで。

これで持ち時間の一時間半、ほぼぴったりだった。
レコードはすべて野口晴哉氏のコレクションから選んでいる。

Date: 5月 27th, 2024
Cate: 電源

モバイルバッテリーという電源(その19)

昨晩の野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会では、
マランツのModel 7の電源はアンカーのモバイルバッテリー、PowerHouse 90から供給した。

PowerHouse 90についている残量計はあまり当てにならないという意見もあるが、
とりあえず信用することにして、一時間半の使用ではまったく問題なく、
おそらく倍の三時間は余裕で使えそうな感じを受けた。

それでも、このへんのことは実証してみないとなんともいえないが、
Model 7の消費電力が35Wだとすれば、実用になる容量といえる。

壁のコンセントからの供給とどれだけ音が違ってくるのか。
ケース・バイ・ケースとしかいいようがない。

50Hzの地区か60Hzの地区かでも違ってくるし、
電源ラインに混入してくるノイズの量によっても違いは生じる。

それでもPowerHouse 90は高価なモノではないし、
あまり音質に寄与しないという結果になったとしても、
オーディオとは関係ないところではきちんと使えるのだから、
まずは使ってみたら、といいたい。

私の周りでは二人が購入。二人とも満足している、とのこと。

Date: 5月 26th, 2024
Cate: きく

野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会(その16)

2023年5月28日が、野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会の一回目だった。
その時に、定期的に行いたい、という話は聞いていた。

そして今日(5月26日)。一年ぶりの開催。
スピーカーが一回目の時と違うことが大きいといえばそうなのだが、
それでも、音は確実に変っている。

アンプも整備されているし、アナログプレーヤーに関してもすでに書いているように、
トーンアームが3012Rになっているし、カートリッジもEMTである。
なので、音は変っていて(違っていて)当然なのだが、
それでもどれだけの変化なのだろうか、と自問もする。

野口晴哉氏が出された音を聴いていて、しっかりと記憶している人は、
私の周りにいない。

答は出ない自問なのだが、自問し続けていくことだと考えている。

Date: 5月 25th, 2024
Cate: 電源

モバイルバッテリーという電源(その18)

明日(5月26日)の野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会でも、
アンカーのモバイルバッテリー、PowerHouse 90を、
マランツのModel 7に使ってみようと考えている。

いうまでもなくModel 7はアメリカのアンプだから、
50Hzではなく60Hzにしたいし、電源電圧も100Vではなく110Vにしたい。

Model 7の消費電力は35Wとなっている。
PowerHouse 90で、どのくらいの時間持つのか、
音はどう変化するのか、試してみないことにはなにもいえないが、
明日の楽しみの一つである。

Date: 5月 25th, 2024
Cate: 価値・付加価値

銀座で買うということ

いまから四十年ほど前、
イタリア・チェトラから、
フルトヴェングラーとミラノ・スカラ座による「ニーベルングの指環」が出た。
発売前のアナウンスではステレオ録音ということだった。

フルトヴェングラーがステレオで聴けるのか、という期待、
そして初めて手にする「ニーベルングの指環」の全曲盤は、
銀座の山野楽器で購入した。

そのころ、まだ六本木にはWAVEはなかった。
だから銀座まで出かけて買ったわけだが、
立派なボックスにおさめられたフルトヴェングラーの「指環」は重たかったし、
高価でもあったけれど、なんだか誇らしい気持になれたことを思い出す。

そのころの銀座にはハルモニアというレコード店もあった。
ハルモニアのほうによく行って買っていたけれど、
山野楽器でもけっこう買うことがあった。

CD全盛時代でも、他の店になかったアルバムを見つけることもけっこうあって、
銀座に行くことがあれば、わりと行くようにはしていた。

けれどコロナ禍のすこし前あたり、CD売場が縮小された。
かなりの縮小だった。その時から銀座に行っても山野楽器に寄ることはなくなった。

その山野楽器が、7月31日でCD、DVDコーナーをなくす、という。
オンライン販売も5月31日で終了する。

縮小したときから、こうなることは予想されたことなのだろう。
特に驚きはないけれど、さびしい気持もないけれど、
銀座という街が変っていくことに、少しばかりさびしいといえばそうである。

Date: 5月 24th, 2024
Cate: 組合せ

マランツとマッキントッシュの組合せ

昨年の4月、あるお宅で、
マランツのModel 7とマッキントッシュのMC75の組合せを聴いていた。

他の人はどうだか知らないが、
私は、管球式時代のマランツとマッキントッシュに関しては、
この二つのブランドを組み合わせようとはまったく思っていなかった。

特にマッキントッシュは、
マッキントッシュのコントロールアンプ(つまりはC22)と、
マッキントッシュのパワーアンプ(MC240、MC275など)で聴くことが、
絶対条件のように捉えていた。

それはいまでも、心のどこかに残っている。

マランツの管球式アンプに関しても、ほぼ同じだ。
マランツのModel 7を使うのならば、パワーアンプはModel 2、Model 5、
Model 8(B)、Model 9こそがペアとなる相手であって、
ここにマッキントッシュのパワーアンプを持ってくるのは、
論外とまではいわないけれど、マッキントッシュではなく、
他社製のパワーアンプにしたらどうだろうか──、そんなことを心の中で思ってしまう。

いまでもC22とマランツの管球式パワーアンプを組み合わせるのナシと思っているが、
意外にもModel 7とマッキントッシュの管球式パワーアンプの組合せは、アリかな、
そう思うようになってきている。

野口晴哉氏のリスニングルームでは、Model 7とMC275の組合せである。
野口晴哉氏はマランツのModel 8Bも、マッキントッシュのC22も所有されていた。
そのうえでのModel 7とMC275の組合せ。

昨年聴いたModel 7とMC75の組合せ。
意外にいい組合せなのかもしれない。

そう思うのも、MC275のふところの深さのようなものがあってことなのだろう。

Date: 5月 23rd, 2024
Cate: EMT, TSD15, 音の毒

音の毒(TSD15のこと・その1)

昨晩ひさしぶりに聴いたEMTのTSD15。
カートリッジは、ステレオサウンドで働いていたこともあって、
かなりの数を聴いている。

それでも自分のシステムで使ってきたカートリッジとなると、
十本にも満たないし、そのなかでいちばんながい時間聴いてきたのはTSD15だった。

いまもTSD15は持っている(聴いてはいないけれども)。

TSD15の構造は、いまどきのカートリッジということだけでなく、
私が使っていた時代でも、音質優先とは言い難い点がいくつもあった。

カートリッジ下側のカバーもそうだし、
ヘッドシェルとカートリッジ本体の取りつけに関して、そういえる。

TSD15には、トーレンス・ヴァージョンのMCH-Iがあった。
このMCH-I(正確にはSMEコネクターを採用したMCH-II)では、
下側のカバーを外した音を聴いては、やっぱりこのカバーはないほうがいい──、
そんなふうに感じていたけれど、TSD15となると、ずっとカバーをつけたまま使っていた。

一度は外した音を確認している。
もちろん音は変る。
それでも外したままにはせずに、すぐにつけなおした。

TSD15の針先が変更になったSFLタイプを買ってからも、
一度はカバーを外した音を確認して、結局はつけたままだった。

外した方がよくなるところはある。
けれど、ここでのテーマである音の毒、
そういうものをひっくるめての音として受けとめていたような気がする。

昨年のインターナショナルオーディオショウで、あるメーカーのカートリッジを、
数機種、安価なモデルから高価なモデルへという比較試聴があった。

こういう比較試聴をすると、確かに値段があがっていくごとに、
なるほどと感心する音が鳴ってくる。

ダイアモンド・カンチレバー採用の百万円超のモデルとなると、
さすがだな、と思っていたけれど、ここまで聴いて思っていたのは、
このカートリッジを欲しいのか、である。

Date: 5月 22nd, 2024
Cate: きく

野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会(その15)

月曜日から三日連続で、野口晴哉記念音楽室に行っていた。
(その14)で書いたように、月曜日の夜おそくに、オイロダインから音が鳴ってきた。

野口晴哉氏が亡くなられたあとも、ときおり鳴らされていたと聞いている。
といっても、鳴らされなくなってかなり経っているのも事実。
どのくらいそうだったのかはわからないが、長いこと鳴らされていなかったことは確か。

今日、やっとアナログプレーヤーでの音出しだった。
26日当日のラインナップは、
スピーカーシステムがシーメンスのオイロダイン、
パワーアンプがマッキントッシュのMC275、
コントロールアンプがマランツの Model 7、
アナログプレーヤーはガラードの301に、SMEの3012R、
カートリッジはEMTのTSD15である。

トーンアームが3012Rなのことに、疑問を抱く人もいる。
3012Rは野口晴哉氏が亡くなられて四年後に登場しているからだ。

本来ガラードの301のシステムには、SMEの3012SIIが取りつけてある。
ガラードの他に、トーレンスのTD124/IIがあり、こちらもトーンアームは3012SII。
けれど故障したのか、3012Rに交換されていて、
元からついていた3012SIIは3012Rの箱にしまってあった。

ガラードの方の3012SIIも万全とはいえず、3012Rをトーレンスのほうから外してきて交換。
この作業を、今日やってきた。少しばかりの木工作業も。

Model 7とMC275も別項で触れているように、
テクニカルブレーンでのメンテナンスが施されている。

ひさしぶりに3012Rに触れて調整してきた。
ひさしぶりにTSD15の音を聴いた。

グレン・グールドのブラームスの間奏曲集をかけた。
日本盤なのに、艶のある音で鳴ってきた。

Date: 5月 21st, 2024
Cate: 音の毒

音の毒(オイロダインのこと・その1)

音の毒、もしくは毒のある音。
シーメンスのオイロダインを知った時から、ずっと頭のなかに居続けている。

ステレオサウンドの姉妹誌であったサウンドボーイの編集長のOさんは、
シーメンスのオイロダインに惚れ込んでいた人で、鳴らしていた人である。

そのOさんのいっていたことで、いまも憶えている、
そして昨晩、わずかな時間ではあったけれどオイロダインの音を、
野口晴哉記念音楽室で聴いて、思い出していた。

Oさんは、歌舞伎でもある、と。
歌舞伎、つまり女形である。

男性が女性を演じる。
そのことによってうまれてくる毒みたいなものが、オイロダインの音にはある、と。

Date: 5月 21st, 2024
Cate: ディスク/ブック

フィガロの結婚(クライバー・その4)

モーツァルトが天才なことを疑う人は、まずいないだろう。
そのモーツァルトの天才性がもっともつよく感じられるのは、
やっぱりオペラだろうと、
エーリッヒ・クライバーによる「フィガロの結婚」を聴き終って、そうおもっていた。

Date: 5月 20th, 2024
Cate: きく

野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会(その14)

野口晴哉記念音楽室からの帰りの電車の中で書いているのは、
先ほどまで26日の準備をやっていたため。

野口晴哉記念音楽室のオイロダインから、音が鳴ってきた。
静謐な音で音楽が鳴ってきた。

Date: 5月 19th, 2024
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その10)

電車の降り口のドア上部には液晶ディスプレイがあって、
広告が流されていたりする。

そんな広告を眺めていると、オーディオ機器がインテリアとして扱われているのが、
すこしばかり気になる。

ブックシェルフ型スピーカーを床に直置きにしている広告もあった。
またプリメインアンプなのに、その上に管球式パワーアンプを置いている広告もある。
他にもいくつかあるけれど、どの広告にも共通していえるのは、
オーディオのことが多少なりともわかっている人が制作スタッフのなかに一人でもいたら、
そんなことをやったりはしないだろうに……、そんな使われ方である。

単なる小道具、インテリアの一部としてのオーディオの扱いなのだと思うしかない。
そして、そういう広告にはCDではなくLPが使われていたりする。
このことも、なんだかぁ〜、と思う。

LP(アナログディスク)といえば、
アナログディスク・ブームとかで、壁一面のレコードラックの部屋が、
雑誌やソーシャルメディアにも登場してくるのをよく見かけるようになった。

これらすべてがそうだというわけではないが、
ここでも気になることがある。

けっこうな割合で、ディスクが斜めに収納されている。
壁一面のラックのマスのいくつかで斜めになっているのをみかけると、
なぜ、この部屋の主は、こんなひどい置き方をしているのか、と思う。

レコードの枚数からいえば、かなりのマニアのはずだ。
けれどレコードの保存に関してはなにも考えていないのか。

昔のオーディオの入門書には、斜めにしてはいけない、と書いてあったものだ。

Date: 5月 19th, 2024
Cate: ディスク/ブック

フィガロの結婚(クライバー・その3)

エーリッヒ・クライバーの「フィガロの結婚」を聴くたびに感じていることがある。
この録音、序曲はあまり冴えないような感じを受ける。

特に悪いというわけではないが、曲がすすむにつれて、
音の冴えが増してくるように感じるものだから、相対的に序曲が冴えないと感じてしまう。

エーリッヒ・クライバーの「フィガロの結婚」の録音時、
デッカの録音スタッフもステレオ録音について、まだ手さぐりの段階だったのかもしれない。
だからこそ、序曲よりも第一幕、第二幕……、と音が良くなっていっているのではないのか。

ここでいう音のよさとは、音の美しさでもあるし、
モーツァルトの音楽としての美しさともいいたくなる。

とにかく曲の進行とともに、なんて美しい音楽だ、とおもう気持が強くなっていく。
特にMQAで聴いていると、そのことをより強く感じる。

Date: 5月 18th, 2024
Cate: 新製品

新製品(その24)

一ヵ月ほど前に、B&OのBeosystem 9000cのことを書いた。
型番からわかるように、Beosystem 9000の復刻(再構築)版である。

写真をみるかぎり、見事な仕上がりだ。
Beosystem 9000cをみて、パチモン的新製品という人はいないはずだ。

この項で書いているパチモン的新製品。
今度はQUADから登場する。

33と303の復刻モデルが、そうである。
QUADのウェブサイトのトップページに写真が公開されている。

のっぺりしているな、が最初の感想だった。
見慣れれば、そんなふうに感じなくなるのか。

QUADの33と33のサイズ、そしてデザインのままに、
最新の技術を投入してくれれば──、と思ったことは何度もある。

今回の33と303の復刻はそれにあたるといえば、そうなるのだろうが、
そこにパチモン的新製品臭を感じてしまう。

自社の過去の製品のパチモン的新製品を出すことが、流行りつつあるのか。

Date: 5月 17th, 2024
Cate: 日本の音

日本の音、日本のオーディオ(その42)

その37)と(その38)で、四つのマトリクスのことを書いた。

アクティヴな聴き手がパッシヴなスピーカーを選択、
アクティヴな聴き手がアクティヴなスピーカーを選択、
パッシヴな聴き手がアクティヴなスピーカーを選択、
パッシヴな聴き手がパッシヴなスピーカーを選択。

この四つのマトリクスが考えられる。

その41)で例に挙げたダイヤトーンのP610は、パッシヴなスピーカーといえる。

このP610を、どう鳴らすのか。
アクティヴな聴き手とパッシヴな聴き手が、P610を鳴らすとして、
同じ組合せで鳴らすとは思えないし、
たとえ同じ組合せであったとしても、鳴らし方は違ってくるし、
結果として鳴ってくる音は、違って当然である。

その音を聴いた人はどう感じるのか。
パッシヴな聴き手が鳴らしたP610の音を聴いて、P610らしい音ですね、という感想をもつのか。
アクティヴな聴き手が鳴らすP610の音を、P610らしくない音と感じるのか。

P610は16cm口径のフルレンジユニットだから、高性能をねらったモデルではない。
ダイナミックレンジも周波数レンジもほどほどのところでまとまっている。

いいかえれば、鳴らし手の要求すべてに十全に応えるだけの性能をもたない。
そういうP610だから、パッシヴな聴き手とアクティヴな聴き手が、
それぞれ鳴らす音に違いはあっても、その違いは大きく出るのか、
もしくはさほど大きな違いとはならないのか。

同じダイヤトーンの2S305を、パッシヴな聴き手とアクティヴな聴き手が鳴らした場合、
さらにはもっと新しいDS10000の場合は、どうなるのだろうか。

スピーカー(変換器)としての性能の高さによりかかってしまえば、
むしろ違いは小さくなっていくだろう。

上記の四つのマトリクスを考えてはみたものの、
実際のところ、それらの音を聴くことはまずない。

それでも、このことを考えずに、日本の音について語れるのだろうか。